小川哲『地図と拳』集英社

装丁:川名潤

 2018年に現地取材から取りかかり、「小説すばる」で22回にわたって連載された大作。600ページ1200枚弱に及ぶ分量はあるが、リーダビリティーはとても高く快調に読み進められる。満州にある架空の都市、李家鎮=仙桃城のおよそ半世紀が物語の舞台となる。

 1899年、松花江からロシアが勢力を伸ばす満州へと船旅をする2人の日本人がいた。彼らは商人を装い、南進するロシアの動静を探ろうとしていたのだ。一方、ロシア人の神父は、教会を建てた李家鎮で未来を見通す千里眼を有する異能者と知り合う。やがて、日露戦争が始まるが……。

 日露戦争、満州国建国、日中戦争、そして敗戦までは45年余しかない。だが、清朝から中華民国に移る間も、常に何らかの紛争が続いていた。ロシアが退場した後は、日本が中国東北部侵攻の主役だった。李家鎮はそんな満州の中央に位置しており、日本人や特権階級のために仙桃城と名前を変える。

 クロニクルにつきものの、奇妙な(個性的な)人々が登場する。牧師は元地図測量者という設定だし、肌で感じる風と湿度から天気を正確に予測する男や、抗日ゲリラで異能者の娘、地下で活動する党の活動家や指導者たち(肯定的には描かれない)などなど、裏切りを企む卑怯者や、現地人を人と思わぬ非道な憲兵、事務的で冷徹な満鉄社員までが描かれる。

 (物語の大小を問わず)プロットをあらかじめ立てないで書くと称する作者らしく、最初に想定したマルケスのマコンド(『百年の孤独』)からは外れ、莫言的な(マジックリアリズム風の)作品になったという。純粋な架空都市ものではないので、その点は読者の期待と異なるかも知れない。もともと、満州で計画された人工都市「大同都邑計画」(→仙桃城都邑計画)の小説化を編集者側から持ちかけられ、日中戦争の史実や開戦前に敗戦をシミュレーションした「総力戦研究所」(→戦争構造学研究所)などを取り込み、奔放に膨らませたものなのだ。

 本書では、都市計画や日中戦争に限らず、戦争の意味が論じられる。一方、満州が舞台であるが、異能者や現地人は端役だ。あくまでも、異国の架空都市で活動した建築家や学者、官僚、軍人、憲兵、満鉄職員(国策会社なので一種の公務員)ら、日本人の物語となっている。「地図と拳」の意味は、物語の中ほどで語られる。地図とは抽象的な国家を具現化するものであり、拳とはわずかな面積に過ぎない地図を奪い取るための暴力なのである。

井上彼方編『SFアンソロジー 新月/朧木果樹園の軌跡』社会評論社

装画・装幀:谷脇栗太

 SF専門のウェブメディアVG+(バゴプラ)が主催する第一回かぐやSFコンテスト(2020)、第二回かぐやSFコンテスト(2021)の受賞者、最終候補者、選外佳作となったメンバーからなる書下ろしアンソロジイである。全部で26作家/作品(掌編から短編まで)を収録する。社会評論社から発売されているが、レーベルはKaguya Booksで、今後もオリジナルの長編や短編集、アンソロジイを刊行していくという。

第一章 時を超えていく
 三方行成*「詐欺と免疫」詐欺で儲けた男の前に、未来からきたと称する時間泡が現われる。一階堂洋「偉業」説明癖のある彼女は、あるとき珊瑚の遺骸で画期的な発見をする。千葉集「擬狐偽故」トランスカルヴァニアのホテルで、わたしは希少なエリマキキツネと遭遇する。佐伯真洋*「かいじゅうたちのゆくところ」二ヶ月前に亡くなった祖母の遺品が、ひょろりとした怪獣によって届けられる。葦沢かもめ*「心、ガラス壜の中の君へ」オレンジ畑で働くロボットは、ある日ニンゲンの幼体と遭遇する。勝山海百合*「その笛みだりに吹くべからず」ロボットが見つけた箱の中から、滅んだ文明の笛が見つかる。

第二章 日常の向こう側
 原里実*「バベル」突然言語が散り散りになる。〈バベル〉が異常になったのだ。吉美駿一郎「盗まれた七五」川柳の趣味を持つ清掃員の主人公は、上の句より先が出ず苦しむ。佐々木倫「きつねのこんびに」コンビニのレジスタに、なぜか枯れ葉が混じるようになる。白川小六*「湿地」沼の周辺には半鳥人の巣があるが密猟が絶えなかった。宗方涼「声に乗せて」声を良くするという装置には謳い文句通りの性能があったが。大竹竜平*「キョムくんと一緒」買ったばかりのマンションの一室には、透明な虚無が存在する。赤坂パトリシア「くいのないくに」白金に輝く杭は子育てをするため動かないという。

第三章 どこまでも加速する
 淡中圏「冬の朝、出かける前に急いでセーターを着る話」セーターを着ようと頭を突っ込むと、中には得体の知れない生き物が住んでいて。もといもと「静かな隣人」ネルグイ星人が地球に来訪してから30年が経った。苦草堅一「握り八光年」ミシュラン2つ星の鮨屋の技は目にも停まらない。水町綜「星を打つ」はるかガニメデから投げられた星を反射塔が打つ。枯木枕*「私はあなたの光の馬」太陽の光を避けるために、息子の服も部屋も遮光されている。十三不塔*「火と火と火」特定計算機マルワーンによりすべての言葉が自動検閲される。

第四章 物語ることをやめない
 正井「朧木果樹園の軌跡」さかなは大きく育つとこの世界から旅立つのだという。武藤八葉「星はまだ旅の途中」主人公はイベントで演者オブジェクトに介入する役割だった。巨大健造「新しいタロット」洞窟の奥でタロットカードで占われる運命とは。坂崎かおる*「リトル・アーカイブス」二足歩行ロボットバイペッドによる戦闘で亡くなった兵士の母はその真相を探ろうとする。稲田一声*「人間が小説を書かなくなって」冒頭一文を書いただけで、AIは小説にしてしまう。泡國桂*「月の塔から飛び降りる」ぼくは月と地球とを結ぶ連絡トンネルを保守している。
*:ハヤカワSFコンテスト、創元SF短編賞、日経星新一賞など、かぐやSFコンテスト以外の小説に関する賞の受賞者・入賞者

 作品、作家数的には日本SF作家クラブ編のアンソロジイに匹敵する(共通する作家もいる)。三方行成や勝山海百合、十三不塔、赤坂パトリシアらはプロ出版の著作があるが、他でも賞の最終候補クラスが並んでいるので、そういった新人作家の受け皿になっているようだ。

 編者が述べているように、掌編小説はオンライン時代に求められている長さである。オンラインマガジンで、ちょうど一画面に収まる長さだからだ。スクロールしなくても読める。そこで起承転結が収まるのかだが、必ずしもそういったレギュレーションも必要条件ではない。

 本書では、全体的にフラットで静的な作品が多い。何か事件が起こり新規アイデアが提示され、しかし派手なアクションなどは伴わず、諦観を絡めたオープンエンドで終わる。破滅(人類の滅亡後とかはある)も虐殺もないというのは、ある意味一つの見識なのだろう。もしかすると、今の読者が求める基本要素なのかも知れない。

円城塔『ゴジラ S.P』集英社

装丁:秋山俊(クスグル)

 意外にも、著者の他の文芸書より、なお部数が少ないらしいアニメ『ゴジラ S.P』の小説版である。アニメの脚本も著者だったが、映像と小説はその特性上からも異なるものになる、という。評者は幸いにも(?)アニメ未見であるので、コンデンストノベルっぽく見えるのか、読んでみた。

 房総半島の南東に位置する逃尾(にがしお)市は、かつて村だったころより異変を呼び寄せる源だった。いまも紅塵が海に広がる中、空を舞う獣ラドンが姿を現す。ラドンは何回も大量発生、大量死滅を繰り返しながら急速に進化する。紅塵が彼らのエネルギー源らしいが、それを生み出す特異点があるようだ。しかも、特異点は一つではなかった。

 アニメーションのワンクール13話を、700枚余の小説に書くとしたらコンデンストノベル(濃縮小説)にならざるを得ない。しかし、アニメーションと違って、本書は小説であることを最大限に生かしている。ビジュアルなイメージ喚起に重点を置かず、ゴジラたちを生み出すアーキタイプ(シミュレーション上は安定して存在するが、現実世界での合成方法は不明の物質)の説明に多くを裂いているからだ。しかも、登場人物のセリフではなく、言葉や概念の意味を重視するのはいかにも著者らしい。また本書の語り手はJJ/PP(ジェットジャガー/ペロ2)というAIである。

 アーキタイプは超時間屈折を引き起こす。その性質は図解を交えて示される。これを通せば光が過去に送られるのだが、過去に送られた光は対生成した反光子によって現在の光を対消滅させ、(現在から見て)未来の光と成り代わる。つまり、未来が見えるということになる。これを用いることで、アーキタイプを生産することもできる。設計には、CTC(時間的閉曲線)を用いた超時間計算が使われる。判りますか?

 アニメなので自由な設定が可能である。ただし、東宝に知的所有権のあるゴジラを使う以上、一定のレギュレーションはあるようだ。オリジナルのゴジラ(1954)とシン・ゴジラで描かれた「事実」は守られている。それをいかにSF的に説明しきるかが本書の主眼と思われる。とはいえ、アニメでもゴジラが出てくるのはシリーズの半ばを過ぎたあと、ゴジラでありながらゴジラが主役ではない特異な作品といえるだろう。主役はアーキタイプなのである。

 

藍銅ツバメ『鯉姫婚姻譚』新潮社

装画:Minoru
装幀:新潮社装幀室

 日本ファンタジーノベル大賞2021大賞受賞作品。著者の藍銅ツバメ(らんどうつばめ)は、1995年生まれのゲンロンSF創作講座第4期生(2019)で、同講座の優秀賞を受賞している。本書は異類婚姻譚である。人ならぬもの(動物や非生物)と人とが結ばれる物語で、ファンタジイでは普遍的なテーマだろう(夫婦の関係をこれになぞらえた小説まである)。

 主人公は大店の長男なのだが、商売に向かず店を弟に譲って若隠居している。父親の住んでいた隠居先の庭には池があり、上半身が女の人魚が棲んでいた。主人公は人魚=鯉姫にせがまれるままに、人と人ではないものとの出会いや別れという5つのお話を次々と語っていく。

 5つのお話は、入れ子構造で物語中の物語となっている。『アラビアン・ナイト』のような、いわゆる枠物語(フレーム・ストーリー)である。大猿の嫁となった勝ち気な妹の話「猿婿」、人魚の肉を食べ長寿となった女房の話「八百比丘尼」、つららから変異した女を嫁にもらった男の話「つらら女」、朴訥な農夫のもとに蛇の化身が現われ嫁になる話「蛇女房」、真っ白な農耕馬に惚れ込んだ娘の話「馬婿」。どれも単純なハッピーエンドにはならない。それが、若旦那と人魚のふんわりした人情譚という、表層的な読みの裏をかくのである。

 各委員とも、本書が自然なファンタジイであること、この形式であることが物語を際立たせていることを賞賛する。宮部みゆき「お話の長さも正しいし、着地もこれしかないという結末で、日本ファン タジーノベル大賞の考えるファンタジーノベルにふさわしい、と思った」、森見登美彦「ファンタジーであることの強みを生かしているという点では最終候補作の中で一番であり、 若旦那と人魚をめぐる枠物語の締めくくりは「異類婚姻の成就」として文句のつけようのないものだ」、ヤマザキマリ「イソップのような古代の寓話や日本昔ばなしは人間にとって日々の教訓が含まれたシュールなメタファーだが、だからなのか自分の想像世界に対する作者の思い入れの気配を感じずに読むことができたのが心地良かった」。

 本書は賞の発表から半年以上をかけて、十分に改稿されたものだろう。主人公の弟と人魚の関係など、まだ判然としないところもあるものの、物語的な齟齬はほとんど感じない。ビターだけどハッピーという独特の終わり方にも納得。

 

佐藤究『爆発物処理班が遭遇したスピン』講談社

装幀:川名潤

 『テスカトリポカ』で第145回直木賞を受賞した著者の最新短編集。評者は佐藤究のよい読者とはいえないが、惹句に「ミステリ×SF×怪物」とあるので読んでみた。

 爆発物処理班の遭遇したスピン(2018)東京オリンピックを1年後に控えた鹿児島で、爆発物を仕掛けたという予告電話が警察にある。それは巧妙に仕掛けられた爆弾だったが、思いも寄らない原理に基づいて作られていた。
 ジェリーウォーカー(2019)2040年代、VRや映画で一世を風靡する著名CGクリエイターには、誰にも知られていない創作上の秘密があった。
 シヴィル・ライツ(2016)新宿にシマを持つ弱小ヤクザは、ささいな失敗で大きなケジメを背負わされる。
 猿人マグラ(2016)福岡の作家といえば夢野久作だ。けれど、地元民ですら誰も知らない。墓場愛好家の主人公は、子どもたちの間に広がる都市伝説猿人マグラと久作との拘わりを聞く。
 スマイルヘッズ(2018)画廊を営む主人公には裏の趣味がある。それはシリアルキラーの描く絵画などの芸術品を、金に飽かせず蒐集するというものだ。
 ボイルド・オクトパス(2018)引退した元殺人課刑事に連続インタビューする企画で、初めてアメリカの刑事に会う機会を得たライターは喜ぶが。
 九三式(2019)戦後すぐのころ、家族もろとも実家を空襲で失った復員兵が、高価な乱歩の古書を手に入れるため、進駐軍からの得体の知れない仕事を引き受ける。
 くぎ(2018)息苦しい家庭から抜け出そうとした男は、塗装業の住み込み社員になる。しかし、仕事先の民家で気になるものを目撃する。

 標題作はリアルな爆発物処理班の仕事の描写の中に、突然SF的なアイテムを紛れ込ませている。テロリストが使うにしては2019年は早すぎると思うが、ともかく意表を突くアイデアとはいえる。その点でいうと「ジェリーウォーカー」はオーソドックスなクリーチャー(怪物)ものである。

「シヴィル・ライツ」「猿人マグラ」は(怪物的)動物が絡むサスペンス、「スマイルヘッヅ」「ボイルド・オクトパス」は超自然的要素のないサイコホラーだ。「九三式」「くぎ」では、不幸な境遇の主人公がしだいにサイコパス的な事件に巻き込まれていく。

 ムック誌 幽 の夢野久作特集に寄せた「猿人マグラ」、小説現代の江戸川乱歩特集「九三式」は、それぞれのお題である夢野久作や江戸川乱歩作品に内在する、狂気やグロな世界を浮き彫りにする。著者の才能、特にホラー展開の巧みさを楽しめる内容だろう。 

斧田小夜『ギークに銃はいらない』破滅派

装画・装丁:斧田小夜

 第10回創元SF短編賞(2019)にて「飲鴆止渇」で優秀賞を受賞、第3回ゲンロンSF新人賞(2019)でも、「バックファイア」(改題し本書収録)を優秀賞で受賞した著者の初作品集である。紙版としては初だが、他にも本書の版元である破滅派から電子書籍で多くの中短編を出している。

 ギークに銃はいらない(2018):主人公はカリフォルニアに住む冴えない高校生。ハッキングを武器にネットを暴れ回るギークに憧れている。ITについては無知だったが、何とか学校のシステムに侵入することに成功する。しかし、そこで意外なものを見る。
 眠れぬ夜のバックファイア(2019):In:Dreamとは睡眠を快適にするためのデバイスだ。医学的に認められ、実績もある反面、個人ごとの手厚いサポートが必要になる。ある日、サポートに掛かってきた通話は、はじめは穏やかなものだったが、そのユーザーの眠りはノーマルとはいえなかった。
 春を負う/冬を牽く(2016):(2部に分かれた長中編)つかの間の春と、厳しい冬が交代する世界。山深い村と麓の村との間を旅する交易びとの話を聞きながら、一人の少年が成長する。やがて、代替わりの儀式が行われ、若いチェギ・ルト=村長の地位に就くのだ。

 表題作は、ITの専門家である著者が(平易な注釈付きの)用語を交えて語る青春ドラマ。友人やガールフレンドと共に、ナードからギークへと変わっていく(かもしれない)物語だ。最後の2作品は、異星を舞台とした長い中編である(合わせて250枚ほどある)。異世界の過酷な自然、そこに住む住民たちの生活や特別な風習が描かれる。ル=グウィンを思わせるとあるのは、そういう文化人類学的な切り口を指すのだろう。奥地にある禁断の山の秘密は、そのまま世界を成り立たせる秘密へと結びついていく。

 この中では「眠れぬ夜のバックファイア」が印象に残る。ゲンロン新人賞を改題したこの作品は、In:Dreamというテクノロジーガジェットをキーにしながら、眠れない登場人物の過去に絡む心理的な深淵をかいま見せる力作。眠りを妨げる要因が明らかになる過程が面白い。もう少しガジェットとの関わりが描かれていれば(SF的には)ベストだったろう。

梶尾真治『おもいでマシン』新潮社

カバー装画:456
カバーデザイン:鈴木久美

 梶尾真治によるショートショート集。あとがきにもあるが、ショートショートだけを集めた著者の作品集はほとんどなく、これまで『有機戦士バイオム』(1989)があるだけだった。本書は、熊本の地酒メーカー高橋酒造が運営する自社ホームページで、カジシンエッセイとして掲載されたショートショート(エッセイだけではなく小説も載る)から40編をセレクトしたものである。1作6枚と短いため「1話3分の超短編集」と、読みやすさをアピールする副題がついている。

 本音商会:本音商会に取り憑かれてしまうとどうなるか、サタンの下請け:願いを叶えるサタンを召喚すると、祖母山のできごと:日が暮れた登山道に何かがいる、おもいでマシン:おもいでを具現化する装置が稼働する、正月を捕まえる:いたずらで「正月」を捕まえようとした少年たち、大井川の奇蹟:遅刻しそうになった男を救う思いがけない存在、忘れな草お姉さん:自分の成長につれ何度も出会うお姉さん、先輩がミャオ:愛猫と暮らしていたはずの先輩が変貌する、宇宙船降臨:宇宙船から現われたのは宇宙人ではなく、嘘つき村のエイプリル・フール:誰もが嘘つきの村で嘘をついていい日とは。

 福を迎えに:初詣でお願いするより効果がある方法、伝説の食堂:恋人に連れられて入った古ぼけた食堂、ペットショップのお薦め:SNSウケのためペットを飼おうとした、完璧な殺し屋:完全犯罪が可能な殺人方法とは、おとぎ苑にて:有名人だった父親が住むケアハウスの入所者たち、今日は何の日?:妻は毎日その日の由来を質問してくる、一人おいての男:誰の記憶にも残らない男がいた、根子岳の猫屋敷:山奥に恐ろしい伝説の猫屋敷があった、父のAI:口うるさい父も年老い認知症を患うようになった、ナマハゲ・サミット:世界中の来訪神を集めたサミットが開かれる。

 世の中リモコン:ボタンが付いた不思議な板を拾う、やみつき:キャラ人形にお金をつぎ込み熱中する夫の本心、母の日のできごと:今日は白いカーネーションを買う日だと思い出す、しんえんくん:かつて勇者だったぼくは山中で黒いものに遭遇する、鬼童岳の霧女:霧が立ちこめた山道で2人の女性の声を聞く、哀しきアムネジア:忘れ物のことを教えてくれる誰かの声、背後で響くもの:人生に深みを与えてくれる商品とは、根子島の呪われた月:昔から夜間出歩くことを禁じられた月があった、無神教のお誘い:無神教への入信を勧められる、運命の朝:遅刻しそうになり学校へ急いでいると曲がり角で女の子と。

 悪魔の温泉:山奥に誰も知らない秘湯があるらしい、父を知る:亡くなってから知る父親の職業は、貧乏神警報:お金が出ていくばかりのできごとが重なる、バレンタインの獣!:その日にチョコレートを贈るようになったわけ、奇妙な写真:しだいに鮮明になる何かが写っている、本当は怖い桃の節句:ひな人形を欲しがる娘に話したこと、ショート・ショートの主題と構造:どうすれば面白いショートショートを書けるのか、理想の伴侶:理想と思った彼女には強いこだわりがあった、こんなお仕事:愚痴を言い合う酒席に奇妙な仕事の売り込みがやってくる、ママのくるま:幼い息子のため車載AIに亡くなったママのデータを入れる。

 備忘録もかねて40編をメモしてみた(オチは含まれません)。

 本書の作品はトラディショナルな形式、星新一やフレドリック・ブラウンなどで良く知られたショートショートのスタイルで書かれている。著者自身も「ショート・ショートの主題と構造」で書いているとおりだ。短いとはいえ6枚(2400字)あるので、明確な起承転結も付けられ、読者にとって読みやすい長さだろう。

 SF(珍発明ものAIなど)もだが、ホラー(著者の山歩き経験や、ローカルな地名を反映したものが多い)や、ふんわりとしたエマノン風人情話が印象に残る。初恋のころ老いた親のこと家族の秘密など、著者の思いが伝わってくるようだ。忙しない世の中では短い作品が求められている(特に電子媒体では)。正統派ショートショートも、「昔ながら」ではなく、むしろ「いま」にフィットするのかもしれない。

『100文字SF』評者のレビュー

竹田人造『AI法廷のハッカー弁護士』早川書房

装画:sirakaba
装幀:野条友史(BALCOLONY.)

 2020年の第8回ハヤカワSFコンテストで優秀賞を獲得した、竹田人造による受賞後初の書下ろし長編である。優秀賞作品では、ヤクザ+ハッカーがいかにAI現金輸送車やカジノを騙すかだったが、本書ではイケメン(理由がある)弁護士+ハッカーがいかにAI裁判官を騙すかが描かれる。

 舞台は近未来の日本。「誤解なく、偏見なく、正義を正確に執行する」としてAI裁判官制度が導入される。そんな司法制度大変革の渦中で、主人公は魔法使いと呼ばれる特殊な存在になった。何しろ、明らかに負けると思われる裁判を片端から覆す不敗の弁護士なのだ。

 物語は4つのCaseに別れている。その一つ一つに新たな登場人物が現われる。重要容疑者で犯人に間違いないと疑われる直感的天才(見かけは頼りない青年)、AI制御の義足に絡む人身事故で故意に不具合を混入させたとされる科学者(一見だらしなく無気力)、そして、主人公の旧友はライバルの検察官として弁護士の前に立ち塞がる。千手観音みたいな悪役も出てきて、前作よりキャラはかなり派手になっている(リアリティはあえて捨て、コミカルさを強調している)。独立したエピソードが並列に置かれたあと、伏線を最終章で一気に解明するスタイルも、前作と同じながらブラッシュアップされている。

 本書は意志を持ったAIと人間が「直接対決」する法廷サスペンスではない。この時代のAIが、現状より大きく進歩しているようには描かれないからだ。要するに超多次元のパターン認識マシンなので、われわれが空想するような超越的意志は持ち得ない。しかも、セキュリティ上の課題すらある。デフォルメされてはいるが、いま行われているシステム対ハッカーの攻防を近未来に投影したものなのだ。

 主人公は独特のパラメータを駆使して裁判官を攪乱しつつ、証拠を固めるために直感的な天才青年や、敵なのか味方なのかも分からない科学者らの助けを借りる。隠された事件や動機も出てきて、その人間ドラマが読ませどころだろう。サブキャラが主人公を抑えて一人称で語り出すなど、ちょっと暴走気味だが、著者のエンタメの才能が存分に発揮された作品といえる。

日本SF作家クラブ編『2084年のSF』早川書房

カバーデザイン:岩郷重力+Y.S

 日本SF作家クラブ編のアンソロジイ。昨年出た『ポストコロナのSF』の姉妹編で、前回からの作家の重複はない。冒頭の福田和代や話題の逢坂冬馬ら、作家クラブ外のメンバーを含む全部で23編を収録する。

【仮想】
 福田和代「タイスケヒトリソラノナカ」行方不明になったVR依存症の入院患者を老刑事が追う。青木和「Alisa」生活と不可分なAIアシスタント網が、頻繁に不具合を起こすようになった。三方行成「自分の墓で泣いてください」延々と葬儀の続く「仮葬空間」にはバンシーやニンジャ、そしてゾンビたちがいる。
【社会】
 逢坂冬馬「目覚めよ、眠れ」疲労を自動回復するシステムが一般化し、人生の3分の1を占める睡眠がなくても働き続けられる超高度生産社会が到来した。久永実木彦「男性撤廃」生殖に男性は不要となり女性だけの社会となったが、冷凍保存された男性を解凍するか抹殺かの議論が白熱する。空木春宵「R_R_」ヒトの心身への悪影響を理由にビート(拍動)が禁止された社会で、主人公はある日リズムをきざむ少女と出会う。
【認知】
 門田充宏「情動の棺」情動コントロールが常識となると、人はたとえ目の前で流血の惨事が起こっても動揺しなくなる。麦原遼「カーテン」脳神経の深刻な損傷事故を受けた被害者のうち、多くは冷凍睡眠による治療により回復したが、数学的な直感を失ってしまったものもいた。竹田人造「見守りカメラ is watching you」老人ホームに閉じ込められた92歳の老人は何度も脱走を図り、そのたびにドローンやロボットたちに阻止される。安野貴博「フリーフォール」思考加速技術は究極まで高められ、一般的なものなら10倍、最大で10の8乗倍に達していた。
【環境】

 櫻木みわ「春、マザーレイクで」むかし琵琶湖と呼ばれた湖の中にある孤島に、外を知らない数千人の人々が暮らしていた。揚羽はな「The Plastic World」プラスチック汚染の切り札と考えられた分解菌は、あらゆるプラスチックを食べて社会を崩壊させる。池澤春菜「祖母の揺籠」太洋で30万人もの子供を育てるクラゲ状の祖母は、こうなるに至った過去の出来事を回想する。
【記憶】
 粕谷知世「黄金のさくらんぼ」列車待ちで何気なく入った博物館で、そこに展示されているサクランボのような小さな装置の説明を受ける。十三不塔「至聖所」若くして亡くなったスターの脳スキャンデータから、記憶の断片を復元する修復家が知ったこと。坂永雄一「移動遊園地の幽霊たち」サーカスがトレーラトラックで来たと思い込んだ兄弟二人が、郊外のテントの中で見たものとは。斜線堂有紀「BTTF葬送」1980年代の映画の上映会に集う人々は、これが最後の公開になると分かっている。
【宇宙】

 高野史緒「未来への言葉」月から地球への特急便を引き受けた運び屋は、その荷物を急ぐ意味に気がつく。吉田親司「上弦の中獄」中国が世界を支配し、月にも富裕層の楽園が設けられたパラレルワールドの未来。人間六度「星の恋バナ」超巨大怪獣と戦う全長26キロの巨大ロボット、操るパイロットは女子高生だった。
【火星】
 草野原々「かえるのからだのかたち」人間による開発が失敗した火星植民都市は、かえるの細胞を使った人工生物によって自動建設される。春暮康一「混沌を搔き回す」金星派と火星派が対立したテラフォーミング優先権争いは、火星の開発開始で決着がついたと思われたが。倉田タカシ「火星のザッカーバーグ」火星を含むいくつかのフレーズからはじまる掌編小説の集合体。

 3-4編ごとに【仮想】~【火星】と、内容による小テーマが付けられている。あらかじめ決まっていたのかどうかは分からないが、読みやすくするため類似作品をまとめたのだろう。オーウェルの『1984年』があって百年後の『2084年』なのだから、政治的ディストピアがテーマになりそうなものなのに、そういう作品はほとんどない。

 まえがきにある「小説は事実よりずっと奇なり」という意味では、仮葬空間という奇妙な設定の三方行成、ボウイの引用と特異なルビが際立つ空木春宵、新たな「おじいちゃん」なのかと思わせる池澤春菜、なぜカエルなのかよく分からない草野原々、あたりが合致する作品だろう。

 630ページあっても、23人で分けるとどうしても枚数制限が出てくる。そのレギュレーションのためか、中編以上を得意とする作家は、ちょっと窮屈そうな印象がある。

 帯に「62年後のあなたは、この世界のどこかに生きている」とある。この場合のあなたの年齢はせいぜい40代前半ぐらいまで。自分など該当しないと思ったが、デジタル化して生きている可能性もなくはない(SFではもはや常識)。世の中何が起こるか分からないのである。

よしなが ふみ『大奥(全19巻)』白泉社

 2005年9月から2021年2月まで全19巻で刊行された《大奥》は、刊行当初の2005年にセンス・オブ・ジェンダー賞を受賞、その後も英訳版が2009年のジェームズ・ティプトリー・ジュニア賞(現在のアザーワイズ賞)を受賞するなど、SF界からは早くに注目されてきた。全巻完結を持って第42回日本SF大賞を受賞したわけだが、これまでも第13回手塚治虫文化賞マンガ大賞(2009)、第56回小学館漫画賞(2010)、文化庁の芸術選奨新人賞(2022)など高評価を得てきた作品である。

 三代将軍徳川家光の時代に東北から発生した赤面疱瘡(あかづらほうそう)と称される奇病は、瞬く間に全国に蔓延した。それは若い男だけが罹る死の病で、重症化すれば助かる術はない。男の人口は瞬く間に4分の1まで激減、社会システム自体の変更を余儀なくされる。それは支配階級徳川家でも同様、将軍家光までが罹患して亡くなる。死は隠蔽され、娘が家光を名乗って代わりを勤める。以降、女系による将軍職継承が公然と続くことになる。男子禁制だった大奥もまた、若い美男を取りそろえた男だけの社会に変わるのだ。

 直近では、クリスティーナ・スウィーニー=ビアードが男9割減社会を描いた。ジェンダーテーマのSFでは珍しくない設定だろう。これ自体がユニークなのではなく、どう扱うかが肝心なのである。《大奥》の世界は、単純な男女逆転社会ではない。女は消滅した男の役割をどこまで代替できるのか、社会はどう変わるのかまでを考えないとリアリティが出ないからだ。

 注目されるのは、これが別の時間が流れる並行世界を描いていないということだろう。五代将軍綱吉と討ち入り(忠臣蔵)事件、六代家宣時代の江島生島事件、本来選ばれなかったはずの八代吉宗、十代家治と田沼意次、十四代家茂と和宮、起こる歴史的事件はわれわれが知る史実と(外見上)同じに見える。しかし、そもそも別人が将軍になったのだから家来も異なるだろうし、人に関わる事件はすべて違ってくるはずだ。それが同じ歴史をたどるのは、正史の裏に《大奥》という「秘史」があったからなのだ、とする。

 赤面疱瘡は天然痘=疱瘡がベースにあり、執筆当時のエボラ出血熱流行がヒントになっている(著者インタビュー)。治療法を探して平賀源内や新井白石らが奮闘する物語は中盤の見せ場。それ以降では幕末のパワーゲームや歴史的な人物について、著者独自の(大胆な)解釈が出てくる。徳川幕政三百年(典型的な家父長社会)を批評した、よしなが史観とでもいえるものだ。もちろん、この作品で描かれる女将軍と大奥の男たちのロマンス、プラトニックな交流、友情、あるいは継承を巡る血なまぐさい(暗殺が横行する)対立なども読みどころとなっている。