多重人格をテーマとしている。いわゆる多重人格障害(MPD)は、現在では解離性同一症 / 解離性同一性障害(DID)と記すべき症例である。あえて旧表記とする理由、分離した人格を(断片と考えるのではなく)「魂」とする理由は著者自身が書いたQ&Aで述べられている。そもそも、原著の副題が A Romance Of Souls なのだ。本文中にも言及があるが、ビリー・ミリガンのような多重の人格を、その当人の視点で描いた作品である。第1部(全体の3分の2)では、主人公と女性(その多重人格)、女性社長、下宿の管理人などそれぞれの暗部が語られ、第2部では大本となった事件の真相を探るサスペンスとなる。後半はちょっと駆け足か。
主人公は望(のぞむ)その名の由来は「とおくをみること」だ。天文台の望遠鏡で球状星団に魅了され、高校では少人数ながら個性派ぞろいの天文部に入る。そこで、理論肌の友人新(あらた)を得る。大学では電波天文学を専攻、VLBI(Very Long Baseline Interferometer)の存在を知り、異星文明の微弱な信号も受信可能な太陽系サイズのVLBIを構想する。そして、縁(ゆかり)と知り合う。
オーデモシオンがフランス語の eau de émotion だとすると「感情の水」の意味になる。人を操る香水が出てくるパトリック・ジュースキント『香水』を思い出した。本作の「調合師」も「調香師」とのアナロジーから出てきたものだろう。人の頭にレセプタ(受容器、形状は不明)があって(ケーブルをジャックインするとかではなく)そこにオーデモシオンを注入するアナログさがユニークだ。ただ、50年以上先でレセプタがデフォにある未来なら、現在の延長ではなくもっと異質な社会になるのでは。