『紙魚の手帖 vol.30 Genesis』東京創元社

Cover Illustration:Seiji Yoshida
Book design:albireo

「紙魚の手帖」による「夏のSF特集 Genesis」第4弾。恒例となる第17回創元SF短編賞の受賞作掲載も行われている。

 春鹿未明「鳥なき島」第17回創元SF短編賞受賞作。天国という名の娘への語りかけから始まる。東北のどこか、補陀落島には首輪をはめられた女たちと茶館しかない。そこはHGD社の持ち物で、ときどき巨大な船がお客を連れてやってくる。
 天沢時生「長い別れ」亜人たちがひしめく東京、主人公の探偵はある事件をきっかけに人間と友達になる。豚のフリップ・マーロウによるハードボイルドミステリ。
 雨露山鳥「数と泥」古代都市バビロンで数を数える女神は、泥人形だった人間の少女にかしずかれる。だが、バビロンの神々は新たな征服者により蔑ろにされつつあった。
 高谷再「躍れ生徒会長」生徒会長が突然留学で不在に。新会長選挙では有力な対立候補が現われ、前会長を学習したおもちゃのAIが支援する副会長は敗色が濃厚だった。
 宮西建礼「光路」太陽の重力レンズを使えば系外惑星が観測できる。壮大な計画に従い飛行する無人探査機は、ようやくたどり着いた観測点で意外な事実を知る。
 マーサ・ウェルズ「信頼関係――それは友情、連帯、仲間、あるいは共感」企業が統治するステーションに潜入するメンバーとAI。しかしステーション内部は混乱状態にあった。《マーダーボット》のスピンオフ作品。

 受賞作についての選考委員講評は以下のようなものだった。
 高山羽根子「SF的な構築世界と接続するスケール感も、酩酊したような語り口も、読みにくさと紙一重になると選考会では言われていましたが、わたしはかえって読みやすいと感じました。(中略)たとえば、教育を受けずに文字が読めない語り手のことばのリズムや使い方というのは、そうでない娘の天国さんとは決定的に違うでしょうし、多くの女性の命を削って得たお金で自分が生まれ育ち、ここから逃げおおせたという天国さんの気持ちにも、何か重要な葛藤があるはず」、飛浩隆「胡乱な語り口や、幻想とサイエンスの中間での漂い(たとえばマイクロキメリズムをめぐる箇所)がまじりあった総体が新鮮で、最終景にも異様な感動がある。語りの千鳥足めいた混乱はエンタメの観点からは注文をつけたくなるが、あえてこれが選ばれていることもあきらかだ」、長谷敏司「この作品は、途中、「読み手にわかりやすい話」をよいタイミングで挟んでいて、配置の巧みさで、するする読めるようになっていました/エモーショナルなシーンや、印象的なカットが、惜しげもなく登場します。飽きさせないように、展開を早めた、現代的なつくりでした」。

 この作品に出てくるHGD社というのは防衛産業らしく、女たちも特殊なバイオ設計をされた人間のようではある。ただ、そういった世界設定や小道具は主題ではない。人間社会の根源に宿る差別やジェンダーによる不合理を、主人公が思い出す/思いつくままに(一貫した論理もイデオロギーも考慮せず)語った内容である。創元SF短編賞の一方の側(ハードSFなどと対極)に振り切った作品といえて、ハヤカワSFコンテストならば犬怪寅日子を思わせる。

 このほかに、中村融×天沢時生「英米SF史外観」や石亀航「現代アメリカSF・ファンタジー・ホラー雑誌事情総まくり」、マーサ・ウェルズ×大澤博隆×中原尚哉×石亀航のパネル討論(はるこん2026)採録、などを掲載。これらは、ネット時代に生じたSF情報の「穴」を補う記事といえる。パンフレットだったころの「紙魚の手帖」(およそ40年前)を思わせる時事的/概要的なコラムだろう。今後も続くであろう連作(小川一水、宮沢伊織)や、連載もの(綾瀬まる、久永実木彦)については今回紹介を割愛した。

qntm『反ミーム部門は存在しない』早川書房

There is No Antimemetics Division,2025(鳴庭真人訳)

カバーイラスト:子畑
カバーデザイン:坂野公一+吉田友美(well design)

 発売たちまち重版という人気作である。いかにもネットネームらしいqntm(クォンタム)は、英国在住で1983年生まれの作家。本書はもともと「SCP財団」(日本を含め世界中に支部がある)掲載のネット創作で、大きな反響を呼んだことからプロ出版(全面改稿版)に結びついたという。ミームはもともとドーキンスの唱えた情報/概念の遺伝子である。生物の遺伝子と同様に、情報的な遺伝も人(親)から人(子)へと継承され変異を経て拡散していくのだ。ネットでの使い方はもうちょっとくだけていて、画像などのバズったコンテンツ、実在/非実在の都市伝説を指したりする。しかし、反(アンチ)ミームとはどういう意味だろう。

 主人公は反ミーム部門の部門長だった。その日、英国・アイルランド地区〈機関〉の責任者から呼び出しを受け、面談のためにオフィスを訪問する。だが、いきなり不本意な尋問を受けることになる。

 物語は、主人公の一般人(音楽家)の夫、上司、部門の部下や同僚らと、U-XXXXという番号が振られた不詳存在(アンノウン)との関わりを描く複数のエピソードからなる。主人公はアンノウンが顕わになる事態を防ぐ役割なのだ。

 帯の惹句に「この敵を誰も覚えていられない」とあるが、この物語は記憶の喪失を重要なキーワードとしている。認知症などで起こる短期記憶障害(ちょっと前のことを忘れてしまう)とは違って、ある物事(例えば特定の人物)全体が選択的に失われたりする。登場する不詳存在のアイデア自体はSFに昔からあるが、不確かさ(記憶を失った者は、消されたことすら認識できない)による迷宮感が物語全般に溢れているのが特長だ。

 アンノウンはホラー的な怪物であり、ミームといっても物理的な力を及ぼす。それに対して反ミーム部門は「X-ファイル」(本文中に言及がある)風の個人ではなく組織で対抗する。ホラーネタの宝庫SCPを、SFの理屈で解釈したのが本書の新たな切口といえるのかもしれない。

シルヴィア・パク『ロボットが泣いた夜』新潮社

Luminous,2025(藤沢町子訳)

カバー写真:Denis BorisovBC Dushmantha~skye.gazer Getty Images

 5月に出た本。ソウル生まれの韓国系作家(国籍や生年は明らかにしていない)シルヴィア・パクによる、英語で書かれた初の長編である。現在はカンザス大学で創作講座の助教を務める。ケリー・リンクやテッド・チャンらを輩出したクラリオン・ワークショップ(合宿制創作講座)出身、短編がJ・J・アダムズの年刊SF傑作選に採録されたこともある。本書は700ページ近くある大作で、アザーワイズ賞(旧ティプトリー賞)を授賞した注目作である。これが一般向けの新潮文庫から(比較的)リーズナブルな価格で出るというのはすばらしい。

 統一戦争後の韓国ソウル、ロボット犯罪課の刑事に行方不明のロボットを捜索して欲しいとの依頼が来る。迷子ロボットは10歳の少女の姿をしている。近未来の韓国ではイマジンフレンド社がロボット市場を席巻、ただその少女はあまり人気がない古い機種だった。所有者は北朝鮮出身の芸術家だと分かる。

 登場人物が多い。車椅子に乗る中国人の少女、サマースクールに集う友人たち、中にはロボット廃棄場に住む北朝鮮少年もいる。刑事は戦争帰りでサイボーグ化手術を受けている。深刻な戦傷のためだった。刑事の妹はイマジンフレンド社で技術の要職に就いているが、独自に調整したアンドロイドをパートナーとしている。父親は創業者の一人ながら、会社からは離れ、親子関係はうまくいっていない。そういう複雑な人間関係が物語と絡み合う。

 この時代でもロボット(AI)に人権はない。戦争では、人と見分けがつかないことが利用され自爆兵器となった。人に限りなく近いものとなっているのに、意図的に壊しても殺人ではないし(ペット並みの保護はある)、人身売買には問われない。そこには倫理的な問題がつきまとう。ロボットが生活の中に溶け込んだ社会で、人と機械との関係はどうあるべきか。対ロボットの共感を問う中に、父子の葛藤という(いま風にアレンジされてはいる)テーマも含まれており、重層化されたお話となっている。初長編でここまで書ける筆力には感心する。ただ、ロボットの意識が錯覚なのか/本物なのかに踏み込むこの結末には、(SF読者としては)もう少しロジカルな説明も欲しいところ。

P・ジェリ・クラーク『カイロの死せる精霊』東京創元社

A Dead Djinn in Cairo,2016/The Angel of Khan El-Khalili,2017/The Haunting of Tram Car 015,2019(鍛治靖子訳)

装画:緒賀岳志
装幀:岩郷重力+W.I

 2年前に《創元海外SF叢書》で翻訳が出た長編『精霊を統べる者』(2021)は、『SFが読みたい! 2025年版』で海外編1位を獲得するなど人気を博したが、シリーズ《精霊を統べる者》(著者に拠ると「デッド・ジン・ユニバース」)の前日譚/派生作品はその前にも書かれていた。もともとは1冊の本ではなく、電子版や小冊子版などでばらばらに出ていたものだ。それを、日本オリジナルで1つにまとめた中短編集が本書である。

 カイロの死せる精霊(ジン)(2016)巨大なジン、マリードが死体で発見される。調査を担った魔術省のエージェントとカイロ警察警部は、現場で謎めいた象形文字と奇妙な羽根を発見する。手がかりの意味を探り、墓場に赴いた彼らは意外なものを発見する。
 ハーン・アル=ハリーリの天使(2017)ある天使の元に、1人の娘が奇跡を求めてやってくる。切実な願いだったが、叶えるには代価が求められた。それは人界のお金では賄えないものだった。
 空中ケーブル〇一五号憑依事件(2019)魔術省の若手エージェントと新人の2人組は、市内に張り巡らされた空中ケーブルの車両に、正体不明の憑きものが宿ったと知らされる。しかし、それは当初予想した「超自然存在」とは違っているようだった。

 長編と主人公が同じなのは冒頭の表題作のみで、あとは同一設定での別エピソードである。「空中ケーブル〇一五号憑依事件」は同じエージェントでも同期の仲間が主人公(男性)で、エジプトでの女性参政権運動のただ中という背景で物語は進む(リアルな歴史では1956年に成立)。この連作の魅力は近代化された魔法世界(産業革命が中近東/アフリカの魔術によってエンハンスされている)による、非西洋的なカイロの日常にあるだろう。登場人物にコミカルな要素があるのも共感を得やすいポイントになる。表題作の主人公は女性だが、エキゾチックに見えるからという理由で、山高帽にスーツという西洋風の男装で活躍する。

 本書は概ね犯人捜しのミステリタッチといえる。とはいえ超自然現象が絡むので、読者が犯人を予測するには無理がある。その分、捜査のロジックをいかに飽きさせずに見せるかが重要になる。まず異質な都市のありさま、機械仕掛けの天使などの大仕掛けが目を奪う。次に20世紀初頭の改変歴史(というには大胆すぎるが)に、現実とのリンクを感じさせリアリティを増している。このスタイルの集大成が、次の『精霊を統べる者』に生かされているのがよく分かる。

スティーヴン・キング『チャックの数奇な人生/もし血が流れれば』文藝春秋

If It Bleeds,2020(安野玲/高山真由美訳、白石朗/安野玲訳)

装画:藤田新策
装幀:石崎健太郎

 2020年に出たキングの中編集である。キングの中編集はこれまでたくさん翻訳されてきたが、長編級の長さのものを含むので全1冊で翻訳されたことはない(日本オリジナルの作品集などは除く)。本書も、短めの2作品を含む『チャックの数奇な人生』と、長編並み作品を含む『もし血が流れれば』の2分冊に別れる。前者の収録作は映画化されており「サンキュー、チャック」公開に併せて刊行されたようだ(もう1作は2022年の「ハリガン氏の電話」で既に公開済み)。

 ハリガンさんの電話:ありふれた田舎町に、隠遁した富豪の老人(ハリガンさん)が住む邸宅がある。大金持ちのようだがハイテク嫌いで最小限の人しか雇わない。少年は老人に気に入られ、偶然得たお金でスマホをプレゼントする。
 チャックの数奇な人生:世界が壊れていく。どうやら破滅が近づいているようだった。そんな世界に奇妙なビルボード(広告)が現われるようになる。キャッチコピーは「39年のすばらしき歳月! ありがとう、チャック!」なのだった。
 もし血が流れれば:ピッツバーグ近郊にある中学校にクリスマスの荷物が届けられる。しかし、それは悲惨な爆発事件を招き、生徒や教員ら多数を死傷させた。犯行は計画的だったが、主人公は手口に不自然さを感じ取る。
 ラット:大学で創作を教える作家は、短編では多少名を知られていたが長編を完成できずにいた。思い悩んで深刻な精神的ダメージを負ったこともある。しかし、物語が難なく浮かび上がる今度こそ書けるように思えた。

 古典的なホラーネタがベースにある「ハリガンさんの電話」と「ラット」、SFで書けば短編のオチとも思える「チャックの数奇な人生」は、アイデア面で見るとちょっと弱いかもしれない。また、「もし血が流れれば」の探偵ホリー・ギブニーは、キングお気に入りの登場人物で『アウトサイダー』などでおなじみ。敵も(まったく同じではないが)再登場である。「ラット」のバンガローにこもる書けない作家は、『シャイニング』以降何度もみかける。とはいえ、アイデアの新奇性は(現在の)キングが目指すものではないだろう。結末の予想がつくのに、ページを繰る手は止められない。本来「不安」を誘うホラーとは矛盾するかもしれないが、ストーリーテリングを「安心」して愉しめる円熟味こそが著者の本領なのだ。

ナオミ・クリッツアー『陽の光が消えた町で』早川書房

The Year Without Sunshine and Other Stories,2026(桐谷知未訳)

装画:森優
装幀:早川書房デザイン室

 著者は1973年生まれの米国作家。デビューは99年でファンタジイ長編などを手がけてきたが、本書収録の「報酬は猫の写真で」(2015)がローカス賞、ヒューゴー賞を受賞、他2賞でもファイナリストとなり俄然注目されるようになった。本書はそんなクリッツアーの受賞中短編5作+ヒューゴー賞最終候補1作をまとめたもので、アメリカでもまだ出ていないベスト版の日本オリジナル作品集である。

 小さな図書館の司書さまへ(2020)L:庭先に設けられた小函は、誰でも本の交換ができるシェア図書館だった。ただ、借り手の誰かは本の代わりに「もの」を置いて行く。
 陽の光が消えた町で(2023)H、N:大気中に塵や灰が満ちて陽が差さなくなった。インフラが制限される中で、町の住人たちはコミュニケーションを立て直して助け合う。
 怪物(2020):遺伝学の教授となった主人公は、当時気が合った高校時代の友人を追っていた。友人は頭は良かったが、思いも拠らない別の領域に足を踏み入れていた。
 報酬は猫の写真で(2015)H、L:アシスタント型のAIが、ロボット三原則に従う倫理規範についてその可否を独白する。アシストの報酬は猫の写真で。
 海を見渡す四姉妹(2024)H、A:夫が大学のサバティカルで東海岸に引っ越す。住むのは海沿いの田舎町だったが、主人公はそこでかつて諦めた研究対象と再会する。
 アルゴリズムでよりよい生活を(2023)H:そのアプリはよりよい生活を提案する。しかも、見知らぬ他の人たちも巻き込んで。
 *L:ローカス賞、H:ヒューゴー賞、N:ネビュラ賞、A:アシモフ誌読者賞

 ヒューゴー/ネビュラのダブルクラウン(ローカス、スタージョン記念賞でも最終候補)となった表題作は、分断の時代に共助を唱えるお話だ。ここでは政治も宗教も人種も、もちろん世界情勢も問題にされず(経済格差は少し顔を覗かすが)、人道だけがクローズアップされる。しかも声高ではなくソフトに。

 最近翻訳された作家でいうと、サラ・ピンスカーと双璧を成す人気作家である。日常から異質な世界へとシームレスに連なる物語が多く、ファンタジイ(「小さな図書館の司書さまへ」)やホラー(「怪物」、ジェンダーテーマでもある「海を見渡す四姉妹」)の要素が強い。ただ、どの作品にもほのかな希望が感じ取れる。AIでさえ人間的なのだ(「報酬は猫の写真で」「アルゴリズムでよりよい生活を」)。その点は韓国SFの多くの作品とも共通する特長だろう。評価の高さを見ても、これが(少なくともアメリカの、あるいは現在の)読者に求められているSFなのだとわかる。

イアン・ロジャーズ『魔都シカモア』新潮社

Sycamore,2024(風間賢二訳)

カバー装画:森田康平

 著者は1976年生まれのカナダ人作家。怪奇・超常ホラー/ミステリを主体に書いている。長編は本書を入れて3冊と少ないが、多くのアンソロジイなどに寄稿する中短編作家のようだ。この作品が単行本としては本邦初紹介となる。

 私立探偵の主人公のところに、行方不明者捜索の依頼が入る。依頼主はトロント郊外のシカモアに住み、夫を捜してほしいという。そこは何もなさそうな小さな町だった。しかし、不明者の妻が話し出した内容はとても不可解なものだった。

 この世界では80年ほど前から、ポータルと呼ばれる異世界への門がランダムに開くようになった。それは常闇の〈ブラックランド〉とつながっている。ポータルは不可視で〈ブラックランド〉の危険な異形たちが漏れ出てくる。吸血鬼や人狼、アンデッド=ゾンビなど、遭遇すれば死を免れ得ない。

 物語は連続殺人事件で幕を開ける。殺人などめったに起こらなかった田舎町のため、地元警察も捜査に行き詰まっている。その事件と行方不明者とは関係していた。依頼人はまだ何かを隠している。やがて、ポータルの存在が顔をのぞかせる。

 私立探偵には離婚した妻がいて、探偵事務所ではいつも罵られている。元妻には調査の才能があり、仕事の上では別れられないのだ。主人公はこれまでポータル絡みの事件を解決してきた(中短編での先行作があるようだ)。軽口で抜けがあるのに妙に義理堅く「オカルト版(ロバート・B・パーカーの)私立探偵スペンサー」を自称するが、登場する怪しい女性たちに翻弄され、助けられ、最後は追い詰められていく。

 本書もまた二転三転する特殊設定ミステリである。ポータルについてはSF風(怪獣が出てくるわけではない)、怪物はホラーの定番を踏襲し、連続殺人の犯人捜しは意外性を伴うミステリと、テーマは程よくブレンドされている。明らかになる犯人の正体はなかなか意表を突いている。ただ、それぞれの設定は既存のものが多く、組み合わせの妙味はあるものの新規性はやや乏しい。あえてそうした上で(1970年代頃の)探偵ものを書きたかったのかもしれない。

ロバート・ジャクソン・ベネット『記銘師ディンの事件簿 木に殺された男』早川書房

The Tainted Cup,2024(桐谷知未訳)

扉イラスト:富田童子
扉デザイン:大野リサ

 著者は1984年生まれの米国作家。本書はヒューゴー賞世界幻想文学大賞を受賞、MWA賞(エドガー賞)も最終候補となった注目作である。2014年に『カンパニー・マン』(2010)が紹介されているが、これもフィリップ・K・ディック賞とエドガー賞を受賞するなど、ジャンルを跨いだ評価が特徴の作家といえる。

 海岸にほど近く、帝国の辺境にあたる都市で死亡事件が発生する。技術省の高官が富豪の屋敷で変死したらしい。新任の捜査官助手を務める主人公は、捜査官に代わってその現場を確認しに行く。だが、死者は文字通り木に殺されていた。

 舞台となる神聖カナム大帝国は、4重にもなる頑健な長城に守られている。それは、毎年雨期に上陸するリヴァイアサンと呼ばれる巨大な怪物に備えるためだ。しかし過去に何度も防壁突破が発生し、最前線の州では甚大な被害がもたらされている。映画「パシフィック・リム」(2013)とか《進撃の巨人》(2009~21)のようだが、これは物語の背景にある特殊設定に過ぎない。

 危険な世界を維持するために、登場人物の多くは生物的な改変処置を受け、それぞれが特殊な能力を保持している。主人公の場合は記憶術で、見たものを何一つ忘れない(写真記憶能力を持つ)記銘師だった。これを魔法として扱わず、医学/生物学的な説明で通しているのが面白い。SFジャンルの読者でも違和感なく読めるだろう。とはいえ、本書のスタイルはあくまで硬派のミステリで、ノイズ(音や光)を嫌い自室からほとんど出ない探偵(捜査官、少佐)が驚異的な推理力を発揮、少年のような容貌の助手(といっても司法省中尉)が決定的な証拠を探し出す。犯人の行動には個人的な怨恨だけではない社会的な背景もあって複雑に絡み合う。

 事件は二転三転四転しながらも一応の解決を見るものの、この設定はまだいくらでも展開の余地がありそうだ。詳しく書かれてはいないが、政府高官は女性が多数派、探偵も女性、元帥はどうやら巨人らしい。もともと3部作を予定しており(5部作に拡張されるとも)、原著は第2部まで刊行済み。乞う続刊。

 

マット・ディニマン『冒険者カールの地球ダンジョン1/2』早川書房

Dungeon Crawler Carl,2020(中原尚哉訳)

カバーイラスト:朝野ペコ
カバーデザイン:川谷康久

 著者は米国人、コロナ禍中にオンラインで自費出版した小説がブレーク、大手からも書籍化されてベストセラーとなり、シリーズ8巻目がまもなく刊行という大出世を遂げる。10年前のアンディ・ウィアーも同様だったが、紙雑誌や出版社を経由しないネットデビューは、もはやふつうになった。本書はその最初の巻を2分冊化したもの。

 ある日突然人類が「ほぼ」全滅する。地上の建造物が一掃されてしまい、たまたま戸外にいた一部のみが生き残る。そんな人々に宇宙人のAIは何が起こったかを事務的に告げる。まもなく地下へと続く入口が開き(ゴブリン、トロールなど怪物がひしめく)多階層のダンジョンが現われる。しかし、最下層に達しない限り出口はない。元沿岸警備隊員の主人公と、元カノの飼い猫ペアはそこに降りていく。

 ダンジョンのルールはRPGそのもの。これはLitRPG(リテラリー・ロールプレイングゲーム、読むRPG)と呼ばれる(サブ)ジャンル小説で、《冒険者カールの地球ダンジョン》はその代表作の一つとなっているようだ。就寝中だった主人公はパンツ姿(上着は手に入るがズボンがない)、飼い猫のペルシャ猫は突然喋れるようになり、女王様(各種猫コンテストで優勝した由緒正しい猫)として主人公を家来扱いする。マッチョな主人公(よくある)はともかく、お姫様を気取る猫のキャラが立つ。やーね、とか、まーねの代りに「にゃーね」と言うのだが、これは「弊機」の訳者中原尚哉によるアドリブである。

 18層に及ぶダンジョンを、主人公と猫が制覇していく。この巻では3層に降りる手前で終わる(ちなみに8巻目でもやっと11層)。HPなどを上げるだけでは駄目で、宇宙ネット中継(リアリティショーのような形式)のフォロワーやお気に入り数も稼がないといけない。スプラッターな描写がそこそこあり、キングの「バトルランナー」(映画『ランニング・マン』)的なデスゲームのストーリーながら、冒険の結末(どういう報酬を得るか)が明らかなのが特徴だろう。日本のなろう系を思わせるのは、えんえんと読み続けられるそのリーダビリティの高さにある。物語全体としての起伏は小さく、各エピソード(それぞれの層)毎に盛り上げがある。シリアルドラマにはまってしまうのと、よく似た読書体験かもしれない。

ジョナサン・ストラーン編『星の海を駆ける』東京創元社

New Adventure in Space Opera,2024(中原尚哉・他訳)

装画:加藤直之
装幀:岩郷重力+W.I

 オーストラリア在住のアンソロジスト、ジョナサン・ストラーンによる新世代スペース・オペラ傑作選である。「新世代」とあるように2012~23年に発表された、比較的新しい作家/作品から選ばれた14編だ。冒頭の序文に編者が考えるスペース・オペラの定義や歴史的変遷、何が「ニュー」なのかが簡潔に述べられているので参考になるだろう。

 トバイアス・S・バッケル「禅と宇宙船修理技術」(2017)*艦隊戦で勝利したあと、CEOと称する敵に助けを求められる。ロボットである私は従わざるを得ない。
 ユーン・ハ・リー「課外活動」(2017)名高い暗殺者/工作員の主人公は、行方不明のスパイ船調査のため身分を偽って潜入する。
 アーカディ・マーティーン「あなたが王だと思っていたすべての色」(2016)保育所で育った友は、女王のクローンだった。そうである以上、過酷な運命が待っている。
 アレステア・レナルズ「ベラドンナの夜」(2017)二十万年の銀河周回を祝う千夜祭、そこで主人公はある人物からペラドンナの花を贈られる。
 T・キングフィッシャー「金属は暗闇の血のごとく」(2020)*小惑星をむさぼり食っていた巨大な機械ブラザーとシスターは、あるとき何ものかに拉致されてしまう。
 チャーリー・ジェーン・アンダーズ「時空の一時的困惑」(2017)*巨大な不定形の存在〈お広様〉を崇拝するカルトから、首尾よく獲物を手に入れた2人組だったが。
 アリエット・ド・ボダール「包嚢」(2012)全身を包む包嚢があれば、文化的な差異さえも吸収できる。主人公は、旧宗主国から来る大物の接客を命じられる。
 セス・ディキンソン「モリガン、光へと落ちる」(2014)太陽系内の人類と、系外人類との間で凄惨な戦争が起こる。主人公の戦闘艦は太陽に向かって落ちつつあった。
 ラヴィ・ティドハー「背教者たち」(2017)異端の教えを説く背教者を抹殺すべく送られた裁定人だったが、いまは聖宮殿の地下に吊るされ尋問を受けている。
 ベッキー・チェンバーズ「善き異端者」(2019)ウィルスに感染することで卓越した思考能力が得られる世界、しかし主人公の場合はちょっと違っていた。
 アーニャ・ジョアンナ・デニーロ「クイーンズスロートへの旅路」(2020)崩壊した帝国から逃れ、月で暮らしていた老女を「清浄軍」の少年たちが襲う。
 アン・レッキー「審判」(2019)氷原に隠棲している主人公の元に、仕えていた支配者からの指令が届く。反乱の火種を潰せというのだが。
 サム・J・ミラー「惑星執着者」(2023)主人公はセックス・ワーカー、ワームホールでつながり合う宇宙で生きるが、故郷はゲートが壊され帰還不能になっていた。
 カリン・ティドベック「スキーズブラズニルの最後の旅」(2019)生体宇宙船は外殻の中に生き物が入っている。主人公は修理工だが、船は住み替えの時期に入っていた。
  *:既訳あり(新訳は除く)

 スペース・オペラといっても、本書の定義に当てはめると、スケールが宇宙大で冒険譚であれば良いのだから、幅広い宇宙SF全体(ハードSFはその度合いによるだろう)が包含される。本書では、非欧米(反植民地主義)的な銀河帝国の扱いなど、特にエキゾチックさが重視されているようだ。長編の一部(のような印象)に終わってしまう作品もあるが、おしら様みたいな〈お広様〉とか訳語は工夫されていて、全体的に異界感がよく顕われている。中ではユダヤ教の用語を駆使した「背教者たち」に独特の雰囲気がある。