アミタヴ・ゴーシュ『銃ノ島』KADOKAWA

Gun Island,2019(岩堀兼一郎訳)

装丁:國枝達也

 アメリカ在住のインド人作家アミタヴ・ゴーシュによる「インド神話×SF×ポストコロニアル」(帯の惹句)作品。ゴーシュの作品は、2003年にクラーク賞受賞作『カルカッタ染色体』を紹介したことがあり、『シャドウ・ラインズ』やクラファンを使った『飢えた潮』など、代表作を含めた翻訳も出ていてご存じの方も多いだろう。

 ニューヨークで稀覯本のディーラーを営む主人公は、故郷カルカッタ(コルカタ)の実家に毎冬帰ってくる。寒さと孤独を紛らすためだ。そこでポンドゥキ・ショダヴァル(銃商人)という人物の名前を聞く。ベンガル(東インド)の民話や、マングローブの密林に隠れた寺院とも関係するらしい。帰米の時間が迫る中、伯母の頼みもあって主人公はその寺院を訪れる。伯母は慈善団体の有力者なのだ、しかし、そこで思わぬ事件が発生し足止めを食らう。

 ベンガル湾には大河ガンジス川(ガンガー)が流れ込みデルタを形成するが、低湿地が広がりサイクロンによる災害がたびたび発生する。伯母は半世紀前のサイクロン到来時に寺院の存在を知ったのだという。残された詩から、それが英領カルカッタが造られた17世紀より前、ムガル帝国時代のものと分かる。そこから物語は中世ヴェネチアへとつながっていく。

 主人公はインドの民話や大衆詩の研究をする学者でもあったが、それらは研究対象に過ぎずインド大衆の思いに関心はなかった。しかし、イタリア人学者との親交の中で、ヴェネチアとベンガル人(インド東部の人々)との歴史的なつながりを知ることで変わっていく。ベンガルの汚染やヴェネチアの海進などの環境問題、地中海を越えて欧州に押し寄せる難民問題と物語は膨らんでいく。

 何といってもゴーシュはベンガル人の視点を忘れない。それは欧米史観の裏返し(ポストコロニアル)であり、都合の良い労働者として搾取されてきたアジア民の心情を代弁するものでもある。負の側面が強調されがちな難民に対する見方も変わるだろう。物語の最後は、インド民話/神話と環境/難民問題が1つにつながる印象的なシーンとなっている。このあたりがちょっとSF/ファンタジー的だ。

キジ・ジョンスン『アパートメント暮らしの動物寓話集 その他の物語』東京創元社

The Privilege of the Happy Ending,2023(三角和代訳)

装画:庄野ナホコ
装幀:岩郷重力+W.I

 キジ・ジョンスンの『霧に橋を架ける』に続く短編集。アメリカでも3冊目の最新作品集になる。巻末の「ハッピーエンドは特権」(原著の表題作)は、2019年の世界幻想文学大賞中編(ノヴェラ)賞を受賞したものだ。ただ、原著の作品集には、さらに長めの中編「猫の町から世界を夢見る」(下記リンク参照)が含まれていた。本書では同作が2014年に翻訳されてしまった関係で省かれているのだが、未読なら併せて読まれた方が全体の構成意図を知ることができて良いだろう。

 ツール使いの擬態者(2018)自分なりのサバイバル戦術を持つツール使いの擬態者、中には人間の女になるものもいる。
 カマキリの妻(2012)女のカマキリが男のカマキリを食い殺すとき、どこから食べるか、どうやって食べるのか、なぜ食べるのか。
 東部テキサスの蝶(2017)車掌が乗車券の提示を求めると、若い女のくちびるから蝶が転び出る。それも、さまざまな色や種類のものが。
 五人のスフィンクスと五十六の答え(2020)ギリシャ神話に出てくるスフィンクスは謎かけをする。それと田舎町に住むあなたとの関係は。
 ラタトスク(2022)窓の外に怪物がいると怖がった彼女は、町の図書館にあった北欧神話の本で、世界樹を行き来するリス=ラタトスクを知る。
 コヨーテ、死者の国を作りだす(2016)コヨーテの彼女には三姉妹がいて鷹、犬、ミソサザイの姿をしている。みんなが崖から夜浜に滑り落ちると。
 ヒキガエル屋敷の幽霊(書下ろし)ヒキガエルの邸宅には幽霊が出るらしい。ウサギや川ネズミたちが集うクリスマスの夜、ほんとうに幽霊が現われる。
 アパートメント暮らしの動物寓話集(2015)アルファベット順に登場する都会に隠れて住む動物たちの数々。エインコロ(A)からヴォレ(W)まで。
 アパートメント暮らしのまじない集(2020)悪意に対抗するものや、夢を叶えるなど、さまざまなまじないに関わる、15種類の記号=しるしの意味。
 アパートメント暮らしのアルファベット順夢占い集(2019)夢の中に現われた象徴を、アルファベット順に解説する。
 ノアのワタリガラス(2020)ノアの方舟に乗せられたワタリガラスは、その船内でのずさんで残虐な動物管理をつぶさに観察する。
 カラス、人間式のなぞなぞとひとつのジョークを試みる(書下ろし)カラスによるQ&A式問いかけとそのなぞ解きの数々。回答は複数ある。
 ハッピーエンドは特権(2018)父母を失った少女の友は一羽の喋れる雌鶏だった。折しも何もかもを食い尽くす獣の群れが村々を荒廃させていた。

 もともとは物語性が豊かな2つの中編を置き、周辺に実験的な小品でちりばめるという趣向だったと思われる。本書では大きな中編が抜けたことで、言語実験の要素が際立って見える。

 ローラ・クリステンセンのアート(本書にもモノクロで掲載)に着想を得て書いた作品、(ティプトリー「愛はさだめ、さだめは死」のような)カマキリの習性を研究した作品、蝶のメタファーが不思議な美しさを産む作品、スフィンクスの謎かけはギリシャ神話以来数多くあるが、ここでは56問もある(作品ではAだけが並ぶので、解説でQを推定している)。北欧神話、北米先住民の民話、著者の敬愛する「たのしい川辺」のバリエーションがある。《アパートメント》の3作品は、動物寓話集とあるのに生き物の具体的な姿は書かれておらず、夢占いには精神分析的な描写はなく、まじないのしるしも思わせぶりなだけ。けれど、日常のどこにでもあるように表現される。ノアへの懐疑、カラスを介したQ&Aがある。最後は、多数の難民を生み出したシリア内戦と黒死病(ペスト)下の中世ヨーロッパを重ね合わせた作品である。本書の解説やインタビュー記事を読むと、この短編集を編んでいった背景がうかがえる。

 初短編集も印象的だったが、この本にもインパクトはある。初めに書いたように、中編「猫の町から世界を夢見る」と併せて読むことをおすすめしたい。

ジェフ・ライマン『オムニセクシュアル』国書刊行会

Omnisexual,2026(鯨井久志編訳、中村融/古沢嘉通訳)

装幀:大倉真一郎

 国書刊行会による新たなSF叢書《オムニフィクション》の第1弾は、ジェフ・ライマンの日本オリジナル中短編集である。著者は1951年生まれのカナダ作家で英国在住、マンチェスター大学で創作講座を持っていた(現在は退職しており名誉講師扱い)。ライマンが日本で最初に注目されたのは、本書収録の中編「征たれざる国」が1989年に翻訳されたときだ。この作品は河出文庫のアンソロジーにも、80年代を代表する作品として収録されている。その後も、早川書房の叢書《夢の文学館》に『夢の終わりに…』(1992)が、単行本版の《プラチナ・ファンタジー》では『エア』(2005)が紹介され(どちらも評価は高かったものの)文庫化までには至らず18年が経った。SFやファンタジイとも現代小説とも読める多層な作風が、当時の読者には難しかったのかもしれない。

 バース・デイズ(2003)遺伝子操作で同性愛が「治療」できる時代、科学者となった主人公は、ついにホモセクシュアルな同性愛者の「生産性」を解消する手段を開発する。
 影たちは笑う(2016)並外れた能力を持つ女性だけの一族がいた。その一族はディズニーが運営するリゾートの島に密かに住んでいる。なぜ女性だけで生き存えるのか。
 オムニセクシュアル(1990)実在しない女は「わたしは本のようなもの」と言う。そこからさまざまなものが男に流れ込む。ハチドリが、遺伝情報が、そして記憶が。
 ポル・ポトの美しい娘(2006)護衛付きで贅沢な生活をする娘は出自を隠していた。しかし心を引かれる男と知り合ったあと、プリンタが死者の写真を出力するようになる。
 征たれざる国――ある一代記(1984)少女の村は貧しかった。血を売るか子宮で危険なものを育てるしかなかった。空を飛ぶ兵器によって故郷を追われ、進行してきた〈隣国人〉から逃がれながら〈反政府軍〉の村で生きる。ここは他民族に征服されたことのない〈征たれざる国〉なのだ。
 ロザリオとゴールデンスター(2013)英国の天文学者の家に外国の客人が訪れる。地動説と天動説の交錯する議論の場に、まだ若い役者のシェイクスピアもいた。
 ホーム(1995)駅の近くで少年が殺されていた。最近は異様な事件が当たり前のように起こる。老人である自分には理解できないことばかりだ。
 ぬくもり(1995)そのロボットとは生まれたときから一緒だった。思い通りにぼくを育てようとする実母よりも、ずっと母親らしかった。
 ぼくたちが見つけたもの(2011)ナイジェリアを舞台に、父親や祖母の異常行動に翻弄される兄弟たち。主人公は画期的な研究をするのだが重大な副作用が生じる。

 著者は早くからホモセクシュアルであることを公言してきた。そのことを逆手に取った「バース・デイズ」、今年の創元SF短編賞ともテーマが被る「影たちは笑う」、さらに性の問題を超越した「オムニセクシュアル」などは究極の深化と言える。デフォルメされた世代格差を描く「ホーム」、養育ロボットとの交流「ぬくもり」は最近の韓国SFでも見られる(AIの進歩とは無関係な)普遍的テーマだろう。「ぼくたちが見つけたもの」はマジックリアリズム的なテイストで、アフリカの大国ナイジェリアの家族を描き出す。

 ポル・ポトの娘というのは(本文でも書かれているとおり)実在の人物だ。生年も1986年と同じ、実生活が贅沢だったかどうかは不詳。死者がプリンタから語りかける展開はフィクションだが、生まれる前(虐殺は75から79年)で本人が直接携わらなくとも、死者の弔いはすべきという著者のいきどおりが感じられる(ここは編訳者と少し解釈が異なる部分だ)。「征たれざる国」の歴史も、架空の国のようで実在の国とほぼ同じになっている。中立の王国だった〈征たれざる国〉=カンボジアでは、ベトコン(南ベトナムの反政府組織)の補給ルートになっているという理由で、〈大国の民〉=アメリカ軍と〈隣国人〉=南ベトナム政府軍の支援を受けたロン・ノル将軍による軍事クーデターが勃発、その後ベトナム戦争の終結とベトナム統一、アメリカの撤退に伴う大混乱の中で〈反政府軍〉=ポル・ポト派が実権を握る。政権を担ったのはわずか4年弱だったがそこで大虐殺が起こるのだ(そのはじまりで物語は終わる)。翻弄される主人公の苦しみは、祖国の命運を象徴している。

 しかし、アジア人でもアフリカ人でもないジェフ・ライマンが、なぜカンボジアやナイジェリアの物語を書くのか。ポストコロニアリズムや文化の盗用が議論される中で、躊躇しつつも「書かなければ、(カンボジアの問題など)第3世界を無視してそこが存在しないかのように振る舞うことになってしまう」と述べている。欧米の読者にとってアジア/アフリカは遠い存在であるからだ。英米の価値観下にある日本のSF読者にも共通する課題といえる。人間としてどうでもよくはない、知らしめるために書く、とはなかなか言えない言葉である。ただ、著者も言っているように、この物語はカンボジア人自身が本来書くべきものだろう。

エリック・ハイセラー『同時世界 重なりあう記憶』早川書房

Simultaneous,2025(中原尚哉訳)

カバーデザイン:岩郷重力+M.U

 著者は1970年生まれの米国作家。脚本家、映画監督、プロデューサーでもあり「エルム街の悪夢」や「メッセージ」などの数々の脚本を手がけてきた。本書は小説家としてのデビュー作で、映画化のオファーも既にある。本文の中では「前世」や「来世」と同じニュアンスで「同時世」というものが登場、「現世」ではないところがポイントだ。ただ、それでは何のことか分からないので、標題を『同時世界』としたのだろう。

 ガス爆発の事前通報がある。しかし死傷者の出たその事故に作為の痕跡はなく、なぜ予告できたのかが謎だった。安全保障省予測分析課の捜査官は、通話履歴から通報者=セラピストの女を突き止めるが、それは前世療法を施している患者が語る「未来の記憶」なのだった。

 本来の前世療法は転生輪廻を前提とするものではなく、患者の精神安定の手がかりに前世というフィクションを使うに過ぎない。本書ではそれが「2057年の未来」に実在する。前世(過去)のはずなのに、なぜ未来なのか。視点は主要な登場人物(捜査官、セラピスト、患者)ごとに切り替わり、前世の伝える事件の真相へと迫っていく。

 これはLOCUSの書評でも指摘されていることだが、本書の未来と現在がつながる関係は、自身が脚本を書いた映画「メッセージ」を思わせる(登場するヘプタポッドには未来や過去という区別がない)。また、後半で明らかになる敵の正体はこの作品(本書を読んでからご確認ください)とも似ている。とはいえ、本書の主眼はSFアイデアの面白さより、超常的な犯人捜しに伴うサスペンスにある。その盛り上げ方は、多くの映画を手がけてきただけあってなかなか手堅い。続編を意識した終わり方となっているのは(契約上の)お約束か。

『紙魚の手帖 vol.30 Genesis』東京創元社

Cover Illustration:Seiji Yoshida
Book design:albireo

「紙魚の手帖」による「夏のSF特集 Genesis」第4弾。恒例となる第17回創元SF短編賞の受賞作掲載も行われている。

 春鹿未明「鳥なき島」第17回創元SF短編賞受賞作。天国という名の娘への語りかけから始まる。東北のどこか、補陀落島には首輪をはめられた女たちと茶館しかない。そこはHGD社の持ち物で、ときどき巨大な船がお客を連れてやってくる。
 天沢時生「長い別れ」亜人たちがひしめく東京、主人公の探偵はある事件をきっかけに人間と友達になる。豚のフリップ・マーロウによるハードボイルドミステリ。
 雨露山鳥「数と泥」古代都市バビロンで数を数える女神は、泥人形だった人間の少女にかしずかれる。だが、バビロンの神々は新たな征服者により蔑ろにされつつあった。
 高谷再「躍れ生徒会長」生徒会長が突然留学で不在に。新会長選挙では有力な対立候補が現われ、前会長を学習したおもちゃのAIが支援する副会長は敗色が濃厚だった。
 宮西建礼「光路」太陽の重力レンズを使えば系外惑星が観測できる。壮大な計画に従い飛行する無人探査機は、ようやくたどり着いた観測点で意外な事実を知る。
 マーサ・ウェルズ「信頼関係――それは友情、連帯、仲間、あるいは共感」企業が統治するステーションに潜入するメンバーとAI。しかしステーション内部は混乱状態にあった。《マーダーボット》のスピンオフ作品。

 受賞作についての選考委員講評は以下のようなものだった。
 高山羽根子「SF的な構築世界と接続するスケール感も、酩酊したような語り口も、読みにくさと紙一重になると選考会では言われていましたが、わたしはかえって読みやすいと感じました。(中略)たとえば、教育を受けずに文字が読めない語り手のことばのリズムや使い方というのは、そうでない娘の天国さんとは決定的に違うでしょうし、多くの女性の命を削って得たお金で自分が生まれ育ち、ここから逃げおおせたという天国さんの気持ちにも、何か重要な葛藤があるはず」、飛浩隆「胡乱な語り口や、幻想とサイエンスの中間での漂い(たとえばマイクロキメリズムをめぐる箇所)がまじりあった総体が新鮮で、最終景にも異様な感動がある。語りの千鳥足めいた混乱はエンタメの観点からは注文をつけたくなるが、あえてこれが選ばれていることもあきらかだ」、長谷敏司「この作品は、途中、「読み手にわかりやすい話」をよいタイミングで挟んでいて、配置の巧みさで、するする読めるようになっていました/エモーショナルなシーンや、印象的なカットが、惜しげもなく登場します。飽きさせないように、展開を早めた、現代的なつくりでした」。

 この作品に出てくるHGD社というのは防衛産業らしく、女たちも特殊なバイオ設計をされた人間のようではある。ただ、そういった世界設定や小道具は主題ではない。人間社会の根源に宿る差別やジェンダーによる不合理を、主人公が思い出す/思いつくままに(一貫した論理もイデオロギーも考慮せず)語った内容である。創元SF短編賞の一方の側(ハードSFなどと対極)に振り切った作品といえて、ハヤカワSFコンテストならば犬怪寅日子を思わせる。

 このほかに、中村融×天沢時生「英米SF史外観」や石亀航「現代アメリカSF・ファンタジー・ホラー雑誌事情総まくり」、マーサ・ウェルズ×大澤博隆×中原尚哉×石亀航のパネル討論(はるこん2026)採録、などを掲載。これらは、ネット時代に生じたSF情報の「穴」を補う記事といえる。パンフレットだったころの「紙魚の手帖」(およそ40年前)を思わせる時事的/概要的なコラムだろう。今後も続くであろう連作(小川一水、宮沢伊織)や、連載もの(綾瀬まる、久永実木彦)については今回紹介を割愛した。

qntm『反ミーム部門は存在しない』早川書房

There is No Antimemetics Division,2025(鳴庭真人訳)

カバーイラスト:子畑
カバーデザイン:坂野公一+吉田友美(well design)

 発売たちまち重版という人気作である。いかにもネットネームらしいqntm(クォンタム)は、英国在住で1983年生まれの作家。本書はもともと「SCP財団」(日本を含め世界中に支部がある)掲載のネット創作で、大きな反響を呼んだことからプロ出版(全面改稿版)に結びついたという。ミームはもともとドーキンスの唱えた情報/概念の遺伝子である。生物の遺伝子と同様に、情報的な遺伝も人(親)から人(子)へと継承され変異を経て拡散していくのだ。ネットでの使い方はもうちょっとくだけていて、画像などのバズったコンテンツ、実在/非実在の都市伝説を指したりする。しかし、反(アンチ)ミームとはどういう意味だろう。

 主人公は反ミーム部門の部門長だった。その日、英国・アイルランド地区〈機関〉の責任者から呼び出しを受け、面談のためにオフィスを訪問する。だが、いきなり不本意な尋問を受けることになる。

 物語は、主人公の一般人(音楽家)の夫、上司、部門の部下や同僚らと、U-XXXXという番号が振られた不詳存在(アンノウン)との関わりを描く複数のエピソードからなる。主人公はアンノウンが顕わになる事態を防ぐ役割なのだ。

 帯の惹句に「この敵を誰も覚えていられない」とあるが、この物語は記憶の喪失を重要なキーワードとしている。認知症などで起こる短期記憶障害(ちょっと前のことを忘れてしまう)とは違って、ある物事(例えば特定の人物)全体が選択的に失われたりする。登場する不詳存在のアイデア自体はSFに昔からあるが、不確かさ(記憶を失った者は、消されたことすら認識できない)による迷宮感が物語全般に溢れているのが特長だ。

 アンノウンはホラー的な怪物であり、ミームといっても物理的な力を及ぼす。それに対して反ミーム部門は「X-ファイル」(本文中に言及がある)風の個人ではなく組織で対抗する。ホラーネタの宝庫SCPを、SFの理屈で解釈したのが本書の新たな切口といえるのかもしれない。

シルヴィア・パク『ロボットが泣いた夜』新潮社

Luminous,2025(藤沢町子訳)

カバー写真:Denis BorisovBC Dushmantha~skye.gazer Getty Images

 5月に出た本。ソウル生まれの韓国系作家(国籍や生年は明らかにしていない)シルヴィア・パクによる、英語で書かれた初の長編である。現在はカンザス大学で創作講座の助教を務める。ケリー・リンクやテッド・チャンらを輩出したクラリオン・ワークショップ(合宿制創作講座)出身、短編がJ・J・アダムズの年刊SF傑作選に採録されたこともある。本書は700ページ近くある大作で、アザーワイズ賞(旧ティプトリー賞)を授賞した注目作である。これが一般向けの新潮文庫から(比較的)リーズナブルな価格で出るというのはすばらしい。

 統一戦争後の韓国ソウル、ロボット犯罪課の刑事に行方不明のロボットを捜索して欲しいとの依頼が来る。迷子ロボットは10歳の少女の姿をしている。近未来の韓国ではイマジンフレンド社がロボット市場を席巻、ただその少女はあまり人気がない古い機種だった。所有者は北朝鮮出身の芸術家だと分かる。

 登場人物が多い。車椅子に乗る中国人の少女、サマースクールに集う友人たち、中にはロボット廃棄場に住む北朝鮮少年もいる。刑事は戦争帰りでサイボーグ化手術を受けている。深刻な戦傷のためだった。刑事の妹はイマジンフレンド社で技術の要職に就いているが、独自に調整したアンドロイドをパートナーとしている。父親は創業者の一人ながら、会社からは離れ、親子関係はうまくいっていない。そういう複雑な人間関係が物語と絡み合う。

 この時代でもロボット(AI)に人権はない。戦争では、人と見分けがつかないことが利用され自爆兵器となった。人に限りなく近いものとなっているのに、意図的に壊しても殺人ではないし(ペット並みの保護はある)、人身売買には問われない。そこには倫理的な問題がつきまとう。ロボットが生活の中に溶け込んだ社会で、人と機械との関係はどうあるべきか。対ロボットの共感を問う中に、父子の葛藤という(いま風にアレンジされてはいる)テーマも含まれており、重層化されたお話となっている。初長編でここまで書ける筆力には感心する。ただ、ロボットの意識が錯覚なのか/本物なのかに踏み込むこの結末には、(SF読者としては)もう少しロジカルな説明も欲しいところ。

P・ジェリ・クラーク『カイロの死せる精霊』東京創元社

A Dead Djinn in Cairo,2016/The Angel of Khan El-Khalili,2017/The Haunting of Tram Car 015,2019(鍛治靖子訳)

装画:緒賀岳志
装幀:岩郷重力+W.I

 2年前に《創元海外SF叢書》で翻訳が出た長編『精霊を統べる者』(2021)は、『SFが読みたい! 2025年版』で海外編1位を獲得するなど人気を博したが、シリーズ《精霊を統べる者》(著者に拠ると「デッド・ジン・ユニバース」)の前日譚/派生作品はその前にも書かれていた。もともとは1冊の本ではなく、電子版や小冊子版などでばらばらに出ていたものだ。それを、日本オリジナルで1つにまとめた中短編集が本書である。

 カイロの死せる精霊(ジン)(2016)巨大なジン、マリードが死体で発見される。調査を担った魔術省のエージェントとカイロ警察警部は、現場で謎めいた象形文字と奇妙な羽根を発見する。手がかりの意味を探り、墓場に赴いた彼らは意外なものを発見する。
 ハーン・アル=ハリーリの天使(2017)ある天使の元に、1人の娘が奇跡を求めてやってくる。切実な願いだったが、叶えるには代価が求められた。それは人界のお金では賄えないものだった。
 空中ケーブル〇一五号憑依事件(2019)魔術省の若手エージェントと新人の2人組は、市内に張り巡らされた空中ケーブルの車両に、正体不明の憑きものが宿ったと知らされる。しかし、それは当初予想した「超自然存在」とは違っているようだった。

 長編と主人公が同じなのは冒頭の表題作のみで、あとは同一設定での別エピソードである。「空中ケーブル〇一五号憑依事件」は同じエージェントでも同期の仲間が主人公(男性)で、エジプトでの女性参政権運動のただ中という背景で物語は進む(リアルな歴史では1956年に成立)。この連作の魅力は近代化された魔法世界(産業革命が中近東/アフリカの魔術によってエンハンスされている)による、非西洋的なカイロの日常にあるだろう。登場人物にコミカルな要素があるのも共感を得やすいポイントになる。表題作の主人公は女性だが、エキゾチックに見えるからという理由で、山高帽にスーツという西洋風の男装で活躍する。

 本書は概ね犯人捜しのミステリタッチといえる。とはいえ超自然現象が絡むので、読者が犯人を予測するには無理がある。その分、捜査のロジックをいかに飽きさせずに見せるかが重要になる。まず異質な都市のありさま、機械仕掛けの天使などの大仕掛けが目を奪う。次に20世紀初頭の改変歴史(というには大胆すぎるが)に、現実とのリンクを感じさせリアリティを増している。このスタイルの集大成が、次の『精霊を統べる者』に生かされているのがよく分かる。

スティーヴン・キング『チャックの数奇な人生/もし血が流れれば』文藝春秋

If It Bleeds,2020(安野玲/高山真由美訳、白石朗/安野玲訳)

装画:藤田新策
装幀:石崎健太郎

 2020年に出たキングの中編集である。キングの中編集はこれまでたくさん翻訳されてきたが、長編級の長さのものを含むので全1冊で翻訳されたことはない(日本オリジナルの作品集などは除く)。本書も、短めの2作品を含む『チャックの数奇な人生』と、長編並み作品を含む『もし血が流れれば』の2分冊に別れる。前者の収録作は映画化されており「サンキュー、チャック」公開に併せて刊行されたようだ(もう1作は2022年の「ハリガン氏の電話」で既に公開済み)。

 ハリガンさんの電話:ありふれた田舎町に、隠遁した富豪の老人(ハリガンさん)が住む邸宅がある。大金持ちのようだがハイテク嫌いで最小限の人しか雇わない。少年は老人に気に入られ、偶然得たお金でスマホをプレゼントする。
 チャックの数奇な人生:世界が壊れていく。どうやら破滅が近づいているようだった。そんな世界に奇妙なビルボード(広告)が現われるようになる。キャッチコピーは「39年のすばらしき歳月! ありがとう、チャック!」なのだった。
 もし血が流れれば:ピッツバーグ近郊にある中学校にクリスマスの荷物が届けられる。しかし、それは悲惨な爆発事件を招き、生徒や教員ら多数を死傷させた。犯行は計画的だったが、主人公は手口に不自然さを感じ取る。
 ラット:大学で創作を教える作家は、短編では多少名を知られていたが長編を完成できずにいた。思い悩んで深刻な精神的ダメージを負ったこともある。しかし、物語が難なく浮かび上がる今度こそ書けるように思えた。

 古典的なホラーネタがベースにある「ハリガンさんの電話」と「ラット」、SFで書けば短編のオチとも思える「チャックの数奇な人生」は、アイデア面で見るとちょっと弱いかもしれない。また、「もし血が流れれば」の探偵ホリー・ギブニーは、キングお気に入りの登場人物で『アウトサイダー』などでおなじみ。敵も(まったく同じではないが)再登場である。「ラット」のバンガローにこもる書けない作家は、『シャイニング』以降何度もみかける。とはいえ、アイデアの新奇性は(現在の)キングが目指すものではないだろう。結末の予想がつくのに、ページを繰る手は止められない。本来「不安」を誘うホラーとは矛盾するかもしれないが、ストーリーテリングを「安心」して愉しめる円熟味こそが著者の本領なのだ。

ナオミ・クリッツアー『陽の光が消えた町で』早川書房

The Year Without Sunshine and Other Stories,2026(桐谷知未訳)

装画:森優
装幀:早川書房デザイン室

 著者は1973年生まれの米国作家。デビューは99年でファンタジイ長編などを手がけてきたが、本書収録の「報酬は猫の写真で」(2015)がローカス賞、ヒューゴー賞を受賞、他2賞でもファイナリストとなり俄然注目されるようになった。本書はそんなクリッツアーの受賞中短編5作+ヒューゴー賞最終候補1作をまとめたもので、アメリカでもまだ出ていないベスト版の日本オリジナル作品集である。

 小さな図書館の司書さまへ(2020)L:庭先に設けられた小函は、誰でも本の交換ができるシェア図書館だった。ただ、借り手の誰かは本の代わりに「もの」を置いて行く。
 陽の光が消えた町で(2023)H、N:大気中に塵や灰が満ちて陽が差さなくなった。インフラが制限される中で、町の住人たちはコミュニケーションを立て直して助け合う。
 怪物(2020):遺伝学の教授となった主人公は、当時気が合った高校時代の友人を追っていた。友人は頭は良かったが、思いも拠らない別の領域に足を踏み入れていた。
 報酬は猫の写真で(2015)H、L:アシスタント型のAIが、ロボット三原則に従う倫理規範についてその可否を独白する。アシストの報酬は猫の写真で。
 海を見渡す四姉妹(2024)H、A:夫が大学のサバティカルで東海岸に引っ越す。住むのは海沿いの田舎町だったが、主人公はそこでかつて諦めた研究対象と再会する。
 アルゴリズムでよりよい生活を(2023)H:そのアプリはよりよい生活を提案する。しかも、見知らぬ他の人たちも巻き込んで。
 *L:ローカス賞、H:ヒューゴー賞、N:ネビュラ賞、A:アシモフ誌読者賞

 ヒューゴー/ネビュラのダブルクラウン(ローカス、スタージョン記念賞でも最終候補)となった表題作は、分断の時代に共助を唱えるお話だ。ここでは政治も宗教も人種も、もちろん世界情勢も問題にされず(経済格差は少し顔を覗かすが)、人道だけがクローズアップされる。しかも声高ではなくソフトに。

 最近翻訳された作家でいうと、サラ・ピンスカーと双璧を成す人気作家である。日常から異質な世界へとシームレスに連なる物語が多く、ファンタジイ(「小さな図書館の司書さまへ」)やホラー(「怪物」、ジェンダーテーマでもある「海を見渡す四姉妹」)の要素が強い。ただ、どの作品にもほのかな希望が感じ取れる。AIでさえ人間的なのだ(「報酬は猫の写真で」「アルゴリズムでよりよい生活を」)。その点は韓国SFの多くの作品とも共通する特長だろう。評価の高さを見ても、これが(少なくともアメリカの、あるいは現在の)読者に求められているSFなのだとわかる。