サム・J・ミラー『黒魚都市』早川書房

Blackfish City,2018(中村融訳)

カバーイラスト:浦上和久
カバーデザイン:川名潤

 著者は1979年生まれの米国作家。2013年にシャーリー・ジャクソン賞(短編)、2018年に最初のYA向け長編がアンドレ・ノートン賞、2019年に第2長編の本書がジョン・W・キャンベル記念賞を受賞するなど、各賞候補や年刊SF傑作選の常連でもある。ニューヨーク州生まれで、いまもニューヨークに住む。また、長年コミュニティ・オーガナイザーとして社会活動に携わっている

 百年ほどの未来、〈シス戦争〉と呼ばれるグローバル・ネットワークを崩壊させる戦争の結果、社会秩序は崩壊し国家も体をなさなくなっている。世界には区画モジュールをつなぎ合わせたグリッド・シティ(格子都市)があちこちに点在するが、クアヌークは北極圏の洋上に浮かぶ星形の形状をした人工都市だった。そこに、シャチにまたがり巨大なホッキョクグマを従え、特殊な共感能力を備えた女が姿を現す。

 クアヌークには明確な政府は存在しない。少数の政治家とAI群によって、最低限の秩序が守られているだけだ。リバタリアン的な自由国家に見えるが、実態は少数の富裕層が都市の株主として君臨し、政治家に強い影響力を及ぼす格差社会だ。AIDSを思わせる感染症ブレイクスも暗い影を落とす。

 物語は不自由のない富裕層の孫息子、政治家の配下で住民とのコミュニケーションに携わる若い女性、ゲーム的な格闘技ビーム・ファイト選手の男、都市内部を知り尽くしたメッセンジャーの少年、それにシャチに乗る女、政治家の女、富裕層の老人らが絡み合い複雑に展開する。

 アメリカは四分五裂になっている。クアヌークにはさまざまな人種がいて、その誰もがとっくに祖国を失った流民たちだ。著者は長年ニューヨークで社会活動をしてきた体験があり、人種や性別、民族、出身国による差別や、所得格差の問題を身をもって感じてきたと思われる。本書の中では、気候変動で人間と同じように生態系を追われ、絶滅の危機に瀕する野生動物と(文字通り)共棲する設定もでてくる。しかし、北極圏の過酷な人工都市は絶望の地獄ではない。最後に小さな希望が姿を見せてくれる。

高山羽根子『暗闇にレンズ』東京創元社

装丁:鈴木久美
装画:河井いづみ

 9月に出た本。第163回芥川賞作家である高山羽根子の、700枚余と(著者の既作品と比して)大部の初長編である。博物館に飾られていたレンズ付きの測量器が、兵器にも見えたことにインスピレーションを受け、長期にわたって構想が練られた作品であるという。標題「暗闇にレンズ」とは、闇に潜んだ箱の中から(レンズによって)撮影されたある凄惨な事件のことを指す。

 東京に住む女子高生の主人公は、変わり者の友人とカジュアルに街を撮影する。街には、さまざまなものに擬態した監視カメラが溢れていた。そして19世紀の日本、横浜港に名物の女主人が営む賑やかな娼館があった。女主人には娘がいたが、奔放に育つ中で写真、活動写真に興味を抱くようになる。

 物語には大まかに2つの流れがある。1つは現代パート、女子高生である主人公と友人が、自分たちの周囲を携帯端末で撮影しながら、やがて過去を知っていく物語。もう1つは百数十年前に遡る、主人公の母や祖母曾祖母たちの物語だ。これらは無表記のSide Aと、混沌としたSide Bに別れている。Side Bでは、年号が記された女たちの年代記(後半は年号すら書かれなくなる)と、「レポート」とある映像兵器に絡んだエピソード(さまざまな時代と場所)、標題のみが付けられた戦争ホラー風の小品が続く。レポートや小品は、メインの物語とは直接結びつかないが、こういう錯綜した雰囲気がいかにも高山羽根子だろう。

 娼館を仕切った女主人のときゑ、その娘照(てる)はパリにある黎明期の映画スタジオに勤める。未知江は娼妓の子で照の養子となり、戦前の記録映画の世界で活躍する。物語の中では、映画は大衆を操作する宣伝媒体だけではなく、物理的な影響をも与えうる兵器となっている。未知江の娘ひかりは、戦後のアメリカでアニメの仕事を経験し、最後は戦時下のサイゴンでルミと出会う。ルミはひかりの兄の子どもだ。成長したルミは、いまも世界を飛び回って、終わりなき戦争の撮影を続けている。ルミの娘が主人公、つまり6世代にわたる物語なのである。

 本書の女たちは、いわゆる大家族的な「一族」ではない。戸籍上は家族かも知れないが、同じところに住んだわけでもなく、世界を彷徨うノーマッド、放浪者たちなのだ。家父長などどこにもおらず、男たちは補助的に登場するものの存在感が薄い。その背景にレンズがある。世界を見る眼と、世界を支配する映像の力が示唆される。主人公はその力の意味を最後に知ることになる。

マーガレット・アトウッド『誓願』早川書房

The Testaments,2019(鴻巣友季子訳)

装画:Noma Bar
装幀:早川書房デザイン室

 『侍女の物語』(1985)から34年ぶり(翻訳版では30年ぶり)に書かれた続編である。『侍女の物語』はHuluで2017年にドラマ化されエミー賞を受賞(第1シーズン)するなど高く評価された。その制作に著者自身が携わったこと、及び社会情勢の変化をトリガにして本作は書かれたという。2019年のブッカー賞受賞作でもある。

 前作から15年後、ギレアデ共和国の裏で暗躍する小母の一人は、熾烈な主導権争いの合間に一冊の手記を記している。そこには、この国を転覆しかねない隠匿された事実が書かれている。一方、有力な司令官の娘は共和国の良き妻になるための学校に通う。ただ自分の結婚の行方には不安を感じている。共和国の外、カナダにもう一人の娘がいた。不自由なく奔放に育つが、不幸な事件を経て両親の秘密を知ることになる。

 本書には3つの視点がある。一人は前作にも登場したリディア小母。今回はその小母の一人称で、共和国内部の状況が描かれる。公式な文書ではないため、感情表現が赤裸々であり、恐怖に満ちたギレアデ誕生期にも言及がある。上流階級の娘アグネスの視点では、下女・女中に相当する〈マーサ〉たちに囲まれた日常生活と、やがて〈妻〉になって決められた夫に嫁ぐ社会の仕組みが語られる。16歳の少女デイジーは外からの視点だ。女性を国外に脱出させるための地下鉄道(闇の逃走ルート)や、秘密組織〈メーデー〉の存在が明らかにされる。このような形で、ギレアデの支配する国家(旧アメリカの中・東部)に立体的なリアリティが与えられるのだ。

 35年前に書かれた『侍女の物語』では、徹底したディストピア社会が描かれていた。閉塞的で救いがなく厳格なギレアデ体制に抗する術もない、という暗い作品だ。この作品は1990年に一度映画化されているが「奇想天外な」SFホラー映画の扱いだった。当時は現実的な問題と捉えられなかったのだろう。しかし、2016年にトランプ政権が誕生すると、本書のデフォルメされたキリスト教原理主義の社会が、絶対に生まれないとは言えなくなった。作者は「歴史上や現実社会に存在しなかったものは一つも書いたことがない」という。本書の設定は、世界のどこかで行われた事実の組み合わせなのである。

 続編である本書には希望が描かれる。ギレアデは矛盾と腐敗を抱え、遠くない将来に瓦解するだろうと示唆される。破壊の原動力となるのは、本書に描かれた女性たちだ。正編のエピローグでは、百数十年後にカセットテープが発掘され〈侍女〉の日常が明らかになる。続編のエピローグはそれから2年後に、今度は〈小母〉の手記が発見されることになる。2つのお話は、そのようにしてリンクしていくのだ。

北野勇作『100文字SF』早川書房

カバーデザイン:早川書房デザイン室

 著者がtwitter上で公開している「ほぼ百字小説」は、11月7日現在2670余話に達している。本書は、そこからSF風味の作品200話を精選した作品集である。刊行は6月、昨年段階で『じわじわ気になる(ほぼ)百字の小説』既刊3冊(390話を収録)が出ており、一部重複するが同じではない。

 昨日へ行くお買いもの、楽器に再生される人間、火星に導かれて帰宅、巨大化する人、空を舞う洗濯機、千年前の海岸、世界の上限、いざというときの抜け穴、水筒の中にいる何か、金属の塔、溺死した妖精、近所の猿、海岸の神様、ずり落ちる商店街、生きた恐竜、一種のヘルメット、と続く。これだけでもまだ10分の1に足らず。

 北野勇作は短編小説、特に短いものの天才だ。最近では、800字以内で書く第2回大阪てのひら怪談(2017)や、原稿用紙6枚以内の第1回ブンゲイファイトクラブ(2019)で受賞しているのだが、こういう短い作品を安定したレベルで維持し続けるのは難しい。単調になったり、持続できず出来が大きくばらついたりする。本書の作品の場合、文字数以外での形は定まっていない。短い文が5つ続くこともあれば、1つの文章だけというものもある。起承転結があるものも、起のあとにいきなり結がくるものもある。日常から始まってSFになり、SFから始まって日常に落ちる。抽象的概念的なものがあるかと思うと、妙に具象的なものがある。哲学、寓話、日記風、エッセイ風のものまである。

 短い小説というと掌編、ショートショートが思い浮かぶが、長さによってさまざまな呼び名がある。 英語版Wikiによると、6語ストーリー、280字ストーリー(英語版twitter小説)、ドリブル (ミニサーガ、50語)、ドラブル(マイクロフィクション、100語)、サドゥン・フィクション(750語)、フラッシュ・フィクション (1000語)、マイクロ・ストーリーなどだ。一部は『超短編小説70 Sudden Fiction』で過去に紹介されている。日本語で換算すると、それぞれの語数を2~3倍した文字数に相当する。日本でも最近「四文転結」という形式が提唱されている。4つの文だけで小説にしてしまうという試みだ。本書は、マイクロノベルと著者が命名している。twitter小説に分類されるのだろうが、膨大な量と類型に陥らない多彩さがあり、上記形式に囚われない広がりを感じる。

 著者も述べている通り、これらの作品は朗読に向いている。短いので目で追うとお話を見失うが、声で聞けば腑に落ちるのだ。変化の早さに人の理解が追いついていけない現代の風潮とも符合する。一瞬立ち止まって、じっくり聴くのも良いと思う。超短編にはそういう効用もある。

山田宗樹『SIGNAL シグナル』角川書店

イラスト:みっちぇ(亡霊工房)
デザイン:須田杏菜

 山田宗樹による書下ろし長編。本格SFのアイデアをより身近な設定で語り直してきた著者だが、今回はインタビュー記事の中で「(地球外知的生命体との出会いについて)できるだけリアルな世界を描きたかった」と述べている。

 正確な周期で繰り返される宇宙からの信号が検出される。それは三百万光年の彼方にあるM33星雲からと判明するが、素数が含まれる人工的な信号である以外、どういう情報が送られてきたかが不明だった。謎のままでは、世間の関心はまたたく間に薄れてしまう。その状況に焦りを感じた中学生の主人公は、深い議論ができる一貫校高校部の先輩と話し合う。17年後、サイエンスライターとなった主人公は、日本のグループが信号の内容を解読したとする記者発表に立ち会う。

 メシエが分類した100余の星のカタログのうち、約半分が銀河系外星雲である。その中では、M33(NGC598)はアンドロメダ星雲(M31)の近くに見える比較的小型の星雲だが、地球からの絶対的な距離はM31より遠い。なぜこんな遠方からの信号なのかは、物語の中で説明される。本書は第1部と第2部に別れ、第1部では主人公の中学生時代を、第2部では科学者となった先輩らとともに、謎を解き明かそうとする過程が描かれる。一方、その声を直接聞くことができる人々、レセプター(受容体)が現われる。映画「未知との遭遇」で宇宙人の声を聞く人々のようだ。その声は言語的というより、映像的暗示的なものなのである。

 宇宙人の信号が地球に届き……というSFは数知れないが、これについては過去に評者がレム『天の声』の解説で書いたので参照していただきたい。一般読者向けに書かれた本書の場合、そういった哲学的、科学的な議論には深入りせず、あらましまでで抑えられている。現在の日本を舞台とし、天文ロマンに憧れた僕(少年)と、声を幻視するもう一人の主人公私(レセプター)の、平行する出会いの物語とした点が面白い。コンタクトものなので必然的にそうなるのだが、別解釈の《三体》と言えるくらい同作と呼応する部分が多いのも注目点だろう。