マット・ディニマン『冒険者カールの地球ダンジョン1/2』早川書房

Dungeon Crawler Carl,2020(中原尚哉訳)

カバーイラスト:朝野ペコ
カバーデザイン:川谷康久

 著者は米国人、コロナ禍中にオンラインで自費出版した小説がブレーク、大手からも書籍化されてベストセラーとなり、シリーズ8巻目がまもなく刊行という大出世を遂げる。10年前のアンディ・ウィアーも同様だったが、紙雑誌や出版社を経由しないネットデビューは、もはやふつうになった。本書はその最初の巻を2分冊化したもの。

 ある日突然人類が「ほぼ」全滅する。地上の建造物が一掃されてしまい、たまたま戸外にいた一部のみが生き残る。そんな人々に宇宙人のAIは何が起こったかを事務的に告げる。まもなく地下へと続く入口が開き(ゴブリン、トロールなど怪物がひしめく)多階層のダンジョンが現われる。しかし、最下層に達しない限り出口はない。元沿岸警備隊員の主人公と、元カノの飼い猫ペアはそこに降りていく。

 ダンジョンのルールはRPGそのもの。これはLitRPG(リテラリー・ロールプレイングゲーム、読むRPG)と呼ばれる(サブ)ジャンル小説で、《冒険者カールの地球ダンジョン》はその代表作の一つとなっているようだ。就寝中だった主人公はパンツ姿(上着は手に入るがズボンがない)、飼い猫のペルシャ猫は突然喋れるようになり、女王様(各種猫コンテストで優勝した由緒正しい猫)として主人公を家来扱いする。マッチョな主人公(よくある)はともかく、お姫様を気取る猫のキャラが立つ。やーね、とか、まーねの代りに「にゃーね」と言うのだが、これは「弊機」の訳者中原尚哉によるアドリブである。

 18層に及ぶダンジョンを、主人公と猫が制覇していく。この巻では3層に降りる手前で終わる(ちなみに8巻目でもやっと11層)。HPなどを上げるだけでは駄目で、宇宙ネット中継(リアリティショーのような形式)のフォロワーやお気に入り数も稼がないといけない。スプラッターな描写がそこそこあり、キングの「バトルランナー」(映画『ランニング・マン』)的なデスゲームのストーリーながら、冒険の結末(どういう報酬を得るか)が明らかなのが特徴だろう。日本のなろう系を思わせるのは、えんえんと読み続けられるそのリーダビリティの高さにある。物語全体としての起伏は小さく、各エピソード(それぞれの層)毎に盛り上げがある。シリアルドラマにはまってしまうのと、よく似た読書体験かもしれない。

ズデニェク・ランパス編『チェコ21世紀SF短編集』平凡社

平野清美編訳

カバー図版:Jana Šouflová
装幀:中垣信夫

 チェコで書かれたSFを紹介するアンソロジイの第3作目、この21世紀バージョンで最後になるようだ。本国でも出ていない(チェコ+日本の編者による)オリジナルの作品集なので、希少性があるだろう。チェコというとミハル・アイヴィス『もうひとつの街』などを思い浮かべるが、そういう幻想小説風味も加わった、ひと味違うSFのテイストが愉しめる。

 パヴェル・フリッツ「アーサー・ブルックスを愛したもの」(2016)要員が1人しかいない宇宙灯台にエイリアンが現われる。そいつには他者という概念がないようだった。
 ヴィルマ・カドレチコヴァー「ラマリス炎上」(2023)主人公は異星の古代文明にタイムトラベルする旅行会社の魔道士だった。そこにライバルの大手企業が参入してくる。
 ヤン・ポラーチェク「英雄の道」(2007)1939年から戦争が始まって8年が経った。勝利は近いらしいが、兵士の入隊年齢は引き下げられ不穏さが増していた。
 ヤン・フラーフカ&ヤナ・ヴィビーラロヴァー「人生は一度きり」(2009)1人の少女を追う謎の男たち、少女には彼らが追い求める特別な力があった。
 ペトル・スタンチーク「中空の七角形」(2023)人生に絶望した男は、偶然を経て煙突掃除人に弟子入りする。彼らはプラハ最古の地下世界を知っていた。
 ユリエ・ノヴァーコヴァー「インスタンス──インテリジェント検索エンジンのケーススタディ」(2019)検索AIが、ユーザーの要求の裏で口にする愚痴や悪口の数々。
 マルチン・ギラル「融点」(2018)地球が寒冷化している。太陽黒点の異常が原因と考えられた。ソ連の宇宙船がその異変調査のために送り込まれる。

 コモディティ化したテーマとなる、ファーストコンタクト、タイムトラベル、改変歴史もの(ナチスドイツが敗戦せず、ソ連が崩壊しなかった世界)が並び、最後の「融点」などはハードSF寄りの作品だ。それでも魔道士や吸血鬼、古代のプラハ等など幻想/ホラー色がその上に重なり合う。小松左京「地には平和を」を思わせる「英雄の道」では、SF要素より歴史的なリアルさの方が重くのしかかる(ドイツによる併合の時代が背景)。そういう独自のブレンドがチェコらしさとなるのだろう。

ジョナサン・ストラーン編『星の海を駆ける』東京創元社

New Adventure in Space Opera,2024(中原尚哉・他訳)

装画:加藤直之
装幀:岩郷重力+W.I

 オーストラリア在住のアンソロジスト、ジョナサン・ストラーンによる新世代スペース・オペラ傑作選である。「新世代」とあるように2012~23年に発表された、比較的新しい作家/作品から選ばれた14編だ。冒頭の序文に編者が考えるスペース・オペラの定義や歴史的変遷、何が「ニュー」なのかが簡潔に述べられているので参考になるだろう。

 トバイアス・S・バッケル「禅と宇宙船修理技術」(2017)*艦隊戦で勝利したあと、CEOと称する敵に助けを求められる。ロボットである私は従わざるを得ない。
 ユーン・ハ・リー「課外活動」(2017)名高い暗殺者/工作員の主人公は、行方不明のスパイ船調査のため身分を偽って潜入する。
 アーカディ・マーティーン「あなたが王だと思っていたすべての色」(2016)保育所で育った友は、女王のクローンだった。そうである以上、過酷な運命が待っている。
 アレステア・レナルズ「ベラドンナの夜」(2017)二十万年の銀河周回を祝う千夜祭、そこで主人公はある人物からペラドンナの花を贈られる。
 T・キングフィッシャー「金属は暗闇の血のごとく」(2020)*小惑星をむさぼり食っていた巨大な機械ブラザーとシスターは、あるとき何ものかに拉致されてしまう。
 チャーリー・ジェーン・アンダーズ「時空の一時的困惑」(2017)*巨大な不定形の存在〈お広様〉を崇拝するカルトから、首尾よく獲物を手に入れた2人組だったが。
 アリエット・ド・ボダール「包嚢」(2012)全身を包む包嚢があれば、文化的な差異さえも吸収できる。主人公は、旧宗主国から来る大物の接客を命じられる。
 セス・ディキンソン「モリガン、光へと落ちる」(2014)太陽系内の人類と、系外人類との間で凄惨な戦争が起こる。主人公の戦闘艦は太陽に向かって落ちつつあった。
 ラヴィ・ティドハー「背教者たち」(2017)異端の教えを説く背教者を抹殺すべく送られた裁定人だったが、いまは聖宮殿の地下に吊るされ尋問を受けている。
 ベッキー・チェンバーズ「善き異端者」(2019)ウィルスに感染することで卓越した思考能力が得られる世界、しかし主人公の場合はちょっと違っていた。
 アーニャ・ジョアンナ・デニーロ「クイーンズスロートへの旅路」(2020)崩壊した帝国から逃れ、月で暮らしていた老女を「清浄軍」の少年たちが襲う。
 アン・レッキー「審判」(2019)氷原に隠棲している主人公の元に、仕えていた支配者からの指令が届く。反乱の火種を潰せというのだが。
 サム・J・ミラー「惑星執着者」(2023)主人公はセックス・ワーカー、ワームホールでつながり合う宇宙で生きるが、故郷はゲートが壊され帰還不能になっていた。
 カリン・ティドベック「スキーズブラズニルの最後の旅」(2019)生体宇宙船は外殻の中に生き物が入っている。主人公は修理工だが、船は住み替えの時期に入っていた。
  *:既訳あり(新訳は除く)

 スペース・オペラといっても、本書の定義に当てはめると、スケールが宇宙大で冒険譚であれば良いのだから、幅広い宇宙SF全体(ハードSFはその度合いによるだろう)が包含される。本書では、非欧米(反植民地主義)的な銀河帝国の扱いなど、特にエキゾチックさが重視されているようだ。長編の一部(のような印象)に終わってしまう作品もあるが、おしら様みたいな〈お広様〉とか訳語は工夫されていて、全体的に異界感がよく顕われている。中ではユダヤ教の用語を駆使した「背教者たち」に独特の雰囲気がある。

北清夢『漂泊の星舟』早川書房

The Deep Sky,2023(金子浩訳)

カバーイラスト:丹地陽子
カバーデザイン:大野リサ

 北清夢(ユメ・キタセイ)はニューヨーク在住の日系アメリカ人。日本に住んだこともあるという。既に3冊の著作があり、さらに1冊を準備中(2027年刊)のようだ。本書は最初に書かれた宇宙ものの長編にあたる。

 選抜された80名の乗員と共に、恒星間宇宙船は未知の植民惑星を目指して飛行している。航行には30年を要するため、最初と最後の10年間は人工冬眠で眠る。ところが予期しない爆発事故が発生、船長が死亡し船は航路を外れてしまう。困難な軌道修正と人為的とみられる爆発の犯人捜しのため、船内には不穏な空気が立ちこめる。

 まずこの80名は全員が女性、男は1人もいない。船内では人工妊娠による出産が行われ、その子どもたちが惑星到着後に主力の植民者となるのだ。80名は世界中から選抜されるが、出資国の資金力により枠は決まっている。船長、副船長は米中から選ばれる。主人公は母国語にも不自由な日系人なのに、たった1人の日本枠を得る。折しも地球では紛争が発生していた。

 宇宙船乗組員の設定が際立つ。現代社会の状況も反映されていて、AIの見せるVR空間も面白い。『WOMBS』のような異形さまではないものの、物語自体は波乱を交えながら進み、登場人物同士の(過去、直近にあった)駆け引きや葛藤が描かれる。シスターフッド・ドラマ的には、こういう切口もありだろう。とはいえ、主人公日系女性(日本人の母親と相容れず悩む)の感性は、冒頭で引用された「おくのほそ道」とはずいぶん違う。あえて芭蕉を置いたのはなぜか、それを宇宙の旅としてどう解釈したのか、ちょっと気にはなる。

クリストファー・プリースト『不死の島へ』東京創元社

The Affirmation,1981(古沢嘉通訳)

装画:影山徹
装幀:岩郷重力+S.KW

 2年前に亡くなったクリストファー・プリーストが、1981年に書いた6冊目の長編にあたる。『ドリーム・マシン』(1977)と、『魔法』(1984)の間に書かれたものだ。半世紀にわたる執筆歴から見ると初期作だが、《夢幻諸島》の存在が明確に描かれた最初の長編という意味で、記念碑的な作品ともいえる。

 主人公はロンドンに住む29歳の青年、ある事件を経てウェールズとの国境に近い田舎の別荘に引きこもり、ひたすらタイプライタを叩く執筆活動にのめり込む。それは一人称の物語で、舞台は〈夢幻諸島〉と呼ばれる千の島からなる世界だった。主人公は「不死の島」へと旅をする。そこでは知人や恋人たちも姿を変えて現われる。

 プリーストは本書の序文(2015年に書かれたもの)で、発表当初の批評家による浅い読みに対して、いまではクラシックとして読み継がれているのだから、結果は明らかだと揶揄的に書いている。70年代から80年代にかけては、SF界でも『ドリーム・マシン』の結末部分を「曖昧すぎる」「夢オチだ」とする声はあった。幻想と現実の境界がシームレス(どちらも真実)という発想は、当時の読者や批評家(の一部)からは受け入れられなかったのだ。逆に文学の読者には、SF設定が邪魔に思えただろう。しかし「不死」などは幻想=夢幻の一端なのであり、もはやこれを理解できないプリーストの読者はいない。難解な作品が多い(それでも、ほとんどが年間ベストに選出される)《夢幻諸島》ものだが、本書は初期作だけあって分かりやすい。はじめてのプリーストという人にもお奨めできる。

椎名誠『超巨大歩行機ゴリアテ』集英社

イラスト:たむらしげる

 文芸誌すばるに分載された一連の短編を収める、椎名誠の「超常小説」集。それぞれ《北政府》もののシリーズに属する短編で、おなじみ元傭兵の灰汁(あく)が登場するお話と、そうでないものが混在する。ヒトや半分機械化したヒト、全くヒトではない奇怪な生き物が跋扈する舞台設定は共通する。

 逢海人のテーブルダンス(2022)ひなびた町の「電気屋」を査察点検で訪れた私は、年に数度しか開かれないぬくい一座のお披露目を目にすることになる。
 天竺屋奇譚(2024)道端バクチの最中に昏倒した灰汁は、トバク師の親父に助けられ中華系の食堂で、自分が懸賞金付きのお尋ね者となっていることを知る。
 廃棄監視塔(2023)灰汁はナンバーワンのスナイパーに追われ、コンビを組む戦闘機械人間ガギと塔のある国境付近まで来る。
 ガングリオ山脈の垂直壁(2023)超巨大歩行機ゴリアテは、乗客5人を載せてガングリオ峠を越す。おれはその一員だったが、深い雪と垂直の壁が障碍だった。
 ニンゲン証拠博物館(2023)灰汁とガギは行き倒れたゴリアテを見つけ、その先にある戦争博物館に向かう。
 キャタピラ牛と鳥人間との旅(2024)トバクで大勝ちした灰汁は機械牛を手に入れる。翌日、金に糸目を付けないという金持ちを同乗させるが。

 「逢海人のテーブルダンス」と「ガングリオ山脈の垂直壁」は一人称で書かれていて、灰汁は出てこない。小道具(逢海人)大道具(ゴリアテ)が間接的に関係する。冒頭作のみ中編で他の作品はどれも短くオープンエンドで終わっており、全体として緩やかに結びついている(文芸誌読者は明確な結末を求めない)。独特の単語と固有名詞が駆使され(その点は酉島伝法とも共通する)、まったくの奇想世界なのに違和感なく読めるのは、『アド・バード』以来36年も続く「超常小説」の累積効果なのかもしれない。

韓松『紅色海洋(上下)』新紀元社

红色海洋,2004(林久之、上原かおり、立原透耶、大恵和実訳)

装画:鈴木康士
装幀:坂野公一(well design)

 昨年11月に出た本。一昨年出た『無限病院』が2016年の作品だったので、比較的初期の作品と言えるだろう。全4部からなる連作中編(長めの中編)を4人の訳者が分担するという、ちょっと変則的なスタイルで翻訳されている(監修は立原透耶)。

 第一部「我々の現在」紅い海の底に人類の一族がいた。主人公にはたくさんの兄姉たちがいたが、凶悪な天敵たちに命を脅かされ生き残れる者はわずかだった。やがて一族は離散、大人の男だけからなる部族に属するようになる。彼らは他の部族を襲い、食人を躊躇わない残虐な掠食族なのだ。
 第二部「我々の過去」紅い海に棲む水棲人の社会は衰退しつつある。どこかに救いの青い海洋へとつながる通路があるはずだ。どこに行っても見つからない中で、過去にあった海底城の廃墟が見つかる。それが造られた時代の出来事も明らかになる。
 第三部「我々の過去の過去」遺伝子操作により水棲人は生まれた。陸地の資源は枯渇し、大地は荒廃した。その中でホワイト族は月に移住し、やがて地球の再制覇を試みようとしている。彼らとはやがて戦争になる。残った陸地の人類は海底に移り住むことで絶滅から逃れようとしていた。
 第四部「我々の未来」15世紀、明の鄭和は二百隻を超す大船団を率いて西方に向かい、東アフリカのソマリア付近まで到達する。これでも大成果なのだが、帰国するのではなく、さらに南をめざす決定をする。やがて船団は喜望峰を越え、北をめざす航路を取る。

 水棲人あるいは紅い海という共通モチーフがあるものの、この4つの物語は強く結びついているわけではない。幻想色が濃い第一部と第二部はまだ関連があるものの、第三部は一転してSF味が強くなり、第四部は改変歴史を扱う「中国史SF」になっている(ビネの『文明交錯』を思わせる)。

 最初のエピソードでいきなり人肉嗜食など残虐シーンが出てくるので、抵抗を感じる読者もいるだろう。これは魯迅「狂人日記」との関連もある象徴的な行為と解釈できる(上原かおりによる解説)。また、ホワイト族(欧米文明)との対立には、二律背反(好悪)的な意味が含まれている。このあたりは、21世紀初頭(ゼロ年代)で発展途上だった中国の状況も反映されている。

 さまざまな要素が含まれ、夫々のエピソード自体は分かりやすいが、全体をどう捉えるかは結構解釈が難しい。政治/文明的な批評なのか、中国社会を風刺するものか、幻想/奇想性の追求なのか、韓松流の韜晦もあって読者は翻弄されるが、それも含めて著者の魅力と考えるべきだろう。

林譲治『地球壮年期の終わり』早川書房

Cover Illustration:緒賀岳志
Cover Design:岩郷重力+Y.S

 林譲治によるファーストコンタクトテーマの書下ろし長編。ハヤカワ文庫の《知能侵蝕》は2030年代末が舞台だった。本書でも、2034年とごく近い未来に異星人による侵略が起こる。

 北アフリカ、スエズ運河近くの紛争地帯で、有志国連合のトラック運転をしていた主人公は、車列がドローン攻撃を受け砂漠の中で孤立する。そこで、宇宙人と称する巨体の何ものかと遭遇する。宇宙人は悪びれもせず、自分たちは地球を侵略するために来たのだと説明する。

 この物語には3人の主役級が登場する。1人が運転手だった男、1人が地中海の民間病院船で救助ヘリパイロットを務める女、もう1人はある組織を裏切ったため日本国内を逃亡中の女。3人は日本人なのだが、その出自には共通点があった。

 飄々としてユーモラスでもある宇宙人たちは、侵略の意図をまったく隠さない。宇宙人と地球人とでは、特に情報処理能力に圧倒的な格差があり、地球の兵器や科学技術では太刀打ちできないのだ。それでも、なぜか彼らは即時の侵攻を試みようとはしない。どういう意図があるのだろうか。3人は、それぞれの立場で宇宙人と(自動翻訳機を介して)対話しながら、とある場所で出会うことになる。

 主人公たちはパレスチナと深く関係している。本書の背景にはガザで起こっているジェノサイドや、アメリカ主導の難民強制移住計画がある。あの戦争により、民族や文化の対立、狂信的なナショナリズムやテロ、軍事力による暴力や強制など、現代の人間社会の持つ非寛容さ/不完全さがあからさまになった。そういった諸々を超越する存在/装置として登場するのが宇宙人なのだ。しかし、彼らはクラークの『幼年期の終わり』のように、地球を指導するオーバーロードとはならない。理由は物語の最後で語られる。標題の『壮年期の終わり』もそのことを暗示するのだろう。

土形亜理『みずうみの満ちるまで』早川書房

装画:萩結
装幀:田中久子

 第13回ハヤカワSFコンテスト特別賞受賞作。著者は1980年生まれで、本作がデビュー作となる。版元に本作の専用ページができている。最近のコンテスト受賞作は、たとえ地球規模の問題でも個人の視点からミニマムに描く「新たなセカイ系(シン・セカイ系)」とでもいえる作品が目立つ。ただし、そのセカイは地球温暖化と民族/難民差別というリアルなものに直結する。

 〈ヘヴンズガーデン〉は近未来のどこかに置かれた、ある種のホスピスである。温暖化の影響が及ばないグリーンフィールズにあり、湖に面した低層の建物〈パレス〉と緑に包まれた森からなる。ここにやってくる超富裕層の人々は、巨額の財産をすべて寄付して安らかな/希望通りの死を選ぶのだ。それが自治区の収入となり、受け入れる難民の保護に充てられる。主人公は施設で働くコーディネーターだった。

 ホスピスと言っても、ここでは肉体的な苦痛を和らげるのではなく、精神的な苦しみや罪悪感を贖罪する。地球温暖化がさらに進んだ世界、居住可能な地域は縮減し大量の難民が発生する。富裕層は快適さが残る北か、超高層のタワーに閉じこもり、難民を排除する。そこに難民を受け入れる自治区が作られ、篤志家(富裕層の一部)の財産贈与で運営がなされる。

 主人公はさまざまなゲストを迎えて自死するまでの要望を聞き、施設に勤める従業員や三毛猫の姿をした管理人と交流する。彼らの厳しい境遇は、物語の中で徐々に明らかになっていく。優しい登場人物ばかりだが、物語の全体に死と破滅の影が見え隠れる。リアルさをちょっと踏み越えた設定(ヘヴンズガーデン)、数奇な運命を経た人物の心の機微(弱さや精神的外傷)を描き出す手法は、菅浩江の《博物館惑星》を思わせる。

 選考委員の評価(抜粋)は以下の通り。小川一水:この締めくくりが主人公にとって幸福なものなのかそうでないのか、わからない。未知を残した余韻に感嘆して、改めて大賞に推した。神林長平:いつなのか、本当にそういう時が来るのかは、だれにもわからない。このわかりにくい書き方が、〈物語の力〉を殺いでいる。菅浩江:「主人公の魂の落ち着き先」=「読者の納得」は明確に打ち出した方がよかったと思います。ですが、わたしはこの雰囲気がとても好きでした。塩澤快浩:これは果たして小説なのか、死に向かう人たちのドキュメントに過ぎないのでは、という疑問が生じてしまった。ただ、メッセージとしての強さは比類ないものがある。

 関元聡の作品と同様、審査員の見解は概ね一致している。この作品では、結末の「わかりにくさ」が難だった。単行本化の段階で改善されたと言えるが、まだモヤモヤするのは、全体のトーンが死=救いのように読めてしまうからだろう。死ではなかったとしても、果たして主人公は救済されたのか。

佐々木譲『偽装同盟』/『分裂蜂起』集英社

装幀:泉沢光雄(書影は電子書籍版)

 『抵抗都市』から始まった《歴史改変警察小説3部作》が『分裂蜂起』で完結したので、前作『偽装同盟』と併せて紹介する。2018年から始まった3部作だが、『偽装同盟』は小説すばる2021年1月~8月連載、『分裂蜂起』は同誌2024年11月~25年8月に連載されたもので、合わせて7年間に渡る大作となった。他に、枝編とも呼べる『帝国の弔砲』などもある。

偽装同盟:1917年の3月、主人公の特務巡査は1人の女性が絞殺された事件を追っていた。洋装で外傷もなく売春をしているようでもない。ロシア人将校の犯行を疑わせる事件だったが確実な証拠がなかった。あったとしても統監府が絡むと問題がこじれる。折しも、大戦が膠着状態にあったロシア帝国で革命が勃発する(ロシア暦二月革命)。

分裂蜂起:1917年11月、川に浮かんだ死体の身元を探る主人公は、潜入捜査を試みる中で、ロシア資本の工場で起こった大規模な労働争議のただ中に巻き込まれる。ロシアでは評議会(ソビエト)を旗印に掲げる過激派のボルシェビキが政権を奪取(ロシア暦十月革命)、駐留ロシア軍も翌年には撤収することが決まり、日本社会は大きな変動期を迎えていた。

 日露戦争敗戦11年後からの3部作で、旅順帰りで戦傷に苦しむ特務巡査(刑事に相当)の2年間が描かれる。民間の殺人事件を担当していても、その背景には日本やロシア政府の政治的な思惑が見え隠れる。本書の場合は、時代設定の稠密さが特徴だろう。事実上の占領下、地名もロシア化され、工場経営者や技術者、軍人など3万余のロシア人が在留する東京の風景。一般市民も、経済的に豊かなロシア文化に憧れる。ロシア語が氾濫するようになった東京界隈は(米軍占領下日本のアナロジーとはいえ)異国感が増して印象深い。

 大正期、女子の労働はまだ限定的/抑圧的だったし、貧富の差は次第に大きくなり、労働争議は待遇改善を訴えるだけでも犯罪とされた。そういった社会情勢下、日本の高等警察(特高警察)やロシア保安課から干渉を受けながら、ストイックに自身の役割を貫く主人公がなかなか渋い。政治が背景に見え隠れしても、この3部作あくまでも警察小説なのだ。ロシアが去った後の日本は、しだいに元来た歴史へと収斂していく。また違う道もあるのではないかと夢想する。