林譲治『コスタ・コンコルディア 工作艦明石の孤独・外伝』早川書房

Cover Illustartion=Rey-Hori
Cover Design=岩郷重力+Y.S

 8月に出た本。本年完結した著者の《工作艦明石の孤独》(全4巻)の第3巻に、「コスタ・コンコルディア」という章がある。ある星系の惑星軌道上で、130年前のものと思われる植民船コスタ・コンコルディアが発見されるというエピソードだ。結末にも関わる謎なので詳細はシリーズ本編を読んでいただくとして、本書はさらに後の時代を描いた独立編である(登場人物の重複もない)。

 小さなM型恒星を巡る惑星シドンは気候が厳しく、200万ほどの人口しかない辺境の植民星である。ただ、そこにはタイムワープにより3000年前に漂着した先住民がいた。新たな植民者たちは、先住者を既に文明を失った野蛮人として差別的に扱ってきた。そこで、過去の文明観を一新する発見が報告される。現地の弁務官は、統治機構への影響を考慮し調停官の派遣を要請する。

 調停官は先住民の科学者と共に調査を進める。伝説に過ぎなかった過去が明らかになれば、先住者の地位も見直されることになる。しかし、植民者たちの現地自治政府や、守旧派の議会とは思惑が交錯する。先住者にも、長年の同化政策を否定する発見に拒否反応を示す一派がいるのだ。

 入植する3000年も前から生きる先住者は、植民者から見て異星人とも等しい民と映るだろう。牧眞司は本書を「文化人類学的な視座」を持つ作品としている。同様に、中村融はかつて眉村卓『司政官 全短編』(2008)を、ル=グィンやビショップの諸作と並ぶ「異星文化人類学SF」と評した。《司政官》と本書には、異文化との共存という共通のテーマがあるのだ。さらに、植民星を統治する弁務官やエージェントAIを唯一の部下とする調停官は、ロボット官僚(人間の部下はいない)を率いる司政官を思わせる。どちらも地球圏(人類圏)の権威や圧倒的な武力を背景に植民星を統治するが、かえって反乱を引き起こすこともある。

 眉村卓はその葛藤を司政官の内面を描くことで表現した(司政官は孤独な存在である。味方はロボットだけで、人間的な苦しみを共有できる相手ではない)。一方、林譲治の場合はもう少しテクノクラート(=技術官僚)寄りの視点で描く。問題を切り分け、技術的に収拾するまでの思考プロセスが物語になっている(従って、個人の苦悩は顕著には表れない)。その点は、谷甲州《航空宇宙軍史》に登場する軍人のふるまいに近いように思われる。

武石勝義『神獣夢望伝』(新潮社)

装画:zunko
装幀:新潮社装幀室

 6月に出た本。日本ファンタジーノベル大賞2023受賞作。著者は1972年生まれ、これまでカクヨムなどネット上で作品を発表してきた。銀河系を舞台にした壮大なSF長編などもある。本書は三国志風の架空世界を舞台としたファンタジイである。

 辺鄙な村に武勇に優れた守人の青年、観るものすべてを魅了する祭踊姫の娘、異世界の夢を繰り返し見る少年がいた。しかし都の太上神官が村に巡行したとき、娘は都にある夢望宮に仕えるよう命じられる。娘が忘れられない青年は軍務に就き、少年は神官になるべく都に赴くが、折しも均衡を保っていた国家間で軋轢が高まろうとしていた。

 恩田陸「(『キングダム』的な)既視感が強いものの、いちばんきちんとドラマになっていて、読み応えがあった。登場人物もそれぞれくっきりとした存在感があり、人間臭いところも魅力的」、森見登美彦「とにかく面白く読ませるという点で、本作は他の候補作から抜きんでていた。簡潔な描写やエピソードの積み重ねがうまくて、登場人物が生き生きしている」、ヤマザキマリ「作中に登場する女性たちはみな一筋縄ではない生命力と繫殖欲を備えており、若い表現者の想像力だけではなかなか描けない強烈な女性像も印象深かった」。

 選考委員の評価はおおむね高く、最終候補作中トップのリーダビリティだったようだ。その一方、主人公=少年の行動(希求する方向性)が途中で切り替わってしまうこと、物語を支えるポジティブな存在の不在が課題とされる。

 なぜ「神獣夢望」なのかというと、世界は夢望宮の地下に眠る神獣(どのような姿なのかは分からない)の夢だからだ。眠りから覚めると消失してしまう。少年には(おぼろげながら)同様の能力があるらしく、現世の命運を担っているようでもある。となれば、世界を救済する英雄への変貌がエンタメ的には望まれるが、著者はむしろシリアスな下降方向(アンチクライマックス)へと持っていく。その是非は読み手の好みにもよる。

 評者は、夢にメタフィクション(物語中の物語)的な意味を持たせるのかと思った。こういう複数の可能性を暗示させるのも著者の才覚なのだろう。

正井編『大阪SFアンソロジー OSAKA2045』/井上彼方編『京都SFアンソロジー ここに浮かぶ景色』社会評論社

装画・装幀:谷脇栗太

 VGプラス合同会社が編集し、Kaguya Planetレーベル(発売元:社会評論社)で出すアンソロジイの第2弾(OSAKA2045)と第3弾(ここに浮かぶ景色)である。大阪と京都にちなむSFという、地域をテーマとしたご当地作品集。実在の都市名を冠するアンソロジイは、文学ならともかくSFではあまり見かけない。著者はかぐやSFコンテストの入選者を中心に、地域在住だったり生地だったりの所縁ある作家たち、それぞれ大阪10人+1人/京都8人から成る。

OSAKA2045
 北野勇作「バンパクの思い出」20年前なのか75年前なのか、混在する2つのバンパクの思い出が余談を交えながら語られる。玖馬巌「みをつくしの人形遣いたち」夢洲にある万博跡地の科学館で、コミュニケーターを務める主人公と先輩や館長、AIの目指すものとは。青島もうじき「アリビーナに曰く」70年万博が持続され75年を経た世界で、瓦礫から生まれたアリビーナは月を目指す。玄月「チルドボックス」先の万博の年生まれの老人と、後の万博生まれの若者が同居する靭公園近くのマンション。中山奈々「Think of All the Great Things」10編のSF俳句が映し出す十三(じゅうそう)の人々の生きざま。宗方涼「秋の夜長に赤福を供える」絶えようとする伝統の菊人形を守る、枚方市に住む祖父親子3代の奮闘記。牧野修「復讐は何も生まない」IRの失敗、南海トラフ地震による水没を経て荒野と化した夢洲で、荒んだ会話を交わす2人の女は待ち受ける男たちと対決する。正井「みほちゃんを見に行く」主人公の伯母にあたるみほちゃんは寂れた地域に住む。スキルがあるのに定職につかず独り身のみほちゃんは、なぜそんな生き方を選んだのか。藤崎ほつま「かつて公園と呼ばれたサウダーヂ」バーチャル空間の中では、好きな時代の長居公園を選ぶことができる。それは亡くなった叔父の足跡を再現する旅でもある。紅坂紫「アンダンテ」活動への資金援助を絶たれ、インディー音楽が廃れた大阪で、かつて街を棄てたバンド3人組がコンサートを開こうとする。蜂本みさ「せんねんまんねん」(先行発売特典)2045年、堺の小学生が発信した音声メッセージは、同じ大阪の見知らぬ誰かからの返信をもらう。

ここに浮かぶ景色
 千葉集「京都は存在しない」1945年、京都は黒い柱に覆われ失われる。それ以来、存在したはずの京都を見てきたようなエッセイが流行する。暴力と破滅の運び手「ピアニスト」美術館に展示された〈仮相〉は人の考えを読んで形を変える。ポーランドから招聘したピアニストは展示を気に入り、思わぬ希望を出してくる。鈴木無音「聖地と呼ばれる町で」丹後半島の北辺、映画の聖地とされる町で民宿を営む主人公と、親父の仕事を検証する映画監督の息子との交流。野咲タラ「おしゃべりな池」京都市南部の巨椋池跡は、今は広大な農地になっている。そこで一人暮らしをする祖父は昔あった蓮池の話をする。溝渕久美子「第二回京都西陣エクストリーム軒先駐車大会」西陣を盛り上げようとイベントが計画される。ミリ未満の隙間で決まる軒先駐車の極限技を競うのだ。自動運転なら容易いが、もちろんマニュアルのみである。麦原遼「立看の儀」年に一度、京都大学跡地で立看の儀が開かれる。保存会があり、手造り感を残しつつ伝統に則った意匠を駆使した制作が行われる。主人公は新人で、初めて図案を任される。藤田雅矢「シダーローズの時間」京都府立植物園、夏休みに写生のため訪れた主人公は、そこで季節外れのチューリップと、今はもうないはずのドーム型温室の赤屋根を見る。織戸久貴「春と灰」京都府南部の相楽郡にある国会図書館関西館、その辺り一帯はもはや〈禁足地〉と呼ばれ封鎖されている。本があるからだ。

 同様の趣旨で編まれたアンソロジイだが、集まった作品のトーンはずいぶん異なっている。大阪編のキーワードは「荒野」だろう。文字通り物理的な不毛の地であったり、精神的文化的な荒野が描かれる。中には若干の光があるものの、万博の暗黒面(これが多い)や文化が失われた未来など、おおむね閉塞感漂うディストピアなのだ。中では「アリビーナに曰く」「チルドボックス」「かつて公園と呼ばれたサウダーヂ」などが印象に残る。テーマをナナメから切る北野勇作、牧野修はさすがの快作というか怪作。

 対して京都編は、これは編者の意図もあり、ありふれた「歴史と伝統」ではなく、北の丹後半島から南の相楽郡まで幅広いモチーフが多い。巨椋池SFは初めて見るし、かつて森見登美彦も在籍した国会図書館関西館(自動倉庫を備えた最新設備がある)など、あまり知られていない案件もあって多彩だ。大阪編とは対照的に「文化」に焦点が当たっているのが特徴である。植物の専門家である藤田雅矢による「シダーローズの時間」(著者には植物園ものの作品が複数ある)、また「第二回京都西陣エクストリーム軒先駐車大会」「立看の儀」がユーモアあふれる奇妙な文化を創造する試みで面白い。

新馬場新『沈没船で眠りたい』双葉社

装画:かもみら
装幀:AFTERGLOW Inc.

 著者は1993年生まれ。2020年第3回文芸社文庫NEO小説大賞を受賞した『月曜日が、死んだ。』でデビュー。2022年『サマータイム・アイスバーグ』で第16回小学館ライトノベル大賞優秀賞を受賞、SFネタが界隈で話題を呼んだ。一般読者向け書下ろし作品である本書でもそれは継承されている。テーマに強く関わる生成AI Chat GPT4なども作中の素材として取り入れたという。

 2044年、前年末にAIの打ちこわしを叫ぶネオ・ラッダイト運動が過激化、自爆テロが発生する。同じ日に、事件の首謀者と交流のあった女子大生が機械を抱いて海に落ちた。女性は救助されたが、テロとの関連を糺す刑事の取り調べに応じようともしない。なぜ運動に肩入れしたのか、ヒューマノイド=機械と心中まがいを企てた理由は何なのか。

 20年後の近未来は、今日を敷衍したディストピア社会である。多くの仕事はAI=ロボットに代替され、失業率は高止まっている。医療技術は飛躍的に伸び、BMIを用いる再生医療も進歩した。ただし、それが使えるのは富裕層だけだ。

 主人公の女子大生は鼻梁に大きな傷がある。整形できない家庭事情もあり、自己否定感に苦しめられていた。ところが意外な友を得る。何事にも消極的・冷笑的な主人公に対し友人は積極的で明るい。2人は育ちや身分(家族の社会的地位)考え方も異なる。著者はこの2人の関係をシスターフッド=女性同士の絆とする。対称的な友情を、フェミニズム的な連携に準えたのだろう。物語は友人の秘密を巡り、次第に暗転していく。

 著者は本書のテーマを「どこまで取り替えられたら、それはそれでなくなるか」とし、影響を受けた作品にイーガン「ぼくになることを」(『祈りの海』所収)を挙げる(インタビュー記事参照)。前者はSFの定番テーマ、新訳が出たバドリスの古典『誰?』(1958)もそうだ。後者は、イーガンならではの精緻さで考察された前者の派生形だろう。そこに生成AI社会に対するラッダイトや、格差社会が生んだシスターフッドなど今様のテーマを絡め、リニューアル/アップデートを企図した内容に仕上げている。

高野史緒『グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船』早川書房

カバーイラスト:中村至宏
カバーデザイン:bookwall

 電子版のみのAmazon Kindle Singleで発表された「グラーフ・ツェッペリン 夏の飛行」(2018)をベースとした長編小説である。著者の故郷茨城県土浦市を舞台とすることで私小説的な要素を大きく取り入れ、1929年の超大型飛行船グラーフ・ツェッペリン号寄港をキーポイントに据えて物語を構築している。

 主人公の女子高生は、パソコン部の帰りに城跡の公園に立ち寄る。そこで、グラーフ・ツェッペリンが飛ぶのを見た幼い頃の記憶を思い出す。しかし、幼いといっても飛行は百年も前のことで年代が全く合わない。もう一人の主人公の男子大学生は、夏休みのバイトで土浦にある量子コンピュータセンターにきている。両親の故郷ではあったが、彼には馴染みのない土地だ。折しも海外の共同研究者から、世界の重力波望遠鏡が一斉に停止しているという報告を聞く。

 土浦市はつくば市の隣にあり霞ヶ浦に面している。戦前は海軍航空隊の基地があったので、大型飛行船の寄港地にも選ばれたのだ。とはいえ、今では大学や研究開発拠点のあるつくば市のほうが有名で、土浦には全国に知られる名所旧跡はない。それでも、本書は現在の土浦をそのままモデルにしている。冒頭の城跡の公園(亀城公園)や量子コンピュータセンターが置かれている元結婚式場(現在は閉鎖中)もリアルに実在する。

 『グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船』の2つの時間線は、アニメ「君の名は。」伴名練「百年文通」以上に交錯しめまぐるしく、コニイ『ハロー・サマー・グッドバイ』のように一夏の出会いの物語となっている。しかも、著者こだわりのSFネタ(量子論ネタ)、得意のロシアネタまで含まれる。2つの2021年が舞台だが、JKの時間線(スマホもなく、ネットにつながるPCが珍しい)は、並行世界というよりむしろ著者の青春時代=過去に結びついている。その延長線上に、ソ連が存続し月基地のできる「幻の未来」があるのだ。1つの「現在」へと収斂する結末は、私的な追憶+実在の土浦+ツェッペリンの虚実(史実と虚構)があいまって萌え上がる。文字通りの青春SFながら、とても盛りだくさんな一作である。

ケン・リュウ、藤井太洋ほか『七月七日』東京創元社

일곱 번째 달 일곱 번째 밤,2021(小西直子、古沢嘉通訳)

装画:日下明
装幀:長崎稜(next door design)

 今月には旧暦の七夕(8月22日)がくるので紹介する。本書の原典は、韓国Alma社で企画出版された韓国語のアンソロジイである。済州島の伝承を元にした韓国SF作家の7作品に、中国系作家2作品(どちらも原著は英語)と藤井太洋(日本語)をゲストとして加えたものだ。

 ではなぜ済州島なのか、なぜ中国や日本が関係するのか、そもそもなぜ七夕なのか。まず、済州島は12世紀まで独立国だった関係で、韓国本土と異なる独自の文化や伝承がある。海を介して大陸と近い関係で、中国文化の影響も大きかった。その点は、独立王国だった奄美や沖縄(琉球)などとも共通する。また、日本には織姫彦星の一般的な七夕伝説のほかに七夕の本地物語というものがあるが、これは済州島の伝承との関連が指摘されている。国際アンソロジイとした根拠はその辺りにもあるだろう。

 ケン・リュウ「七月七日」幼い妹に七夕のお話をしたあと、主人公はアメリカに留学する友と夜の街に出る。すると、カササギの群れが現れて2人を空へと導くのだ。
 レジーナ・カンユー・ワン(王侃瑜)「年の物語」眠りについてから久しい時間が流れたあと、怪物「年」は少年に召喚されて目覚めるが、街は見知らぬものとなっていた。
 ホン・ジウン「九十九の野獣が死んだら」銀河港のターミナルに野獣狩りのハンターがやってくる。老人と鋼鉄頭のコンビで、獲物を臭覚センサーを使って追跡するのだ。
 ナム・ユハ「巨人少女」済州島の高校生5人が宇宙船に拉致され、一見何事もなく戻ってくる。しかし、その体には異変が生じていた。急激に巨大化していくのだ。
 ナム・セオ「徐福が去った宇宙で」コレル星系の辺境で採鉱をしているコンビは、見知らぬ巨大な宇宙船と遭遇する。それは、チナイ星系から不老草を求めて飛来したという。
 藤井太洋「海を流れる川の先」サツ国の暴虐な兵が大軍で押し寄せてくる。しかし、備えを知らせようとする伝令舟に、サツ国の僧と称する男が同乗してくる。 
 クァク・ジェシク「……やっちまった!」済州島で開催される学会のあと、学会を主宰する先輩と共に島の最高峰漢拏山に登頂した主人公は不思議な体験をする。
 イ・ヨンイン「不毛の故郷」生命の豊かな惑星で、異星人は孤島の耽羅地区に保養地をもうけていたが、予想より早くそこに人間が到来した。
 ユン・ヨギョン「ソーシャル巫堂指数」ネット時代に対応するために、市民はICチップをインプラントされている。しかし、巫堂指数が高すぎる人間は異常者扱いされる。
 イ・ギョンヒ「紅真国大別相伝」翼を持って生まれたものは殺される。しかし神の造った子供は羽を密かに切り落とされ、生き残ることになる。

 明記はされていないが、ケン・リュウ以外は書下ろしか、本書が初出の作品だろう(日本初紹介作家も多数)。各作品には元となる伝承や歴史がある。七夕(中国)、架空の新年行事(中国)、九十九の谷の野獣伝説、巨人のおばあさんハルマンの伝説、徐福伝説、薩摩による琉球討伐(日本)、白鹿譚と山房山誕生の伝説、シャーマン神話、媽媽神(大別相)に関する伝説などなどだ。注記のないものはすべて済州島の伝承・伝説になる。

 ただし、それぞれの物語はずっと自由で、宇宙ものの「九十九の野獣が死んだら」「徐福が去った宇宙で」「不毛の故郷」、怪獣ものめいた「巨人少女」や、今風の近未来「ソーシャル巫堂指数」、主人公の孤独を軽妙に描く「……やっちまった!」など、ユーモアと哀感を込めて書かれたものが多い。巻末の「紅真国大別相伝」はファンタジーなのだが現代的な寓意が込められている。

小田雅久仁『禍』新潮社

装画+ブックデザイン:鈴木成一デザイン室

 前作の連作中編集『残月記』で、第43回吉川英治文学新人賞第43回日本SF大賞を受賞した著者による短編集である。小説新潮に掲載された7編からなるが、中・長編を得意とする著者らしく発表年には10年以上の幅がある。それぞれ日常ホラー的な導入部ながら、その後の展開は著者独特の超常的な幻想世界につながっていく。

 食書(2013)離婚し次作を書きあぐねる作家が、ショッピングモールの多目的トイレで本のページを食べている女を目撃する。
 耳もぐり(2011)非常勤講師を掛け持ちする男の恋人が失踪する。恋人の隣室に住む男は、その行方を知っていると仄めかす。
 喪色記(2022)主人公は人の視線が苦手でうつ状態に陥ることもあった。やがて、意識の彼方から「ざわめき」を頻繁に感じ「滅びの夢」を見るようになる。
 柔らかなところへ帰る(2014)小柄で生真面目な男は、バスで乗り合わせた豊満な女性に異様に惹かれるようになる。同席は偶然のはずだったが。
 農場(2014)転落する人生に暗澹としていた青年は、誘いを受けて田舎の農場での住込み仕事にありつく。そこには巨大な培養タンクがあった。
 髪禍(2017)過酷な仕事に耐え兼ね休職していた主人公に、昔知り合った男から電話がある。頭髪にまつわる新興宗教の儀式でサクラになれというのだ。
 裸婦と裸夫(2021)美術館で開かれる裸婦展を見に行こうとした男は、電車の中で突然裸になる中年の男性を目撃する。その現象は伝染するように広がっていく。

 主人公は孤独だ。少なくとも人生の成功者ではない。ダーク・ホラーならば、そうした脱落者たちが落ち込む先は底の底、より深い煉獄であったり出口なしの迷宮になるだろう。つまり、絶望しかない。だが、本書で描かれる世界はちょっと違う。物語や脳内に潜り込み、灰色の異形から逃れ、ふくよかな肉欲にはまり、奇怪な閉鎖農場で暮らし、髪が神となり、着物を脱ぎ捨てた人々は、最終的にある種のユートピアに至るのだ。発端(現実)と結末(超常世界)には大きな落差がある。一見救いがないように見えても、何らかの光がさしているところが、小田雅久仁流の異世界なのである。

 全7作品、ほとんどは100枚以内の短編で「農場」だけが中編になる。ただ、著者の持ち味を十分引き出すには、やはり中編以上が必要と思われる。読者として、あの執拗な文体で描かれる見知らぬ世界に浸りきりたいからだ。

日本SF作家クラブ編『AIとSF』早川書房

カバーデザイン:岩郷重力+Y.S

 日本SF作家クラブは作家以外にも門戸を開いているが、会長に博士号を持つ科学者が就任するケースは稀だった。第16代会長だった瀬名秀明も、作家としての実績を見込まれてのことだろう。その点では、第21代大澤博隆会長は人工知能を専門とする現役の科学者なので、テーマ「AIとSF」との親和性も良い。本書は5月に出たアンソロジイ第3弾目、全22編の書下ろし短編を収める。

 さて作品を紹介する前に、下記のリストをご覧いただきたい。既にAIは現場の実用ツールなので、使う人はこう考えておくべき、というAIリアリストの7か条である。
1.わからないのは当然、まずは基本を押さえよう
 (AI業界にはさまざまな派閥があり、専門用語を使って分かりにくい説明をする)
2.どのAIについて話しているかを見極めよう
 (いろんなレベルのAIがある)
3.将来どうなるか憂うのではなく、今どう使えるのかを考えよう
 (人類が滅びる!とか恐れるのはそのあと)
4.AIで何がしたいのか(期待値)を分かって使うこと
 (訳も分からず、やみくもに使うと嘘をつかれても気が付かない)
5.擬人化しない
 (どんなに人に似ているように思えても、相手は人間ではない)
6.政治的なものだと思っておく
 (今のAIの動向には政治的な動きが大きくかかわっている)
7.怖がるな
 (どんなに万能に思えても、所詮コード/プログラムなのだ)
 とはいえ、SF作家はリアリストばかりではないだろう。リアルをどう凌駕できたのか、という観点で読んでみた。

 長谷敏司「準備がいつまで経っても終わらない件」万博開催前に時代遅れとなったAI展示に、起死回生の逆転が図れるか。高山羽根子「没友」やりとりがAIアシスタントで代行され、旅がVRになったとき、連れ立つ友の意味とは。柞刈湯葉「Forget me, bot」V-Tuberに関するニセ情報を消し去る「AI忘れさせ屋」の正体。揚羽はな「形態学としての病理診断の終わり」診断AIの能力向上で、仕事を追われる病理診断医の葛藤。荻野目悠樹「シンジツ」AIによる犯罪データベースの調査により、死刑犯が冤罪であると指摘されたとき。人間六度「AIになったさやか」亡き恋人はAIによる声となってよみがえり、主人公の行動を左右する。品田 遊「ゴッド・ブレス・ユー」妻の死後に引きこもっていた男は、AIパートナーの妻を作り出す。粕谷知世「愛の人」少年の保護司をしている主人公は、メタバースの中でお婆さんの姿をしたAIと出会う。高野史緒「秘密」富豪の老婦人は、わけもなく次々とVRコンパニオンを変えていく。その理由を探るハッカーが知ったのは。福田和代「預言者の微笑」画期的なAIモデルが人類の終末を予言したため、抗議する群衆に追われることになる。安野貴博「シークレット・プロンプト」ニューラルネットワーク《ザ・モデル》により平穏が保たれた国で、なぜか中学生だけの誘拐事件が続発する。津久井五月「友愛決定境界」インプラントで能力を高めた警備会社の隊員は、移民地区の犯罪摘発時に敵味方決定境界の乱れを知覚する。斧田小夜「オルフェウスの子どもたち」自己再建システムの暴走による下町癌化災害から30年が経った。その人工知能を巡り投企派と破滅派が対立する。野﨑まど「智慧練糸」平安末期、最高権力者の後白河院から仏像千体製作の命を受けた仏師は、宋より入手した立方体に生成の呪文を唱える。麦原 遼「表情は人の為ならず」表情を読むことも表すことも困難な主人公は、それを補助してくれる「伴」のアドバイスに従っている。松崎有理「人類はシンギュラリティをいかに迎えるべきか」ついにシンギュラリティを迎えようとする近未来、世界一周をする謎の男の目的とは。菅 浩江「覚悟の一句」人間の心を知ろうとするAIと、それに対する人間の反応についての対話が続く。竹田人造「月下組討仏師」月が消えた世界で、仏像型兵器を互いに備えた二人の仏師の戦いが続く。十三不塔「チェインギャング」遠い未来、意識を持たない人間を使役するのは意識を持った道具、咒物なのだった。野尻抱介「セルたんクライシス」AIセルたんは人類を指導するようになった。その方がより良い結果になるからだ。飛 浩隆「作麼生の鑿」〈有害言説〉の嵐が吹き荒れ、世界が危機に陥った。仏師AIχ慶は、樹齢千年弱を経た榧の木から仏を掘り出そうとして10年沈黙する。円城 塔「土人形と動死体 If You were a Golem, I must be a Zombie」さまざまなマシンとゴーレムを使役する魔術師は、次に魂を利用するゴースト・マシンを提案して顰蹙を買う。

 22編の中で、AIモノ造りの立場で描かれた作品といえるのは「準備がいつまで経っても終わらない件」ぐらいしかない。シンギュラリティも議論の埒外なのか「人類はシンギュラリティをいかに迎えるべきか」くらい(それもストレートではない)。擬人化では「AIになったさやか」「ゴッド・ブレス・ユー」が典型的なアイデアであり、また「没友」や「覚悟の一句」はAIを借りて人間性を考察する作品になっている。

 もっとも多いのは、いまリアルな社会問題(あるいはそのデフォルメ)を描く作品である。「Forget me, bot」「形態学としての病理診断の終わり」「シンジツ」「愛の人」「秘密」「預言者の微笑」「シークレット・プロンプト」が含まれる。AIによる支配、失業、大衆の恐怖やパニックなど、これらは既に起こっているか、明日起こってもおかしくない事例である。別のテーマを強調するため、道具としてのAIに振った「友愛決定境界」「オルフェウスの子どもたち」「表情は人の為ならず」などもある。

 AIと相性がいいのか「智慧練糸」「月下組討仏師」「作麼生の鑿」では過去(仮想)/未来の仏師が登場する。『竜を駆る種族』(竜が人間を使役する)のような「チェインギャング」、珍しいAIユートピアSF(SF作家の書くAIものはたいていディストピア)の「セルたんクライシス」、『屍者の帝国』のAI版「土人形と動死体 If You were a Golem, I must be a Zombie」は、別解釈を加えたAI変格ものの代表になる。

 SF作家の想像力が、生成AIブームのインパクトを超えたかどうかは微妙だが(読み手による)、まえがきと解説に専門家の視点を挟むなど「あの2023年に書かれたAIについてのSF」として、歴史的な意義は十分あるだろう。

倉田タカシ『あなたは月面に倒れている』東京創元社

ブックデザイン:岩郷重力+WONDER WORKZ。
装画:大河紀
装幀:岡本歌織(next door design)

 著者の作品としては、これまで第2回ハヤカワSFコンテストでの最終候補作『母になる、石の礫で』(2015)、書下ろし連作集『うなぎばか』(2018)、さらには共著『旅書簡集 ゆきあってしあさって』(2022)などがあったが、単独の短編集としては本書が初となる。

 二本の足で(2016)姿を見せなくなった友人の家を訪ねると、そこには人の形をしたロボット〈シリーウォーカー〉の群れが。
 トーキョーを食べて育った(2013)トーキョーに巨大ロボットが現れ、ビルを次々と喰っている。もう基地のまわりに建物はほとんど残っていない。
 おうち(2022)むかし住んでいた家に置かれたままの、大切なものを引き取りに行く。人がいない家にはたくさんの猫がいた。中には人並みに巨大なものもいて。
 再突入(2016)奏者、ピアノ、撮影するカメラが一体となって地球に落ちていく。再突入するまでの時間が芸術になるのだ。
 天国にも雨は降る(書下ろし)音響カーテンに仕切られた、複数人が住むシェアハウス。音は漏れてこないはずなのに、どこからか叫び声が聞こえてくる。
 夕暮にゆうくりなき声満ちて風(2010)地図と地球儀についての言葉が、曲線や螺旋を描き、メビウスの輪のように3次元に絡まりあう。
 あなたは月面に倒れている(2014)あなたは月面に倒れている、汗まみれの宇宙服で。状況が分からず混乱していると、頭の中に立て続けの質問が押し寄せてくる。
 生首(2018)となりの部屋とかドアの向こうで、どん、という音が聞こえる。生首が落ちた音なのだ。ただ、ともだちには見えないかもしれない。
 あかるかれエレクトロ(2017)駅のように見えるけど、鬼なのですよ。水のように見えるけれど、鬼なのですよ。タクシー運転手にはじまり、犬(実は亀)や自動販売機、たぬきが語りかけてくる。

 倉田タカシはtwitterでTLとまったく関係のないつぶやきを流していた(むしろ、twitter本来の使い方なのだが)。自由で唐突で、どこともつながるようでつながらない。そこを起点に物語が生まれてきた(「あとがき」)。「あなたは月面に倒れている」や「生首」には最初に言葉があるが、明確な筋書きはなく、奔放な連想だけでつながっていく。「あかるかれエレクトロ」は、泉鏡花の再話(Retold)なのだという。

 一方、「再突入」は人工知能学会とのコラボから生まれた中編である。藝術の大半をAIが担うようになった未来、人間の芸術家たらんと奇抜なパフォーマンスを演じる老巨匠と、冷めた若者とがかみ合わない対話を続ける。「天国にも雨は降る」では、情報を封じられたディストピア的な未来が描かれる。『うなぎばか』でもそうだが、社会問題を取り上げる筆致は、声高なアジテーションではなくソフトな語りかけである。

 「二本の足で」「トーキョーを食べて育った」「おうち」は、異形の未来風景に(現在に近い)若い主人公たちの会話を重ねたもの。これらはデビュー長編『母になる、石の礫で』に通じる作品だろう。作品世界のヴィジュアルが異質でも、今風に変換/翻訳されて読めてしまう不思議な書き方が著者の特徴だ。

結城充考『アブソルート・コールド』早川書房

扉イラスト・デザイン:岩郷重力+Y.S

 2004年に第11回電撃小説大賞でデビュー後、2008年に第12回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞、以降主に《女刑事クロハ》などミステリを手掛けてきた著者による、2冊目のSF長編である。もともと新潮社の電子雑誌yom yom(現在はWEBマガジン)で2020年8月号まで連載されたもの。単行本化にあたって削除シーンなどを復活させた完全版である。

 舞台は叶(かなえ)県の一部をなす、見幸(みゆき)市と呼ばれる治外法権を得た都市。そこは、私兵集団を擁する佐久間種苗株式会社(バイオからITまですべてを支配)によって、事実上牛耳られている。だが、200階建ての本社ビルで大規模なテロが発生し多くの研究者が亡くなる。首謀者は何者か。事件の真相を探るため、死者の最後の記憶を読み取る装置=アブソルート・ブラック・インターフェイス・デバイスが用意される。

 SF第1長編の『躯体上の翼』(2013)から10年近くが経過するが、そこに登場する「佐久間種苗」が本作にも出てくるなど、緩やかなつながりはあるようだ。時間的な流れでいえば本書が先にあり、前作の世界はより幻想的ではるかな未来にある。

 市民を狙撃した暗い過去を持つ警官、植物状態で眠る娘の介護に疲弊する元警官、遺品の引き取りをするだけだったのに事件に巻き込まれる準市民の少女、主にこの3人を巡って物語は展開する。死者の記憶に絡むハードボイルドな犯人捜しかと思っていたら、AI「百」やテュポン計画など、謎めいた電脳世界を巡る暴力的なバトルへと話はスケールアップする。

 ルビを多用する短いセンテンス(たとえば、雑音にノイズと振るなど)、廃墟めいた猥雑な未来都市の光景、文体も初期の黒丸尚翻訳を思わせる(このあたりはSFマガジン2023年6月号の著者インタビューでも言及されている)。そこから「令和日本に放つサイバーパンク巨篇」という惹句になる。とはいえ、サイバーパンクはもはや過去を連想させるレガシーなタームである。映画「ブレードランナー」(1982)や、ギブスン《スプロール三部作》(1984-88)に代表される80~90年代の流行だからだ。

 ただ、本書の参考文献に、映画「Eddie and the Cruisers」(1983)、評論『サイボーグ・フェミニズム』(1985)という80年代作品が示されているのを見ると、作者は意図的に「失われたサイバーパンク的未来の再演」を試みたと考えるべきだろう。50~60年代とかではなく、80年代すらレトロフューチャーになり得るのだ。