ロバート・ジャクソン・ベネット『記銘師ディンの事件簿 木に殺された男』早川書房

The Tainted Cup,2024(桐谷知未訳)

扉イラスト:富田童子
扉デザイン:大野リサ

 著者は1984年生まれの米国作家。本書はヒューゴー賞世界幻想文学大賞を受賞、MWA賞(エドガー賞)も最終候補となった注目作である。2014年に『カンパニー・マン』(2010)が紹介されているが、これもフィリップ・K・ディック賞とエドガー賞を受賞するなど、ジャンルを跨いだ評価が特徴の作家といえる。

 海岸にほど近く、帝国の辺境にあたる都市で死亡事件が発生する。技術省の高官が富豪の屋敷で変死したらしい。新任の捜査官助手を務める主人公は、捜査官に代わってその現場を確認しに行く。だが、死者は文字通り木に殺されていた。

 舞台となる神聖カナム大帝国は、4重にもなる頑健な長城に守られている。それは、毎年雨期に上陸するリヴァイアサンと呼ばれる巨大な怪物に備えるためだ。しかし過去に何度も防壁突破が発生し、最前線の州では甚大な被害がもたらされている。映画「パシフィック・リム」(2013)とか《進撃の巨人》(2009~21)のようだが、これは物語の背景にある特殊設定に過ぎない。

 危険な世界を維持するために、登場人物の多くは生物的な改変処置を受け、それぞれが特殊な能力を保持している。主人公の場合は記憶術で、見たものを何一つ忘れない(写真記憶能力を持つ)記銘師だった。これを魔法として扱わず、医学/生物学的な説明で通しているのが面白い。SFジャンルの読者でも違和感なく読めるだろう。とはいえ、本書のスタイルはあくまで硬派のミステリで、ノイズ(音や光)を嫌い自室からほとんど出ない探偵(捜査官、少佐)が驚異的な推理力を発揮、少年のような容貌の助手(といっても司法省中尉)が決定的な証拠を探し出す。犯人の行動には個人的な怨恨だけではない社会的な背景もあって複雑に絡み合う。

 事件は二転三転四転しながらも一応の解決を見るものの、この設定はまだいくらでも展開の余地がありそうだ。詳しく書かれてはいないが、政府高官は女性が多数派、探偵も女性、元帥はどうやら巨人らしい。もともと3部作を予定しており(5部作に拡張されるとも)、原著は第2部まで刊行済み。乞う続刊。

 

マット・ディニマン『冒険者カールの地球ダンジョン1/2』早川書房

Dungeon Crawler Carl,2020(中原尚哉訳)

カバーイラスト:朝野ペコ
カバーデザイン:川谷康久

 著者は米国人、コロナ禍中にオンラインで自費出版した小説がブレーク、大手からも書籍化されてベストセラーとなり、シリーズ8巻目がまもなく刊行という大出世を遂げる。10年前のアンディ・ウィアーも同様だったが、紙雑誌や出版社を経由しないネットデビューは、もはやふつうになった。本書はその最初の巻を2分冊化したもの。

 ある日突然人類が「ほぼ」全滅する。地上の建造物が一掃されてしまい、たまたま戸外にいた一部のみが生き残る。そんな人々に宇宙人のAIは何が起こったかを事務的に告げる。まもなく地下へと続く入口が開き(ゴブリン、トロールなど怪物がひしめく)多階層のダンジョンが現われる。しかし、最下層に達しない限り出口はない。元沿岸警備隊員の主人公と、元カノの飼い猫ペアはそこに降りていく。

 ダンジョンのルールはRPGそのもの。これはLitRPG(リテラリー・ロールプレイングゲーム、読むRPG)と呼ばれる(サブ)ジャンル小説で、《冒険者カールの地球ダンジョン》はその代表作の一つとなっているようだ。就寝中だった主人公はパンツ姿(上着は手に入るがズボンがない)、飼い猫のペルシャ猫は突然喋れるようになり、女王様(各種猫コンテストで優勝した由緒正しい猫)として主人公を家来扱いする。マッチョな主人公(よくある)はともかく、お姫様を気取る猫のキャラが立つ。やーね、とか、まーねの代りに「にゃーね」と言うのだが、これは「弊機」の訳者中原尚哉によるアドリブである。

 18層に及ぶダンジョンを、主人公と猫が制覇していく。この巻では3層に降りる手前で終わる(ちなみに8巻目でもやっと11層)。HPなどを上げるだけでは駄目で、宇宙ネット中継(リアリティショーのような形式)のフォロワーやお気に入り数も稼がないといけない。スプラッターな描写がそこそこあり、キングの「バトルランナー」(映画『ランニング・マン』)的なデスゲームのストーリーながら、冒険の結末(どういう報酬を得るか)が明らかなのが特徴だろう。日本のなろう系を思わせるのは、えんえんと読み続けられるそのリーダビリティの高さにある。物語全体としての起伏は小さく、各エピソード(それぞれの層)毎に盛り上げがある。シリアルドラマにはまってしまうのと、よく似た読書体験かもしれない。

ジョナサン・ストラーン編『星の海を駆ける』東京創元社

New Adventure in Space Opera,2024(中原尚哉・他訳)

装画:加藤直之
装幀:岩郷重力+W.I

 オーストラリア在住のアンソロジスト、ジョナサン・ストラーンによる新世代スペース・オペラ傑作選である。「新世代」とあるように2012~23年に発表された、比較的新しい作家/作品から選ばれた14編だ。冒頭の序文に編者が考えるスペース・オペラの定義や歴史的変遷、何が「ニュー」なのかが簡潔に述べられているので参考になるだろう。

 トバイアス・S・バッケル「禅と宇宙船修理技術」(2017)*艦隊戦で勝利したあと、CEOと称する敵に助けを求められる。ロボットである私は従わざるを得ない。
 ユーン・ハ・リー「課外活動」(2017)名高い暗殺者/工作員の主人公は、行方不明のスパイ船調査のため身分を偽って潜入する。
 アーカディ・マーティーン「あなたが王だと思っていたすべての色」(2016)保育所で育った友は、女王のクローンだった。そうである以上、過酷な運命が待っている。
 アレステア・レナルズ「ベラドンナの夜」(2017)二十万年の銀河周回を祝う千夜祭、そこで主人公はある人物からペラドンナの花を贈られる。
 T・キングフィッシャー「金属は暗闇の血のごとく」(2020)*小惑星をむさぼり食っていた巨大な機械ブラザーとシスターは、あるとき何ものかに拉致されてしまう。
 チャーリー・ジェーン・アンダーズ「時空の一時的困惑」(2017)*巨大な不定形の存在〈お広様〉を崇拝するカルトから、首尾よく獲物を手に入れた2人組だったが。
 アリエット・ド・ボダール「包嚢」(2012)全身を包む包嚢があれば、文化的な差異さえも吸収できる。主人公は、旧宗主国から来る大物の接客を命じられる。
 セス・ディキンソン「モリガン、光へと落ちる」(2014)太陽系内の人類と、系外人類との間で凄惨な戦争が起こる。主人公の戦闘艦は太陽に向かって落ちつつあった。
 ラヴィ・ティドハー「背教者たち」(2017)異端の教えを説く背教者を抹殺すべく送られた裁定人だったが、いまは聖宮殿の地下に吊るされ尋問を受けている。
 ベッキー・チェンバーズ「善き異端者」(2019)ウィルスに感染することで卓越した思考能力が得られる世界、しかし主人公の場合はちょっと違っていた。
 アーニャ・ジョアンナ・デニーロ「クイーンズスロートへの旅路」(2020)崩壊した帝国から逃れ、月で暮らしていた老女を「清浄軍」の少年たちが襲う。
 アン・レッキー「審判」(2019)氷原に隠棲している主人公の元に、仕えていた支配者からの指令が届く。反乱の火種を潰せというのだが。
 サム・J・ミラー「惑星執着者」(2023)主人公はセックス・ワーカー、ワームホールでつながり合う宇宙で生きるが、故郷はゲートが壊され帰還不能になっていた。
 カリン・ティドベック「スキーズブラズニルの最後の旅」(2019)生体宇宙船は外殻の中に生き物が入っている。主人公は修理工だが、船は住み替えの時期に入っていた。
  *:既訳あり(新訳は除く)

 スペース・オペラといっても、本書の定義に当てはめると、スケールが宇宙大で冒険譚であれば良いのだから、幅広い宇宙SF全体(ハードSFはその度合いによるだろう)が包含される。本書では、非欧米(反植民地主義)的な銀河帝国の扱いなど、特にエキゾチックさが重視されているようだ。長編の一部(のような印象)に終わってしまう作品もあるが、おしら様みたいな〈お広様〉とか訳語は工夫されていて、全体的に異界感がよく顕われている。中ではユダヤ教の用語を駆使した「背教者たち」に独特の雰囲気がある。

北清夢『漂泊の星舟』早川書房

The Deep Sky,2023(金子浩訳)

カバーイラスト:丹地陽子
カバーデザイン:大野リサ

 北清夢(ユメ・キタセイ)はニューヨーク在住の日系アメリカ人。日本に住んだこともあるという。既に3冊の著作があり、さらに1冊を準備中(2027年刊)のようだ。本書は最初に書かれた宇宙ものの長編にあたる。

 選抜された80名の乗員と共に、恒星間宇宙船は未知の植民惑星を目指して飛行している。航行には30年を要するため、最初と最後の10年間は人工冬眠で眠る。ところが予期しない爆発事故が発生、船長が死亡し船は航路を外れてしまう。困難な軌道修正と人為的とみられる爆発の犯人捜しのため、船内には不穏な空気が立ちこめる。

 まずこの80名は全員が女性、男は1人もいない。船内では人工妊娠による出産が行われ、その子どもたちが惑星到着後に主力の植民者となるのだ。80名は世界中から選抜されるが、出資国の資金力により枠は決まっている。船長、副船長は米中から選ばれる。主人公は母国語にも不自由な日系人なのに、たった1人の日本枠を得る。折しも地球では紛争が発生していた。

 宇宙船乗組員の設定が際立つ。現代社会の状況も反映されていて、AIの見せるVR空間も面白い。『WOMBS』のような異形さまではないものの、物語自体は波乱を交えながら進み、登場人物同士の(過去、直近にあった)駆け引きや葛藤が描かれる。シスターフッド・ドラマ的には、こういう切口もありだろう。とはいえ、主人公日系女性(日本人の母親と相容れず悩む)の感性は、冒頭で引用された「おくのほそ道」とはずいぶん違う。あえて芭蕉を置いたのはなぜか、それを宇宙の旅としてどう解釈したのか、ちょっと気にはなる。

クリストファー・プリースト『不死の島へ』東京創元社

The Affirmation,1981(古沢嘉通訳)

装画:影山徹
装幀:岩郷重力+S.KW

 2年前に亡くなったクリストファー・プリーストが、1981年に書いた6冊目の長編にあたる。『ドリーム・マシン』(1977)と、『魔法』(1984)の間に書かれたものだ。半世紀にわたる執筆歴から見ると初期作だが、《夢幻諸島》の存在が明確に描かれた最初の長編という意味で、記念碑的な作品ともいえる。

 主人公はロンドンに住む29歳の青年、ある事件を経てウェールズとの国境に近い田舎の別荘に引きこもり、ひたすらタイプライタを叩く執筆活動にのめり込む。それは一人称の物語で、舞台は〈夢幻諸島〉と呼ばれる千の島からなる世界だった。主人公は「不死の島」へと旅をする。そこでは知人や恋人たちも姿を変えて現われる。

 プリーストは本書の序文(2015年に書かれたもの)で、発表当初の批評家による浅い読みに対して、いまではクラシックとして読み継がれているのだから、結果は明らかだと揶揄的に書いている。70年代から80年代にかけては、SF界でも『ドリーム・マシン』の結末部分を「曖昧すぎる」「夢オチだ」とする声はあった。幻想と現実の境界がシームレス(どちらも真実)という発想は、当時の読者や批評家(の一部)からは受け入れられなかったのだ。逆に文学の読者には、SF設定が邪魔に思えただろう。しかし「不死」などは幻想=夢幻の一端なのであり、もはやこれを理解できないプリーストの読者はいない。難解な作品が多い(それでも、ほとんどが年間ベストに選出される)《夢幻諸島》ものだが、本書は初期作だけあって分かりやすい。はじめてのプリーストという人にもお奨めできる。

ケイトリン・R・キアナン『溺れる少女』河出書房新社

The Drowning Girl,2012(鯨井久志訳)

装画:雪下まゆ
装丁:名久井直子

 著者は1964年アイルランド生まれの米国作家、古生物学者でもある自サイトのトップページが本書のトレーラーになっている)。多くの著作と受賞歴がありながら(18年前に訳された)ノヴェライズの他、短編が数作翻訳されただけで日本ではほぼ知られていなかった。本書はブラム・ストーカー賞ジェームズ・ティプトリー・ジュニア(現アザー・ワイズ)賞を受賞した注目作である。ひと昔前の作品ながら、いま読んでも新鮮だ。

 主人公はタイプライタで怪談を書こうとしている。画家を自称するが、1枚も売ったことはない。いまは偶然知り合ったトランス女性と同棲している。あるとき深夜のドライブで川辺を走っていると、ヘッドライトに美術館で見た「溺れる少女」そのままの裸の女性が浮かび上がる。

 舞台は現代(2010年頃)、物語は主人公の一人称で語られ、自問自答が入り交じる。母親、祖母は精神的な病で亡くなっており、娘の自分も精神科医にかかっていて薬が欠かせない。「溺れる少女」は幼いときに母に連れられて見た美術館の絵だ。絵の女が実在の女になり、女は何か過去にあったおぞましい事件と関係があるらしい。

 主人公はさまざまな葛藤を抱えている。記憶は混乱し、書かれた物語はある部分では一貫するが、別の部分と整合しない。夢なのか現実なのか/歴史的な犯罪なのかカルトなのか/あるいは強迫観念にとらわれた妄想なのか。これらが渾然となって読み手にまとわりつく。この混沌さには、お話がPCとかではなく、簡単に書き換えられないタイプライタで書かれたという設定が効いているのかもしれない。

 視点は病んだ主人公にある。つまり語りが真実かどうか分らない。文学では常套的な読者を欺く技法だが、とはいえ、積み重ねられた嘘(思い込み)は重厚だ。ルイス・キャロルの詩などさまざまな引用と物語内物語(既存の自作品を含む)を駆使する複雑な構成なので、読み通すのは大変ではあるものの、書かれた内容自体は難解ではないだろう。訳文も明快で読みやすい。ただし、一応の解決を見る結末にミステリのような明快さはない。

 

トマス・リゴッテイ『悪夢工場』河出書房新社

The Nightmare Factory,1989,91,94,96(若島正編訳、白石朗訳、宮脇孝雄訳)

装幀:水戸部功

 これまで断片的にしか紹介されてこなかった〝ホラーの化身〟リゴッティの、全9編からなる日本オリジナル短編集である。1996年に出た自選集からの収録なので、書かれたのは80~90年代頃のものとなる。しかし、時代性を超越する本書の作品に、40年程度の歳月はあまり影響を及ぼしていないようだ。

 戯れ (1982)刑務所に勤務する精神科医は、名を明かさない1人の患者から、収監されているのは戯れなのだと聞かされる。
 アリスの最後の冒険 (1986)昔の知り合いの葬儀に出席したあと、児童書作家の主人公は、自分の書いたお話にまつわる出来事が周囲で起こっていると気がつく。
 ヴァステイリアン (1987)奇妙な書店で主人公を魅了した本は、とてつもなく高価だったが、ある男の助けでなんとか手に入れられる。
 道化師の最後の祭り (1990)道化師の研究をする男は、田舎町に知られていない愚者の祭があり、そのパレードに道化が登場することに興味を引かれる。
 ネセスキュリアル(1991)手記は島の宗教遺跡について書かれたもののようだった。それは邪神ネセスキュリアルを祀っていた。
 魔力 (1991)遅い時刻に、家から離れたところにある映画館に入る。「魔力」という映画を上映しているはずが、そんなものはないと撥ね付けられる。
 世界の底に潜む影(1990)黒い茎がトウモロコシ畑の地面から芽吹く。取り払おうとすると、底知れぬ穴が開き……。
 ツァラル(1994)出て行こうとしてもまた戻ってしまう町。呪われた町で牧師の父が持つ禁断の書「ツァラル」には、神々より古いものが書かれている。
 赤塔(1996)廃墟と化した工場には、どこにも出入り口が見られない。そこはおぞましくも不可解で奇妙な商品を製造していた。

 超常的なサイコパス、フィクションの現実化、異界を呼び出す本、田舎町の因習的な祭、邪神の存在、異様な映画館、深淵に開く穴、閉ざされた町と古きもの、異次元に続くような工場。たしかに、ラヴクラフト風、宇宙恐怖風の作品もある(「道化師の最後の祭り」などはラヴクラフトに捧げられている)。とはいえ、これらは(相似性はあるものの)クトゥルーものではないし、登場人物たちの狂気には、不条理で現実離れしたむしろシュールな雰囲気が付き纏う。編者解説によるとリゴッティには反出生主義の影響が強く見られるという。日常でもオカルトでもなく、哲学的な思想から非現実に接近しようとする作風は、他のホラー作家には見られない特徴だろう。哲学の本質がホラーなのだとしたら、それはそれで恐ろしいのだが。

サラ・ピンスカー『いつかどこかにあった場所』竹書房

Lost Places,2023(市田泉訳)

イラスト:カチナズミ
デザイン:坂野公一(welle design)

 サラ・ピンスカーの第2短編集。著者の短編集はすべて(といっても2冊だが)翻訳されている。ここ10年ほどの間で、メジャーな賞の受賞歴が二桁あるという米国の人気作家だ。本書には2021年のヒューゴー/2020年のネビュラ賞中編賞「二つの真実と一つの嘘」、2022年のヒューゴーローカス/2021年のネビュラ賞短編賞「オークの心臓集まるところ」の2作が含まれている(賞によって年度が違う)。まさに注目に値する作品集だろう。

 二つの真実と一つの嘘(2020)旧友の兄が亡くなる。虚言癖の主人公が遺品整理を手伝っていると、でまかせで話したはずのTV番組が実在したことが分る。
 われらの旗はまだそこに(2019)国旗にとっては栄誉のはずだ。急死しても一日の役割は全うして貰わなければいけない。だが担当者は疑問を口にする。
 ぼくはよく、騒音の只中に音楽が聞こえる(2018)ガーシュインやエリントン、アームストロングのブロードウェイ、そこに波紋を投げかける1人の作曲家と俳優がいた。
 宮廷魔術師(2018)手品の才能がある少年が見出され、宮廷魔術師となる。しかし魔法を一つ実現するたびに代償が生じる。
 今日はすべてが休業している(2019)テロ警報が出て、主人公が非正規で勤めていた図書館も閉まってしまう。お金には困るが、近所の子どもたちにスケボーを教え始める。
 センチュリーはそのままにしておいた(2016)ルールを破って飛び込むと、もどってこれない池があった。兄も消えてしまった。
 ケアリング・シーズンズからの脱走(2018)介護ホームとしては万全のはずだったが、経営母体が代わってから怪しくなる。外部との接触を絶たれた主人公は脱出を図る。
 もっといい言い方(2021)サイレント映画のセリフを叫ぶ仕事をする主人公は、新聞記者の代役でフェアバンクスの弓矢事件を目撃する。
 わたしのためにこれを憶えていて(2017)画家はメモ帳を見ないと、自分が何をすべきなのか思い出せない。会った人も、出来事も。
 山々が彼の冠(2016)皇帝の命令で畑が減らされ、何を植えるかも指示されるようになる。それも皇帝の衣装のために。
 オークの心臓集まるところ(2021)英国に伝わる民謡がある。その全20連、あるいは21連のバラッドの解釈を巡ってSNS上で論争が繰り広げられる。
 科学的事実!(書下し)6人の少女たちと指導員2人によるサマーキャンプは、当初の指導員が交替したことで不穏な空気を帯びる。深い森で少女たちが体験したこと。

 含まれている作品は、前作同様さまざまなアンソロジイやウェブマガジンに掲載されたもの。「二つの真実と一つの嘘」はキングみたいな設定なのに(不気味なテレビ司会者が出てくる)ホラーにはならない。一方の「オークの心臓集まるところ」は、SNSのやりとりから真相(らしきもの)に近づいていくサスペンス風のお話。ウェブ上で読んだ方が雰囲気が出る。受賞もそういう点が評価されたと思われる。

 「わたしのためにこれを憶えていて」は『百年の孤独』みたいだが(実在する病気でもある)詩的なまとめ方に妙味があるだろう。「ぼくはよく、騒音の只中に音楽が聞こえる」「もっといい言い方」の舞台は1920年代頃のニューヨーク、著者お気に入りの題材のようだ。「ケアリング・シーズンズからの脱走」はアトウッドを思わせ、「科学的事実!」の結末はなんとも居心地が悪い。この独特の後味がピンスカーなのだ。

ジェイムズ・モロウ『ヒロシマめざしてのそのそと』竹書房

Shambling towards Hiroshima,2009(内田昌之訳)

カバーイラスト:飯田研人
カバーデザイン:坂野公一(well design)

 著者は1947年生まれの米国作家。十数冊の著作を出しているが、宗教テーマが多いためか日本では中短編2作の紹介があるだけだった。本書はそのうちの中編(ノヴェラ)で、SFマガジン2011年3~5月号に連載されたものを、改訳単行本化したもの(アメリカでも単行本になっている)。2010年のスタージョン記念賞を受賞している。

 1945年、ドイツは降伏し日本も劣勢に立たされていた。しかし、その頃でもハリウッドではB級ホラー映画の制作は続いている。そこで活躍する怪物役の名優に、なぜかアメリカ海軍から極秘作戦へのオファーがかかる。モハーヴェ砂漠の奥にある秘密基地で生物兵器が開発されているが、実戦に使うにはあまりに危険すぎたため、ミニチュアと着ぐるみを使ったデモンストレーションで日本を降伏に追い込むというのだ。もちろん、着ぐるみに入るのはその名優だった。

 まるでネタのようなアイデアだ。本書はそれをコメディを交えながら、いかにもリアルに描き出す。特撮で敵を屈服させることにも理屈が付けられ、その結果起こる事態に不思議な説得力が生まれる。軽快な並行世界もののようでいて、やがて重い現実に収斂していく。本書の場合は2つの読みどころがあるだろう。1つは40年代のB級ホラーもの、戦後のホラーや日本を含む怪獣映画への深いオマージュ、もう1つは終幕を占める主人公のヒロシマに対する贖罪の思い。

 遺書を書く導入部も結構深刻なはずなのだが、諧謔を交えた語りによってそうは感じさせない。巧みにありえない物語の中へと誘い込まれる。

ロブ・ハート&アレックス・セグラ『暗黒空間』東京創元社

Dark Space,2024(茂木健訳)

カバーイラスト:新井清志
カバーデザイン:岩郷重力+W.I

 先に『パラドクス・ホテル』の翻訳が出たロブ・ハートと、ミステリ作家のアレックス・セグラによる合作長編。メールとGoogleドキュメントを組み合わせた環境で書いたようだ。惹句に「『スター・トレック』+ジョン・ル・カレ」とあるので、宇宙もの+エスピオナージュということになる。

 人類の命運をかけた恒星間探査船が、未知の惑星に接近しようとしている。しかしその直前、宇宙船には深刻な事故が発生する。しかも厳重な警報システムは稼働せず、危うく手遅れになるところだった。なぜシステムは作動しなかったのか。一方、探査船を送り出した月面都市では、緊急信号を受信したにも関わらず、その情報は幹部により握りつぶされてしまう。

 物語は探査船のパイロットと、月面都市の元諜報員という2人の主人公を中心に進む。パイロットは政治家の子息で、親の力で成り上がったと思われていて、何かと自信が持てない。諜報員は麻薬取引に関係した懲罰で現場から外されている。だが、探査船の任務に絡んだ政治的陰謀が次第に姿を現す。命じられるばかりだった2人の役割も大きく変貌していく。

 本書のオチにもつながる大ネタは、SFでは古典的でよく見かけるものだ。とはいえ著者は2人ともミステリ/スリラー畑の人なので、その本体部分は深掘りせず、むしろ二転三転の展開部分に力を注いでいる。荒廃した地球の状況など、今日的な社会情勢も取り入れているが、そこはお話の彩り的な扱いだろう。