斧田小夜『ギークに銃はいらない』破滅派

装画・装丁:斧田小夜

 第10回創元SF短編賞(2019)にて「飲鴆止渇」で優秀賞を受賞、第3回ゲンロンSF新人賞(2019)でも、「バックファイア」(改題し本書収録)を優秀賞で受賞した著者の初作品集である。紙版としては初だが、他にも本書の版元である破滅派から電子書籍で多くの中短編を出している。

 ギークに銃はいらない(2018):主人公はカリフォルニアに住む冴えない高校生。ハッキングを武器にネットを暴れ回るギークに憧れている。ITについては無知だったが、何とか学校のシステムに侵入することに成功する。しかし、そこで意外なものを見る。
 眠れぬ夜のバックファイア(2019):In:Dreamとは睡眠を快適にするためのデバイスだ。医学的に認められ、実績もある反面、個人ごとの手厚いサポートが必要になる。ある日、サポートに掛かってきた通話は、はじめは穏やかなものだったが、そのユーザーの眠りはノーマルとはいえなかった。
 春を負う/冬を牽く(2016):(2部に分かれた長中編)つかの間の春と、厳しい冬が交代する世界。山深い村と麓の村との間を旅する交易びとの話を聞きながら、一人の少年が成長する。やがて、代替わりの儀式が行われ、若いチェギ・ルト=村長の地位に就くのだ。

 表題作は、ITの専門家である著者が(平易な注釈付きの)用語を交えて語る青春ドラマ。友人やガールフレンドと共に、ナードからギークへと変わっていく(かもしれない)物語だ。最後の2作品は、異星を舞台とした長い中編である(合わせて250枚ほどある)。異世界の過酷な自然、そこに住む住民たちの生活や特別な風習が描かれる。ル=グウィンを思わせるとあるのは、そういう文化人類学的な切り口を指すのだろう。奥地にある禁断の山の秘密は、そのまま世界を成り立たせる秘密へと結びついていく。

 この中では「眠れぬ夜のバックファイア」が印象に残る。ゲンロン新人賞を改題したこの作品は、In:Dreamというテクノロジーガジェットをキーにしながら、眠れない登場人物の過去に絡む心理的な深淵をかいま見せる力作。眠りを妨げる要因が明らかになる過程が面白い。もう少しガジェットとの関わりが描かれていれば(SF的には)ベストだったろう。

梶尾真治『おもいでマシン』新潮社

カバー装画:456
カバーデザイン:鈴木久美

 梶尾真治によるショートショート集。あとがきにもあるが、ショートショートだけを集めた著者の作品集はほとんどなく、これまで『有機戦士バイオム』(1989)があるだけだった。本書は、熊本の地酒メーカー高橋酒造が運営する自社ホームページで、カジシンエッセイとして掲載されたショートショート(エッセイだけではなく小説も載る)から40編をセレクトしたものである。1作6枚と短いため「1話3分の超短編集」と、読みやすさをアピールする副題がついている。

 本音商会:本音商会に取り憑かれてしまうとどうなるか、サタンの下請け:願いを叶えるサタンを召喚すると、祖母山のできごと:日が暮れた登山道に何かがいる、おもいでマシン:おもいでを具現化する装置が稼働する、正月を捕まえる:いたずらで「正月」を捕まえようとした少年たち、大井川の奇蹟:遅刻しそうになった男を救う思いがけない存在、忘れな草お姉さん:自分の成長につれ何度も出会うお姉さん、先輩がミャオ:愛猫と暮らしていたはずの先輩が変貌する、宇宙船降臨:宇宙船から現われたのは宇宙人ではなく、嘘つき村のエイプリル・フール:誰もが嘘つきの村で嘘をついていい日とは。

 福を迎えに:初詣でお願いするより効果がある方法、伝説の食堂:恋人に連れられて入った古ぼけた食堂、ペットショップのお薦め:SNSウケのためペットを飼おうとした、完璧な殺し屋:完全犯罪が可能な殺人方法とは、おとぎ苑にて:有名人だった父親が住むケアハウスの入所者たち、今日は何の日?:妻は毎日その日の由来を質問してくる、一人おいての男:誰の記憶にも残らない男がいた、根子岳の猫屋敷:山奥に恐ろしい伝説の猫屋敷があった、父のAI:口うるさい父も年老い認知症を患うようになった、ナマハゲ・サミット:世界中の来訪神を集めたサミットが開かれる。

 世の中リモコン:ボタンが付いた不思議な板を拾う、やみつき:キャラ人形にお金をつぎ込み熱中する夫の本心、母の日のできごと:今日は白いカーネーションを買う日だと思い出す、しんえんくん:かつて勇者だったぼくは山中で黒いものに遭遇する、鬼童岳の霧女:霧が立ちこめた山道で2人の女性の声を聞く、哀しきアムネジア:忘れ物のことを教えてくれる誰かの声、背後で響くもの:人生に深みを与えてくれる商品とは、根子島の呪われた月:昔から夜間出歩くことを禁じられた月があった、無神教のお誘い:無神教への入信を勧められる、運命の朝:遅刻しそうになり学校へ急いでいると曲がり角で女の子と。

 悪魔の温泉:山奥に誰も知らない秘湯があるらしい、父を知る:亡くなってから知る父親の職業は、貧乏神警報:お金が出ていくばかりのできごとが重なる、バレンタインの獣!:その日にチョコレートを贈るようになったわけ、奇妙な写真:しだいに鮮明になる何かが写っている、本当は怖い桃の節句:ひな人形を欲しがる娘に話したこと、ショート・ショートの主題と構造:どうすれば面白いショートショートを書けるのか、理想の伴侶:理想と思った彼女には強いこだわりがあった、こんなお仕事:愚痴を言い合う酒席に奇妙な仕事の売り込みがやってくる、ママのくるま:幼い息子のため車載AIに亡くなったママのデータを入れる。

 備忘録もかねて40編をメモしてみた(オチは含まれません)。

 本書の作品はトラディショナルな形式、星新一やフレドリック・ブラウンなどで良く知られたショートショートのスタイルで書かれている。著者自身も「ショート・ショートの主題と構造」で書いているとおりだ。短いとはいえ6枚(2400字)あるので、明確な起承転結も付けられ、読者にとって読みやすい長さだろう。

 SF(珍発明ものAIなど)もだが、ホラー(著者の山歩き経験や、ローカルな地名を反映したものが多い)や、ふんわりとしたエマノン風人情話が印象に残る。初恋のころ老いた親のこと家族の秘密など、著者の思いが伝わってくるようだ。忙しない世の中では短い作品が求められている(特に電子媒体では)。正統派ショートショートも、「昔ながら」ではなく、むしろ「いま」にフィットするのかもしれない。

『100文字SF』評者のレビュー

竹田人造『AI法廷のハッカー弁護士』早川書房

装画:sirakaba
装幀:野条友史(BALCOLONY.)

 2020年の第8回ハヤカワSFコンテストで優秀賞を獲得した、竹田人造による受賞後初の書下ろし長編である。優秀賞作品では、ヤクザ+ハッカーがいかにAI現金輸送車やカジノを騙すかだったが、本書ではイケメン(理由がある)弁護士+ハッカーがいかにAI裁判官を騙すかが描かれる。

 舞台は近未来の日本。「誤解なく、偏見なく、正義を正確に執行する」としてAI裁判官制度が導入される。そんな司法制度大変革の渦中で、主人公は魔法使いと呼ばれる特殊な存在になった。何しろ、明らかに負けると思われる裁判を片端から覆す不敗の弁護士なのだ。

 物語は4つのCaseに別れている。その一つ一つに新たな登場人物が現われる。重要容疑者で犯人に間違いないと疑われる直感的天才(見かけは頼りない青年)、AI制御の義足に絡む人身事故で故意に不具合を混入させたとされる科学者(一見だらしなく無気力)、そして、主人公の旧友はライバルの検察官として弁護士の前に立ち塞がる。千手観音みたいな悪役も出てきて、前作よりキャラはかなり派手になっている(リアリティはあえて捨て、コミカルさを強調している)。独立したエピソードが並列に置かれたあと、伏線を最終章で一気に解明するスタイルも、前作と同じながらブラッシュアップされている。

 本書は意志を持ったAIと人間が「直接対決」する法廷サスペンスではない。この時代のAIが、現状より大きく進歩しているようには描かれないからだ。要するに超多次元のパターン認識マシンなので、われわれが空想するような超越的意志は持ち得ない。しかも、セキュリティ上の課題すらある。デフォルメされてはいるが、いま行われているシステム対ハッカーの攻防を近未来に投影したものなのだ。

 主人公は独特のパラメータを駆使して裁判官を攪乱しつつ、証拠を固めるために直感的な天才青年や、敵なのか味方なのかも分からない科学者らの助けを借りる。隠された事件や動機も出てきて、その人間ドラマが読ませどころだろう。サブキャラが主人公を抑えて一人称で語り出すなど、ちょっと暴走気味だが、著者のエンタメの才能が存分に発揮された作品といえる。

日本SF作家クラブ編『2084年のSF』早川書房

カバーデザイン:岩郷重力+Y.S

 日本SF作家クラブ編のアンソロジイ。昨年出た『ポストコロナのSF』の姉妹編で、前回からの作家の重複はない。冒頭の福田和代や話題の逢坂冬馬ら、作家クラブ外のメンバーを含む全部で23編を収録する。

【仮想】
 福田和代「タイスケヒトリソラノナカ」行方不明になったVR依存症の入院患者を老刑事が追う。青木和「Alisa」生活と不可分なAIアシスタント網が、頻繁に不具合を起こすようになった。三方行成「自分の墓で泣いてください」延々と葬儀の続く「仮葬空間」にはバンシーやニンジャ、そしてゾンビたちがいる。
【社会】
 逢坂冬馬「目覚めよ、眠れ」疲労を自動回復するシステムが一般化し、人生の3分の1を占める睡眠がなくても働き続けられる超高度生産社会が到来した。久永実木彦「男性撤廃」生殖に男性は不要となり女性だけの社会となったが、冷凍保存された男性を解凍するか抹殺かの議論が白熱する。空木春宵「R_R_」ヒトの心身への悪影響を理由にビート(拍動)が禁止された社会で、主人公はある日リズムをきざむ少女と出会う。
【認知】
 門田充宏「情動の棺」情動コントロールが常識となると、人はたとえ目の前で流血の惨事が起こっても動揺しなくなる。麦原遼「カーテン」脳神経の深刻な損傷事故を受けた被害者のうち、多くは冷凍睡眠による治療により回復したが、数学的な直感を失ってしまったものもいた。竹田人造「見守りカメラ is watching you」老人ホームに閉じ込められた92歳の老人は何度も脱走を図り、そのたびにドローンやロボットたちに阻止される。安野貴博「フリーフォール」思考加速技術は究極まで高められ、一般的なものなら10倍、最大で10の8乗倍に達していた。
【環境】

 櫻木みわ「春、マザーレイクで」むかし琵琶湖と呼ばれた湖の中にある孤島に、外を知らない数千人の人々が暮らしていた。揚羽はな「The Plastic World」プラスチック汚染の切り札と考えられた分解菌は、あらゆるプラスチックを食べて社会を崩壊させる。池澤春菜「祖母の揺籠」太洋で30万人もの子供を育てるクラゲ状の祖母は、こうなるに至った過去の出来事を回想する。
【記憶】
 粕谷知世「黄金のさくらんぼ」列車待ちで何気なく入った博物館で、そこに展示されているサクランボのような小さな装置の説明を受ける。十三不塔「至聖所」若くして亡くなったスターの脳スキャンデータから、記憶の断片を復元する修復家が知ったこと。坂永雄一「移動遊園地の幽霊たち」サーカスがトレーラトラックで来たと思い込んだ兄弟二人が、郊外のテントの中で見たものとは。斜線堂有紀「BTTF葬送」1980年代の映画の上映会に集う人々は、これが最後の公開になると分かっている。
【宇宙】

 高野史緒「未来への言葉」月から地球への特急便を引き受けた運び屋は、その荷物を急ぐ意味に気がつく。吉田親司「上弦の中獄」中国が世界を支配し、月にも富裕層の楽園が設けられたパラレルワールドの未来。人間六度「星の恋バナ」超巨大怪獣と戦う全長26キロの巨大ロボット、操るパイロットは女子高生だった。
【火星】
 草野原々「かえるのからだのかたち」人間による開発が失敗した火星植民都市は、かえるの細胞を使った人工生物によって自動建設される。春暮康一「混沌を搔き回す」金星派と火星派が対立したテラフォーミング優先権争いは、火星の開発開始で決着がついたと思われたが。倉田タカシ「火星のザッカーバーグ」火星を含むいくつかのフレーズからはじまる掌編小説の集合体。

 3-4編ごとに【仮想】~【火星】と、内容による小テーマが付けられている。あらかじめ決まっていたのかどうかは分からないが、読みやすくするため類似作品をまとめたのだろう。オーウェルの『1984年』があって百年後の『2084年』なのだから、政治的ディストピアがテーマになりそうなものなのに、そういう作品はほとんどない。

 まえがきにある「小説は事実よりずっと奇なり」という意味では、仮葬空間という奇妙な設定の三方行成、ボウイの引用と特異なルビが際立つ空木春宵、新たな「おじいちゃん」なのかと思わせる池澤春菜、なぜカエルなのかよく分からない草野原々、あたりが合致する作品だろう。

 630ページあっても、23人で分けるとどうしても枚数制限が出てくる。そのレギュレーションのためか、中編以上を得意とする作家は、ちょっと窮屈そうな印象がある。

 帯に「62年後のあなたは、この世界のどこかに生きている」とある。この場合のあなたの年齢はせいぜい40代前半ぐらいまで。自分など該当しないと思ったが、デジタル化して生きている可能性もなくはない(SFではもはや常識)。世の中何が起こるか分からないのである。

よしなが ふみ『大奥(全19巻)』白泉社

 2005年9月から2021年2月まで全19巻で刊行された《大奥》は、刊行当初の2005年にセンス・オブ・ジェンダー賞を受賞、その後も英訳版が2009年のジェームズ・ティプトリー・ジュニア賞(現在のアザーワイズ賞)を受賞するなど、SF界からは早くに注目されてきた。全巻完結を持って第42回日本SF大賞を受賞したわけだが、これまでも第13回手塚治虫文化賞マンガ大賞(2009)、第56回小学館漫画賞(2010)、文化庁の芸術選奨新人賞(2022)など高評価を得てきた作品である。

 三代将軍徳川家光の時代に東北から発生した赤面疱瘡(あかづらほうそう)と称される奇病は、瞬く間に全国に蔓延した。それは若い男だけが罹る死の病で、重症化すれば助かる術はない。男の人口は瞬く間に4分の1まで激減、社会システム自体の変更を余儀なくされる。それは支配階級徳川家でも同様、将軍家光までが罹患して亡くなる。死は隠蔽され、娘が家光を名乗って代わりを勤める。以降、女系による将軍職継承が公然と続くことになる。男子禁制だった大奥もまた、若い美男を取りそろえた男だけの社会に変わるのだ。

 直近では、クリスティーナ・スウィーニー=ビアードが男9割減社会を描いた。ジェンダーテーマのSFでは珍しくない設定だろう。これ自体がユニークなのではなく、どう扱うかが肝心なのである。《大奥》の世界は、単純な男女逆転社会ではない。女は消滅した男の役割をどこまで代替できるのか、社会はどう変わるのかまでを考えないとリアリティが出ないからだ。

 注目されるのは、これが別の時間が流れる並行世界を描いていないということだろう。五代将軍綱吉と討ち入り(忠臣蔵)事件、六代家宣時代の江島生島事件、本来選ばれなかったはずの八代吉宗、十代家治と田沼意次、十四代家茂と和宮、起こる歴史的事件はわれわれが知る史実と(外見上)同じに見える。しかし、そもそも別人が将軍になったのだから家来も異なるだろうし、人に関わる事件はすべて違ってくるはずだ。それが同じ歴史をたどるのは、正史の裏に《大奥》という「秘史」があったからなのだ、とする。

 赤面疱瘡は天然痘=疱瘡がベースにあり、執筆当時のエボラ出血熱流行がヒントになっている(著者インタビュー)。治療法を探して平賀源内や新井白石らが奮闘する物語は中盤の見せ場。それ以降では幕末のパワーゲームや歴史的な人物について、著者独自の(大胆な)解釈が出てくる。徳川幕政三百年(典型的な家父長社会)を批評した、よしなが史観とでもいえるものだ。もちろん、この作品で描かれる女将軍と大奥の男たちのロマンス、プラトニックな交流、友情、あるいは継承を巡る血なまぐさい(暗殺が横行する)対立なども読みどころとなっている。

 

伴名練『百年文通』一迅社

イラスト:けーしん
デザイン:BALCOLONY.

 今週は電子書籍のみで刊行されている2冊をとりあげる。最初は伴名練がコミック百合姫の2021年1月号から12月号に連載した中編小説である(紙版は現時点ではないが、大森望編の2022年版年刊SF傑作選に収録されるらしい)。

 主人公は中学3年生、雑誌モデルの仕事で立ち寄った神戸の洋館で、古びた机の引き出しに手書きの手紙が残されていることに気がつく。それは自分より1歳年下の高等女学生が、100年も前の大正6年にしたためたものだった。しかも、引き出しを開け閉めするだけで、こちらが書いた手紙を送ることもできる。そうして、時間を越えた奇妙な文通がはじまるのだ。

 本書の冒頭に引用があることでも分かるが、この作品はジャック・フィニイ「愛の手紙」と同じ設定を使っている。フィニイは『ふりだしに戻る』や『時の旅人』など、多くのタイムトラベル小説を書いた。しかし、そこには物理的なタイムマシンは出てこない。深い思い(過去に対する強烈なノスタルジー)を寄せて念じれば、時を渡ることができるという考え方だ。

 この設定では、たとえ恋仲になっても2人は絶対に会えない。ただ悶々と葛藤するばかりなのだが、やがて100年前には現在と呼応する大事件が起こることが分かる。それを回避するため、2人はあらゆる手段に訴えて奮闘するのだ。もちろん「百合姫」連載なので、登場するのは女性ばかりである。2人が置かれているシチュエーションや、判明する史実はハードで幸運とはいいがたい。そこにライトな百合要素と現代的な時事風俗を絡め、明るく華やかに盛り上げる。伴名練がデビュー以来一貫して保つ巧さだろう。

樋口恭介『眼を開けたまま夢を見る』

 2冊目は、5月15日に出た17編を収める樋口恭介の初短編集である。短いものが多く、中編1作品相当の分量。自身のnoteやカクヨム、twitterなど、ネット関係の媒体に発表された作品(一部を除いて大半は削除されている)がまとめられている。奥付はなく、初出にも発表年は書かれていない(数年以内のものだろう)。私家版で電子書籍のみ。

 言語機能の契約失効に関する大切なお知らせ:というお知らせが人類に届く。物語の誕生:文が生まれ、白紙が生まれ、線が引かれ、名付けられ、意味を持って、こうしてあなたは最後の文に辿り着く。時間の中のホテル:暗闇の中で真四角の部屋の壁を押すと森が現われる。そこにホログラムの女が現われ・・・。字虫:字虫とは眼球に生息する微生物のことである。読書家の目の中にはよりたくさんの字虫がいる。円盤:毎日あいつがやってくる。円盤のせいなのだ。機械と遊び:JLB・パス・ゲームの伝説的な王者だったプレイヤー=京大教授が語ったこと。悪夫と悪妻:ソクラテスの妻は悪妻として知られるが、その逆の立場のソクラテスも悪夫だった。浴槽:夫婦が会話をしているが、どこかかみ合わない。そのあと風呂に入ると体が溶け出していく。ワクチン接種日:ドローンが町民たちを呼び集める。今日はワクチンの接種日なのだ。俺は殺人鬼だった:俺は30人くらいを殺した殺人鬼だった。しかしよく憶えてはいない。完全自殺マニュアルかと思ったら資本主義リアリズムだった:残業とパワハラに悩む俺のところに、ある日喪黒福造がやってきて自殺薬をくれた。国際道徳基準変動通知:日々、SNSで炎上案件となる話題の倫理基準が通知される。その変化の見逃しは致命的だった。ボルシェヴォの魔女:シベリア旅行に行ったとき、現地で良く知られているという話を聞いた。祖父の思い出:私の祖父はドストエフスキーが好きで長い話をした。工場:高校生のとき工場で段ボールを運ぶバイトをした。野球:小学生のころ自分によく似た友人がいた。スポーツが苦手だったのに、あるとき突然野球をすることになった。眼を開けたまま夢を見る:大学時代の先輩と夜に会うことになった/子供のころの大晦日、自治会の運営する深夜のカウントダウン祭りに参加した。

 円城塔的な「物語の誕生」、アイデアSF「字虫」「円盤」「ワクチンの接種日」「国際道徳規準変動通知」、観念的で読み応えのある「時間の中のホテル」「機械と遊び」、巻末の3作品は「意味がないことを書く」「小説でもなくエッセイでもない」と称したもので、自身の体験のような物語が途中で別のお話になったり、すべては嘘で事実はないとも書いている。

 それぞれ面白いのだが、全体としてはアイデアメモか創作ノートを俯瞰したような印象を受ける。(意図的にそうしたのだろうが)小説になる手前に留め置かれていて、読者から見て韜晦なものが多い。実験小説集だとしても、もう一工夫あった方が良いように思う。

春暮康一『法治の獣』早川書房

Cover Illustration:加藤直之
Cover Design:岩郷重力+S.I

 第7回ハヤカワSFコンテストで優秀賞を受賞した著者の中編集。収録作品は、何れもが受賞作『オーラリメーカー』(2019)と同一の未来史である《系外進出(インフレーション)》シリーズに属している。また、解説とは別に著者による解題(作品ノート)も付いている。

 主観者(2021)赤色矮星ラカーユ9352を巡る第1惑星に、宇宙船〈トライアクシズ〉が到達する。潮汐力により昼夜が固定された惑星だったが、気化も氷結もしない海があった。しかも、発光する生物の群体ルミナスが発見される。
 法治の獣(書下ろし)テミスの第2惑星〈裁剣(ソード)〉には、トーラス型スペースコロニー〈ソードII〉が建造されている。しかし、コロニーを統べる法律は刻々と変化する。それは惑星に棲息する一角獣シエジーの生態に依存するのだ。
 方舟は荒野をわたる(書下ろし)探査船〈タキュドロムス〉は植民に適した惑星を探すミッションを帯びていた。惑星オローリンは不安定な軌道を描く不毛の星で、目的にはまったく適合しない。ところが、そこには予想外の生命が存在した。

 著者のペンネームはハル・クレメントから採られている。クレメントは1950年代ハードSFの代表作家で、極地重力が地球の700倍にも達する惑星で生きる知的生命を描いた『重力への挑戦/重力の使命』(1953)が良く知られている。クレメント流ハードSFには、異様であっても科学的に正確な設定と、外観が非人類でも共感可能な異星人(人とよく似た思考をする)を組み合わせるという不文律があった。クレメントが古典的な物理学だったのに対し、春暮康一は生命工学をベースに書くが、そういう意味での雰囲気は似ている。

 とはいえ、本書には現代SFの要素も取り入れられている。最後はあくまで人間側の認識や倫理観の問題に帰着するのだ。著者も書いているように、「主観者」はグレッグ・イーガン「ワンの絨毯」(本書の解説がイーガン翻訳者の山岸真なのは偶然ではない)を思わせる発想である。本書の中で生命は過酷な環境下で生まれ、そこに知性が宿っている(ように思われる)。人類は彼らとコミュニケーションしようとしたり、人間なりの意味を見つけようとするが、干渉は思惑と異なる結果を招くのである。

恩田陸『愚かな薔薇』徳間書店

装丁:川名潤/萩尾望都(3/31までの期間限定カバー)

 昨年末に出た恩田陸による最新長編。萩尾望都による特大帯でも話題になった(現在は通常カバーに戻っている)。SF Japan(不定期刊)に連載開始されたのが2006年、2011年まで12回続いた後(ここまでで全体の3分の1)、同誌休刊後に同じく徳間書店の読楽(隔月連載)に移って2020年まで50回続いた大作。執筆期間14年と原稿用紙1300枚を費やしながらも、物語の舞台は一カ所、時間経過はひと夏とミニマムにまとめられていてぶれがない。

 夏の二ヶ月間、少年少女たちは山奥の田舎町磐座(いわくら)で行われるキャンプに参加する。そこは虚ろ舟にまつわる故地だった。彼らは国の制度に基づき、舟に対する適性を調べるため全国から集められたのだ。だが、そこでは血を介した古風で妖しげな儀式が催される。

 磐座には老舗旅館やホテルがあり、一見どこにでもありそうな観光地にみえる。実際、キャンプの季節には夏祭り目当ての観光客が大勢訪れる。主人公は老舗旅館の女将を叔母、高校生の息子を兄と慕う女子中学生だが、ある事情があって血のつながりはない。物語の前半では、新興ホテルの子どもたちとの確執や、儀式の秘密と参加することへの葛藤が描かれる。いわば日常編だろう。

 しかし、次第に本書の帯に書かれた「吸血鬼SF」「21世紀の『幼年期の終わり』」とされるテーマが深められていく。詳細は物語を読んでいただくとして、虚ろ舟(宇宙船)の乗組員になるための特性と吸血鬼が結びつき、主人公の体験する超常現象が人類の幼年期の終わりを暗示するというわけだ。ちなみに「愚かな薔薇」とは、ノーマルに散るふつうの薔薇とは違って、永遠に散らない薔薇のこと。

 本書はSF(虚ろ舟)ともホラー(吸血鬼)ともミステリ(殺人の動機)、サスペンス(木霊の正体)とも、あるいはひと夏の青春小説ともいえる。このどれでもなく、どれでもある雰囲気はいかにも恩田陸の面白さだろう。少女が持つ変容への不安感と、失われた両親への思慕が物語の中核を成している。科学的な説明部分が、ややスピリチュアルに流れるところはちょっと気になるが。

上田早夕里『獣たちの海』早川書房

カバーイラスト:Tarosuke
カバーデザイン:岩郷重力+S.I

 《オーシャンクロニクル・シリーズ》に属する書下ろし中短編集。シリーズの短編はこれまで断片的に3作品が発表されてきたが、1冊の短編集として出るのは初めてである。シリーズ中核を成す『華竜の宮』(2010)『深紅の碑文』(2013)は併せて3000枚弱に及ぶ大長編で、500年間に及ぶ大異変の時代を描くが、それだけに個々の人物について語る余地はまだ多くある。そういう背景から書き下ろされたのが本書の作品で、シリーズ始まって以来10年余の構想が反映されている。

 迷舟:洋上を移動する海上民の少年は、船団の後を追う見慣れぬ魚舟を見つける。〈朋〉のいる船団を見失った迷舟と思われた。
 獣たちの海:生まれ落ちたばかりの小さな魚舟は、太洋の中で成長しまた再び船団の下へと帰って行く。
 老人と人魚:島に住む元医師だった老人は、ある日浜辺に流れついた見慣れぬ生き物を見つける。
 カレイドスコープ・キッス:〈大異変〉から人々を守るために作られた海上都市の周囲には、入りきれない海上民たちの船団がいる。主人公は保安員として船団と都市との調整役を務めていたが、お互いの不信感に悩まされる。

 3つの短編と1つの中編からなる。巻末に各作品についての著者解題が付されている。コミックや絵物語にすることを前提とした「迷舟」、2011年頃に着想し魚舟の視点で描かれた「獣たちの海」、2013年末から書き始めて保留されていた「老人と人魚」、巻末の中編「カレイドスコープ・キッス」は『深紅の碑文』で書かれていなかった空白に当て嵌まる作品だという。

 少年と魚舟、魚舟自身、老人と人魚(ある目的を持って改編された生き物)、船団の長と保安員(どちらも女性)。それぞれの物語での人間関係はミニマイズされていて、それだけストレートに主張が伝わってくる。本書は複雑な大長編とは対照的と思えるコンパクトな短編集だが、人間による小さな物語で人類の大きな歴史の隙間を描いていくという、著者のクロニクルに対する基本姿勢がうかがえて興味深い。

高山羽根子・酉島伝法・倉田タカシ『旅書簡集 ゆきあってしあさって』東京創元社

装幀:山田英春

 2012年にネットで始まった(現在は冒頭の3通分だけが読める)、いまやタイトルホルダーの作家3人による架空旅行書簡集である。10年前のスタート時点では、3人ともデビュー前か短編デビューのみで単行本はまだ出ていない。そんな3人が非実在の世界の町を旅して、他の2人に全27通の書簡で伝えるという体裁をとっている。

 高山羽根子:暗く足下が暑い国→大きな建物に見える城塞都市→超高層ショッピングモール→島嶼国でUVクリームを塗る→軍人がうろつく戦争の島→戦争の島の基地地下壕→書類申請を待つ間の巨大図書館→変な通貨の国→街角の顔出し(イラスト)→まちあわせの西極グランドモール
 酉島伝法:泥まみれの町チチンキ→泥の町で軟禁虫に集られる→墜落の町セウオァモ→高山地帯の村ナッソモ、峡谷の街カンザラカラ→サンクトペテルブルクーペトログラード横断鉄道の車中→神の仮面、神の心臓→片言の日本語をしゃべるッポンの町コワラリ→鳥の村ネマホーオ(イラスト)→まちあわせのために向かった西極点
 倉田タカシ:廃飛行機で作られた飞机城市→巨大動物をほふる村→飛行機が着水する→果てしない川に隔てられた街→真っ暗な暗闇の村→カーフューにより立ち入りできない町→「出る」ホテル(イラスト)→まちあわせの凍り付いたホテル

 手紙の中で語られるのは架空都市の食べ物や風俗、奇怪な風景や生き物たちである。そういう意味ではカルヴィーノ『見えない都市』やササルマン『方形の円』などの架空都市ものに近いが、3作家による独立した旅の物語が(リレー形式で書かれたせいもあって)お互い共鳴し合っているのが面白い。

 この企画は(書籍化をめざす意図があったにせよ)プロ的というより、文学フリマなどでの頒布を目的とした、とても同人誌的=マニアックな発想からはじまった。アマチュアの創作物は、たいてい採算性など度外視している。本文中に写真で出てくるお土産品(謎のオブジェ)、加工された手紙、スケッチなどは、すべて著者自身が手間を惜しまず製作したものだ(3人は美術系大学出身だったりイラストレータ、漫画家でもある)。フリマで売っても金銭的な元は取れないが、フィクションが現実化される喜びには繋がるのだと思う。

 お買い物や食事、地元の風習という、ふつうの旅行スタイルにこだわる高山羽根子。マゾヒスティックな変容(たいてい酷い目に遭う)に執着する酉島伝法。構造的な迷宮にあえて彷徨い込む倉田タカシ。それぞれ、まったく方向性の異なる異郷の多様さも堪能できて楽しい。