新馬場新『沈没船で眠りたい』双葉社

装画:かもみら
装幀:AFTERGLOW Inc.

 著者は1993年生まれ。2020年第3回文芸社文庫NEO小説大賞を受賞した『月曜日が、死んだ。』でデビュー。2022年『サマータイム・アイスバーグ』で第16回小学館ライトノベル大賞優秀賞を受賞、SFネタが界隈で話題を呼んだ。一般読者向け書下ろし作品である本書でもそれは継承されている。テーマに強く関わる生成AI Chat GPT4なども作中の素材として取り入れたという。

 2044年、前年末にAIの打ちこわしを叫ぶネオ・ラッダイト運動が過激化、自爆テロが発生する。同じ日に、事件の首謀者と交流のあった女子大生が機械を抱いて海に落ちた。女性は救助されたが、テロとの関連を糺す刑事の取り調べに応じようともしない。なぜ運動に肩入れしたのか、ヒューマノイド=機械と心中まがいを企てた理由は何なのか。

 20年後の近未来は、今日を敷衍したディストピア社会である。多くの仕事はAI=ロボットに代替され、失業率は高止まっている。医療技術は飛躍的に伸び、BMIを用いる再生医療も進歩した。ただし、それが使えるのは富裕層だけだ。

 主人公の女子大生は鼻梁に大きな傷がある。整形できない家庭事情もあり、自己否定感に苦しめられていた。ところが意外な友を得る。何事にも消極的・冷笑的な主人公に対し友人は積極的で明るい。2人は育ちや身分(家族の社会的地位)考え方も異なる。著者はこの2人の関係をシスターフッド=女性同士の絆とする。対称的な友情を、フェミニズム的な連携に準えたのだろう。物語は友人の秘密を巡り、次第に暗転していく。

 著者は本書のテーマを「どこまで取り替えられたら、それはそれでなくなるか」とし、影響を受けた作品にイーガン「ぼくになることを」(『祈りの海』所収)を挙げる(インタビュー記事参照)。前者はSFの定番テーマ、新訳が出たバドリスの古典『誰?』(1958)もそうだ。後者は、イーガンならではの精緻さで考察された前者の派生形だろう。そこに生成AI社会に対するラッダイトや、格差社会が生んだシスターフッドなど今様のテーマを絡め、リニューアル/アップデートを企図した内容に仕上げている。

高野史緒『グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船』早川書房

カバーイラスト:中村至宏
カバーデザイン:bookwall

 電子版のみのAmazon Kindle Singleで発表された「グラーフ・ツェッペリン 夏の飛行」(2018)をベースとした長編小説である。著者の故郷茨城県土浦市を舞台とすることで私小説的な要素を大きく取り入れ、1929年の超大型飛行船グラーフ・ツェッペリン号寄港をキーポイントに据えて物語を構築している。

 主人公の女子高生は、パソコン部の帰りに城跡の公園に立ち寄る。そこで、グラーフ・ツェッペリンが飛ぶのを見た幼い頃の記憶を思い出す。しかし、幼いといっても飛行は百年も前のことで年代が全く合わない。もう一人の主人公の男子大学生は、夏休みのバイトで土浦にある量子コンピュータセンターにきている。両親の故郷ではあったが、彼には馴染みのない土地だ。折しも海外の共同研究者から、世界の重力波望遠鏡が一斉に停止しているという報告を聞く。

 土浦市はつくば市の隣にあり霞ヶ浦に面している。戦前は海軍航空隊の基地があったので、大型飛行船の寄港地にも選ばれたのだ。とはいえ、今では大学や研究開発拠点のあるつくば市のほうが有名で、土浦には全国に知られる名所旧跡はない。それでも、本書は現在の土浦をそのままモデルにしている。冒頭の城跡の公園(亀城公園)や量子コンピュータセンターが置かれている元結婚式場(現在は閉鎖中)もリアルに実在する。

 『グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船』の2つの時間線は、アニメ「君の名は。」伴名練「百年文通」以上に交錯しめまぐるしく、コニイ『ハロー・サマー・グッドバイ』のように一夏の出会いの物語となっている。しかも、著者こだわりのSFネタ(量子論ネタ)、得意のロシアネタまで含まれる。2つの2021年が舞台だが、JKの時間線(スマホもなく、ネットにつながるPCが珍しい)は、並行世界というよりむしろ著者の青春時代=過去に結びついている。その延長線上に、ソ連が存続し月基地のできる「幻の未来」があるのだ。1つの「現在」へと収斂する結末は、私的な追憶+実在の土浦+ツェッペリンの虚実(史実と虚構)があいまって萌え上がる。文字通りの青春SFながら、とても盛りだくさんな一作である。

ケン・リュウ、藤井太洋ほか『七月七日』東京創元社

일곱 번째 달 일곱 번째 밤,2021(小西直子、古沢嘉通訳)

装画:日下明
装幀:長崎稜(next door design)

 今月には旧暦の七夕(8月22日)がくるので紹介する。本書の原典は、韓国Alma社で企画出版された韓国語のアンソロジイである。済州島の伝承を元にした韓国SF作家の7作品に、中国系作家2作品(どちらも原著は英語)と藤井太洋(日本語)をゲストとして加えたものだ。

 ではなぜ済州島なのか、なぜ中国や日本が関係するのか、そもそもなぜ七夕なのか。まず、済州島は12世紀まで独立国だった関係で、韓国本土と異なる独自の文化や伝承がある。海を介して大陸と近い関係で、中国文化の影響も大きかった。その点は、独立王国だった奄美や沖縄(琉球)などとも共通する。また、日本には織姫彦星の一般的な七夕伝説のほかに七夕の本地物語というものがあるが、これは済州島の伝承との関連が指摘されている。国際アンソロジイとした根拠はその辺りにもあるだろう。

 ケン・リュウ「七月七日」幼い妹に七夕のお話をしたあと、主人公はアメリカに留学する友と夜の街に出る。すると、カササギの群れが現れて2人を空へと導くのだ。
 レジーナ・カンユー・ワン(王侃瑜)「年の物語」眠りについてから久しい時間が流れたあと、怪物「年」は少年に召喚されて目覚めるが、街は見知らぬものとなっていた。
 ホン・ジウン「九十九の野獣が死んだら」銀河港のターミナルに野獣狩りのハンターがやってくる。老人と鋼鉄頭のコンビで、獲物を臭覚センサーを使って追跡するのだ。
 ナム・ユハ「巨人少女」済州島の高校生5人が宇宙船に拉致され、一見何事もなく戻ってくる。しかし、その体には異変が生じていた。急激に巨大化していくのだ。
 ナム・セオ「徐福が去った宇宙で」コレル星系の辺境で採鉱をしているコンビは、見知らぬ巨大な宇宙船と遭遇する。それは、チナイ星系から不老草を求めて飛来したという。
 藤井太洋「海を流れる川の先」サツ国の暴虐な兵が大軍で押し寄せてくる。しかし、備えを知らせようとする伝令舟に、サツ国の僧と称する男が同乗してくる。 
 クァク・ジェシク「……やっちまった!」済州島で開催される学会のあと、学会を主宰する先輩と共に島の最高峰漢拏山に登頂した主人公は不思議な体験をする。
 イ・ヨンイン「不毛の故郷」生命の豊かな惑星で、異星人は孤島の耽羅地区に保養地をもうけていたが、予想より早くそこに人間が到来した。
 ユン・ヨギョン「ソーシャル巫堂指数」ネット時代に対応するために、市民はICチップをインプラントされている。しかし、巫堂指数が高すぎる人間は異常者扱いされる。
 イ・ギョンヒ「紅真国大別相伝」翼を持って生まれたものは殺される。しかし神の造った子供は羽を密かに切り落とされ、生き残ることになる。

 明記はされていないが、ケン・リュウ以外は書下ろしか、本書が初出の作品だろう(日本初紹介作家も多数)。各作品には元となる伝承や歴史がある。七夕(中国)、架空の新年行事(中国)、九十九の谷の野獣伝説、巨人のおばあさんハルマンの伝説、徐福伝説、薩摩による琉球討伐(日本)、白鹿譚と山房山誕生の伝説、シャーマン神話、媽媽神(大別相)に関する伝説などなどだ。注記のないものはすべて済州島の伝承・伝説になる。

 ただし、それぞれの物語はずっと自由で、宇宙ものの「九十九の野獣が死んだら」「徐福が去った宇宙で」「不毛の故郷」、怪獣ものめいた「巨人少女」や、今風の近未来「ソーシャル巫堂指数」、主人公の孤独を軽妙に描く「……やっちまった!」など、ユーモアと哀感を込めて書かれたものが多い。巻末の「紅真国大別相伝」はファンタジーなのだが現代的な寓意が込められている。

小田雅久仁『禍』新潮社

装画+ブックデザイン:鈴木成一デザイン室

 前作の連作中編集『残月記』で、第43回吉川英治文学新人賞第43回日本SF大賞を受賞した著者による短編集である。小説新潮に掲載された7編からなるが、中・長編を得意とする著者らしく発表年には10年以上の幅がある。それぞれ日常ホラー的な導入部ながら、その後の展開は著者独特の超常的な幻想世界につながっていく。

 食書(2013)離婚し次作を書きあぐねる作家が、ショッピングモールの多目的トイレで本のページを食べている女を目撃する。
 耳もぐり(2011)非常勤講師を掛け持ちする男の恋人が失踪する。恋人の隣室に住む男は、その行方を知っていると仄めかす。
 喪色記(2022)主人公は人の視線が苦手でうつ状態に陥ることもあった。やがて、意識の彼方から「ざわめき」を頻繁に感じ「滅びの夢」を見るようになる。
 柔らかなところへ帰る(2014)小柄で生真面目な男は、バスで乗り合わせた豊満な女性に異様に惹かれるようになる。同席は偶然のはずだったが。
 農場(2014)転落する人生に暗澹としていた青年は、誘いを受けて田舎の農場での住込み仕事にありつく。そこには巨大な培養タンクがあった。
 髪禍(2017)過酷な仕事に耐え兼ね休職していた主人公に、昔知り合った男から電話がある。頭髪にまつわる新興宗教の儀式でサクラになれというのだ。
 裸婦と裸夫(2021)美術館で開かれる裸婦展を見に行こうとした男は、電車の中で突然裸になる中年の男性を目撃する。その現象は伝染するように広がっていく。

 主人公は孤独だ。少なくとも人生の成功者ではない。ダーク・ホラーならば、そうした脱落者たちが落ち込む先は底の底、より深い煉獄であったり出口なしの迷宮になるだろう。つまり、絶望しかない。だが、本書で描かれる世界はちょっと違う。物語や脳内に潜り込み、灰色の異形から逃れ、ふくよかな肉欲にはまり、奇怪な閉鎖農場で暮らし、髪が神となり、着物を脱ぎ捨てた人々は、最終的にある種のユートピアに至るのだ。発端(現実)と結末(超常世界)には大きな落差がある。一見救いがないように見えても、何らかの光がさしているところが、小田雅久仁流の異世界なのである。

 全7作品、ほとんどは100枚以内の短編で「農場」だけが中編になる。ただ、著者の持ち味を十分引き出すには、やはり中編以上が必要と思われる。読者として、あの執拗な文体で描かれる見知らぬ世界に浸りきりたいからだ。

日本SF作家クラブ編『AIとSF』早川書房

カバーデザイン:岩郷重力+Y.S

 日本SF作家クラブは作家以外にも門戸を開いているが、会長に博士号を持つ科学者が就任するケースは稀だった。第16代会長だった瀬名秀明も、作家としての実績を見込まれてのことだろう。その点では、第21代大澤博隆会長は人工知能を専門とする現役の科学者なので、テーマ「AIとSF」との親和性も良い。本書は5月に出たアンソロジイ第3弾目、全22編の書下ろし短編を収める。

 さて作品を紹介する前に、下記のリストをご覧いただきたい。既にAIは現場の実用ツールなので、使う人はこう考えておくべき、というAIリアリストの7か条である。
1.わからないのは当然、まずは基本を押さえよう
 (AI業界にはさまざまな派閥があり、専門用語を使って分かりにくい説明をする)
2.どのAIについて話しているかを見極めよう
 (いろんなレベルのAIがある)
3.将来どうなるか憂うのではなく、今どう使えるのかを考えよう
 (人類が滅びる!とか恐れるのはそのあと)
4.AIで何がしたいのか(期待値)を分かって使うこと
 (訳も分からず、やみくもに使うと嘘をつかれても気が付かない)
5.擬人化しない
 (どんなに人に似ているように思えても、相手は人間ではない)
6.政治的なものだと思っておく
 (今のAIの動向には政治的な動きが大きくかかわっている)
7.怖がるな
 (どんなに万能に思えても、所詮コード/プログラムなのだ)
 とはいえ、SF作家はリアリストばかりではないだろう。リアルをどう凌駕できたのか、という観点で読んでみた。

 長谷敏司「準備がいつまで経っても終わらない件」万博開催前に時代遅れとなったAI展示に、起死回生の逆転が図れるか。高山羽根子「没友」やりとりがAIアシスタントで代行され、旅がVRになったとき、連れ立つ友の意味とは。柞刈湯葉「Forget me, bot」V-Tuberに関するニセ情報を消し去る「AI忘れさせ屋」の正体。揚羽はな「形態学としての病理診断の終わり」診断AIの能力向上で、仕事を追われる病理診断医の葛藤。荻野目悠樹「シンジツ」AIによる犯罪データベースの調査により、死刑犯が冤罪であると指摘されたとき。人間六度「AIになったさやか」亡き恋人はAIによる声となってよみがえり、主人公の行動を左右する。品田 遊「ゴッド・ブレス・ユー」妻の死後に引きこもっていた男は、AIパートナーの妻を作り出す。粕谷知世「愛の人」少年の保護司をしている主人公は、メタバースの中でお婆さんの姿をしたAIと出会う。高野史緒「秘密」富豪の老婦人は、わけもなく次々とVRコンパニオンを変えていく。その理由を探るハッカーが知ったのは。福田和代「預言者の微笑」画期的なAIモデルが人類の終末を予言したため、抗議する群衆に追われることになる。安野貴博「シークレット・プロンプト」ニューラルネットワーク《ザ・モデル》により平穏が保たれた国で、なぜか中学生だけの誘拐事件が続発する。津久井五月「友愛決定境界」インプラントで能力を高めた警備会社の隊員は、移民地区の犯罪摘発時に敵味方決定境界の乱れを知覚する。斧田小夜「オルフェウスの子どもたち」自己再建システムの暴走による下町癌化災害から30年が経った。その人工知能を巡り投企派と破滅派が対立する。野﨑まど「智慧練糸」平安末期、最高権力者の後白河院から仏像千体製作の命を受けた仏師は、宋より入手した立方体に生成の呪文を唱える。麦原 遼「表情は人の為ならず」表情を読むことも表すことも困難な主人公は、それを補助してくれる「伴」のアドバイスに従っている。松崎有理「人類はシンギュラリティをいかに迎えるべきか」ついにシンギュラリティを迎えようとする近未来、世界一周をする謎の男の目的とは。菅 浩江「覚悟の一句」人間の心を知ろうとするAIと、それに対する人間の反応についての対話が続く。竹田人造「月下組討仏師」月が消えた世界で、仏像型兵器を互いに備えた二人の仏師の戦いが続く。十三不塔「チェインギャング」遠い未来、意識を持たない人間を使役するのは意識を持った道具、咒物なのだった。野尻抱介「セルたんクライシス」AIセルたんは人類を指導するようになった。その方がより良い結果になるからだ。飛 浩隆「作麼生の鑿」〈有害言説〉の嵐が吹き荒れ、世界が危機に陥った。仏師AIχ慶は、樹齢千年弱を経た榧の木から仏を掘り出そうとして10年沈黙する。円城 塔「土人形と動死体 If You were a Golem, I must be a Zombie」さまざまなマシンとゴーレムを使役する魔術師は、次に魂を利用するゴースト・マシンを提案して顰蹙を買う。

 22編の中で、AIモノ造りの立場で描かれた作品といえるのは「準備がいつまで経っても終わらない件」ぐらいしかない。シンギュラリティも議論の埒外なのか「人類はシンギュラリティをいかに迎えるべきか」くらい(それもストレートではない)。擬人化では「AIになったさやか」「ゴッド・ブレス・ユー」が典型的なアイデアであり、また「没友」や「覚悟の一句」はAIを借りて人間性を考察する作品になっている。

 もっとも多いのは、いまリアルな社会問題(あるいはそのデフォルメ)を描く作品である。「Forget me, bot」「形態学としての病理診断の終わり」「シンジツ」「愛の人」「秘密」「預言者の微笑」「シークレット・プロンプト」が含まれる。AIによる支配、失業、大衆の恐怖やパニックなど、これらは既に起こっているか、明日起こってもおかしくない事例である。別のテーマを強調するため、道具としてのAIに振った「友愛決定境界」「オルフェウスの子どもたち」「表情は人の為ならず」などもある。

 AIと相性がいいのか「智慧練糸」「月下組討仏師」「作麼生の鑿」では過去(仮想)/未来の仏師が登場する。『竜を駆る種族』(竜が人間を使役する)のような「チェインギャング」、珍しいAIユートピアSF(SF作家の書くAIものはたいていディストピア)の「セルたんクライシス」、『屍者の帝国』のAI版「土人形と動死体 If You were a Golem, I must be a Zombie」は、別解釈を加えたAI変格ものの代表になる。

 SF作家の想像力が、生成AIブームのインパクトを超えたかどうかは微妙だが(読み手による)、まえがきと解説に専門家の視点を挟むなど「あの2023年に書かれたAIについてのSF」として、歴史的な意義は十分あるだろう。

倉田タカシ『あなたは月面に倒れている』東京創元社

ブックデザイン:岩郷重力+WONDER WORKZ。
装画:大河紀
装幀:岡本歌織(next door design)

 著者の作品としては、これまで第2回ハヤカワSFコンテストでの最終候補作『母になる、石の礫で』(2015)、書下ろし連作集『うなぎばか』(2018)、さらには共著『旅書簡集 ゆきあってしあさって』(2022)などがあったが、単独の短編集としては本書が初となる。

 二本の足で(2016)姿を見せなくなった友人の家を訪ねると、そこには人の形をしたロボット〈シリーウォーカー〉の群れが。
 トーキョーを食べて育った(2013)トーキョーに巨大ロボットが現れ、ビルを次々と喰っている。もう基地のまわりに建物はほとんど残っていない。
 おうち(2022)むかし住んでいた家に置かれたままの、大切なものを引き取りに行く。人がいない家にはたくさんの猫がいた。中には人並みに巨大なものもいて。
 再突入(2016)奏者、ピアノ、撮影するカメラが一体となって地球に落ちていく。再突入するまでの時間が芸術になるのだ。
 天国にも雨は降る(書下ろし)音響カーテンに仕切られた、複数人が住むシェアハウス。音は漏れてこないはずなのに、どこからか叫び声が聞こえてくる。
 夕暮にゆうくりなき声満ちて風(2010)地図と地球儀についての言葉が、曲線や螺旋を描き、メビウスの輪のように3次元に絡まりあう。
 あなたは月面に倒れている(2014)あなたは月面に倒れている、汗まみれの宇宙服で。状況が分からず混乱していると、頭の中に立て続けの質問が押し寄せてくる。
 生首(2018)となりの部屋とかドアの向こうで、どん、という音が聞こえる。生首が落ちた音なのだ。ただ、ともだちには見えないかもしれない。
 あかるかれエレクトロ(2017)駅のように見えるけど、鬼なのですよ。水のように見えるけれど、鬼なのですよ。タクシー運転手にはじまり、犬(実は亀)や自動販売機、たぬきが語りかけてくる。

 倉田タカシはtwitterでTLとまったく関係のないつぶやきを流していた(むしろ、twitter本来の使い方なのだが)。自由で唐突で、どこともつながるようでつながらない。そこを起点に物語が生まれてきた(「あとがき」)。「あなたは月面に倒れている」や「生首」には最初に言葉があるが、明確な筋書きはなく、奔放な連想だけでつながっていく。「あかるかれエレクトロ」は、泉鏡花の再話(Retold)なのだという。

 一方、「再突入」は人工知能学会とのコラボから生まれた中編である。藝術の大半をAIが担うようになった未来、人間の芸術家たらんと奇抜なパフォーマンスを演じる老巨匠と、冷めた若者とがかみ合わない対話を続ける。「天国にも雨は降る」では、情報を封じられたディストピア的な未来が描かれる。『うなぎばか』でもそうだが、社会問題を取り上げる筆致は、声高なアジテーションではなくソフトな語りかけである。

 「二本の足で」「トーキョーを食べて育った」「おうち」は、異形の未来風景に(現在に近い)若い主人公たちの会話を重ねたもの。これらはデビュー長編『母になる、石の礫で』に通じる作品だろう。作品世界のヴィジュアルが異質でも、今風に変換/翻訳されて読めてしまう不思議な書き方が著者の特徴だ。

結城充考『アブソルート・コールド』早川書房

扉イラスト・デザイン:岩郷重力+Y.S

 2004年に第11回電撃小説大賞でデビュー後、2008年に第12回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞、以降主に《女刑事クロハ》などミステリを手掛けてきた著者による、2冊目のSF長編である。もともと新潮社の電子雑誌yom yom(現在はWEBマガジン)で2020年8月号まで連載されたもの。単行本化にあたって削除シーンなどを復活させた完全版である。

 舞台は叶(かなえ)県の一部をなす、見幸(みゆき)市と呼ばれる治外法権を得た都市。そこは、私兵集団を擁する佐久間種苗株式会社(バイオからITまですべてを支配)によって、事実上牛耳られている。だが、200階建ての本社ビルで大規模なテロが発生し多くの研究者が亡くなる。首謀者は何者か。事件の真相を探るため、死者の最後の記憶を読み取る装置=アブソルート・ブラック・インターフェイス・デバイスが用意される。

 SF第1長編の『躯体上の翼』(2013)から10年近くが経過するが、そこに登場する「佐久間種苗」が本作にも出てくるなど、緩やかなつながりはあるようだ。時間的な流れでいえば本書が先にあり、前作の世界はより幻想的ではるかな未来にある。

 市民を狙撃した暗い過去を持つ警官、植物状態で眠る娘の介護に疲弊する元警官、遺品の引き取りをするだけだったのに事件に巻き込まれる準市民の少女、主にこの3人を巡って物語は展開する。死者の記憶に絡むハードボイルドな犯人捜しかと思っていたら、AI「百」やテュポン計画など、謎めいた電脳世界を巡る暴力的なバトルへと話はスケールアップする。

 ルビを多用する短いセンテンス(たとえば、雑音にノイズと振るなど)、廃墟めいた猥雑な未来都市の光景、文体も初期の黒丸尚翻訳を思わせる(このあたりはSFマガジン2023年6月号の著者インタビューでも言及されている)。そこから「令和日本に放つサイバーパンク巨篇」という惹句になる。とはいえ、サイバーパンクはもはや過去を連想させるレガシーなタームである。映画「ブレードランナー」(1982)や、ギブスン《スプロール三部作》(1984-88)に代表される80~90年代の流行だからだ。

 ただ、本書の参考文献に、映画「Eddie and the Cruisers」(1983)、評論『サイボーグ・フェミニズム』(1985)という80年代作品が示されているのを見ると、作者は意図的に「失われたサイバーパンク的未来の再演」を試みたと考えるべきだろう。50~60年代とかではなく、80年代すらレトロフューチャーになり得るのだ。

藍内友紀『芥子はミツバチを抱き』KADOKAWA

装画:syo5
装幀・本文デザイン:越阪部ワタル

 著者はササクラ名義で2012年の講談社BOXによる第5回BOX-AIR新人賞(現在は休止中)を受賞してデビュー、2017年には第5回ハヤカワSFコンテストの最終候補となり、翌年『星を墜とすボクに降る、ましろの雨』と改題して出版している。本書は先の『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』と同じく、カクヨムに掲載されたものの単行本化である(原型版は今でも読める)。

 少年はイスタンブールで開催された国際ドローンレースのVR操縦者だった。だが、当地で起こったテロ事件によりレースは中断される。操縦者の関与が疑われる中、孤立した少年は見知らぬ男に誘われ国外に旅立つことになる。目的地はタイ、中国、ミャンマー三国の国境にある少数民族が暮らす村だった。そこでは赤い芥子の花が咲き乱れ、貴重な阿片を産み出しているのだ。

 主人公は小学生だったが、容姿にまつわるいじめを受け不登校となっている。天才的なドローン操縦技術を見込まれ、実務メンバーが子供だけという、異様な組織に所属することになる。そこにはドローンを自在に操る「ミツバチ」と称する特殊能力者たちがいた。舞台は近未来、ドローンは兵器やスポーツなどあらゆる分野に普及している。それらをコントロールする能力は高く買われる。しかしそのためには「杭」が必要だった。ミツバチの少年少女たちは、その代償と引き換えにドローンが操れるのだ。

 ミツバチ組織のリアリティは(どうやって維持できるのかなど)ちょっと気になるものの、いじめや不登校に始まり、子供に対する暴力や強制労働、南北間の格差、麻薬やマフィアなど世界的課題へと展開していくところが読みどころだろう。

 いわゆるグローバルサウス(ミャンマー、ベトナム、インド、スリランカ、ソマリア、南アフリカ、中央アフリカ、トルコ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、コロンビア、ボリビア)を巡る旅のお話でもあるため、どこか櫻木みわ『うつくしい繭』と似た雰囲気もある。ただし、本書は実体験を基にしたわけではないようだ。

宮野優『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』KADOKAWA

装画:紺野真弓
装幀・本文デザイン:世古口敦志+清水朝美(coil)

 著者は札幌市在住、本書がデビュー作となる。小説投稿サイトのカクヨムに、昨年8月登録された長編小説の書籍化バージョンである。全5話の連作短編から成るが、全面改稿の上、さらに1話分は書下ろされている。その辺りの経緯については著者自身が語っている

 インフェルノ:未成年者に娘を殺された主人公は、刑を終え釈放された犯人が事故で入院中と知るや、入念に準備した殺人を決意する。だが、殺害のあとループに囚われる。
 ナイト・ウォッチ:ループを悪用する暴漢を未然に防ぐため、自警団を務めるグループや個人がいる。高校生の主人公にも、そんな一人が毎朝迎えに来てくれる。
 ブレスレス:ループする世界では新たなゲームが考案される。総合格闘技の北米チャンピオンは、新たな特別ルールの下での試合に難色を示していた。
 イノセント・ボイス:水場争いをする貧しいアフリカの村で育った少年は、やがてジャーナリストになり現実を世界に伝えようとするが。
 プリズナーズ:自身の醜さに絶望し図書館にこもる主人公は、ループ現象について様々な考察を試みる。そしてキーとなる人物と会話するなかで、噂の真相が明らかになる。

 タイムループものである。映画でも小説でも百出のアイデアだけに、作者の腕の見せどころだろう。一定の周期で同じ時間が繰り返されるのだが、本書では記憶が累積される(すべての周回を憶えている)ルーパー(周回者)が徐々に増えていき、リセットされてしまうステイヤー(非周回者)を上回るようになる。

 本書のループは1日、開始時間は世界一斉のため、日本では夜中だがアメリカだと昼間だったりする。肉体的にすべてリセットされる(眠らなくても問題ない)一方、記憶だけが残る。自然現象のようでいて、選択が起こるメカニズムまでは解明されない(記憶があるということは、ルーパーの時間は流れている。それは錯覚なのか?)。食料やエネルギー、貧富の問題すらなくなる(どれだけ浪費しても元に戻る)という理想社会であるはずが、人々は(殺人、暴行、強姦などの)刹那的な願望充足に明け暮れてしまう。凝集された1日で世界は崩壊し、全く異なるものに変貌するという設定がまず面白い。

 さらに、無秩序から自らを守ろうとするナイト・ウォッチ、もともとの社会規範が復活する「ループ後」を見据えた格闘家やジャーナリストなど、閉塞的なループにその先を見据える登場人物を配した点が目新しいといえるだろう。

八杉将司『八杉将司短編集 ハルシネーション』SFユースティティア


 2003年の第5回日本SF新人賞受賞でデビューし、2021年12月に亡くなった八杉将司の短編集。著者には多数の作品がありながら、生前に短編集が出ることはなかった。本書は、関係する作家有志により編纂された傑作選である。同じ出版社から出ている遺作長編『LOG-WORLD』はオンデマンド出版(もともとはpixiv公開)だったが、こちらはAmazonなど数社からの電子書籍のみとなる。

 短編[ その一 ]
  命、短し(2004)バイオハザードにより人類の寿命は極端に縮んでしまう。少年も既に人生の半分を生きた。海はあなたと(2004)生体CPUとなった主人公は海辺を車で走るのだが、外の光景はいつまでも変わらない。ハルシネーション(2006)脳の機能障害により「動き」が認識できなくなる。しかも、やがてありえないものが見えるようになった。うつろなテレポーター(2007)量子コンピュータのシミュレーションで造られた複数あるコロニーのうち、自分たちのコロニーが複製されるらしい。これは実利も伴う名誉だった。カミが眠る島(2008)瀬戸内海の小島で行われる祭りを取材するためライターが訪れる。そこでは利権をめぐる騒動が巻き起こっていた。エモーション・パーツ(2009)会社で仕事中、急に笑いが止まらなくなる。どうやら人工大脳の故障らしい。一千億次元の眠り(2011)矯正措置を受けた火星の旧支配層のうち、有力な一人が逃走する。知人だった元警官は、捜査官として行方を追うよう指示される。
 『異形コレクション』掲載作
  娘の望み(2006)娘は言葉が話せなかった。脳に障害があったからだ。しかしそれに代わる芸術の素養があるようだった。俺たちの冥福(2007)中古部品のブローカーで働く主人公は、点や影が顔に見える幻覚に苦しんでいた。産森(2008)宇宙での仕事にうんざりし、祖父母が住んでいた田舎の家に住むことにした。すると夜中に扉が叩かれ、赤ん坊が泣き叫ぶ声がする。夏がきた(2007)長い長い冬が終わり、降り積もった雪は溶けてしまう。やがて何年も続く夏がきた。ぼくの時間、きみの時間(2011)自分を基準に測るしかないが、主観時間は人によって違う。しかし妻とは大きな違いがあった。
 短編[ その二 ]
  宇宙の終わりの嘘つき少年(2012)そこは運河の世界で、人々は船を筏のように連ねて生活している。運河はどこまでも続いているが、一生の間に何回か同じところを通るらしい。それを昔の人は魂と呼んでいた(2013)魂だけが消えてしまう疾病が蔓延する。発症すると、過去の一定期間行っていた行為を延々と繰り返すのだ。
 ショートショート集
  ブライアン(2011)移民宇宙船が遭難、未開惑星へと脱出できたのは自分一人のようだった。そこで笑い顔の石ころを見つける。神が死んだ日(2012)授業中にアラームが鳴る、それは教師である自分宛に緊急事態を伝えるものだった。宇宙ステーションの幽霊(2013)幽霊を信じていなかった科学者の自分が、なんと幽霊になっている。むき出しの宇宙が見える以上、そう考えるほかなかった。ドンの遺産(2014)堅気で生活していた男は、マフィアだった父の跡を継げと申し渡される。座敷童子(2014)跡取りで揉める田舎の家で、中学生の主人公は見知らぬ女の子に声を掛けられる。追想(2015)人類は滅亡寸前、アンドロイドは酒を求めるばかりの困った老人を介護している。夢見るチンピラと星くずバター(2018)月で採れた石には未知のミネラルが含まれているようだ。それを混ぜたバターを食べると何かが。砲兵と子供たち(2020)第1次大戦下の西部戦線、ドイツ軍の砲兵は自軍の周辺に子供たちが群れていることに気が付く。LIVE(2021)人工知能に自我あると認められた。それは問いかけに対し「LIVE」と答えたからである。我が家の味(2021)妻に先立たれ夫は途方に暮れるが、料理の味を決める見知らぬ素材があることを知る。
 短編[ その三 ]
  私から見た世界(2013)見えていたものが見えなくなる。その異常は脳の手術で治るはずだった。だが、術後に別の症状が表われ次第に悪化していく。親しい人が見えず、声が聞けなくなるのだ。妻や子供を自身の認知から失い、周囲の知人も消えていく。
 八杉将司作品論・三編
  八杉将司作品論(町井登志夫)/いつか、白玉楼の中で――八杉将司さんの創作についての覚え書き(片理誠)/八杉将司短編群を読み解く――〈私から見た世界〉と〈世界から見た私〉(上田早夕里)

 上田早夕里の作品論で詳しく述べられているが、著者は認知の問題を繰り返しテーマとしてきた。表題作「ハルシネーション」と、巻末に置かれた「私から見た世界」は、共に主人公の認知が極端に変貌していく様子を描いた対を成す作品といえる。片理誠は「ハルシネーション」をホラーだと思ったと書いている。恐怖も人の認知が生み出す感覚で、スピリチュアルなものと親和性が高いからだろう。ただ、著者は脳神経科学などの知見を取り入れることで、イーガンらが好むSF的/科学的な解釈を試みてきた。「私から見た世界」はその両者を融合したような作品だ。

 他でも「海はあなたと」「エモーション・パーツ」「一千億次元の眠り」「娘の望み」「ぼくの時間、きみの時間」「それを昔の人は魂と呼んでいた」など自我と意識を主要なモチーフとしたものが多くを占める。純粋なソフトウェア知性の「うつろなテレポーター」や、機械と認知の問題に言及した「LIVE」のような作品もある。いまハルシネーションというと、AIの吐く噓(でたらめな答え)のことを指すが、八杉将司ならどう解釈するのか訊いてみたい気がする。