八杉将司『八杉将司短編集 ハルシネーション』SFユースティティア


 2003年の第5回日本SF新人賞受賞でデビューし、2021年12月に亡くなった八杉将司の短編集。著者には多数の作品がありながら、生前に短編集が出ることはなかった。本書は、関係する作家有志により編纂された傑作選である。同じ出版社から出ている遺作長編『LOG-WORLD』はオンデマンド出版(もともとはpixiv公開)だったが、こちらはAmazonなど数社からの電子書籍のみとなる。

 短編[ その一 ]
  命、短し(2004)バイオハザードにより人類の寿命は極端に縮んでしまう。少年も既に人生の半分を生きた。海はあなたと(2004)生体CPUとなった主人公は海辺を車で走るのだが、外の光景はいつまでも変わらない。ハルシネーション(2006)脳の機能障害により「動き」が認識できなくなる。しかも、やがてありえないものが見えるようになった。うつろなテレポーター(2007)量子コンピュータのシミュレーションで造られた複数あるコロニーのうち、自分たちのコロニーが複製されるらしい。これは実利も伴う名誉だった。カミが眠る島(2008)瀬戸内海の小島で行われる祭りを取材するためライターが訪れる。そこでは利権をめぐる騒動が巻き起こっていた。エモーション・パーツ(2009)会社で仕事中、急に笑いが止まらなくなる。どうやら人工大脳の故障らしい。一千億次元の眠り(2011)矯正措置を受けた火星の旧支配層のうち、有力な一人が逃走する。知人だった元警官は、捜査官として行方を追うよう指示される。
 『異形コレクション』掲載作
  娘の望み(2006)娘は言葉が話せなかった。脳に障害があったからだ。しかしそれに代わる芸術の素養があるようだった。俺たちの冥福(2007)中古部品のブローカーで働く主人公は、点や影が顔に見える幻覚に苦しんでいた。産森(2008)宇宙での仕事にうんざりし、祖父母が住んでいた田舎の家に住むことにした。すると夜中に扉が叩かれ、赤ん坊が泣き叫ぶ声がする。夏がきた(2007)長い長い冬が終わり、降り積もった雪は溶けてしまう。やがて何年も続く夏がきた。ぼくの時間、きみの時間(2011)自分を基準に測るしかないが、主観時間は人によって違う。しかし妻とは大きな違いがあった。
 短編[ その二 ]
  宇宙の終わりの嘘つき少年(2012)そこは運河の世界で、人々は船を筏のように連ねて生活している。運河はどこまでも続いているが、一生の間に何回か同じところを通るらしい。それを昔の人は魂と呼んでいた(2013)魂だけが消えてしまう疾病が蔓延する。発症すると、過去の一定期間行っていた行為を延々と繰り返すのだ。
 ショートショート集
  ブライアン(2011)移民宇宙船が遭難、未開惑星へと脱出できたのは自分一人のようだった。そこで笑い顔の石ころを見つける。神が死んだ日(2012)授業中にアラームが鳴る、それは教師である自分宛に緊急事態を伝えるものだった。宇宙ステーションの幽霊(2013)幽霊を信じていなかった科学者の自分が、なんと幽霊になっている。むき出しの宇宙が見える以上、そう考えるほかなかった。ドンの遺産(2014)堅気で生活していた男は、マフィアだった父の跡を継げと申し渡される。座敷童子(2014)跡取りで揉める田舎の家で、中学生の主人公は見知らぬ女の子に声を掛けられる。追想(2015)人類は滅亡寸前、アンドロイドは酒を求めるばかりの困った老人を介護している。夢見るチンピラと星くずバター(2018)月で採れた石には未知のミネラルが含まれているようだ。それを混ぜたバターを食べると何かが。砲兵と子供たち(2020)第1次大戦下の西部戦線、ドイツ軍の砲兵は自軍の周辺に子供たちが群れていることに気が付く。LIVE(2021)人工知能に自我あると認められた。それは問いかけに対し「LIVE」と答えたからである。我が家の味(2021)妻に先立たれ夫は途方に暮れるが、料理の味を決める見知らぬ素材があることを知る。
 短編[ その三 ]
  私から見た世界(2013)見えていたものが見えなくなる。その異常は脳の手術で治るはずだった。だが、術後に別の症状が表われ次第に悪化していく。親しい人が見えず、声が聞けなくなるのだ。妻や子供を自身の認知から失い、周囲の知人も消えていく。
 八杉将司作品論・三編
  八杉将司作品論(町井登志夫)/いつか、白玉楼の中で――八杉将司さんの創作についての覚え書き(片理誠)/八杉将司短編群を読み解く――〈私から見た世界〉と〈世界から見た私〉(上田早夕里)

 上田早夕里の作品論で詳しく述べられているが、著者は認知の問題を繰り返しテーマとしてきた。表題作「ハルシネーション」と、巻末に置かれた「私から見た世界」は、共に主人公の認知が極端に変貌していく様子を描いた対を成す作品といえる。片理誠は「ハルシネーション」をホラーだと思ったと書いている。恐怖も人の認知が生み出す感覚で、スピリチュアルなものと親和性が高いからだろう。ただ、著者は脳神経科学などの知見を取り入れることで、イーガンらが好むSF的/科学的な解釈を試みてきた。「私から見た世界」はその両者を融合したような作品だ。

 他でも「海はあなたと」「エモーション・パーツ」「一千億次元の眠り」「娘の望み」「ぼくの時間、きみの時間」「それを昔の人は魂と呼んでいた」など自我と意識を主要なモチーフとしたものが多くを占める。純粋なソフトウェア知性の「うつろなテレポーター」や、機械と認知の問題に言及した「LIVE」のような作品もある。いまハルシネーションというと、AIの吐く噓(でたらめな答え)のことを指すが、八杉将司ならどう解釈するのか訊いてみたい気がする。

フランチェスカ・T・バルビニ&フランチェスコ・ヴァルソ編『ノヴァ・ヘラス ギリシャSF傑作選』竹書房

Nova Hellas,2021(中村融他訳)

デザイン:坂野公一(welle desigh)

 日本版に寄せられた編者による「はじめに」によると、ルキアノスに始まった世界最古のギリシャSFも20世紀末まで長い空白があり、ようやく(アメリカ映画やTVドラマの影響もあって)70年代後半から海外SFの翻訳が、次いで90年代にはギリシャ人作家による短編の創作が行われるようになったという。このあたりの経緯はイスラエルとよく似ている。ただ、(非英語圏共通の課題として)英語での書き手が少ない分、知名度には難があった。本書は、グローバル向けの英訳傑作選からの重訳になる。スタートラインがいきなりサイバーパンク以降なので、過去の伝統などによる縛りがなく新鮮だ。

 ヴァッソ・フリストウ(1962-)「ローズウィード」海面上昇で都市の建物の多くが水没した近未来、移民ルーツの主人公は居住可能な建物を調査する仕事に就いていた。
 コスタス・ハリトス(1970-)「社会工学」VR下のアテネ、社会工学を学んだ男に集票工作の依頼が舞い込む。相手組織の正体は分からなかった。
 イオナ・ブラゾプル(1968-)「人間都市アテネ」アジア・アフリカで経験を積み、コンゴでも駅長を務めた主人公は、アテネ駅長となってギリシャ語を話すことになった。
 ミカリス・マノリオス(1970-)「バグダッド・スクエア」主人公が住むアテネはヴァーチャルな世界と重なり合っている。だが、意外な都市とも隣り合っていた。
 イアニス・パパドプルス&スタマティス・スタマトプルス「蜜蜂の問題」ドローン蜂の修理を生業にしていた男は、本物の蜜蜂が戻ってくるといううわさを聞く。
 ケリー・セオドラコプル(1978-)「T2」胎児の成長診断のため、清潔なT2より廉価なT1車両で移動したカップルは、産婦人科医師から意外な結果を聞く。
 エヴゲニア・トリアンダフィル「われらが仕える者」観光客を迎えるその島には人造人間しかいない。本物の人間は海底にある居住都市に住んでいるからだ。
 リナ・テオドル「アバコス」ジャーナリストと広報担当者との対話で、人の食事環境を決定的に変えるアバコス社の製品について問題点が指摘されるが。
 ディミトラ・ニコライドウ「いにしえの疾病」体のあらゆる機能が衰えていく病、漏失症の患者を収容する施設で、新任の女性医師が真因究明に苦しむ。
 ナタリア・テオドリドゥ「アンドロイド娼婦は涙を流せない」アンドロイドの皮膚に現れる真珠層は、機能への影響がないことから原因不明のまま放置されている。
 スタマティス・スタマトプロス(1974-)「わたしを規定する色」その女は、ある図案のタトゥーの持ち主を探していると告げた。

 本書は2017年に出たギリシャ語の傑作選(13編収録)をベースに、そこから作品の追加/割愛が行われている。全部で11作を収めるが、原稿用紙換算30~40枚程度の短いものが多い。著者は1960~80年代生まれが中心のようだ。中では英語での執筆が多いナタリア・テオドリドゥが、クラリオン・ウェスト出身者で2018年の世界幻想文学大賞Strange Horizens掲載の短編)の受賞者である。

 地球温暖化による海進(多数の島を有するギリシャでは死活問題)、難民/移民(アフリカ、中東からのバルカンルート=渡航の通り道)という現代的な社会問題とVR、アンドロイド(AI)、サイバーパンク的なテーマが混淆する。数値海岸(ヴァーチャルではなくロボットだが)みたいな「われらが仕える者」、虐殺市場なるものが出てくる「アンドロイド娼婦は涙を流せない」、変幻するタトゥー絡みの事件「わたしを規定する色」あたりが、独特の組み合わせでもあり印象に残る。アイデアものはシンプル過ぎるので、もう少し書き込みが欲しいところ。

大森望編『NOVA 2023年夏号』河出書房新社

ロゴ・表紙デザイン:粟津潔

 前号から2年ぶりとなる、オリジナル・アンソロジイ《NOVA》の最新号。今回は女性作家13人によるボリューミー(540頁)な1冊となった。雑誌の特集などを除けば、女性のみのSFアンソロジイとして日本史上初!を謳う。時流を抜きにすると、単にSF風/ファンタジイ風アンソロジイならもっと前から可能だったと思うが、著者の出自を含めSF周辺だけで固められるのは、今日だからこそなのだろう。

 池澤春菜「あるいは脂肪でいっぱいの宇宙」激太りを改めるべく励むのだが、あらゆる方法を試しても痩せない。騒動はSNS上でブレイクし、某研究所から調査依頼までくる。
 高山羽根子「セミの鳴く五月の部屋」五月にセミは鳴くか。謎の合言葉を告げる見知らぬ人々に辟易した主人公は、その意味を訪問者に問い詰める。
 芦沢央「ゲーマーのGlitch」 RTAゲームの世界大会が実況される。人類の限界を超えた男と元絶対王者の戦いなのだ。バグ技を使うなど究極の戦いは果てしなく続く。
 最果タヒ「さっき、誰かがぼくにさようならと言った」琥珀に愛していると告げると結晶が美しくなる。評判の琥珀師のもとにインタビュー取材用のAIが送られてくる。
 揚羽はな「シルエ」小さな娘が事故で脳死状態になったあと、諦めきれない夫とアンドロイドのシルエに耽溺する妻との間に深い溝ができる。
 吉羽善「犬魂の箱」使機神と呼ばれる犬張子型のロボットは子供を守る機能を有している。江戸時代のような設定の中で、ロボットは子供のために活動する。
 斧田小夜「デュ先生なら右心房にいる」宇宙開発の現場では、使役や食用にもなることから宇宙ロバが重宝されている。デュ先生はそんなロバの専門医だった。
 勝山海百合「ビスケット・エフェクト」スーパーカブで海を目指した高校生は、海岸で鹿のような生き物と出会う。そこで持っていたビスケットを差し出してみる。
 溝渕久美子「プレーリードッグタウンの奇跡」北アリゾナの平原にすむプレーリードッグたちの近くに、飛んでいる何かが下りてきてタウンの群れとコミュニケーションする。
 新川帆立「刑事第一審訴訟事件記録玲和五年(わ)第四二七号」死刑執行の傍聴ができるようになる。そこで死刑囚の母親と被害者の妹が同席し別の事件を引き起こす。
 菅浩江「異世界転生してみたら」オタクの主人公が異世界転生し、オタク知識を生かして好き勝手に生きようとするものの社会的制約が邪魔になる。そこで思いついたのが。
 斜線堂有紀「ヒュブリスの船」瀬戸内をクルーズする観光船で殺人事件が起こる。犯人は明らかになるが、乗客全員が記憶を残したままのタイムループに捕えられる。
 藍銅ツバメ「ぬっぺっぽうに愛をこめて」少女はレトロな駄菓子屋で、薬売りの男から父親の病気に効くという触れ込みで奇妙な生き物を渡される。

 揚羽はなの子供(そっくりのロボット)、吉羽善の犬(のようなロボット)、斧田小夜のロバ(が改良された宇宙ロバ)、勝山海百合の鹿(のような異星人)、溝渕久美子のプレーリードッグ、藍銅ツバメのぬっぺっぽう(のような外観の生き物)と、生物(ロボット、妖怪?)を描いたSFが読み比べられる。処理方法や視点に各著者の特徴が出ていて面白い。

 芦沢央のガチなゲーム実況、新川帆立のガチな供述調書、斜線堂有紀は登場人物の残酷な末路が印象に残る(記憶が累積されるタイムループ作品はよくあるが、ここまで感情的な閉塞感に溢れるものはなかった)。一方、最果タヒによるAIとの独り言のような会話、謎のゲームに関わるようで突き放す高山羽根子、真砂の数ほどある異世界転生ものにトドメを刺す菅浩江、この3人は年齢差がそれぞれ10年ずつありながら手練れの巧みさを感じる。

 池澤春菜の作品は、もしかすると40年ぶりによみがえる『処女少女マンガ家の念力』(大原まり子)なのではないかと思わせる。この非日常的なリアリティはいかにも編者の好みっぽく、冒頭に置かれただけのことはある。

マシュー・ベイカー『アメリカへようこそ』KADOKAWA

Why Visit America,2020(田内志文訳)

ブックデザイン:川添英昭

 著者マシュー・ベイカーは1985年生まれのアメリカ作家。美術学修士取得後に、さまざまな文芸誌や批評誌(オンライン含む)に実験的な短編を発表し、Variety誌の10人の注目作家に選ばれたこともある。プロフィール写真ごとに髪型をドラスティックに変えるなど、ちょっとクセのありそうなアメリカ純文学の人だ。ただ、発表した媒体の中にはWebジンのSF専門誌Lightspeed Magazineがあり、D・ガバルドン&J・J・アダムズの『年刊SF&ファンタジー傑作選』に「終身刑」が採録されている。日本の若手純文作家も同様だが、SF的アイデアを取り入れることに何らためらいはないのだ。版元の紹介文中で本書が「SF短編集」とキャプションされるのも、そういう理由によるのだろう。

 売り言葉(2012)辞書編纂者の主人公は、盗用防止の幽霊語創作を仕事にしている、だが、姪の虐めに憤ったことから、当事者の高校生のストーカーを始めるようになる。
 儀式(2015)母親の儀式が済んだあと、すでに期限が過ぎている伯父を説得しようとする。しかし周囲の顰蹙を買いながらも、伯父はかたくなに受け入れない。
 変転(2016)過度に保守的ではなく世間並みに良識を持つ家族だったが、体を失うという主人公の選択には誰も賛成してくれなかった。
 終身刑(2019)刑罰により記憶から過去がすべてが失われていた。日常生活を過ごすには支障はなかったものの、家族すら見知らぬものになった。自分は何をしたのか。
 楽園の凶日(2019)ひどい一日が終わり、愚痴を話す相手もいないとわかると、彼女は郊外のガラスドームに覆われた生物園に車を走らせる。
 女王陛下の告白* 主人公はお城のような大邸宅に住み、家族は買い物に明け暮れ、部屋はモノで溢れている。その結果、レシオは非常識な高さになっているのだ。
 スポンサー(2018)結婚式の寸前になって冠スポンサーが倒産してしまう。このままでは式が立ち行かない。やむを得ず、不仲だった大金持ちの知人に泣きつくが。
 幸せな大家族* 保育所から赤ん坊が誘拐される。警察は犯人の動機を知るため人物像を明らかにしようとするが、誰もがあいまいな答えしか返さない。
 出現(2013)レストランの駐車場で「不要民」を待ち伏せし、三人を車の中に押し込むと州境へと走り出す。奴らが出現してからもう13年が経っていた。
 魂の争奪戦(2020)生まれた赤ん坊がすぐに死んでしまうという現象が頻発する。魂の数が上限に達したからだ、とする説が信じられている。
 ツアー* カルト的人気を誇る「ザ・マスター」がやってくる。そのギグに参加するためには莫大な費用とくじ運がかかるが、主人公は奇跡的に両者を手に入れられた。
 アメリカへようこそ(2019)地方の田舎町が突然独立を宣言し、元の国名のままアメリカと名乗る。オールド・アメリカはその理想をすべて失ったからだ。
 逆回転(2011)生まれたばかりの主人公が感じたのは完全な絶望だった。そして、ポケットから数字の書かれた謎の紙切れがでてくる。
*:未発表作または書下ろし

 全部で13編を収める(著者が2009年から書いた短編の4分の1)。すべての作品に奇想アイデアが含まれる。筒井康隆『銀齢の果て』風(あるいは成田悠輔風)、意識のアップロード、死刑に代わる記憶抹消、『男たちを知らない女』の世界、裏返された大量消費社会、過度な広告化、育児の公営化、非人類の難民、井上ひさし『吉里吉里人』的独立秘話、時間の逆転などなど。

 ただし、これらの(もはやありふれた)アイデア自体は目的ではない。登場人物をクローズアップするための「特殊設定」に使われている点が、現代SFや文学と共通する特徴といえる。たとえば「変転」では、コンピュータにアップロードされる主人公よりも、うろたえ動揺する家族と母親がテーマとなっているし、「終身刑」でも受け入れる家族と主人公との距離感が読みどころとなっている。

 特有の文体、数ページにもわたって段落なしに続く容赦のない描写が効果を上げている。「ツアー」などでは、それが対象を変えながら何段階も執拗に続いて圧巻だ。物語に説明を付けず、唐突に断ち切ってしまう終わり方は、エンタメには少ない純文的なミニマリズムだろう。また「出現」や表題作には、アメリカ的な社会問題が織り込まれている。「逆回転」もよくある時間の逆転を描くが、その先に現れるものはまさにアメリカといえる。

斜線堂有紀『回樹』早川書房

装幀:有馬トモユキ
装画:宇佐崎しろ (C)宇佐崎しろ/集英社

 斜線堂有紀の初SF短編集である。2016年に第23回電撃小説大賞メディアワークス文庫賞を受賞してデビュー後、ラノベから本格ミステリまで多数の著作をこなすが、その設定にはSF的な奇想が多かった。ただし、著者にはもともとジャンル意識はなく、依頼を受けてからその分野を研究するのだという。SFも同様であるらしい(ということは、2020年から集中して読んだということか)。3年で1000冊を読む読書力と、月25万字(単行本2冊分)の原稿を書く腕力があるからこそできる手法だろう。

 回樹(2021)秋田県の湿原に全長1キロほどの人型物体が出現する。忽然と現れ、どこから来たかもわからない。しかし、植物と見なされた存在には特異な性質があった。
 骨刻 (2022)生きている人の骨に、メッセージを刻みこむ技術が流行する。レントゲンを使わないと読み取れないため、書かれる言葉は秘匿性を帯びたものになる。
 BTTF葬送(2022)2084年、映画館では一世紀前の名画が上映されようとしている。それを見るためには、安くはない入場券を手に入れる必要があった。
 不滅(2022)あるときから死体が腐敗しなくなる。それどころか切除も焼却もできなくなる。埋葬に困った政府は宇宙葬を進めるが、それには莫大な経費が必要になる。
 奈辺(2022)18世紀のニューヨーク、奴隷の黒人が白人用の酒場に入場しようとして騒動になる。そこに緑色の肌をした宇宙人が墜ちてくる。
 回祭(書下ろし)お金が必要だった主人公は大金持ちの介助役に雇われる。そこには若い娘がたった一人で住んでいるのだが、昼夜を問わず無理な要求を強いられるのだ。

 どの作品にもユニークな発想がある。骨に刻まれた文字、葬られる映画(その理由が奇妙)、不滅の死体、レイシズムと宇宙人の組み合わせなどなど、アイデアの扱いも意表を突く。表題作では主人公(作家)とパートナーだった女性との関係が坦々と語られ、物語の半分を過ぎたあたりでようやく回樹が登場する。主人公の物語は閉じるのだが、回樹の存在は曖昧なまま背景に隠される。

 もちろん、すべての謎が解き明かされないSFはある。著者のミステリ『楽園とは探偵の不在なり』の元ネタ、テッド・チャン「地獄とは神の不在なり」も、天使と天罰が実在する舞台について何らかの種明かしがあるわけではない。ただテッド・チャンの場合、奇怪な世界を描くことが主であって、主人公の運命は世界構造に左右される従属物なのだ。

 斜線堂有紀は、そこが逆転しているように思われる。つまり、主人公たちの思いや行動は世界のありさまと関係なく自発的/自律的にあり、世界はその道具に過ぎないのだ。しかも、道具(たとえば回樹そのもの、腐敗しない死体)は論理で説明がつかないオーパーツ的存在である。これは特殊設定ミステリを援用した、(かつてのバカSFに近い)特殊ガジェットSFといえるのかもしれない。特殊設定や特殊ガジェットは、理屈抜きで受け入れないと物語が成り立たないからだ。

マット・ラフ『ラヴクラフト・カントリー』東京創元社

Lovecraft Country,2016(茂木健訳)

装幀:山田英春
図版:GeoImages/PIXTA

 著者は1965年生まれのアメリカ作家、過去に『バッド・モンキーズ』(2007)が翻訳されている。毎回テーマを変える作風で、黒人作家でも女性でもないものの、ジェンダーやレイシズムを背景にした作品も書いている。本書は創元推理文庫のFマーク(ファンタジイ扱い)だが、SFやコミックの要素が組み合わされたものだ。クトゥルーものとはいえず、どちらかといえばニール・ゲイマンのファンタジイ/ホラーと雰囲気が似ている(著者はXファイル黒人版をイメージしたようだ)。ケーブルTVのHBOで、2020年にドラマ化された同題シリーズ《ラヴクラフト・カントリー》(現時点ではAmazonで視聴可)の原作でもある。

 1954年、朝鮮戦争から帰還したばかりの主人公は、父親からの連絡を受けてシカゴに帰省する。しかし、父は正体不明の白人と共に旅立ち、行方が知れなくなったという。残された手掛かりから、目的地がアーカムならぬアーダムと分かるのだが、そこは閉ざされた僻地だった。彼らは伯父や幼なじみを伴って後を追う。

 主な登場人物は黒人である。舞台は1950年代のアメリカ。キング牧師による公民権運動のさらに10年前でもあり、差別はあからさまに残されている。黒人は旅行の自由が(建前はともかく)制限され、立ち入る場所を間違えると命に係わる事態となる。居住地域も(建前はともかく)厳然と分離されている。伯父は黒人旅行者のために、安全な宿やレストランを紹介する旅行ガイドを出版している(モデルとなったグリーンブックは実在のもの)。

 物語はSF(バローズなどのパルプ・フィクション)やラヴクラフトを偏愛する主人公によるアーダムでの波乱後、その幼なじみによる幽霊屋敷購入騒動、伯父と異父弟にアーダムの継承者を交えた「名付けの本」をめぐる争奪戦、伯母が異世界に迷い込む話と続き、さらには幼なじみの姉が白人に変身したり、父が魔法のノート探しの依頼を受けたり、伯父の幼い息子(コミック作家を目指している)は悪魔人形に追いかけられるなど、視点が次々と移り変わって読者を飽きさせない。

 ラヴクラフトが、いわゆるレイシスト(人種差別主義者)であったことはよく知られている。ただ、黒人やイタリア人(貧困層が多かった)などを臆面なく差別したという点では、ある意味19世紀的な世俗観(当時の大衆の風潮)を体現していただけともいえる。本書はその世界観が、50年代(そして現代ですら)生々しく残っているという現実を、魔術や超常現象に準えて映し出した点がユニークだろう。ラヴクラフト・カントリーとは、今われわれが住む世界の暗黒面なのだ。

スタニスワフ・レム『火星からの来訪者 知られざるレム初期作品集』国書刊行会

Człowiek z Marsa, Nieznane wczesne utwory Lema,1946(沼野充義、芝田文乃、木原槙子訳)

装幀:水戸部功

 最初の長編『金星応答なし』(1951)以前に書かれたレム最初期の中短編と詩作を収録した、日本オリジナルの作品集である。

 火星からの来訪者(1946)ドイツが降伏したのと同じ頃(45年5月)、アメリカ北中部の山中に宇宙からの飛来物が落下する。3か月後、残骸を解析するチームに紛れ込んだ元記者は、それが火星からのミサイルで正体不明の機械を内蔵していたことを知る。
 ラインハルト作戦(1949)強制収容所に送られるユダヤ人狩りが始まっていた。混乱の中、貨車に押し込まれる人々と共に、ポーランド人医師が誤って乗せられてしまう。
 異質(1946)ドイツのミサイル攻撃が続くロンドン郊外に住む少年は、原理の分からない「永久機関」を発明してしまう。その謎を解くため、高名な学者のもとを訪ねるが。
 ヒロシマの男(1947)戦争末期、英国で諜報活動を行う主人公は、核が投下されるヒロシマに自分が諜報員として送り込んだ日系の英国人がいることを知る。
 ドクトル・チシニェツキの当直(1950)多忙を極める産科の当直医は、さまざまな出自の妊産婦たちや同僚の医師、看護師たちと生誕や死を切り抜けて仕事をこなしていく。
 青春詩集(1947/48)「カトリック週報」(1945年創刊の週刊誌とのこと)に掲載された、20代後半の青春時代に記した12編の詩。

 「火星からの来訪者」は300枚近くもあって、短い長編クラスといえる中編。解説にもあるようにウェルズ『宇宙戦争』を意識した作品である(宇宙から来た円錐形状の機械は、3本の触手を持っている)。しかし、強烈な放射線を発するその機械(ある種の生命とも考えられる)は、意思疎通の反応を見せながらも正体は明かされない。その点はウェルズと観点が異なっている。舞台が秘密基地のような閉鎖空間で登場人物が限られるなど、15年後の『ソラリス』の萌芽が窺われる。

 「ラインハルト作戦」「ドクトル・チシニェツキの当直」はもともと『主の変容病棟』3部作の、それぞれ第2部/第3部から抜き出されたものという。この2部/3部はレム自身によって封印されてしまったので、今後も翻訳は望めない。この両方の作品には共通する医師が出てくる。ユダヤ人狩りや戦争の傷跡を残す妊婦たちなど、大戦下/戦争直後のリアルを切り取った貴重な作品といえるだろう。「ヒロシマの男」はジョン・ハーシー『ヒロシマ』(1946)に影響を受けたとされる。戦争を身近に知っているが故の迫真的な描写に強い印象を受ける。

 「異質」は永久機関を発明した(と思い込む)少年の物語だが、その少年が相談する学者は哲学者ホワイトヘッドである。「火星からの来訪者」が科学者たちの物語(しかし解答は得られない)だとすると、「異質」は哲学/スペキュラティヴな解決を模索する物語なのだといえる。そういう、若きレムによる迷い(サイエンスだけでは解明できない事象に、思索的な裏付けを求める)までが読み取れる興味深い作品集だ。

冬木糸一『SF超入門』ダイヤモンド社/池澤春菜監修『現代SF小説ガイドブック』Pヴァイン

ブックデザイン:小口翔平+後藤司(tobufune)

 すべての現実はSF化した
 支配者(パワープレイヤー)たちの頭の中を知れ
 単なる「予測」を超える「物語」の想像力
 (抜粋)

 科学読み物として、最先端のキーワードを知るためのベスト/小説として、時代を超えて読まれるべきベスト/の2つの視点から、56作品(シリーズ)を選びました。古典から現代の作品まで、できる限り時代を超えて網羅的に紹介しています。17の最新キーワードごとに分類、切り取ることで、既存のSFガイドブックと異なる構成となっています。

はじめに(冬木糸一)

 強烈なキャッチが並ぶ。イーロン・マスクやビル・ゲイツら、著名起業家が愛読していたこともあって、GAFAMの時代のSFはこれまでとは異なる視点で注目を集めている。本書もビジネス書のダイヤモンド社から出たものだ。ただし、煽り文句に反して内容はむしろオーソドックスなものといえる。

Part1 最新の「テクノロジー」を知る
 Chapter1 仮想世界・メタバース
 『ニューロマンサー』『スノウ・クラッシュ』『セルフ・クラフト・ワールド』《Wシリーズ》
 Chapter2 人工知能・ロボット
 『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』『われはロボット』『BEATLESS』
 Chapter3 不死・医療
 『透明性』『円弧(アーク)』『ハーモニー』
 Chapter4 生物工学
 『ジュラシック・パーク』『わたしを離さないで』『ブラッド・ミュージック』『宇宙・肉体・悪魔』『フランケンシュタイン』
 Chapter5 宇宙開発
 《レディ・アストロノート三部作》『七人のイヴ』『青い海の宇宙港』
 Chapter6 軌道エレベーター
 『楽園の泉』
Part2 必ず起こる「災害」を知る
 Chapter7 地震・火山噴火
 『日本沈没』『死都日本』『富士山噴火』
 Chapter8 感染症
 『復活の日』『天冥の標II 救世群』『新しい時代への歌』
 Chapter9 気候変動
 『蜜蜂』『神の水』『2084年報告書 地球温暖化の口述記録』
 Chapter10 戦争
 『地球の平和』『渚にて』《戦闘妖精 雪風シリーズ》『スローターハウス5』
 Chapter11 宇宙災害
 『神の鉄槌』『地球移動作戦』『赤いオーロラの街で』
Part3 「人間社会の末路」を知る
 Chapter12 管理社会・未来の政治
 『一九八四年』『すばらしい新世界』『ザ・サークル』
 Chapter13 ジェンダー
 『闇の左手』『侍女の物語』『徴産制』
 Chapter14 マインドアップロード
 『ゼンデギ』『順列都市』『都市と星』
 Chapter15 時間
 《オックスフォード大学史学部シリーズ》『キンドレッド』『高い城の男』
 Chapter16 ファーストコンタクト
 《三体三部作》『ブラインドサイト』『プロジェクト・ヘイル・メアリー』『幼年期の終わり』
 Chapter17 地球外生命・宇宙生物学
 『ソラリス』『時の子供たち』『竜の卵』『銀河ヒッチハイク・ガイド』『スターメイカー』

 以上、シリーズものも1つと数えて、全56項目になる(49作家、クラークが4作品で最も多い)。比較的近作を中心に、古典でも入手可能なものが選ばれているようだ(その点は『現代SF小説ガイドブック』と同じである)。ゆったりとしたレイアウトながら、430ページ(原稿用紙換算700枚余)もあるため、内容紹介は十分なされている。昔ながらのテーマ別分類で、身近なテクノロジー(メタバース、AI、生命科学、宇宙開発)からはじめて、天災から戦争までの災害、未来の管理社会や地球外生命と、しだいに日常から遠く離れていくという読みやすい構成になっている。

(Amazon書籍紹介より引用)

 議論が生じるとすれば、本書に付属する「SF沼の地図」という4象限マップだろう。縦軸(x軸)にFiction、横軸(y軸)にScienceを置き、(x,y)=第1象限(light,scientific)、第2象限(light,speculative)、第3象限(heavy,speculative)、第4象限(heavy,scientific)と分けSF作品をマップしている。こういう4象限マップは、ビジネスの世界でポートフォリオ分析としてよく用いられる。自社の位置がどこにあり、どういう強みと弱みがあり、今後どの方向に進むべきかの指標とするためだ。たいてい第1象限がベスト(あるべき姿)、第3象限がワースト(撤退すべき領域)となる。

 しかし、著者はxy軸に2つの意味を持たせている。たとえば、fictionのlight(リーダビリティー高い?)は上にあるが、下側のheavy(概念的/抽象的で難易度高い?)に勝るとはしていない。science軸も同様だ。ではこのマップに置かれたSFには、どういう意味があるのか。第1象限(右上)=科学的で読みやすい、第3象限(左下)=思索的で抽象度が高いとすると、入門者はまず第1象限を選ぶだろう(同じ読みやすさでも、第2象限は作品が少なすぎる)。実際、第1象限にある『プロジェクト・ヘイル・メアリー』が最初に読む本として推奨されている。

 とはいえ『幼年期の終わり』と『竜の卵』がfiction軸のゼロ点(中央)で、かつscience軸の左右両端にあったり、『スターメイカー』がscience軸のゼロ点にあるというのは、ちょっと違和感のある位置付けと思える。『宇宙・肉体・悪魔』(第4象限の右下)と『スターメイカー』や『幼年期の終わり』は1つのくくりとみなすことができるからだ。冬木糸一が自身の原点だとする『戦闘妖精 雪風(改)』をxy軸の交差するゼロゼロ点(基準点)に置き、そこから相対的な位置に作品を並べれば、もっと納得できたかもしれない。小説は絶対座標など持たないので、相対的にしか比較できないのだ。

デザイン:北村卓也

【今、ここ】の作家を優先。
 過去の素晴らしい作家でも、今、本が手に入るかどうかを考える。もしくは今につながる流れの中にいるかどうか。
(中略)その上で、作家紹介のライター陣はなるべく新しい、やる気のある人にお願いする。
(中略)つまり、徹底して、今のSFを知るための1冊、という切り口になった。

まえがき(池澤春菜)

 目次は以下のようになっている。歴史概説があって、作家紹介、世界の状況、映像ジャンルとの関係やSF大会、ファンジン、出版社の内幕まであり、総合的な入門書として体裁は整っている。

はじめに(池澤春菜)
SF史概説(牧眞司)
作家紹介(海外)
 オクテイヴィア・E・バトラー/N・K・ジェミシン/メアリ・ロビネット・コワル/ケン・リュウ/パオロ・バチガルピ/アンディ・ウィアー/シルヴァン・ヌーヴェル/テッド・チャン/グレッグ・イーガン/劉慈欣(以上、見開き紹介)
 アン・レッキー/ジェフ・ヴァンダミア/チャイナ・ミエヴィル/コニー・ウィリス/サラ・ピンスカー/アーシュラ・K・ル・グウィン/ロイス・マクマスター・ビジョルド/ジョー・ウォルトン/ピーター・トライアス/ユーン・ハ・リー/キジ・ジョンスン/マーサ・ウェルズ/ニール・スティーヴンスン/フィリップ・リーヴ/ピーター・ワッツ/アーカディ・マーティーン/アイザック・アシモフ/クリストファー・プリースト/キム・ヨチョプ/ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア/ラヴィ・ティドハー/ンネディ・オコラフォー/J・P・ホーガン/バリントン・J・ベイリー/コードウェイナー・スミス/ウィリアム・ギブスン/ロバート・A・ハインライン/カート・ヴォネガット・ジュニア/J・G・バラード/エイドリアン・チャイコフスキー/R・A・ラファティ/スタニスワフ・レム/アリエット・ド・ボダール/アレステア・レナルズ/オースン・スコット・カード/アーサー・C・クラーク/P・K・ディック/チャーリー・ジェーン・アンダーズ/マーガレット・アトウッド/カズオ・イシグロ(単ページ紹介)
近年の日本SF(小川哲)
作家紹介(国内)
 柴田勝家/伊藤計劃/飛浩隆/伴名練/酉島伝法/小川哲/藤井太洋/円城塔/高山羽根子/宮内悠介(見開き紹介)
 山本弘/春暮康一/三島浩司/上田早夕里/柞刈湯葉/津久井五月/田中芳樹/菅浩江/津原泰水/谷甲州/小林泰三/新井素子/月村了衛/森岡浩之/野﨑まど/林譲治/冲方丁/小川一水/宮澤伊織/石川宗生/長谷敏司/牧野修/上遠野浩平/小松左京/星新一/筒井康隆/光瀬龍/眉村卓/夢枕獏/神林長平/梶尾真治/山田正紀/空木春宵/新城カズマ/樋口恭介/北野勇作/草野原々/オキシタケヒコ/ユキミ・オガワ/高島雄哉(単ページ紹介)
ガイド
 花開くアジアのSF(立原透耶)
 非英語圏SF(橋本輝幸)
 アンソロジーのすすめ(日下三蔵)
 最新SF小説原作映像化事情(堺三保)
 ライトノベルに確固たるジャンル築くSF(タニグチリウイチ)
コラム
 アフロフューチャリズムとは(丸屋九兵衛)
 現代日本のジェンダーSF(水上文)
 ゲンロン 大森望 SF創作講座(大森望)
 世界のSF賞(大森望)
 プロ/アマの垣根を超えたウェブジンとファンジンの世界(井上彼方)
 SFファンダムとコンベンション(藤井太洋)
 対話のためのSFプロトタイピング(宮本道人)
 SF編集者座談会──そこが知りたい翻訳SF出版

 21世紀になってから本格紹介された、非白人/マイノリティなど新しい作家たち、ケン・リュウ/テッド・チャン/イーガンなど新定番作家を含める一方、アシモフ/クラーク/ハインライン、バラード/レム、コードウェイナー・スミス/ティプトリーや、ビジョルド/ホーガンなど旧定番作家も落とさないというバランス感覚のある選択。日本作家でも同様で、草創期の第1世代、中堅から新世代の各種文学賞作家と、広い範囲を(漏れなくとまでは言えないにせよ)カバーしている。その点は抜かりなく考えられていると思う。

 経歴/受賞歴/書誌など、データ記述にばらつきがあるのが気になるものの、そもそも割り当て枚数が原稿用紙3枚(見開き2ページ)~短いものは1枚ちょっとと少ないのが制約になっている。ページ数200ページ弱(300枚余)に、作家100人紹介+コラム・サマリー(ガイド)15編と盛りだくさんな記事が詰め込まれているからだ。あくまでも触りを知るためのガイドブックなので、自分好みの作家を選ぶ起点にしてくれ、というスタンスなのだろう。

 書き手は1990年~ゼロ年代生まれの若手中心でフレッシュだ。コラムやガイド記事に一部ベテランが顔を出すが、いっそのこと50歳以上はすっきりオミットした方が趣旨通り(今、ここ)でよかったかもしれない。ところで、活動年代でも年齢順でも50音順でもない、この作家掲載順序には何か意味があるのだろうか。何らかのスコアに基づいているのかもしれないが。

陸 秋槎『ガーンズバック変換』早川書房

Gernsback Transform and Other Stories,2023(阿井幸作、稲村文吾、大久保洋子訳)

装画:掃除朋具
装幀:早川書房デザイン室

 1988年北京市で生まれ、現在日本の金沢市に在住する中国人ミステリ作家 陸秋槎(りくしゅうさ、ルー・チュウチャ)による初のSF短編集である。日本オリジナルで編まれ、書下ろしや初翻訳を含む8作品を収めたもの。

 サンクチュアリ(書下ろし)著名なファンタジー作家がスランプに陥り、急遽シリーズもののゴーストライターとなったわたしは、作家が書けなくなった本当の理由を知る。
 物語の歌い手(書下ろし)中世のフランス。修道院で病に倒れ地元に戻った貴族の娘は、城で詩を披露する中身のない吟遊詩人たちに飽き足らず、自ら吟遊詩人の扮装に身をやつし街々を旅して歩く。
 三つの演奏会用練習曲(2021*)ノルウェーで続く迂言詩(ケニンガル)、シャーラダー(カシミール)を揺るがした『麗姫百頌(カニヤーシャタカ)』、アルテイア島で毎日謳われる神歌、以上3つの物語。
 開かれた世界から有限宇宙へ(2023)スマホゲームのシナリオライターが、社運を賭けた新プロジェクトのカリスマプロデューサーから、ゲーム内の矛盾する設定に合理的な意味付けをするよう要望される。安易な答えは絶対に許されないのだ。
 インディアン・ロープ・トリックとヴァジュラナーガ(2021)インド魔術のネタにインディアン・ロープというものがある。蛇が直立してロープになるトリックなのだが、さまざまな文献によって蛇の実在が示唆される(『異常論文』)
 ハインリヒ・バナールの文学的肖像(2020)20世紀初頭のオーストリア、ホーフマンスタールと同時代の作家にバナールがいた。凡庸で冗長な劇作家だったがナチスの台頭とともに頭角を現し、やがてあるSF映画の脚本により破滅に追い込まれる。
 ガーンズバック変換(2022*)未成年者がスマホやPC画面を見ることを禁じた香川県。高校生の主人公は、ガーンズバックV型の遮断型眼鏡をかけている。大阪の友人を頼って、無効化されたレプリカ眼鏡を入手しようとするのだが。
 色のない緑(2019)親友が亡くなる。グラマースクール時代に知り合った3人の中の1人だ。彼女は計算言語学者で、700ページに及ぶ論文を完成させたばかりだった。しかし、その論文は学会から却下されていた。
*:初訳

 ミステリ作家が書いたSF短編集というと、西澤保彦マリオネット・エンジン』貴志祐介『罪人の選択』、著者あとがきにも出てくる法月綸太郎『ノックス・マシン』などが思い浮かぶ。どの作家もSFファンだった過去を持つが、(アイデアの処理法に)トラディショナルなSFの手法を用いるか、手慣れたミステリの手法を援用するかで出来上がりの雰囲気は異なる。貴志祐介は前者(長編になるが熊谷達也『孤立宇宙』もそうだろう)、西澤保彦と法月綸太郎は後者になる。特に『ノックス・マシン』はミステリ作家が書いたSFの究極の姿といえる。

 それでは、陸秋槎はどうなのか。「サンクチュアリ」「開かれた世界から有限宇宙へ」「色のない緑」は、それぞれ謎(書けない理由、ゲーム世界の設定、友人の死)が提示され解決されるので、SFのアイデアをミステリ的に処理したと言えなくもない。ところが、どれも事件解決! 的なカタストロフはなく、諦観を込めた終わり方なのだ。さらに、「物語の歌い手」「三つの演奏会用練習曲」は自在な物語だけがあるという短編で、エキゾチックな登場人物の人生の切片のように読めるし、「インディアン・ロープ・トリックとヴァジュラナーガ」「ハインリヒ・バナールの文学的肖像」は異常論文というより、本物らしさを増した架空評論だろう。

 表題作「ガーンズバック変換」はラノベに近い青春ドラマだ。どんな制約下でも生きていこうとする、主人公の思いに読みどころがある。過去にとらわれず、現在を自由に取り込める若さも清々しい。結局のところ、その自由さが陸秋槎と既存のSFミステリとの違いと思われる。ミステリ作家の経験の上に書かれたSFには、大なり小なり過去のSF体験=古い記憶やミステリのスキルが映り込む。著者の場合(まだ)そういう縛りは生まれておらず、ミステリ・SF・文学のどこでもあり/どこでもない作品となっているのが面白い。

塩崎ツトム『ダイダロス』早川書房

装幀:坂野公一(welle design)
装画:(c)Adobe Stock

 第10回ハヤカワSFコンテスト特別賞受賞作。著者の塩崎ツトムは、第9回の最終候補に続き今回は特別賞を受賞した。

 1973年、ブラジル西部のマット・グロッソ州で、ユダヤ人の文化人類学者と医師が、ボリビア国境近くの密林へと分け入ろうとしている。奥地には未知のインディオ種族だけでなく、日系移民のカチグミ過激派(大日本帝国の敗戦を信じず、マケグミにテロ行為を企てる)も潜んでいるらしい。だが、彼らには新大陸に逃れたナチスの大物を狩るという別の目的もあった。

 文化人類学者はレヴィ・ストロースの弟子、医師はアル中で失敗を繰り返しており起死回生を図ろうとしている。そこにジャーナリスト志望の日系青年、ナチスやソ連で非人道的研究を続けていた科学者、カチグミの首魁と取り巻きたち、その娘と正体のしれない孫たちが絡む。

 選考委員の選評は以下のようである。

選考会ではSFとしての驚きにかけるとの指摘が相次ぎ、特別賞に甘んじたが、裏返せばSFの枠に収まらない魅力があるともいえよう。(中略)マジックリアリズムの秀作として幅広い読者に届くと期待したい。

東浩紀

見事な物語であり、広く読者に知らせないわけにはいかなかった。しかしながら、「SF」を賞する本コンテストが、この作品を適切に賞せられるかどうかの問題があり、特別賞とした。

小川一水

力強い作品。ぐいぐい読ませる。衒学的でもある。トカゲ肌の少女の湖上シーンなど、美しさもある。特別賞には納得です。

菅浩江

 この作品にも別の見解がある。

作者の創作動機は「面白いエンタメが書きたい」だろう。それは、実現されている。だが、新しさはない。(中略)しかしエンタメの書き手としての力量を否定してのことではないので、この作品を世に出すことには反対しない。

神林長平

 本書は、冗長すぎるとの編集者を含む各委員からの指摘に基づいて、大きく改稿が行われている(それでも750枚を超える)。物語では、探検に挑む二人のユダヤ人(三人称)、暴力的な本能に翻弄される異形の人物(一人称)、ナチス科学者が優生思想を語りカチグミの日系人首魁が心情を語る断章(それぞれの一人称)など、複数の視点が混ざり合っている。確かにマジックリアリズム的な混沌とした雰囲気は感じられる。著者の語りには、もともと饒舌さ(ラテン的?)があるのだと思われる。

 その一方、物語末尾(順序が逆転したプロローグとエピローグ)で提示される現代へとつながるテーマは、本文と乖離しているように見える。もともと本書は陰謀論=フェイクを描くものではなく、荒唐無稽ながらリアルな物語なのだが、マジックリアリズムをより現実的な舞台へと移行させるため、あえて置かれたものかもしれない。