高山羽根子『暗闇にレンズ』東京創元社

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装丁:鈴木久美
装画:河井いづみ

 9月に出た本。第163回芥川賞作家である高山羽根子の、700枚余と(著者の既作品と比して)大部の初長編である。博物館に飾られていたレンズ付きの測量器が、兵器にも見えたことにインスピレーションを受け、長期にわたって構想が練られた作品であるという。標題「暗闇にレンズ」とは、闇に潜んだ箱の中から(レンズによって)撮影されたある凄惨な事件のことを指す。

 東京に住む女子高生の主人公は、変わり者の友人とカジュアルに街を撮影する。街には、さまざまなものに擬態した監視カメラが溢れていた。そして19世紀の日本、横浜港に名物の女主人が営む賑やかな娼館があった。女主人には娘がいたが、奔放に育つ中で写真、活動写真に興味を抱くようになる。

 物語には大まかに2つの流れがある。1つは現代パート、女子高生である主人公と友人が、自分たちの周囲を携帯端末で撮影しながら、やがて過去を知っていく物語。もう1つは百数十年前に遡る、主人公の母や祖母曾祖母たちの物語だ。これらは無表記のSide Aと、混沌としたSide Bに別れている。Side Bでは、年号が記された女たちの年代記(後半は年号すら書かれなくなる)と、「レポート」とある映像兵器に絡んだエピソード(さまざまな時代と場所)、標題のみが付けられた戦争ホラー風の小品が続く。レポートや小品は、メインの物語とは直接結びつかないが、こういう錯綜した雰囲気がいかにも高山羽根子だろう。

 娼館を仕切った女主人のときゑ、その娘照(てる)はパリにある黎明期の映画スタジオに勤める。未知江は娼妓の子で照の養子となり、戦前の記録映画の世界で活躍する。物語の中では、映画は大衆を操作する宣伝媒体だけではなく、物理的な影響をも与えうる兵器となっている。未知江の娘ひかりは、戦後のアメリカでアニメの仕事を経験し、最後は戦時下のサイゴンでルミと出会う。ルミはひかりの兄の子どもだ。成長したルミは、いまも世界を飛び回って、終わりなき戦争の撮影を続けている。ルミの娘が主人公、つまり6世代にわたる物語なのである。

 本書の女たちは、いわゆる大家族的な「一族」ではない。戸籍上は家族かも知れないが、同じところに住んだわけでもなく、世界を彷徨うノーマッド、放浪者たちなのだ。家父長などどこにもおらず、男たちは補助的に登場するものの存在感が薄い。その背景にレンズがある。世界を見る眼と、世界を支配する映像の力が示唆される。主人公はその力の意味を最後に知ることになる。

北野勇作『100文字SF』早川書房

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カバーデザイン:早川書房デザイン室

 著者がtwitter上で公開している「ほぼ百字小説」は、11月7日現在2670余話に達している。本書は、そこからSF風味の作品200話を精選した作品集である。刊行は6月、昨年段階で『じわじわ気になる(ほぼ)百字の小説』既刊3冊(390話を収録)が出ており、一部重複するが同じではない。

 昨日へ行くお買いもの、楽器に再生される人間、火星に導かれて帰宅、巨大化する人、空を舞う洗濯機、千年前の海岸、世界の上限、いざというときの抜け穴、水筒の中にいる何か、金属の塔、溺死した妖精、近所の猿、海岸の神様、ずり落ちる商店街、生きた恐竜、一種のヘルメット、と続く。これだけでもまだ10分の1に足らず。

 北野勇作は短編小説、特に短いものの天才だ。最近では、800字以内で書く第2回大阪てのひら怪談(2017)や、原稿用紙6枚以内の第1回ブンゲイファイトクラブ(2019)で受賞しているのだが、こういう短い作品を安定したレベルで維持し続けるのは難しい。単調になったり、持続できず出来が大きくばらついたりする。本書の作品の場合、文字数以外での形は定まっていない。短い文が5つ続くこともあれば、1つの文章だけというものもある。起承転結があるものも、起のあとにいきなり結がくるものもある。日常から始まってSFになり、SFから始まって日常に落ちる。抽象的概念的なものがあるかと思うと、妙に具象的なものがある。哲学、寓話、日記風、エッセイ風のものまである。

 短い小説というと掌編、ショートショートが思い浮かぶが、長さによってさまざまな呼び名がある。 英語版Wikiによると、6語ストーリー、280字ストーリー(英語版twitter小説)、ドリブル (ミニサーガ、50語)、ドラブル(マイクロフィクション、100語)、サドゥン・フィクション(750語)、フラッシュ・フィクション (1000語)、マイクロ・ストーリーなどだ。一部は『超短編小説70 Sudden Fiction』で過去に紹介されている。日本語で換算すると、それぞれの語数を2~3倍した文字数に相当する。日本でも最近「四文転結」という形式が提唱されている。4つの文だけで小説にしてしまうという試みだ。本書はtwitter小説に分類されるのだろうが、膨大な量と類型に陥らない多彩さがあり、上記形式に囚われない広がりを感じる。

 著者も述べている通り、これらの作品は朗読に向いている。短いので目で追うとお話を見失うが、声で聞けば腑に落ちるのだ。変化の早さに人の理解が追いついていけない現代の風潮とも符合する。一瞬立ち止まって、じっくり聴くのも良いと思う。超短編にはそういう効用もある。

山田宗樹『SIGNAL シグナル』角川書店

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イラスト:みっちぇ(亡霊工房)
デザイン:須田杏菜

 山田宗樹による書下ろし長編。本格SFのアイデアをより身近な設定で語り直してきた著者だが、今回はインタビュー記事の中で「(地球外知的生命体との出会いについて)できるだけリアルな世界を描きたかった」と述べている。

 正確な周期で繰り返される宇宙からの信号が検出される。それは三百万光年の彼方にあるM33星雲からと判明するが、素数が含まれる人工的な信号である以外、どういう情報が送られてきたかが不明だった。謎のままでは、世間の関心はまたたく間に薄れてしまう。その状況に焦りを感じた中学生の主人公は、深い議論ができる一貫校高校部の先輩と話し合う。17年後、サイエンスライターとなった主人公は、日本のグループが信号の内容を解読したとする記者発表に立ち会う。

 メシエが分類した100余の星のカタログのうち、約半分が銀河系外星雲である。その中では、M33(NGC598)はアンドロメダ星雲(M31)の近くに見える比較的小型の星雲だが、地球からの絶対的な距離はM31より遠い。なぜこんな遠方からの信号なのかは、物語の中で説明される。本書は第1部と第2部に別れ、第1部では主人公の中学生時代を、第2部では科学者となった先輩らとともに、謎を解き明かそうとする過程が描かれる。一方、その声を直接聞くことができる人々、レセプター(受容体)が現われる。映画「未知との遭遇」で宇宙人の声を聞く人々のようだ。その声は言語的というより、映像的暗示的なものなのである。

 宇宙人の信号が地球に届き……というSFは数知れないが、これについては過去に評者がレム『天の声』の解説で書いたので参照していただきたい。一般読者向けに書かれた本書の場合、そういった哲学的、科学的な議論には深入りせず、あらましまでで抑えられている。現在の日本を舞台とし、天文ロマンに憧れた僕(少年)と、声を幻視するもう一人の主人公私(レセプター)の、平行する出会いの物語とした点が面白い。コンタクトものなので必然的にそうなるのだが、別解釈の《三体》と言えるくらい同作と呼応する部分が多いのも注目点だろう。

眉村卓『その果てを知らず』講談社

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装幀:岩郷重力
装画:元永定正「おおきいのはまんなか」

 昨年の11月3日に亡くなった、眉村卓の遺作長編である。死の数日前に書き上げられたという。奥付は10月20日で、86回目の誕生日に合わせて出版されたものだ。また小説現代2020年11月号には本書の抄録と、権田萬治、池澤春菜の解説が掲載されている。しかし、本書は一般的な意味での遺作とは、やや異なる印象を残す作品である。

 主人公は84歳になる老作家で、がんの転移などもあり入退院を繰り返している。だが、入院中の病室で彼は奇妙な幻覚を見るようになる。そこに居るはずのない人物が現われ、自身も姿が見えなくなるのだ。退院したあと、東京に向かう新幹線の中で、デビュー前後の混沌とした記憶が次々と蘇ってくる。

 作家の遺作にはさまざまな形態がある。執筆途中の未完成作から、数ヶ月前に書き上がっていたもの、病床で書き上げられたものもある。とはいえ、数度の手術や抗がん剤治療など体力を奪われる重い病では、闘病の間に書き継ぐのはとても困難だろう。星新一や小松左京らには、そういう意味での遺作はなかった。著者の場合も、本作の存在が明らかになる前は、2017年12月に出た短編集『夕焼けのかなた』が最後と思われていた。

 本書の物語には、自叙伝的な要素がある。ただし、登場人物(光伸一、毛利嵐など作家や、林良宏など編集者)や固有名詞(速風書房など出版社や、エンタテインメント作家協会など団体名)はすべて仮名になっている。主人公が記憶する過去は、事実のようであっても不確かだからだ。記憶違いだけでなく、夢の中の存在、あるいは別の世界の現実が混じり合ってくる。病院で襲いかかってくる何者か、屋上にある紙ヒコーキのような乗物、あるいはデビュー作を載せてくれた出版社の火事。そして、作家協会の懇親会で一人の編集者から「異世界への編入」の話をされ、介護で世話になっている娘から「転位」ができるようになったと聞くのだ。

 「(たとえ理想から大きく乖離していても)これでいい、これでやるのだ」と独白する主人公は、著者の作品の中で頻繁に登場する。開き直りのようだが、現実を前向きに受け入れるための決意表明でもあった。本書の中では、それが確定した死に対する諦観「なるようにしかならない」となって現われる。人生=作家生活も終幕に差し掛かり、しだいに時代から取り残される寂寥感に抗うための呪文だったのかも知れない。けれども、本書の結末では、自分が別の宇宙で生き続ける意味が語られる。諦めとは違うのだ。眉村卓は、果てのない異世界のどこかで、作家として書き続けているのだろう。

菅浩江『歓喜の歌 博物館惑星III』早川書房

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装画:十日町たけひろ
装幀:早川書房デザイン室

 8月に出た《博物館惑星》完結編。来年でデビュー40周年を迎える著者だが、これまでにファン投票で決まる星雲賞を計4回受賞するなど、過去から人気が高い。本年の第51回星雲賞では、19年ぶりに「不見(みず)の月」(《博物館惑星》の1作で、同題の短編集に収録)が受賞した。本書には、SFマガジンに2019年6月から1年間連載した6作品(前後編を含む)が収録されている。

一寸の虫にも:ニジタマムシと呼ばれる遺伝子改変された昆虫が、博物館惑星に持ち込まれる。深い虹色の構造色を持つその羽を目的に、違法取引するものがいるのだ。
にせもの:博物館が購入した青磁の壺が偽物と分かる。派遣されてきた国際警察機構美術班の刑事は、贋作を取引するグループの存在を示唆するが。
笑顔の写真/笑顔のゆくえ:銀塩写真で笑顔だけを撮り続けた写真家が、博物館惑星の記念イベントの記録係に推薦される。しかし、なぜかピーク時の魅力が感じられない。写真家には、隠された事情があるようだった。
遙かな花:博物館惑星には、人工的な生物を隔離収容するキプロス島がある。そこで捕まった不法侵入者の男は、スポンサー企業の会長に対して怨恨を抱いていた。
歓喜の歌:創立50周年を記念する盛大なイベントが、博物館惑星全域でついに開催される。一方、観光客でごった返す表舞台の裏側で、違法取引グループを巡る駆け引きが続いていた。

 『不見の月』と同様、エピソードの積み重ねで書かれている。前作を含めて、一続きの物語といえる。健と尚美という若い主人公に加え、人の感情を学ぶ情動学習型データベース〈ディケ=ダイク〉を交えた成長の物語なのだ。後半は博物館惑星苑が50周年を迎える行事(「歓喜の歌」)に絡め、より関連性を高めた設定で組み立てられている。博物館惑星には絵画や彫刻などの芸術作品だけではなく、人の創り出したものすべてを網羅しようとする大目的がある(だから、違法な人工生物を集めるキプロス島ができた)。そう考えると、精緻に造られた贋作もまた創作のもう一つの面であり、表裏合わせてはじめて完全なものとなる。登場人物たちの、愛憎相半ばする感情を描き出すのに、相応しい舞台といえる。

 さて本編は、歓喜の歌大合唱という堂々の大団円を迎えるわけだが、終了後も余話と称して「海底図書館」(SFマガジン2020年10月号)が書かれているので、物語世界はまだ続く。

林譲治『星系出雲の兵站(全4巻)』『星系出雲の兵站-遠征-(全5巻)』早川書房

Cover Illustration:Rey-Hori
Cover Design:岩郷重力+Y.S

 2018年8月から2019年4月(第一部)、2019年8月から2020年8月(第二部) と、ほぼ2年間で書下ろされた著者渾身のミリタリーSFである。軍事アクション主体の派手なジャンルにしては、地味な「兵站」を標題に据えたのがポイントだろう。
(以下大きなネタバレはありませんが、物語を説明する上で必要なキーワードは含まれます。未読の方は注意)。

《星系出雲の兵站》
 惑星出雲を中心とする5つの星系で、人類はそれぞれ文明を築き繁栄していた。その祖先は、4000年前に1000光年離れた地球から播種船に乗ってきたと伝えられるが、故郷がどの星系にあるのかさえ、もはや定かではない。
 人類世界の一つ壱岐星系で、異星人の作った無人衛星が発見される。そもそも播種船の根源的な目的は、異星人の侵略に備えることだった。そのため人類世界は、星系の自治権を超越する宇宙軍、コンソーシアム艦隊を保持している。だが、艦隊の派遣は現地政府の疑心暗鬼を産む。折しも厚い氷の下に海を持つ準惑星天涯で、未知の異星人ガイナスとの局地戦が勃発する。
 勝利もつかの間、天涯は再びガイナスのものとなり、奪還作戦が策定される。しかし、強大なコンソーシアム艦隊を賄うには、兵站の中枢を担う惑星壱岐の生産体制は脆弱すぎた。
 天涯奪還は失敗し、艦隊の司令長官と兵站監が責任を取る。部隊は再編され、新たな指揮官の下、新兵器を投入しての作戦が決行される。ガイナスの行動は不可解で、毎回異なる反応をしてきた。
 天涯の地下に潜むガイナスはさらに謎を呼ぶ。天涯から運び出されていた大量の氷は、未知の拠点で宇宙船の燃料になると思われた。やがて、これまでをはるかに凌ぐ大艦隊と決戦の時が迫る。

《星系出雲の兵站-遠征-》
 人類は、播種船の時代にはなかったAFDと呼ばれるワープ航法の技術を獲得している。ただし、AFDには目的地の正確な座標が必要で、無人の航路啓開船が亜光速で飛行して新たな目的地を開拓する。過去に送られた一隻の船から、敷島星系に文明ありとの報告が届いていた。これこそガイナスの母星かも知れない。
 一方、艦隊が封鎖したガイナスの拠点で、コミュニケーションを図る試みも行われていた。反射行動の段階から始まったガイナスは、数を増し集合知性となったことで反応を変えてくるのだろうか。
 敷島星系にはガイナスを思わせる文明があったが、繁栄しているとはいえない。なぜそうなのか。さらに、無関係と思われていた出雲の宇宙遺物から、人類史を揺るがす真相が浮かび上がってくる。
 ガイナス母星で行われた無人探査によって、その奇妙な生態系の秘密が明かされる。さらに星系内で見つかる遺物との関連、壱岐星系ガイナス最後の拠点で出会う存在が語ることとは何か。

 特権階級出身ながら改革派の壱岐執政官タオ、コンソーシアム艦隊で異例の出世を遂げる水神、同期で兵站担当の火伏、白兵戦で功績を上げ降下猟兵(海兵隊のような部隊)の頂点を極めるシャロン、異星人とのコミュニケーションを担当する科学者司令官烏丸などなど、登場人物は各巻ごとに彩り豊かに現われる。前半はタオや水神、後半は烏丸、全般を通してシャロンが印象的だ。

 兵站(ロジスティクス)とは戦争を支えるサプライチェーンであり、これが杜撰では戦争は持続できない(これは敵味方同様で、本書では両者とも描かれている)。宇宙戦争ともなると、支えるための生産拠点と資材の供給網は惑星規模で必要になる。最前線の惑星壱岐は出雲に次ぐ星系だが、そこでは富裕層が既得権益を独占し、生産合理化など主導権の変化に抵抗する。一方、前線から遠い他の星系にとっては、コンソーシアム艦隊強大化の方が異星人より脅威だ。架空戦記を手がける著者ならではのリアルな設定が、本書のバックボーンを支えている。

 異星人ガイナスもユニークな存在だ。最初に接触した際は戦い方を知らない機械のような存在で、一方的に殺されるばかりだったのが次第に戦術を学習していく。集合知性らしくいくつもの進化の階梯を持ち、その段階ごとにふるまいが変わる。このメカニズムだけで、本格ハードSF数本分のアイデアがある。結末で一応の決着がつくものの、まだいくつか物語を創り出せそうだ。

 それにしても本書の人類は、ある種の狂信者を祖先に持つ人々といえる。もしかすると『三体』を読んで強迫観念を持ったのかも。

『Genesis されど星は流れる』東京創元社

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装画:カシワイ
装幀:小柳萌加・長﨑綾(next door design)

 東京創元社が、およそ半年刊で出す全編書下ろしの《Genesis 創元日本SFアンソロジー》の第3集。今号から《年刊日本SF傑作選》が担ってきた、創元SF短編賞の発表と受賞作掲載も兼ねたものとなっている。

 宮澤伊織「エレファントな宇宙」戦争サイボーグ部隊と、憑依体である危険な超能力少女2名は、アフリカのコンゴに降り立つ。そこに新たなモンスターが現われたのだ。「神々の歩法」に始まるシリーズ第3弾。
 空木春宵「メタモルフォシスの龍」女が蛇に、男が蛙に変化してしまう病が蔓延し、既存の社会は失われる。しかし最終形態までには段階があり、半ば蛇となった女と、人間の姿を残した主人公は不安定な同居生活を送っている。
 オキシタケヒコ「止まり木の暖簾」人類で唯一成功した星間行商人の女は、大阪育ちのアメリカ人だった。その成功の秘密の裏には、大阪時代に働いていた小さな大衆食堂での経験があった。《通商網》シリーズの前日譚。
 松崎有理「数学ぎらいの女子高生が異世界にきたら危険人物あつかいです」数学が苦手で暗記で乗り切ってきた主人公だったが、進学校では通用しない。欠点を取った日、絶望のあまり数学がない世界を願ったとたん、望んだとおりの異世界に転生してしまう。
 堀 晃「循環」大阪の淀川と大川を分ける水門、毛馬閘門を眺めながら主人公は自身の半生を振り返る。自分が興した会社を畳むにあたり、気になることがあったのだ。それはこの近辺にかつてあった、廃工場で見つけた小さな部品だった。
 宮西建礼「されど星は流れる」春から入部した新一年生と合わせても、二人だけしかいない天文同好会、主人公は部長である。感染症による臨時休校の中、熱心な後輩の希望で始めた、ビデオカメラを使った流星の同時観測は思わぬ反響を呼ぶ。
 折輝真透「蒼の上海」第11回創元SF短編賞受賞作。地上は蒼類と呼ばれる植物生命に覆い尽くされている。人類は辛うじて海底都市で生きながらえていたが、あるミッションのために、6名のエージェントがかつての上海に送り込まれる。

 これ以外に池澤春菜、下山吉光による、アマゾンAudibleなどでの小説朗読についての対談を収める。英米では一般的だが、日本ではこれからの分野。アブリッジやドラマ化などと違って文章をありのままに読み上げるなかで、いかに原作の雰囲気を伝えるかが肝要ということである。

 宮澤伊織、オキシタケヒコはそれぞれの人気シリーズから、空木春宵は古典的な怪談を思わせる独自の語り口で書かれた一編だ。松崎有理は、著者得意の論理の展開によって数学ぎらいを図解したような作品。堀晃は半自伝的な作品で、どこまでがファクト(著者がブログでタイムマシンの会社と書いていたところ)でどこからフィクションなのか、まったく分からない絶妙な構成だ。結末では、本作がSFであるかどうかまでが相対化されている。宮西健礼は天文同好会を舞台にした、リモート(直接出会えない)青春小説。評者の時代も天文部はあまり人気がなかったが、今でもなのか。

 さて新人賞の受賞者である折輝真透(おりてるまとう)は、昨年の第9回アガサ・クリスティ賞の他、第4回ジャンプホラー小説大賞なども受賞している。新人賞がプロアマを問わなくなり、(他賞の)既受賞者でも問題なくなってからは、複数に投稿・受賞する作家が目立つように思う(アガサ賞のもう一人の受賞者もそうだ)。そういう受賞者は(事情はさまざまだが)、既にポテンシャルの高さが保証されている。本作も「スピーディーな展開、場面転換も鮮やかで、一気に読ませる力がある」堀晃、「わくわくする要素が多く、(中略)制約・足枷がうまく働き、珊瑚「アマノリス」の採取ミッションを面白く読むことができた」宮内悠介、「タイムリミットが導入されていることで娯楽性が増し、さらに結末では終末SFらしい美しさが醸し出される」編集部と、審査員全員一致での受賞である。とはいえ、講評の中にもあったが、この内容は素材的に長編向きだろう。既にミステリ、ホラー長編を書いている著者なので、SF長編にも期待したい。

柴田勝家『アメリカン・ブッダ』早川書房

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カバーデザイン:早川書房デザイン室
カバーイラスト:タカハシ ヒロユキミツメ

 柴田勝家の11冊目の著作で初の短編集である。2016年からの雑誌、アンソロジイに掲載作に加え、書下ろし表題作を含めた全部で6作品を収める。

 雲南省スー族におけるVR技術の使用例(2016)中国雲南省に住む少数民族スー族は、生まれた直後からVRヘッドセットを付け、仮想空間の中だけに存在する彼らの世界に浸っている。そこがどんな世界かは謎だった。
 鏡石異譚(2017)東北の山奥で巨大な研究施設が建設されている。主人公は幼い頃に工事の縦坑に落ちて以来、不思議な体験をするようになる。それは幾度にもわたる、未来の自分との出会いなのだった。
 邪義の壁(2017)古い実家の一室には、なんの飾りもない大きな白い壁があった。主人公は祖母とともに、壁に向かって祈りを捧げた記憶がある。だが、祖母が亡くなったあと壁の一部が崩れ落ち、中からは……。
 一八九七年:龍動幕の内(2019)19世紀ロンドン、留学中だった南方熊楠と孫文たちは、ハイドパークに現われ託宣を下す「天使」の正体を見極めようとする。本物の天使であるはずはなかったが、巧妙な仕掛けが隠されていた。
 検疫官(2018)その国では大統領の命令で、すべての物語が禁じられていた。小説だけではなく、音楽も伝承も絵画も、物語性を有しているものすべてが検疫され排除される。そこに一人の少年が現われるが。
 アメリカン・ブッダ(書下ろし)アメリカ全土で災厄が発生し、脱出できる人々はすべて電脳世界に逃げ去ってしまう。地上にはインディアンのみが残った。その一人の青年は自らをブッダになぞらえ、仏教による救済を電脳世界に語りかける。

 デジタル・ディバイド(情報格差)を逆手に取った「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」は、4つの単行本・雑誌に収録され、星雲賞短編部門も受賞するなど注目を浴びた作品である。もっとも辺境に住むもの(少数民族)がもっとも情報に依存しているという構図は、現代社会を暗示しているようで奥が深い。こういう現代の問題点を巧みに取込む作風は「アメリカン・ブッダ」にも生かされている。まあ、福音派が牛耳るアメリカが(陰謀論QAnonに陥ちることはあっても)仏教に帰依するなんてなさそうだけど。

 異色作は「検疫官」で、人間から物語を完全になくすことが果たして可能なのかが「物語化」されている。ある意味矛盾しているところが面白い。

佐々木譲『図書館の子』光文社

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装幀:坂野公一(welle design)
装画:影山徹

 一昨年から昨年暮れにかけて小説宝石などに掲載された、6つの作品を収める短編集である。昨年12月に出た『抵抗都市』は明確な歴史改変SFだったが、本書はややソフトなタッチで描かれた時間ものになる。

 遭難者:昭和12年、宿直医のところに、隅田川に落ち意識不明となった患者が送り届けられる。その男は記憶を失っており、名前すら分からないようだった。しかし、自身を旅行者らしいと告げる。
 地下廃駅:昭和35年、中学一年生だった主人公は、友人と二人で上野の防空壕跡から、戦後廃された地下鉄の駅に忍び込む。だが、出たところは見覚えのない、終戦直後の焼け野原となった東京につながっていた。
 図書館の子:母子家庭で育つ小学生の主人公は、仕事が遅くなる母親から市立の図書館で待つように命じられる。図書館は大好きだったけれど、その日は激しい吹雪となり、交通機関が麻痺するほど雪が降り積もる。
 錬金術師の卵:16世紀に作られメディチ家も所有した希少な美術品が、とある私設美術館で招待客だけに密かに公開される。卵の形をしたその品には呪いがかけられているというが。
 追奏ホテル:よく知られたクラシック・ホテルが営業をやめると聞いて、男女二人の愛好家が大連を訪れる。そこは戦前の日本資本が建てた小ぶりのホテルなのだが、85年前に著名なピアニストによるミニコンサートが開かれたようだった。
 傷心列車:日中戦争前夜の満州。大連のダンスホールに勤める女給は、内地からきた男と知り合う。男は二人の仲間とともに何かをしているようだった。一体彼らは何ものなのか。正体を疑ううちに世間には不穏な空気が拡がっていく。

 著者得意の時代設定が取り入れられている。太平洋戦争前、日中事変前後から戦後にかけての日本と中国(旧満州国)が主な舞台である。そこに、遭難したタイムトラベラー、小松左京「御先祖様万歳」的なタイムトンネル、ジャック・フィニイ風の過去との邂逅(精神的なタイムトラベル)、タイムマシン、タイムスリップ、時間改変・時間犯罪と、さまざまなSFネタがちりばめられてる。ただし、明記や説明はされない。SFならそういう解釈もできる、という程度の緩い結びつきなのだ。

 本書はアイデアSFではない分、主人公と時代背景がじっくりと描き込まれている。戦前の風景、東京大空襲の間際、あるいは、戦後の混乱期が物語の中に浮かび上がってくる。この中では最後の「傷心列車」が、時間旅行者と日中戦争が直接絡み合い、よりダイナミックな展開になっている。彼らは通りすがりの旅行者ではなく、積極的に当事者となっていくのだ。

森見登美彦『四畳半タイムマシンブルース』角川書店

(註:この書籍はFREE PREVIEWに対応していません)

装丁:鈴木久美
装画:中村佑介

 著者の初期作『四畳半神話体系』(2005)のキャラ設定と、上田誠の戯曲「サマータイムマシン・ブルース」(2001)の基本アイデアがコラボしたオリジナル小説(ノベライゼーションではない)。上田誠は『ペンギン・ハイウェイ』などで森見アニメ作品の脚本を書いてきた仲でもある。二人の対談を読むと、それぞれの続編というより番外編といった趣が強いようだ。

 高温多湿でむせかえる京都の8月、下鴨にある倒壊寸前の下宿アパートで唯一クーラーがあった主人公の部屋で、リモコンが壊れるという惨事が発生する。治る見込みもない中、25年後から突然ドラえもん型タイムマシンが出現する。これを使って昨日に行けば、壊れる前のリモコンが回収できるのではないか。下宿に集う個性豊かな面々は、それぞれの思惑で暗躍を開始する。

 タイムパラドクスといっても、(原案を含め)貧乏大学生を主人公にした史上最低・ミニマムなパラドクスである。本書の場合「バック・トゥー・ザ・フューチャー」型の単線の時間概念(決定論的で、過去も未来も既に決まっている)なので、過去の改変はそのまま未来に影響する。しかし決定しているものを覆すと、宇宙が崩壊するかもしれない。この設定は本書のキャラと親和性がとても高く「サマータイムマシン・ブルース」は、もともとこの下宿アパートを舞台に書かれていたのではないかと錯覚するほどだ。

 とはいえ、本書は15年前(原著の奥付に準拠)の『四畳半神話体系』から何も変わっていないように思える。時は流れておらず、主人公たちは昔の姿のまま京都にある貧乏下宿に封じ込められている。最後に未来を暗示させるタネ明かしもあるが、これはドラえもんに敬意を表したものかも知れない。