辻村七子『博士とマリア』早川書房

イラスト:赤河左岸
デザイン:BALCOLONY.

 25年末に出た200ページ余のコンパクトな文庫。SFマガジン2025年2月~8月号に連載された作品を加筆し、新たに1章(最終章)を書き下ろした連作短編集である。表紙イラストにあるとおり、博士と呼ばれる医者とロボットマリアⅡのコンビが主人公。2人は私設病院船に乗って各地を巡っていく。

 帰ってきた魚男:魚鱗癬が出たダイバーは家族のために体を改造している。博士は根治のためには廃業も考えろと説くが。ナルシスの肖像:自身の美しさに固執する男は、ある日理想的な容貌の男を見つけ、その美を横取りしたいと考える。殻むき工場船から:洋上に浮かぶ真珠の加工船で、過酷な低賃金労働にあえぐ工員が抗議の声を上げる。オンブラ・マイ・フ:病院船が海賊に包囲され、首領が乗り込んで自分の要求を通すように強要する。マリア:マリアと博士とは何ものなのか。その出自の秘密が明らかにされる。

 何千年かの未来、世界は水没し巨大企業HAPが社会経済を支配している。人々の大半は貧困層に沈み、一方、不老不死(アンチ・エイジング)を求める富裕層もいる。博士たちはかつてHAPの研究施設で先端技術開発に携わっていた。本書ではベーシックな人間と機械、人体改造による生物と非生物の差異、ルッキズムや老化と若さの問題が取り上げられている。

 設定は1950~60年代に書かれたラインスターの《メド・シップ》とよく似ている。日本でなら椎名誠を思わせるが、あの世界の登場人物ほど倫理観は壊れていない。そういう点では安心して読めるし、現在の問題をリニアに敷衍した社会なので違和感も少ないだろう。最終章での意外なひと工夫も面白い。

大滝瓶太『花ざかりの方程式』河出書房新社

装丁:アルビレオ
イラスト:北村みなみ

 著者は1986年生まれ。理系の大学院博士課程を(博士論文を出さず)単位取得満期退学した経歴を持つ。熱力学と統計力学を専門としていたが「いまさら『理系作家』みたいな看板を掲げるつもりもない」とも書く。本書は9編の短編を含む。内4編は惑星と口笛ブックスから出た電子版の短編集に含まれるもの、他は「たべるのがおそい」や『異常論文』、早稲田文学、SFマガジンなどでの発表作である。

 未来までまだ遠い(2018)幼なじみの2人が夜空を見上げている。ハーフパンツの科学者がテレビの中で、あらゆる時間が粒子となって宇宙を飛び回っていると解説する。
 騎士たちの可能なすべての沈黙(2017)ブルバキと議論を交わすほどの数学者の父は、農耕を議論する空間の23の公理を打ち立てた。農耕空間は108次元なのだ。
 ソナタ・ルナティカOp.69(2017)そのギター独奏曲は定番中の定番でありながら、究極の退屈を備えていた。作曲した音楽家はエリック・サティと出会うが。
 誘い笑い(2018)就活に興味がない主人公は、70年代に結成された夫婦漫才師のお笑いにのめり込んでいく。その漫才師はカルヴィーノのある小説を暗唱する。
 ザムザの羽(2021)数学者ザムザが発表したゲーデル風の二つの命題は、カフカの『変身』にまつわるものだった。アンソロジイ『異常論文』収録作。
 演算信仰(2017)計算科学を専攻する学生が東京オリンピックで自爆テロを起こす。その部屋には演算信仰の起源とされる「この世の全てを算出する理論」がある。
 コロニアルタイム(2017)未来から来た人とわたしは話をする。あらゆる時間を断片的に映画にする人、いたかもしれないおとうと、ロケットの計画。
 白い壁、緑の扉(2021)小説を書けなくなった主人公は、1人の友人に相談を持ちかける。ウェルズの古典短編を作中に埋め込んだコラージュ作品。
 花ざかりの方程式(2020)父親は計算工学を専攻していたが、今は言語学者だった。母と離婚したあとに2人の子どもたちがいたのだが。

 各物語に関連性はないが、カニーノのソナタ・ルナティカOp.69、アイゲンベクターの完全演算定理(「外部空間の内在化と計算可能問題への応用」)とオラクル理論、数学者岡崎忠邦、桜塚八雲などの固有名詞は共通して出てくる。どれもが、ラプラスの魔の存在を証明する「完全演算定理」の存在が前提となり、未来が操作可能=確定できる世界なのが特長である。

 とはいえ、この凄さはなかなかに難解で、誰もが理解できるとは言えまい。評者にもよく分からない。推薦文も何のことか分からず、版元の紹介文もかなり苦しんでいる。初期の頃の円城塔と雰囲気は似ているものの、一般読者にとってはシュールな表現としか思えないかもしれない。理解よりイメージで読む、実験小説的な読み方が正解に近いのではないか。

椎名誠『超巨大歩行機ゴリアテ』集英社

イラスト:たむらしげる

 文芸誌すばるに分載された一連の短編を収める、椎名誠の「超常小説」集。それぞれ《北政府》もののシリーズに属する短編で、おなじみ元傭兵の灰汁(あく)が登場するお話と、そうでないものが混在する。ヒトや半分機械化したヒト、全くヒトではない奇怪な生き物が跋扈する舞台設定は共通する。

 逢海人のテーブルダンス(2022)ひなびた町の「電気屋」を査察点検で訪れた私は、年に数度しか開かれないぬくい一座のお披露目を目にすることになる。
 天竺屋奇譚(2024)道端バクチの最中に昏倒した灰汁は、トバク師の親父に助けられ中華系の食堂で、自分が懸賞金付きのお尋ね者となっていることを知る。
 廃棄監視塔(2023)灰汁はナンバーワンのスナイパーに追われ、コンビを組む戦闘機械人間ガギと塔のある国境付近まで来る。
 ガングリオ山脈の垂直壁(2023)超巨大歩行機ゴリアテは、乗客5人を載せてガングリオ峠を越す。おれはその一員だったが、深い雪と垂直の壁が障碍だった。
 ニンゲン証拠博物館(2023)灰汁とガギは行き倒れたゴリアテを見つけ、その先にある戦争博物館に向かう。
 キャタピラ牛と鳥人間との旅(2024)トバクで大勝ちした灰汁は機械牛を手に入れる。翌日、金に糸目を付けないという金持ちを同乗させるが。

 「逢海人のテーブルダンス」と「ガングリオ山脈の垂直壁」は一人称で書かれていて、灰汁は出てこない。小道具(逢海人)大道具(ゴリアテ)が間接的に関係する。冒頭作のみ中編で他の作品はどれも短くオープンエンドで終わっており、全体として緩やかに結びついている(文芸誌読者は明確な結末を求めない)。独特の単語と固有名詞が駆使され(その点は酉島伝法とも共通する)、まったくの奇想世界なのに違和感なく読めるのは、『アド・バード』以来36年も続く「超常小説」の累積効果なのかもしれない。

林譲治『地球壮年期の終わり』早川書房

Cover Illustration:緒賀岳志
Cover Design:岩郷重力+Y.S

 林譲治によるファーストコンタクトテーマの書下ろし長編。ハヤカワ文庫の《知能侵蝕》は2030年代末が舞台だった。本書でも、2034年とごく近い未来に異星人による侵略が起こる。

 北アフリカ、スエズ運河近くの紛争地帯で、有志国連合のトラック運転をしていた主人公は、車列がドローン攻撃を受け砂漠の中で孤立する。そこで、宇宙人と称する巨体の何ものかと遭遇する。宇宙人は悪びれもせず、自分たちは地球を侵略するために来たのだと説明する。

 この物語には3人の主役級が登場する。1人が運転手だった男、1人が地中海の民間病院船で救助ヘリパイロットを務める女、もう1人はある組織を裏切ったため日本国内を逃亡中の女。3人は日本人なのだが、その出自には共通点があった。

 飄々としてユーモラスでもある宇宙人たちは、侵略の意図をまったく隠さない。宇宙人と地球人とでは、特に情報処理能力に圧倒的な格差があり、地球の兵器や科学技術では太刀打ちできないのだ。それでも、なぜか彼らは即時の侵攻を試みようとはしない。どういう意図があるのだろうか。3人は、それぞれの立場で宇宙人と(自動翻訳機を介して)対話しながら、とある場所で出会うことになる。

 主人公たちはパレスチナと深く関係している。本書の背景にはガザで起こっているジェノサイドや、アメリカ主導の難民強制移住計画がある。あの戦争により、民族や文化の対立、狂信的なナショナリズムやテロ、軍事力による暴力や強制など、現代の人間社会の持つ非寛容さ/不完全さがあからさまになった。そういった諸々を超越する存在/装置として登場するのが宇宙人なのだ。しかし、彼らはクラークの『幼年期の終わり』のように、地球を指導するオーバーロードとはならない。理由は物語の最後で語られる。標題の『壮年期の終わり』もそのことを暗示するのだろう。

土形亜理『みずうみの満ちるまで』早川書房

装画:萩結
装幀:田中久子

 第13回ハヤカワSFコンテスト特別賞受賞作。著者は1980年生まれで、本作がデビュー作となる。版元に本作の専用ページができている。最近のコンテスト受賞作は、たとえ地球規模の問題でも個人の視点からミニマムに描く「新たなセカイ系(シン・セカイ系)」とでもいえる作品が目立つ。ただし、そのセカイは地球温暖化と民族/難民差別というリアルなものに直結する。

 〈ヘヴンズガーデン〉は近未来のどこかに置かれた、ある種のホスピスである。温暖化の影響が及ばないグリーンフィールズにあり、湖に面した低層の建物〈パレス〉と緑に包まれた森からなる。ここにやってくる超富裕層の人々は、巨額の財産をすべて寄付して安らかな/希望通りの死を選ぶのだ。それが自治区の収入となり、受け入れる難民の保護に充てられる。主人公は施設で働くコーディネーターだった。

 ホスピスと言っても、ここでは肉体的な苦痛を和らげるのではなく、精神的な苦しみや罪悪感を贖罪する。地球温暖化がさらに進んだ世界、居住可能な地域は縮減し大量の難民が発生する。富裕層は快適さが残る北か、超高層のタワーに閉じこもり、難民を排除する。そこに難民を受け入れる自治区が作られ、篤志家(富裕層の一部)の財産贈与で運営がなされる。

 主人公はさまざまなゲストを迎えて自死するまでの要望を聞き、施設に勤める従業員や三毛猫の姿をした管理人と交流する。彼らの厳しい境遇は、物語の中で徐々に明らかになっていく。優しい登場人物ばかりだが、物語の全体に死と破滅の影が見え隠れる。リアルさをちょっと踏み越えた設定(ヘヴンズガーデン)、数奇な運命を経た人物の心の機微(弱さや精神的外傷)を描き出す手法は、菅浩江の《博物館惑星》を思わせる。

 選考委員の評価(抜粋)は以下の通り。小川一水:この締めくくりが主人公にとって幸福なものなのかそうでないのか、わからない。未知を残した余韻に感嘆して、改めて大賞に推した。神林長平:いつなのか、本当にそういう時が来るのかは、だれにもわからない。このわかりにくい書き方が、〈物語の力〉を殺いでいる。菅浩江:「主人公の魂の落ち着き先」=「読者の納得」は明確に打ち出した方がよかったと思います。ですが、わたしはこの雰囲気がとても好きでした。塩澤快浩:これは果たして小説なのか、死に向かう人たちのドキュメントに過ぎないのでは、という疑問が生じてしまった。ただ、メッセージとしての強さは比類ないものがある。

 関元聡の作品と同様、審査員の見解は概ね一致している。この作品では、結末の「わかりにくさ」が難だった。単行本化の段階で改善されたと言えるが、まだモヤモヤするのは、全体のトーンが死=救いのように読めてしまうからだろう。死ではなかったとしても、果たして主人公は救済されたのか。

佐々木譲『偽装同盟』/『分裂蜂起』集英社

装幀:泉沢光雄(書影は電子書籍版)

 『抵抗都市』から始まった《歴史改変警察小説3部作》が『分裂蜂起』で完結したので、前作『偽装同盟』と併せて紹介する。2018年から始まった3部作だが、『偽装同盟』は小説すばる2021年1月~8月連載、『分裂蜂起』は同誌2024年11月~25年8月に連載されたもので、合わせて7年間に渡る大作となった。他に、枝編とも呼べる『帝国の弔砲』などもある。

偽装同盟:1917年の3月、主人公の特務巡査は1人の女性が絞殺された事件を追っていた。洋装で外傷もなく売春をしているようでもない。ロシア人将校の犯行を疑わせる事件だったが確実な証拠がなかった。あったとしても統監府が絡むと問題がこじれる。折しも、大戦が膠着状態にあったロシア帝国で革命が勃発する(ロシア暦二月革命)。

分裂蜂起:1917年11月、川に浮かんだ死体の身元を探る主人公は、潜入捜査を試みる中で、ロシア資本の工場で起こった大規模な労働争議のただ中に巻き込まれる。ロシアでは評議会(ソビエト)を旗印に掲げる過激派のボルシェビキが政権を奪取(ロシア暦十月革命)、駐留ロシア軍も翌年には撤収することが決まり、日本社会は大きな変動期を迎えていた。

 日露戦争敗戦11年後からの3部作で、旅順帰りで戦傷に苦しむ特務巡査(刑事に相当)の2年間が描かれる。民間の殺人事件を担当していても、その背景には日本やロシア政府の政治的な思惑が見え隠れる。本書の場合は、時代設定の稠密さが特徴だろう。事実上の占領下、地名もロシア化され、工場経営者や技術者、軍人など3万余のロシア人が在留する東京の風景。一般市民も、経済的に豊かなロシア文化に憧れる。ロシア語が氾濫するようになった東京界隈は(米軍占領下日本のアナロジーとはいえ)異国感が増して印象深い。

 大正期、女子の労働はまだ限定的/抑圧的だったし、貧富の差は次第に大きくなり、労働争議は待遇改善を訴えるだけでも犯罪とされた。そういった社会情勢下、日本の高等警察(特高警察)やロシア保安課から干渉を受けながら、ストイックに自身の役割を貫く主人公がなかなか渋い。政治が背景に見え隠れしても、この3部作あくまでも警察小説なのだ。ロシアが去った後の日本は、しだいに元来た歴史へと収斂していく。また違う道もあるのではないかと夢想する。

斧田小夜『では人類、ごきげんよう』東京創元社

Cover Illustration:riya
Cover Design:岩郷重力+T.K

 第10回創元SF短編賞(2019)受賞作「飲鴆止渇」を含む6作品を収めた短編集。紙魚の手帖、ミステリーズ!、《NOVA》などでの掲載作と書下ろし表題作を含む。受賞後時間を経ているが、著者はその間にも着実に作品を書いてきた。本書は2022年に出た『ギークに銃はいらない』に続く第2短編集となる。

 麒麟の一生(2023)ヤマタノオロチから酒を学んだ彼は、漢の武帝の元に降り立ち、白馬の麒麟として崇められる。ところが酒を呑むばかりで何の役にも立たない。
 飲鴆止渇(2021)田舎出身で兵士となった主人公は、首都の警備のため民衆で埋め尽くされた広場に派遣される。やがて、その上空に羽に猛毒を持つ巨鳥、鴆(ちん)が舞う。
 ほいち(2024)赤間神社の駐車場に駐車禁止の張り紙で覆われた車が見つかる。ここは耳なし芳一の怪談で有名なところだが、なぜ自動運転車がそんなことに。
 デュ先生なら右心房にいる(2023)開発基地で人がもっとも行き来する右心房に、変わった老医師がいる。かつて開発に必須とされた宇宙ロバ驢䍺(ロカ)の専門家なのだ。
 海闊天空(2021)南の海底都市から離れ、北の再生工場で働くようになった少女は、やがて遊牧民の青年と結ばれ子どもを作る。その子が土に埋まっていた像を掘り出す。
 では人類、ごきげんよう(書下し)太陽系外から飛来し、小惑星帯で自立的に停止したアンノウンを探るべく、プロジェクト・イリスから人工知能が派遣される。

 ファンタジイかと思うと焦点はそこにはなく(冒頭の作品では、ヤマタノオロチ、漢の武帝と続いてから結末で急転する)、寓話なのかと思っていると政治的な近未来サスペンスとなったりする。高山羽根子にも意外性はあったが、著者のベースはIT/理系なので、SFだったらこうなるはずだとの常識を外しにかかる。自動運転車が耳なし芳一になる「ほいち」もそうだが、表題作は特に顕著だろう。長大で極薄の物体とのファーストコンタクト、壮大な探査プロジェクトの発動、人工知能(「弊機」のような独白)の登場ときて、アンノウンの目的がこれ……となるのは、やっぱり著者独特の発想力なのだと思う。

関口聡『摂氏千度、五万気圧』早川書房

Cover Illustration:富安健一郎
Cover Design:岩郷重力+S.I

 第13回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作。今回は大賞はなく、優秀賞と特別賞各1作という結果だった。著者の関元聡は、既に短編での受賞歴(第9回第10回の星新一賞グランプリ)がありアンソロジイへの寄稿もしているプロの作家である。どんな長編を書くのかと注目度も高かった。

 温暖化が進む地球にどこからともなく宇宙船が現われ、各地に断熱密閉ドーム「コクーン」を建造してまた飛び去る。それは灼熱地獄から人類を生存させる砦となり、宇宙船は〈救済者〉と呼ばれるようになった。しかし、気温が100度近くまで上昇するドーム外の環境では人類は生き残れず、コクーン内のエリートたちを残して死滅してしまう。それから数百年経った未来、世界各地のコクーンからの通信が次々と途絶する異変が起こっていた。

 この時代の地球は、しかし死の世界ではない。高温に適応した動植物が繁栄し、特殊な生存能力を秘めた女系種族も生きていた。物語はそんな女系種族の2人、コクーンの科学者である1人の女性を軸に進む。火星のテラフォーミングなどをちりばめながら、異変の真相を探る物語でもある。

 選考委員の評価(抜粋)は以下の通り。小川一水:変わり果てた未来世界での、黙示録的な長旅の風景はSFというに相応しく、やや複雑だが構成力に富んだ話作りを認めて全員が一定の評点を付けた。神林長平:ストーリーはよく出来ていて構成も上手いのだが、この物語の設定を読者に納得させる力が弱い。菅浩江:真っ向勝負のSFで嬉しかったです。(中略)文章表現も巧み、ネタもよく処理もよい。細かい傷をつぶした後の書籍化が楽しみです。塩澤快浩:SF的なアイデアや精緻な自然描写は素晴らしかった。一方で(中略)クライマックスへ向かっていく感興に乏しい点が残念だった。

 長所、短所に対する指摘については、各選考委員の意見はほぼ一致しているようだ。修正ポイントは明らかなので、書籍化された本書はどうなのかと思って読んでみた。標題はクレメント的なハードSFを連想させるが、そういうものより人間寄りの物語である。超温暖世界で特殊進化した人類(特殊化された地球)と、火星に行くしかない旧来の人間とが共存できるのか。それはまた、過酷な母系社会の母娘と、文字通り閉じられた旧社会の父娘との相克をも描く。この著者の場合、興味の中心は「物理」よりも「環境」にあるのだろう。そういう本来のテーマがより明瞭に示された仕上がりだった。

酉島伝法『無常商店街』東京創元社

Cover Illustration:カシワイ
Cover Design:小柳萌加(next door design)

 「紙魚の手帖」掲載の2作品に、書下ろし中編を加えた連作中短編集である。舞台はこれまでのような異星ではないが、われわれの知る日常とは異なる「無常」の世界。今回の登場人物は異形の姿でこそないけれど、やはりふつうの人ではない。異能を秘めた人間なのだ。

 無常商店街(2021)翻訳家を職業としている主人公は、アパートで猫の面倒を見るよう姉から命じられる。無常商店街の調査に行って留守になるからという。アパートは浮図市掌紋町にあるが、厚生労働省の要観察地域になっているらしい。
 蓋互山、葢互山(2024)町が気に入って住むことにした主人公に、姉から今度は商店街の奥底で人を惑わす黒縁眼鏡の男を引きづり出せと指示が下る。その男を連れて行く先が不束市にある蓋互山なのだ。
 野辺浜の送り火(書下ろし)主人公は、またも姉に今度は海辺の千重波市野辺浜町へと呼び出される。しかも式典に出席する準備をしていけとの伝言が。何の式典なのかは分らない。目的地は海鮮を扱う賑やかな商店街を抜けた先にあった。

 無常商店街は次々と姿を変える。うかつに深部に踏み込むと二度と元へは戻れない。(ある種の)次元断層(のようなもの)を転がり落ちていくと、地名どころか言葉も、土地の習俗さえもが変化し、得体の知れないものが次々湧き出てくる。そこを主人公は(よく分らない)異能によって切り抜けていく。

 「皆勤の徒」は著者が勤め人だった頃の体験が魔改造されたもの、『宿借りの星』は人類の未来と地続きだった。つまり、異様には見えても現存する世界との接点がある。本書でも、著者が世界を旅して体験した異文化(イスタンブール)や東尋坊商店街とかが創造の源になっている(巻末対談を参照)。連作集『ゆきあってしあさって』で夢想した架空の都市を、活気があった時代の庶民的な商店街や、ローカルな観光地の光景に投影した作品といえる。そういう意味では今どきの怪談に近いが、日本的な因縁話には(なりそうで)ならない。

高田漣『街の彼方の空遠く』河出書房新社

装幀:大島衣堤亜
装画:マッチロ

 6月に出た本。音楽のマルチプレーヤー高田漣による初の長編小説である。「SF的青春私小説」とあるので読んでみた。全部で3幕(章)から構成されており、第2幕、第1幕、第3幕の順番で「ケヤキブンガク」に発表し(《吉祥寺三部作》と称している)、さらに補筆(幕間を追加)改稿したものという。

 キャプテン・フューチャーへの救助信号を夢想する少年で幕が開く。1994年7月、主人公は『44/45』と記されたフロッピーをサンプリングする。そこから、1942年のドイツで原子爆弾を開発する研究者が日本視察を命じられる物語や、どことも知れない異世界/並行世界/近未来で永遠の生と引き換えに生存権を失う市民たちのお話が断片となって現われてくる。

 90年代末(世紀末)の高円寺、吉祥寺、三鷹などの風俗描写、音楽シーンは通奏低音のように作品全体に広がっている。一方、第2幕では、1921年から始まるエピソードと近未来の物語の短章に文学作品や歌の表題がランダムに付けられ、第3幕では、サンプリングマシンのパラメータ設定コマンドがそこに重なり合ったりする。

 確かにSF的フィクションと私的体験(これもフィクションかも)とが混じり合っている。幻想と現実とが(章立てされているとはいえ)シームレスに溶け合っていて判然としないが、吉祥寺界隈とか90年代音楽とか、それらに親しみ/ルーツを持つ読者には(基盤となるリアルがあるから)最適な案配かもしれない。ある意味、読み手を選ぶ作品だろうと思う。