谷口裕貴『アナベル・アノマリー』徳間書店

カバーイラスト:鈴木康士
カバーデザイン:宮村和生(SGAS DESIGN STUDIO)

 2000年に第2回日本SF新人賞(第11回まで続いた)を『ドッグファイト』で受賞した著者の、20年ぶりの連作短編集である。専門誌SF Japan(2000‐2011)に掲載した2短編と、書下ろし中短編2作(全体の3分の2を占める)からなる。徳間書店は、最終的にCCC系の連結子会社になるなど、経営的な課題もあり一時期SFから完全撤退していた。しかし、最近になって過去のコンテンツをリニューアルすると同時に、『クレインファクトリー』(三島浩司)など新作も手掛けるように変わってきた。本書はその一環である。

 獣のヴィーナス(2001)アナベルと呼ばれるサイキック少女が殺されてから15年が経った。しかし、不特定の場所でアナベルは復活し、世界を物理的に変容させる。そのつど制圧のためにジェイコブズのSixが出動する。今度の舞台はオーストラリアのダーウィンだった。
 魔女のピエタ(2003)物語は少し時代を遡り、初めてアノマリー(異常事態)による都市災禍が起こったプラハへと移る。そしてもう一人、魔女と呼ばれるサイキックの存在が明らかになる。
 姉妹のカノン(書下ろし)人の記憶を書き換えられるサイキック姉妹がいる。姉は事故で昏睡状態に陥るが、妹は反ジェイコブス運動のリーダーと接触し、過去のブエノスアイレスで起こったアノマリーを体験する。
 左腕のピルグリム(書下ろし)わずか12歳でSixを支配するほどの力を持ったサイキックは、ジェイコブズの権威を貶めながら、ロンドンから始まって世界各地に舞台を変えてアナベルとの戦いを続ける。

 解説で伴名練が指摘する「圧倒的な情報密度、視点人物の錯綜、頻繁に変わる舞台」という本書の特徴は、見方を変えれば「説明不足、視点の混乱、印象の散漫さ」にもなる。読者に投げられないため、細心の注意を払うべき書き方でもあるのだ。

 しかし、20年前の谷口裕貴は、パワーワードを駆使してお話の破綻を乗り切った。サイキックを産み出すレンブラントプロセス、アナベル対策の組織ジェイコブス、世界文学全集に拘泥する6人のサイキックSix(今年のハヤカワSFコンテストの『標本作家』を思わせるアイデア)、邪悪な復活を呼び込むアナベル・アナロジーと、刺激的で独特の造語が頻出するのだ。説明を最小限に絞ったが故に、得体の知れない不気味さと迫力が感じられる。一方、そういう力業を改め、物語のバランスを再考したのが書下ろし部分なのだろう。登場人物の過去に焦点を当てることによりキャラへの共感を高め、章ごとに変転する視点を整理するなど、読みやすさを重視したバージョンとなっている。