市川春子『宝石の国(全13巻)』講談社

装丁:市川春子

 『宝石の国』は、月刊アフタヌーン誌の2012年12月号から2024年6月号まで、途中休載を挟みながらも12年間108話分連載された長大な作品である(単行本は2013年~24年)。2017年にはアニメ化がされ、本編完結後には第45回日本SF大賞最終候補作に選ばれている。少女戦士ものの学園ファンタジイに見えたお話が、最後には壮大なポストヒューマンSFとなっていく過程は他に類を見ない。硬質で乾いた地上や、曲面を多用する水中、ぬめぬめとした月世界の描写などはバンド・デシネの細密画を連想する。

 何の取り柄もなさそうな主人公フォスフォフィライトは、夜を担当し毒を分泌するシンシャやダイヤモンド属らと交流するが、襲来する「月人(つきじん)」が残した巨大なカタツムリに飲まれて、海中でその生き物の正体知り、海から帰還するも手足を喪う。
【以下はコンデンスされた要約(AIは使っていません)】
 月から次々と分裂する奇妙な生き物が来る。「先生」は何か知っているようだ。他の宝石たちと交わる中でフォスは成長するも、傷つき修復されるたびに人格が混ざり合い性格が変わっていく。「先生」には禁忌があり肝心のことを説明しない。月には内部からせり上がる金属で作られた都市がある。フォスは月人がどういうものかを知り、仲間の再生のために決断を迫られる。しかし、そうするには「先生」を自分に従わせる必要があるのだ。

 「先生」と呼ばれる僧侶姿の金剛と、28人の宝石である「生徒」たちは、草原のただ中にある「学校」に住んでいる。彼らは上半身が少年、下半身が少女の姿をしているが、性別はなく有機生命ですらない。硬度がさまざまな文字通りの無機物=宝石なのだ。硬さの反面砕けやすいが、つなぎ合わせることで元に戻せ、何万年も生きられる。地上には彼らしかいない。かつて人間だったものは、魂(月)と骨(宝石)と肉(海中)に分かれ別々に生きるようになった。しかし、フォスの登場でその関係は不安定になる。

 物語は終盤近くになって凄惨さを増し大きく流転する。(詳細は読んでいただくとして)第12巻では、人類が滅びた後なぜ彼らが分離し、何を目的に生存してきたのか、世界の秘密と始まりが明らかになる。宝石たちの物語はそこで終わっている。2年後に出た最終の13巻は、これまでとは一変する。神と(人形を有しない)無機物たちの黙示録めいた会話(といっても、形而上の難しいものではない)だけで成り立っているからだ。つまり、現世を超越したステープルドン的な神話となって終わる。

藤井太洋『まるで渡り鳥のように』東京創元社

Cover Photo COMPLEX:L.O.S.164
Cover Design:岩郷重力+R.F

 藤井太洋の『公正的戦闘規範』(2017)、『ハロー・ワールド』(2018)に続く第3短編集になる。著者は多くの中短編を書いているのだが(発表先が多岐にわたるためか)なかなか単行本としてまとまらなかった。今回収録の作品も、中国のオンラインイベントや米韓のアンソロジイ、電子書籍の書下ろしなど、日本の文芸作家がほとんどオファーされない(つながる人脈がない)媒体が多く、著者の活動の幅広さを再認識できる。

 ヴァンテアン(2015)バイオハックを得意とするMIT仕込みの技術者は、3Dプリントスタジオで奇妙なサラダコンピュータを開発する。
 従卒トム(2015)南北戦争のあと、屍兵技師のトムは、西郷隆盛の倒幕軍に雇われ遠く太平洋を渡る。だが、江戸湾要塞攻めを準備中の屍兵部隊に予期せぬ敵が現れる。
 おうむの夢と操り人形(2018)東京オリンピックが終わり、廃棄されたロボットの再利用方法を考えていたITと企業サポートの専門家は、意外な組み合わせを思いつく。
 まるで渡り鳥のように(2020)*22世紀、直径85キロもある中国の宇宙島で、主人公は春節帰省する宇宙船の群れを見ながら渡り鳥の研究を続ける。
 晴れあがる銀河(2020)帝国が成立し次第に窮屈になる日常の中、新たな銀河航路図を作成しようとする主人公たちの苦悩(『銀河英雄伝説』のトリビュート作品)。
 距離の嘘(2020)苛烈型の麻疹が、カザフスタン共和国にある難民キャンプで流行している。主人公は支援のため70万人が住むキャンプに赴いた。
 羽を震わせて言おう、ハロー!(2021)*2034年、種子島から離昇した系外惑星探査機はロス128bを目指して恒星間を飛行する。250年後、呼びかける声が聞こえた。
 海を流れる川の先(2021)奄美大島に薩摩の大船団が侵攻する中、阻止のため漕ぎ出そうとする1人の青年の丸木舟に、薩摩の僧と称する男が同乘しようとする。
 落下の果てに(2022)*木星有人観測船を重大事故から救った作業員が治療を受けている。しかし、男は意識があるものの呼びかけに一切反応しない。
 読書家アリス(2023)SF専門雑誌の編集者はAIツールを使って作品を捜す。人間が書いたものを選び出せるのは〈読書家アリス〉だけだった。
 祖母の龍(2024)*軌道作業ステーションで、Xクラスの太陽フレア発生の警報が出る。緊急に作業員覚醒が行われるが、そこで出会ったのは。
*:オンラインイベント科幻春晩に書下ろされたもの

 本書の帯には「技術は人類(われら)を自由にする」とある。つまり、宮内悠介と同じくテクノロジー小説といえるが、受け取る印象はずいぶん違う。同じようにスタートアップ起業家を描いても、宮内の作品はどこか悲哀を感じさせ、対照的に藤井作品では、悲劇であってもまだこれからという高揚感が漂う。AIによる編集者や作家の変貌を描く「読書家アリス」などはその典型だろう。作家業を脅かす生成AI、LLMも(それがよりよいものを産み出すのなら)忌避するのではなく使いこなすべし、と説く。

 「従卒トム」の登場人物(サムライ)はちょっと出来過ぎながら、この組み合わせの巧さには感心する。「距離の嘘」も難民キャンプをまったく異なるものに見せてくれる。「ヴァンテアン」を含めて、現代的な切口のアイデア小説群だろう。

 科幻春晩に掲載された4つの短編は、どれも著者としては珍しい宇宙ものだ。宇宙ステーション、孤独な恒星間宇宙機、太陽フレアが吹きすさぶ宇宙空間、最後の「祖母の龍」などはフレアを龍に見立てたダイナミックな作品である。ショートフィルム(「オービタル・クリスマス」のような)に誰かしてくれないかと思わせる、とてもビジュアルな一編だ。

宮内悠介『暗号の子』文藝春秋

カバー画:中島花野
デザイン:大久保明子

 帯には「わたしたちは、いつまで人間でいられるのか?」とあって、テクノロジー(が人を変容させていく)小説集と謳っている。『国歌を作った男』に続く、連作を含まない作品集である。著者による詳しい解題が付いているのは前作と同様で、書かれた経緯などがよく分かる。発表誌は、文學界(2編)、Kaguya Planet、新潮、群像、SFマガジン、WIRED、トランジスタ技術と、文芸誌からテック誌までみごとに散けている。

 暗号の子(2024)集団になじめずデイトレードで生活する主人公は、カウンセラーの薦めで入ったVR上の匿名会に安らぎを感じるようになる。しかし平穏は長続きしない。
 偽の過去、偽の未来(2021)飛び級でMITに入った友人や、エンジニアの父を持つ主人公は、大学でコンセンサス指向言語の構想を得て研究を始める。
 ローパス・フィルター(2019)TweetCalmは、SNSに組み込むことで過激な発言をフィルタしてしまうアプリだった。ただ、これにはある噂がつきまとっていた。
 明晰夢(2023)明晰夢からルーシッドと名付けられたアプリは、VR内でLSDのサイケデリック体験がドラッグ抜きでできるという代物だった。
 すべての記憶を燃やせ(2023)自死した詩人の作品を追う主人公は、さまざまな文章の断片を読みあさっていく(生成AI「AIのべりすと」によって書かれたもの)。
 最後の共有地(2021)MITで知り合った天才的な友人は、ZTC(ゼロトラストの合意)の提唱者となる。人間同士が結ぶ合意を置き換えるはずだったが。
 行かなかった旅の記録(2021)主人公はネパールを旅する途中で伯父の訃報を聞き、どんなふうに死ぬのがいいか、と問われた過去を思い出す。
 ペイル・ブルー・ドット(2024)宇宙システム開発企業に勤める主人公は、ハードワークに追われ疲れた深夜、公園で星を観測する少年と出会う。

 「暗号の子」の匿名会にはWeb3の分散型ネットワークが使われている。サーバーがなく完全な匿名性が保たれる反面、犯罪組織だと騒ぐ世論を説得するのに苦労する。そこで主人公の父親からの思いがけない打ち明け話を聞く。「偽の過去、偽の未来」では、合意形成に暗号通貨を用いるスマートコンセンサスが出てくる。「ローパス・フィルタ」ではネット(SNS)の支配が行き着く果てが暗示され、「明晰夢」のデジタルドラッグはエスカレーションを産み、「すべての記憶を燃やせ」はAIが書き、「最後の共有地」はスマートコンセンサスをZTCとして語り直す。

 その一方、「行かなかった旅の記録」にはテクノロジーの話題はないが、家族や伯父との関係が色濃く語られる(コロナ禍で実際には行けなかった架空の旅)。本書では父と子、母と子など(アカデミア色があまりなく、匠の技のような工芸とも違う)エンジニアが関わる親子関係が描かれていて、もう一つのテーマになっている。「ペイル・ブルー・ドット」はトラ技に掲載されたもの。ラズパイとかアルディーノとか、組み込みマニア系のパーツ名がナマで出てくる(分からなくても支障はない)。天文部小説でもある。ここに描かれる「テクノロジー」に国家プロジェクト的なものはない。いまの我々から見て、身近で個人的なものばかりである。しかし、そのどれもが世界とつながっている。

 ところで、最近のSFではマッドサイエンティストはギャグに後退し、引きこもりのスーパーエンジニア的な人物が活躍するお話が多い。難関をハードウェアの発明ではなくコーディングで切り抜けるのだ。

飛浩隆『鹽津城』河出書房新社

装丁:川名潤

 初期作やエッセイなどを収めた『ポリフォニック・イリュージョン』(2018)を除けば、『自生の夢』(2016)以来、飛浩隆8年ぶりの第3短編集となる。本書の収録作6編は、群像や文藝、あるいは西崎憲の関わるアンソロジーなど、ほとんどが純文系の媒体に発表されたものだ。

 未(ひつじ)の木(2020)単身赴任中の妻に、夫から結婚記念日の贈り物が届く。大きな植木で、贈り主そっくりの花を咲かせるのだという。それも、顔だけでなく全身の。
 ジュヴナイル(2019)こども食堂にやってきた転校生は、語りだけで料理の味を変容させる力を持っていた。その子はノートにびっしりと書き込みをしている。
 流下の日(2018)現首相が政権に就いて40年が過ぎ、日本は奇跡的な復活を遂げた。主人公はかつての上役が住んでいた、二二災の現場でもある村を再訪する。
 緋愁(ひしゅう)(2021)県道を占拠する緋色の集団。退去勧告に赴いた土木事務所の職員は、赤い布を巻く行為は世界をゆがめる電波を排するためだと聞く。
 鎭子(しずこ)(2019)うみの指に侵蝕される饗津(あえず)に住む志津子と東京で仕事をする鎭子、それぞれが年下の男と情を交わしながら自らの生きざまを述懐する。
 鹽津城(しおつき)(2022)L県沖の日本海で起こった大地震の結果、広範囲の鹵害(ろがい)が発生する。一方、疾病が蔓延する世界では漫画家の一行が故郷を目指す。

 『自生の夢』に収められた「海の指」と「鎭子」のうみの指は同じものなのだろう。ただ(奇妙ではあるが)実存する世界として描かれた前者に対し、本書でのそれは主人公の心象風景のようにも解釈できる。他の作品も同様なのだが、共鳴/反発し合う複数の幻想と現実の物語を(どちらが本当なのか明らかにしないまま)あえて併存させている。

 表題作の世界設定はさらに複雑だ。日本海地震で鹵害が広がるもう一つの日本と、人口が激減した22世紀の日本。そして、休筆中のベストセラー漫画家が車で旅をする2050年では、正体不明の難病である鹹疾(かんしつ)が流行している。時間線はそれぞれで異なる。漫画家の創作(真)が鹵に侵された世界(偽)のように見えるけれど、それも不確かに描かれている。ただ1つ「鹽津城」という言葉だけが、散逸する異界を繋ぎ止めるアンカーのように作用する。

 枠物語のようでいて入れ子構造ではない。鹽、鹵、鹹と見慣れない(読めない)漢字による異化効果も駆使される。現在の飛浩隆の頂点ともいえる傑作中編である。

坂崎かおる『箱庭クロニクル』講談社

切り絵:Teresa Currea
装幀:岡本歌織(next door design)

 4月に出た『嘘つき姫』に続く坂崎かおるの第2短編集である。全部で6作品を収め、半分は小説現代に掲載(そのうち「ベルを鳴らして」は第77回 日本推理作家協会賞短編部門を受賞)、さらに徳島新聞掲載の掌編と2作の書き下ろしを含む。

 ベルを鳴らして(2023/7)1930年代の日本、主人公は邦文タイプライターの学校に通い中国人の先生から才能を認められるが、世の中では不穏な空気が膨らんでいく。
 イン・ザ・ヘブン(2023/10)アメリカの地方、母親は性的な本を禁書にしない学校を認めない。そのせいで主人公は学校を辞めさせられ、家庭教師から学ぶようになる。
 名前をつけてやる(書下ろし)均一ショップに安い輸入品を卸す会社で、主人公はパッケージングとネーミングの仕事をしている。そこに寡黙な新人がやってくる。
 あしながおばさん(書下ろし)揚げ物チェーン店で、主人公はバイト女子大生が気に入る。特にスタンプの押し方が良かった。ところが、そのスタンプが廃止になる。
 あたたかくもやわらかくもないそれ(2024/4)ゾンビが治る薬はマツモトキヨシでも売っている。小学生だったころ、そんなうわさを信じて友人と探し回った。
 渦とコリオリ(2023/8)市民ホールで行われるバレエの公演に主人公も誘われる。そこには姉もいて、演技について容赦ない文句をつけてくる(新聞掲載の掌編)。

 前著からは、収録作の主たる発表媒体も一般向けの小説誌に変わり、もしかしたら作者は心を入れ替えハートウォーミング路線に転向したのでは、と思ったが(もちろん)そうではない。やはり陥穽が物語のあとに控えている。

 「ベルを鳴らして」でタイプライターに入れ込む主人公は、先生の入力速度/精度に勝とうと異様なまでに執念を燃やす。「イン・ザ・ヘブン」では偏執的な母親に辟易する主人公は、家庭教師に救いを求める。「名前をつけてやる」ではバグチャルに新たな名前を付けるのだが、新人の意外な特技が判明する。「あしながおばさん」は、家庭に小さなわだかまりがあって、主人公のおばさんは女子大生の実直さと明るさに惹かれる。「あたたかくもやわらかくもないそれ」は、小学校時代の記憶(ゾンビはコロナに近い感染症らしい)と新幹線車中の出来事とが重なる。「渦とコリオリ」の姉は、冒頭から死んでいることが明らかにされる。

 ところが、これらは発端に過ぎない。登場する「好い人」「まじめな人」らしき人々は、過去なり現在なりに何か仄暗いものを抱えていて、物語がハッピーに終るのを妨げる。表題の『箱庭クロニクル』の箱庭とは、各登場人物たちの生きざまを指すのだろう。人の一生など、社会全体から見れば小さな箱庭に過ぎないからだ。しかし、どれにも一生分の時間=歴史(クロニクル)はある。そして、深い穴の存在も。

日本SF作家クラブ編『AIとSF2』早川書房

カバーデザイン:岩郷重力+Y,S

 昨年出た『AIとSF』の第2弾。前巻は22編(22作家)を集めた大部のアンソロジーだったが、今回11編と半減、しかし書籍としてはこちらの方が100ページ余り分厚い。巻頭に長谷敏司のノヴェラ(300枚強の短めの長編)を収めるなど、中編クラスがメインのためだろう。AIテーマが熟れたせいなのか、昨年版より絞り込まれた作品が多いように思われる。

 長谷敏司「竜を殺す」兼業作家の一人息子が殺人を犯す。子どものことを分かっていなかったと嘆く主人公は、被害者の背景を調べるうちに思いがけない事実を知る。
 人間六度「烙印の名はヒト 第一章 ラブ:夢看る介護肢」〈介護肢=ケアボット〉は〈メタ〉を自己肯定感で満たすために働く(新作書下ろし長編の冒頭部分)。
 池澤春菜「I traviati 最後の女優」最後の舞台女優と呼ばれる主人公は、インプラントしたパーソナルAIを使ってAI単体ではできない最高の朗読劇を演じようとする。
 津久井五月「生前葬と予言獣」災害危険区域から住民を移転させるプロジェクトで対話型AIが説得に使われる。しかしなかなか理解は得られなかった。
 茜灯里「幸せなアポトーシス」国のノーベル賞級卓越研究のため、不老不死研究で知られる生命科学者の脳情報がAIにインストールされる。期待通りの成果が生まれ始めるが。
 揚羽はな「看取りプロトコル」アンドロイドAIが終末期医療で看取るのは、火星から帰還した末期がんの患者だった。患者は意外な要求をしてくる。
 海猫沢めろん「月面における人間性回復運動の失敗」月のオートタクシーを運転するAIと人間のペアのところに、危ないお客が乗ってきてかみ合わない会話を交わす。
 黒石迩守「意識の繭」世界に蔓延する電脳昏睡症の治療のため、Rアバターが開発される。外部から脳を刺激するBCI用のアプリだったが、やがて病の真相が明らかになる。
 樋口恭介「X-7329」意識を持つAI、X-7329が最後のアナログ=人間を排除するために森の中を徘徊する(ChatGPT-40などを全面的に使用して生成した作品)。
 円城塔「魔の王が見る」アレケトが3日かかって道路を横断し、世界がちぐはぐに見えて、NNはニューラル・ネットワークではなくネームド・ネームレスである。
 塩崎ツトム「ベニィ」ある家族の兄弟たちの運命は、1950年代にアメリカの国家プロジェクトとして密かに進められたある計算機の開発へと収斂していく。

 目の前、10年後の未来を舞台とする「竜を殺す」は家族の物語である。単身赴任中のため不在の妻、解雇通知を受けた塾講師で兼業作家の夫、親や友人よりスマホAIに依存する(この時代ではふつうの)高校生の3人家族だ。この社会/この家族で起こる問題は、いまの時点で(少なくとも兆しが)あるものばかりといえる。たとえば作家はAIに流行を分析させ、AIが生成する物語を編集して作品にする。善し悪しとは無関係に、AIは欠かせない道具になっている。

 アンソロジーで目立つのはAI時代の作家のあり方だろう。「竜を殺す」の作家はAIのオペレータのようであるし、その現在形がプロンプトで物語を(実際に)生成した「X-7329」なのだ。「ベニイ」では複雑な家族関係と偽史(架空のコンピュータ史)を絡める中で、小説を含む文化自体の存在意義が問われている。

 「烙印の名はヒト 第一章 ラブ:夢看る介護肢」と「看取りプロトコル」では、終末期用介護士/看護師アンドロイドが出てくる。「I traviati 最後の女優」「幸せなアポトーシス」「意識の繭」では、脳インプラント型アシスタントや脳の複製=ツインがキーとなっている。これらは、拡張(増幅)機能としての(いわゆる人工知能に捕らわれない)AIが人に何を及ぼすかが描かれる。「生前葬と予言獣」はVRを組み合わせて人に希望を抱かせるアイデア、「月面における人間性回復運動の失敗」や「魔の王が見る」はテーマを逆手にとる独自の展開ながら面白い。

野﨑まど『小説』講談社

装幀:川谷康久

 前作『タイタン』から4年ぶりの新作長編である。小説現代2024年10月号一挙掲載後に単行本化されたもの。『小説』というシンプルにして大胆な表題だが、「書く」と「読む」の2つの面が描かれている。主人公は主に後者の立場だ。著者は、テイヤール・ド・シャルダン『現象としての人間』を契機として構想が産まれたとも語る(上掲の著者インタビュー)。

 主人公は医師の息子で幼いころから本を読んでいた。父親を喜ばすため大人向けの本を選んでいたが、中でも小説にのめり込むようになる。やがて、転居した都内の小学校で1人の読書仲間を得る。学校の隣には明治以来の大きなお屋敷があり、有名な作家が住んでいるらしかった。黙って忍び込んだ2人は、髭もじゃの作家の書庫に案内され自由に本が読めるようになる。

 作家のペンネームは2人には明らかにされず、どんな本を書いたのかは分からない。屋敷には芥川龍之介も住んだことがあったらしく、さらに、地下の謎の空間で作家の孫の同学年らしい女の子を見かける。主人公は太宰治、司馬遼太郎、トールキン、高橋克彦(『総門谷』)、小泉八雲などなどと出会い、そしてアイルランドの詩人イェイツに至る。同じような読書体験をした人は結構いるはずだ。

 物語は、元科学者の小学校教諭、博物館の研究者、屋敷を管理する税理士、警視庁の警部補ら多数の登場人物と、小学校から30代に至る時間が断続的に(しかし文章としてはシームレスに)繋がり、(自身の体験や取材を交えた)日常世界とイェイツの詩の幻想世界が、また切れ目のない一続きで描かれている。それにしても、シャルダンのオメガ点と「読むこと」とは普通なら結びつかない。驚きの発想だろう。何のアウトプットも出せないまま膨大な物語をただ読み続ける世の読書家に、その意味を(肯定的に)問う啓蒙の書といえるのかもしれない。

SFマガジン編集部編『恋する星屑 BLSFアンソロジー』早川書房

カバーデザイン:坂野公一(welle design)
カバーイラスト:中村明日美子

 SFマガジン2022年4月号と2024年4月号のBLSF特集掲載作に、新たに書下ろし2作、同人誌からの転載1編を加えたBL小説アンソロジーである。全部で12作品(コミック2作を含む)の中短編からなる。著者も、BLでスタートした直木賞作家の一穗ミチから、初チャレンジに近い(と思われる)小川一水、BLレーベルのジャンル小説を主力とする書き手やベテラン同人作家までと多岐にわたる。

 榎田尤利「聖域」2 LBS(ロイヤル・バトラー・システム)を開発したグループのチーム長はある性癖を抱えていた。その私邸に見知らぬ青年が訪れる。
 小川一水「二人しかいない!」1 星間貨客船が異星人ハトラックにハイジャックされ、女装した学生とスーツの男だけが無人船に拉致される。なぜ2人なのか。
 高河ゆん「ナイトフォールと悪魔さん 0話」(2024)仮想の島の中で会う2人は、ナイトフォールと悪魔さんと名乗り合ったが正体は不明だった。(コミック)
 おにぎり1000米「運命のセミあるいはまなざしの帝国」(書下ろし)小さな探偵事務所に高校生の少年が人捜しを依頼してくる。友人が森に行ってしまうのだという。
 竹田人造「ラブラブ⭐︎ラフトーク」2 対話型個人推進システム=ラフトークの勧めに従っていれば、十分な満足が得られるはずだった。しかしそれも先週までのこと。
 琴柱遙「風が吹く日を待っている」1 1960年、北インドのカシミールにあった難民キャンプで男が赤ん坊を産む。オメガバースがはじめて明らかになったのだ。
 尾上与一「テセウスを殺す」2 「意志の中核」だけを移していくことが可能になった時代、富裕層だけでなく犯罪者もその技術を使い、検察の特効執行群が追う。
 吟鳥子「HabitableにしてCognizableな意味で」1 1980年代から2050年代まで、2人の男の子から始まる関係の変遷がおよそ10年単位で描かれる。(コミック)
 吉上亮「聖歌隊」(書下ろし)海から押し寄せてくる齲(むし)の群れを迎え撃つために、唱年(しょうねん)たちの聖歌隊は「歌」を武器に戦う。
 木原音瀬「断」1 離婚を契機に大手を辞め、小さな不動産屋に勤める主人公は夜中に奇妙な音が聞こえるようになる。そこになれなれしい青年も加わり事態は混乱する。
 樋口美沙緒「一億年先にきみがいても」2 遠い惑星で1人暮らしていた主人公は、銀河ラジオに投稿した音楽がきっかけで巨大な宇宙船を招くことになる。
 一穂ミチ「BL」1 ある国の児童養護施設で、親元から離された天才児たちが訓練を受けていた。ペアとなった2人は他国で暮らすことになるが、秘密の計画を温めていた。
 1:SFM2022年4月号掲載、2:SFM2024年4月号掲載

 SF縛りなので異形の性が描かれたものがいくつかある。おにぎり1000米のフェアリー(セミとニンフ)、琴柱遙のαとΩ(オメガ)など6つの性の組み合わせ、樋口美沙緒のベイシクスとフィニアスは、人口激減を男による妊娠で解決する(風刺的な一面を持つ)作品だ。AI絡みのコメディとした榎田尤利と竹田人造、ネタ的なギャグの小川一水と木原音瀬、BLをあえて背景に下げ物語を前面に押し出した尾上与一、吉上亮、一穂ミチらの作品も面白い。高河ゆんと吟鳥子のコミックは、BL要素のエッセンス的なもの(コンデンストBL)といえる。

 少年愛や耽美小説、やおいを経てジャンルを成すまで、BLは独自の歴史を刻んできた。徳間キャラ文庫、SHYノベルス、リブレ、エクレア文庫、白泉社花丸文庫、新書館ディアプラス文庫と、本書収録の著者が書くBLのレーベルも数多くある。ただ、評者が手に取る機会は(よほど話題性がない限り)あまりなかった。両方の趣味があれば別だが、読み手からすれば隔絶されたジャンルだったわけだ。とはいえ、BLSFもSFBLもサブジャンル的には存在しうる。交流は常にあったほうが多様性を楽しめて良いだろう。

小川哲『スメラミシング』河出書房新社

装画:jyari
装丁:川名潤

 小川哲の最新短編集。「陰謀論、サイコサスペンス、神と人類の未来を問う弩級エンタメ集」と惹句が並ぶが、(大きな意味での)宗教をテーマとした作品集である。収録作は冒頭の作品がアンソロジーの『NOVA2019年春号』、巻末が同じくアンソロジーの『Voyage 想像見聞録』(もともとは小説現代に掲載)である他は、すべて文藝に載った作品だ。

宗教とか神様について考えることは、根源的に人間の欲望に内蔵されているもので、それについて考えることは、小説について考えることにもつながるだろうと。人々の欲望を満たそうという、僕ら小説家が普段しようとしていることを、いろいろな角度から考えてみたかったというのがあると思います。

「人間には陰謀論的な思考回路がつねにある」 作家・小川哲が『スメラミシング』で描いた信仰と宗教 | CINRA

 七十人の翻訳者たち(2018)紀元前3世紀、ヘブライ語の(旧約)聖書をギリシャ語に翻訳した七十人訳聖書が作られた。しかしその内容には重大な問題があった。
 密林の殯(2019)主人公は天皇に縁がある由緒ある八瀬童子の子孫だったが、仕事を継ぐつもりはなく、なぜか宅配荷物の配達に生きがいを感じていた。
 スメラミシング(2022)ディープステートにノーマスク運動、さまざまな怪しい情報が渦巻く中で崇拝を集めるスメラミシングと、その代弁者の活動。
 神についての方程式(2022)未来のいつか、宗教団体「ゼロ・インフィニティ」の起源を探る宗教考古学者は、開祖と伝道者の正体に迫ろうとする。
 啓蒙の光が、すべての幻を祓う日まで(2024)理国の正史にも取り入れられている叙事詩に、重大な矛盾点が指摘される。それは神の存在に関するものだった。
 ちょっとした奇跡(2021)第2の月により自転が停まった大異変後の地球では、少数の人類が明暗境界線を移動していく車両の中だけで生きながらえていた。

 著者は、小説の原点は聖書にあると述べている(上記参照)。七十人訳聖書もヘブライ語部分は一部に過ぎず、それも(さまざまな伝承を寄せ集めたため)一貫していない。ギリシャ語段階で追加(創作)されたところも多い。つまりその出自からいっても「嘘」が前提の小説に近い存在なのである。そこから、人がなぜ陰謀論=極端な嘘に惑わされるのかの理由が想像できる。嘘であるほど(虚構が大きいほど)人は魅了されるのだ。

 本書では、聖書の矛盾、伝統的な宗教と新たな宗教儀式ともいえる宅配、陰謀論者たちとホテル勤務の(隠された記憶を抱える)青年の空虚な生きかたの対比、インドで生まれたゼロの存在と新たな宗教の理念、逆に神の否定が産み出すある種の教条主義が描かれる。「ちょっとした奇跡」だけは異色だが、黙示録的な世界に生きる終末期人類の物語と思えばしっくりくるだろう。

林譲治『知能侵蝕(全4巻)』早川書房

Cover Illustration:Rey Hori/Cover Design:岩郷重力+Y.S

 2024年1月から刊行が始まった、林譲治の最新長編『知能侵蝕』が10月の第4巻(第4分冊)で完結した。第41回日本SF大賞受賞作でもある2018-19年の《星系出雲の兵站》、2019-20年の《星系出雲の兵站ー遠征ー》を始めとして、著者の本格SFは、2021-22年の《大日本帝国の銀河》、2022-23年《工作艦明石の孤独》と切れ目なく書かれてきた。それぞれ分冊化されてはいるが、全体で1つの長編となっている。書き下ろされるごとに出版という構成力が問われる形式で、完成済み原稿の分量割りとはひと味違う。今回は遠未来や過去ではなく、十数年後の近未来が舞台となる。

 2030年代末、航空宇宙自衛隊の観測班長は、地球軌道上にあるデブリが不可解な動きをしていることに気がつく。考えられない現象だが、知見のない防衛省に上げても反応がないことを見越して、情報は国立の研究所NIRCに伝えられる。デブリが向かう高度65000キロの軌道上に遷移した、小惑星オシリスが関係していると考えられた。軌道要素から見てエネルギー保存則を破るような現象が生じているのだ。一方、地方の山中にある廃ホテルでは奇怪な事件が起こっていた。

 オシリス偵察のため急遽打ち上げられた宇宙船が遭難、1人生き残った自衛官は小惑星内に取り込まれる。内部には複雑な洞窟があり、なぜか呼吸可能な大気で与圧されている。そこには、廃ホテルから拉致されたらしい2人の日本人がいた。オビックと名付けられた未知の存在は、さまざまな手段で地球侵攻を図ろうとしているらしい。その一つ、軌道エレベータの建造を阻止するため、モルディブ沖で海戦が勃発する。

 小惑星内で生活する人間はさらに2人加わる。ただ、挙動がおかしい者もいた。オビックはミリマシンと呼ばれる超小型の機械を使うのだが、それが人間に擬態するのだ。小惑星では、オビックの宇宙船が製造され地球へと来襲する。大半は迎撃されるものの、1部はアフリカ中央部に下り、軍事会社が採掘権を持つ鉱山を制圧する。

 鉱山からオビックは世界中に拡散する。だが、放棄された廃鉱山ばかりが狙われる。日本でも地方に来襲するが、自衛隊は正規軍を都市防衛に温存し、替わりに中高年のMJS(非正規雇用部隊)を前線に送り出す。一方のNIRCでは敵の本拠地である小惑星を攻撃するため、原子力推進の宇宙船を各国分担で打ち上げ、一気に事態の打開を図ろうとする。

 近未来、日本は極度の人材不足に陥っている。特に高度なスキルを要する研究者レベルが不足する。優秀な人材がいなければ、先端技術はすべて外国頼みとなる。航空宇宙自衛隊でも人手は足りず、JAXAや天文台の科学者が徴用され穴を埋めている。NIRCも危機管理のための科学者組織である。だが、旧態依然とした縦割り官僚組織はメンツを優先し、配下にない部署からの具申など見向きもしない。著者のこういう皮肉な視点は、非正規雇用者からなる使い捨て部隊MJSで顕著にあらわれる。非正規のため、死傷しても自己責任なのだ。

 本書ではオビックという異質の知性が登場する。人類を凌駕する科学技術を持つのに、その行動は合理的ではない。何かが起こると学習こそするものの、人が常識と思う判断は行われず柔軟性にも欠けている。なぜそうなのかは本書を読んでいただくとして、《星系出雲の兵站》に出てくるガイナスも同様の「知的生命」だった。著者は地球外の知性に対してやや悲観的な見方をしているようだ。

 ところで、本書の結末はイーガンテイラーかという終わり方(オチではない)であるが、これもある種のパロディなのかもしれない。