『横浜駅SF』(2016)の著者による初短編集である。SFマガジン掲載作などと書き下ろしを交えて、全6編を収録する。著作としてはすでに5冊目。
冬の時代(2018)すべてが雪と氷で覆われた、昔日本だったらしい世界を、二人の旅人があてもなく南を目指し旅を続ける。たのしい超監視社会(2019)世界を三分割していた全体主義国家の一つが崩壊、残りも体制変革を余儀なくされた。イースタシアの一画を占める日本では、お互い同士を小型カメラでフォロー=監視する超監視社会となる。人間たちの話(書き下ろし)主人公は裕福で自由な家庭に育ったが、常に孤独を感じていた。やがて、科学者となり火星の生命を研究する。しかし、押しつけられるようにして預かった甥との接し方に戸惑う。宇宙ラーメン重油味(2018)太陽系外縁カイパーベルトに浮かぶ小惑星に、銀河連邦に住むどんな異星人にでも絶品のラーメンを提供する店がある。亭主の地球人と、元戦闘ロボットのコンビで切り盛りする店だった。ある日、小惑星を一呑みするような巨大なお客がやってくる。記念日(2017)大学勤務の主人公の部屋に、巨大な白い岩が出現する。几帳面でミニマムな生活を好む主人公には、不可解で余計な存在だった。No Reaction(2014)透明人間は文字通り不可視で、非透過なふつうの人間には物理的にも関知し得ない存在だった。力学的な「作用・反作用」のうち、後者が働かないのだ。
本書のあとがきに著者自身による解題が載っている。それによると「冬の時代」は、椎名誠のポストアポカリプスものを意識した作品である。「たのしい超監視社会」は、オーウェル『一九八四年』を現代のインターネット社会に敷衍したものだが、オーウェルが予測したものとはかなり(社会の雰囲気が)異なる。「宇宙ラーメン重油味」は漫画の原作になるはずだったもの。「記念日」はマグリットの同作からインスピレーションを得たもの。「No Reaction」は真面目なSFではもう取り上げられなくなった透明人間を「物理学」に即して描いた「科学小説」である。
著者の作品は淡々としたものが多い。小さなエピソードが順番に並べられ、その総体が一つの小説となるのだが、派手なアクションや場面転換は(おそらく意図的に)設けられていない。これは長編でも短編でも同様のようだ。主人公も、状況を受け入れた諦観者や、冷静で論理的な科学者たちなのである。ただ、書き下ろしの表題作「人間たちの話」は少し違う。冷静な科学者が養う、姉から疎んじられ自身の存在に疑念を抱く甥っ子と、生命と非生命との間で揺れる火星の有機分子が物語の中で絡み合い、お互い相乗効果を上げているのだ。