琴柱遥『枝角の冠』ゲンロン

表紙:山本和幸

 昨年5月に発表された第3回ゲンロンSF新人賞の受賞作である。著者は大森望の超・SF 作家育成サイト2018年度の受講生。すでに、SFマガジン2019年6月号に「讃州八百八狸天狗講考」が掲載されプロデビューしている。本作は、1年を経て全面改稿された中編小説。佳作相当の大森望賞受賞作、進藤尚典『推しの三原則』と同時出版された(電子版のみ)。

 いつとも、どこともしれない世界。森の中の小さな村落に人々が住んでいる。森には黒い毛皮に包まれ、長い尾を備え、何より十六枝に分かれた枝角を持つ巨大な生き物がいた。それは主人公の「おとうさん」なのだ。村人たちはすべて女ばかりで、男は森の中に住むその獣だけだった。おとうさんは種付けのために存在し、女たちに危害は加えない。しかし、それも老いるまでのことだった。

 『ピュア』が話題になったが、この物語でも男女が別の形態の生き物として描かれている。男は荒々しく力強いものの知性を持たない野獣なのだ。言葉を話し、社会を維持するのは女たちの役割だった。主人公は同郷の友人たちに惹かれながら、野生の男の魔力に捕らわれていく。

 本書に登場する人類は、少なくとも我々とは生理的に異なる存在だ。異生命をその視点で書くのは容易ではないが、本作は異質な部分を男に限定し、主人公側をふつうの人間に寄せた書き方をしたところがポイントだろう。異類婚姻譚の変形のようでもある。ファンタジイとSFとの境界上で、どちらにもなりうる作品である。

 同時に出た『推しの三原則』はアイドルではなく、観客のヲタク側がAIになるという不思議な作品。誰でも(年齢性別は問わず)アイドルヲタクになれるが、とはいえ、誰もがヲタクというわけではない。本作を楽しむには、予めこの方面の知識があった方がいいだろう。ある意味、とても専門的な作品といえる。

マイクル・クライトン ダニエル・H・ウィルソン『アンドロメダ病原体-変異-(上下)』早川書房

The Andromeda Evolution,2019(酒井昭伸訳)

扉デザイン:早川書房装幀室

 8年前の『マイクロワールド』(2011)はクライトンによる下書きを元にした合作といえる作品だったが、本書は『アンドロメダ病原体』(1969)の続編をダニエル・H・ウィルソンが単独で書いた完全な新作である。

 世界を震撼させたアンドロメダ病原体事件から半世紀が経過した。その真相は世間から隠されていたが、高層の大気中に拡散変異したアンドロメダ微粒子について、アメリカを始めとする各国は莫大な予算を投じて研究を続けていた。何の成果も得られない日々が過ぎる中で、ある日アマゾンの奥地に異変が発生する。調査のために、精鋭メンバーからなる科学者チームが直ちに派遣された。彼らがそこで見たものは……。

 5人の科学者、物語が始まってから終わるまでが5日間、秘密計画の名前がワイルドファイア、報告書スタイルで書かれた小説と、前作を踏襲・引用した部分も多い。しかし、舞台はアリゾナの田舎町やネバダの秘密基地から、アマゾンと宇宙ステーションISSとに大きくスケールアップしている。科学者メンバーも、リーダーでインド出身の天才ナノテク科学者、フィールドワークに長けたケニアのベテラン地質学者、同じくフィールドワークの専門家で中国の軍人かつ元宇宙飛行士、急遽参加したジェレミー・ストーン博士(前作の登場人物)の息子でロボット工学者、そしてISSのアンドロメダ専門家かつ宇宙飛行士と、バリエーション豊かになっている。

 物語の展開は、前作が未知の病原体の正体を探り、感染爆発を防ごうとする閉所恐怖症的なサスペンスだったのに比べると、よりSF的で宇宙サイズのテーマに変化(変異?)している。そういう意味では、いま世間を騒がすパンデミック騒動とは一線を画す内容である(原著発表当時は兆候もなかったので、当然と言えば当然)。国際社会のパワーバランス(半世紀前の米ソ時代では考えられなかった米中対立)や社会問題(前作では科学者は全員男で白人、今回は過半数が女性やアジア・アフリカ人、社会的弱者)をはらんではいるが、そういう「現在」を反映した今風のSFエンタメ小説として楽しめる。

石川宗生『ホテル・アルカディア』集英社

装幀:川名潤

 3月に出た本。著者初の長編とあるが、小説すばる本誌および同ホームページに連載された20枚余の短編・ショートショート19編に、10編の書下ろしを組み合わせたオムニバス、ハイブリッドな長編小説である。

 愛のアトラス:ホテル〈アルカディア〉では、コテージに閉じこもる支配人の娘に捧げるため、7人の芸術家たちが作品を持ち寄る。以下6つの物語が続く。性のアトラス:うら寂れた死者の日に、壁新聞「プリズマ」に由来する朗読会に誘われる作家。以下5つの物語が続く。死生のアトラス:石の本やクラリネットらが、何の夢を見たかを語り合う。その材質や音を、声を、詰め込まれるさまざまなものを。以下4つの物語が続く。文化のアトラス:山間の町アルカディアに、巨大な丸屋根に支えられた箱庭アトラスがあった。そこには村人が書いた無数の物語がちりばめられている。以下3つの物語が続く。都市のアトラス:旅路の果てにたどり着いた街は、断崖につり下がって造られていた。次の都市はハノプティコンのようで……以下2つの物語が続く。時のアトラス:荒野にある舞台で量子サイコロを振る登場人物たち。以下1つの物語がある。世界のアトラス:廃墟となったホテル〈アルカディア〉を巡る観光客と案内人。最後に7人の芸術家による、7つの物語の結末が置かれる。

 以上7つのアトラスの章と、最終章7つの結末からなる長編ということになる。ただし、各章テーマの解題的な冒頭書下ろし部分はともかく、挟まれている短編自体はテーマからほぼ独立している。本来の意味でのオムニバス長編といえるだろう。

 初短編集だった『半分世界』と比べても、19編の短編は(より短い分)奇想の度合いが先鋭化されている。物語を肉体にタイプしてもらう店、体の中から現れるマイクロサイズの動物たち、恋人がモノのようだったり、法螺吹きだったり、挿絵だったり、降臨する天使(のような姿)だったりする。測りたがりの恋人、転校生が女神、夜空で星になった人々、極悪非道版ノアの箱舟、大河の果てにある国で起こる事件、誰をも魅了する音の顛末、他人には見えない運命の糸、雲をも突き抜ける超高層の建物、人々の人生シナリオを作り出すAI、時をも支配する王の行き着く果てと、とめどなく広がる。既存の文学作品へのオマージュがあり、寓話的なお話もあるが、大半は予備知識なしでそのまま楽しめる。

西崎憲『未知の鳥類がやってくるまで』筑摩書房

ブックデザイン:鈴木成一デザイン室

 3月に出た本。『飛行士と東京の雨の森』から8年ぶりの短編集である。前作の大半が書き下ろしだったのに対し、本書は表題作以外の9作品がアンソロジイ『NOVA』『文学ムック たべるのがおそい』など、さまざまな媒体で発表された作品である。

 行列(2010)空に子供が現れたのはお昼前のことだった。その後に、さまざまな人々や人でないものが続いていく。おまえ知ってるか、東京の紀伊國屋を大きい順に結ぶと北斗七星になるって(2019)東京を襲った地震の後、主人公は底なしの知識を持つ少年と知り合い議論をする。2人で地図を調べるうちに、やがて遺棄された図書館にたどり着く。箱(2002)その転校生は、風呂敷に包まれた箱をどこへ行くときでも持ち歩いていた。未知の鳥類がやってくるまで(書下ろし)嵐が近づいている週末、酔ったあげく主人公は大切な原稿を無くしてしまう。酔いが覚め、不安に襲われて街に出たあと、思わぬ体験をすることになる。東京の鈴木(2018)ある日東京の警視庁に謎のメールが届く。そこには予言めいた言葉と、トウキョウ ノ スズキとだけあった。ことわざ戦争(2019)争い合う東と西の国がお互いに代表を出し、詩の巧拙で勝負しようとする。廃園の昼餐(2013)生まれる前の胎児に意識が宿ったのだが、それは未来も過去もすべてを見渡せる全知の意識だった。母親の過去や父親の運命をも知っていた。スターマン(2017)自分が異星人だと言い張る男は、いつしかスターマンと呼ばれるようになる。開閉式(2012)主人公は扉を見ることができた。それは人のどこかに小さく取り付けられていて、開けることができるのだ。一生に二度(2017)二十年間変化に乏しい会社勤めをしてきた主人公には、止めどのない空想癖があった。

 「行列」「おまえ知ってるか、東京の紀伊國屋を大きい順に結ぶと北斗七星になるって」「箱」「東京の鈴木」「ことわざ戦争」「スターマン」「開閉式」など、30枚に満たない不思議な味のショートショートと、やや長め(といっても60枚ほど)で多重化された物語を含む表題作などの3編からなる。

 「未知の鳥類がやってくるまで」は、個人的で切迫した場面から始まる。主人公は出版社の校正係なのだが、著者の直しが入った校正原稿をどこかに忘れてしまう。大変な失態だと焦り、無謀にも台風接近の中をさまよい歩く。しかし、その途上で開いているレストランを見つけ、翌朝、今度は見知らぬカフェや早朝だけの映画館と出会う。そこは狭苦しい現実とはまったく違う、解放された世界なのだ。「一生に二度」でも、閉塞感を感じる主人公が登場する。空想癖で風景を改変して想像し、大学時代の友人(物語に書かれていないことが分かる、と称する)を思い出し、外国人の研究者とその人の研究内容を空想し、北欧での殺人事件へと続き、最後に一生の二度目に行き当たる。どちらの作品も、仮想・空想の世界が境界を越えて、現実・生きざまを変容させる物語だ。

野﨑まど『タイタン』講談社

book design:坂野公一(well design)
cover art:Adam Martinakis

 講談社のメフィスト(現在は電子版のみ)2019Vol.1、Vol.2、2020Vol.1に連載された野﨑まどの最新長編である。仕事という概念が希薄化した23世紀の世界を舞台に、タイタンと呼ばれる巨大人工知能と、1人の心理学者(仕事ではなく趣味)との交流を描いたものだ。

 23世紀、地球には12基のタイタンと呼ばれる人工知能が設置され、衣食住のすべてはタイタンにより賄われている。人々は、ただ望むことを命じるだけでよいのだ。貨幣経済はなくなり、労働により対価を稼ぐ仕事は過去のものとなった。主人公は古典的な心理学を趣味としており、その研究成果は多くのファンを得ていた。ところがある日、タイタンの一つコイオスの機能が低下している原因を、心理カウンセリングによって解明せよ、という《仕事》の要請を受ける。

 AI(ロボット)の心理分析となるとアシモフ以来の定番、(評者の書いたものもあるのだが)山田正紀『地球・精神分析記録』(1977)など、人類スケールのロボットネタも書かれてきた。しかし、本書のアプローチは異色で、巨大AIはまず人によるコンサルティングを受けるために幼い子どもの姿を取り、精神の成長とともに大人になっていく。

 未来がXX社会になれば、インフラや生活はすべてXXが担うので、人は一切働かなくてよくなる。人は自由な趣味を持ち、仕事上のストレスを抱くこともない。そういうユートピアのヴィジョンは、新たなテクノロジーが出現するたびに繰り返し口にされてきた(もちろん、ギリシャのような奴隷制貴族社会以外では実現しなかった)。だが、そもそも「働く」とはどういうことなのか。テクノロジーは奴隷の代わりなのか。本書では、宮澤賢治を引用してまで「労働」の意味を問い直すのだ。擬人的なAIを登場させながら、類作では見られないAIの深層心理を描く結末となっているのが面白い。

チャーリー・ジェーン・アンダース『空のあらゆる鳥を』東京創元社

All the Birds in the Sky、2016(市田泉訳)

装画:丸紅茜
装幀:岩郷重力+WONDER WORKZ。

 著者は、SFブログ/オンラインマガジンの老舗io9(現在はGizmodoと1つになっている)創設者の一人で元編集長。中短編を中心とした著作が百編近くあり、2012年には中編がヒューゴー賞を受賞している。本書は初長編ながら、ネビュラ賞、ローカス賞(ファンタジイ長編部門)、クロフォード賞(IAFAファンタジイ賞)を受賞するなど高評価を得たものだ。現代を舞台に、ファンタジイとSF要素を巧みに組み合わせている。

 少女がいた。少女は、鳥たちが何を言っているのか聞き分けることができた。そして、迷い込んだ森の中で不思議な巨木にたどり着き、答えのない問いかけを受ける。少年がいた。コンピュータが得意な天才ハッカーで、2秒間だけのタイムマシンを密かに発明する。しかし、小柄で変わり者だったため、学校ではひどい虐めを受けていた。ある日学校に奇妙なカウンセラーが着任し、2人の将来は別々の方向に引き裂かれていく。

 少女は魔法使い(超常現象を扱う)、少年は天才科学者なのだが、2人とも家庭ではまったく理解されない。少女の両親は姉の言いなりで、妹である少女の希望を聞いてくれないし、少年の両親はお互い仲が悪く、少年とも進路を巡って対立している。2人は家を出て大人になり、地球環境を保全しようとする超能力者グループと、地球を捨てなければ人類は滅ぶと考える科学者グループとに属し、やがて激しく抗争する関係となる。

 一見「魔法(古いもの)対科学(新しいもの)」という昔ながらのテーマに思えるが、舞台が現代ということで、さまざまな社会問題との関連がつけられている。親から見れば、天才少年は引きこもりの問題児だし、魔法少女も要領のよい姉と比べて友人も少なく将来が不安だ。大人になってからはさらに深刻さは増す。少女は自然環境の破壊者に対し暴力で報復する過激派、一方の少年も独善的な倫理観で動く秘密プロジェクトに加担する。ある意味、親が恐れた通りになるのである。

 その一方、本書は、幼い頃に惹かれ合った少年と少女の、別れと再会の物語でもある。夢のようだった田舎時代の記憶が、破滅に近づいた世界の中で再びよみがえり、新たな意味を2人に与えるのだ。

小野美由紀『ピュア』早川書房

装画:佳嶋
装幀:早川書房デザイン室

 2013年からフリーライターとして活躍する著者には、エッセイや小説など、すでに数冊の著作があるが、本書の表題作が最初に書いた小説にあたるという。SFマガジン2019年6月号の掲載とともに、早川書房のnoteサイトで公開されると歴代1位の20万PVを記録、大きな話題となった。「ピュア」以外の4作はすべて書き下ろし。

「ピュア」それほど遠くない未来、国家連合は環境疲弊した地球でも生存可能な、遺伝子改変型人類を創ろうとした。その結果生まれた新人類は、鱗に覆われた女性だけの存在となる。しかも、新たな本能が芽生え、生殖の際に男を食らわないといられないのだ。「バースデー」性変容という技術が生まれ、男女間の性転換は簡単になった。夏休みのあと、女子高生である主人公の幼なじみは男になっていた。「To The Moon」地球人の遺伝子の中には「月人」のDNAが混じり込んでいる。月人化により行方不明となった高校時代の友人は、地球に帰ってきたが記憶は不確かだった。主人公は、思い出を探すための旅へと誘われる。「幻胎」父親に認めてもらうことだけを目指して勉学に励んだ娘は、不慮の事故で大けがを負い意欲を失ってしまう。だが、古代の人類を蘇らせるためのプロジェクトに卵子を提供し、再び協力しようとする。「エイジ」荒廃した地球に住む男の一人は、地下に残された書庫で本を読むことが生きがいだった。「ピュア」の前日譚。

 表題作では、男女の肉体的な差異と役割が逆転されている。女は2メートルを超え鱗で覆われた強靱な存在で、衛星軌道で生活し、戦場の兵士となり、生殖の時だけ地上に降りてくる。そしてカマキリのように、生殖後に小さなオスを食い殺すのだ。この物語を読んでいて、ティプトリーの「愛はさだめ、さだめは死」(1973)を思い出した。非人類をその視点で描いた作品であり、(異生物であるが故に)オス・メスの役割は混沌としている。いま読むと気がつくのだが、本能に苛まれる生き物の葛藤には、今日的なジェンダーの問題が隠されていたと解釈できる。そういう点は「ピュア」とも共通する。

 書き下ろしでは、性の逆転を高校生の視点で描くもの、家庭内暴力、父親と娘の間の緊張関係、そしてまた役割逆転のもう一方の側と、いま現在の社会的課題が大きな要素を占める短編集となっている。性変容が人間の心をどこまで変えるのか、人間を不定形生物に変えるDNAとは何か、「幻胎」で生まれてきた子どもたちの将来はどうなるのか、と物語の続きが気になる。

貴志祐介『罪人の選択』文藝春秋

カバー写真:NWphotoguy
装丁:征矢武

 貴志祐介の中短編を収めた作品集。4作中3作品はSF、残るミステリ1作も「時間」をアイデアのベースに置いた点で共通するという(版元によるインタビュー記事)。冒頭の「夜の記憶」はSFマガジンに掲載されたデビュー作で、『SFマガジン700【国内編】』(2014)にも採られたが、これ以外は書籍初収録となる。

 「夜の記憶」(1987)強酸性の海を泳ぐ無数の嚢を有する生物と、軌道コロニーからバカンスを楽しむために海洋リゾートを訪れた夫婦。並行して進む2つの物語はどう結びついていくのか。「呪文」(2009)惑星まほろばには奇妙な神が奉られていた。宇宙を支配する星間企業の基準では、許されない信仰かもしれない。調査員はその正体を探ろうとする。「罪人の選択」(2012)戦後まもなく、裏切りの罪で一人の男が私刑で裁かれようとしている。しかし、生き残りを懸けた究極の選択が男の前に提示される。「赤い雨」(2015-2017)未来の地球では、バイオハザードで環境に放出された変異微生物チミドロにより、生態系が完全に破壊されている。ドームに住む主人公は除染のメカニズム解明のため、禁じられた実験に手を染める。

 本書の作品は「SF風」のくすぐりではなく、異星/未来社会や異生物の生態など、ガチな定番ネタに挑んだものだ。「夜の記憶」に登場する異形の生物と夫婦が参加するプロジェクトの絡み、「呪文」では逆転された和風の異星神と星間企業の関係、「赤い雨」では生態環境とドーム内外の住民間で生まれる差別など、どれもトラディショナルなSFとして正面から描かれている。

 現役のミステリ、ホラー分野で、1950ー60年代生まれの世代にはもともとSFを目指した作家が多かった。著者もそうだが、第12回ハヤカワSFコンテスト佳作入選段階ではプロになるまで踏み切れず、方向性を改め第3回日本ホラー小説大賞で再び佳作入選するのが、12年後の1996年のことである。2008年にはSFコンテストの作品をベースに『新世界より』を書き、第29回日本SF大賞を受賞してリベンジを果たす。本書は、著者によるデビューから最近までのSF遍歴を反映しているともいえる。

赤松利市『アウターライズ』中央公論新社

装幀:岡孝治
写真:Harvepino/Shutterstock.com

 住所不定無職、62歳でデビューした作家として話題を呼んだ著者の、大藪春彦賞受賞後第1作。東北を再び大津波が襲うシーンで始まるお話なのだが、日本ではちょっと珍しい、ある種のユートピア小説になっている。

 東日本大震災から復興途上の東北で、アウターライズ地震が発生する。大津波の規模は震災を凌駕するほどのものとなった。しかし被災地では周到な避難計画が策定されており、死者わずか6名という少ない被害ですむ。直後、東北6県は独立を宣言し国境を閉ざす。三年後、国境が開かれ報道陣が招き入れられるのだが、この国ではどんな統治が行われているのだろうか。

 物語の第1部では、津波が再び襲来する様子が描かれる。著者が体験した復興や除染作業の経験と、国主導の復興計画への疑問などが提示されている。第2部では、東北国成立の裏に潜む、大きな謎の究明に挑むジャーナリストたちが描かれる。あくまでも個人の視線である。やがて、東北国の経済や国防を担う、統治者たちの実像が明らかにされていく。

 東北には独自の文化があり、搾取する中央政府からは独立すべきだという作品は、20世紀末に複数出ている。著者インタビューでも言及された、東北の一部が突如独立する井上ひさし『吉里吉里人』(1981)、飛蝗に襲われ疲弊した東北が独立を目指す西村寿行『蒼茫の大地滅ぶ』(1978)の他、東北5県が閉鎖国家を作る半村良『二〇三〇年東北自治区(人間狩り)』『寒河江伝説』(1992)なども書かれてきた。

 しかし、本書の雰囲気はむしろ現代のユートピア小説に近い。アーネスト・カレンバック『エコトピア・レポート』(1975)は、アメリカから独立したエコトピア(アメリカ西海岸の北半分)に二十年後訪れたジャーナリストが見聞する社会の秘密が描かれる。この物語の主眼は、環境を国是とするエコトピアの成り立ちと、持続可能なシステムなのかという疑問への回答でもある。東北国で試みられている政策は、今の日本とは全く違う考えに基づくものだが、読者は実現性の可否よりも、なぜそれが必要となるかを自身に問い直すべきだろう。

高丘哲次『約束の果て 黒と紫の国』新潮社

装画:九島優
装幀:新潮社装幀室

このたび、日本ファンタジーノベル大賞2019を受賞いたしました。
先生からの選評では「四股を踏め」「まだ早い」「精進せよ」というお言葉をいただきました。(ほぼ原文ママ。ぜひ小説新潮をご覧ください)
小説界の幕内昇進を目指して、不撓不屈の覚悟で書き続けたいと思います。ごっつあんです。

高丘哲次 (@TetsujiTakaoka) November 22, 2019

 日本ファンタジーノベル大賞2019の受賞作である。紛糾したと評判の選評は小説新潮2019年12月号でしか読めないのだが、あいにくこの号は小野不由美特集などがあり、プレミア価格の古書でしか入手できない。とはいえ、そういう批判があったにせよ、受賞するだけの読みどころは十分にある。著者はゲンロンの大森望 SF創作講座第2期(2017)出身者でもある。

 古代伍州(ごしゅう)に、壙(こう)と臷南(じなん)という二つの国があった。大国壙には万能の帝王螞帝がおり、臷南には奔放な王女瑤花がいた。あるとき、壙から一人の王子が送られてくる。王子は数年の間臷南に滞在し祭祀を執り行うのだという。しかし、それには別の意図があった。

 この物語には、何層にも重ねられた複雑な構造がある。まず最初に中国を想起させる架空の「伍州」があり、その下に歴史上存在しないとされる「壙と臷南」がある。この二つの国は小説と偽史に表われるだけなのだ。そこに、謎を解くべく旅に出た現代の日本人と遺物を託した伍州人との物語、さらには壙を創始した螞帝の物語、臷南の女王と壙の王子の物語、伍州内部の動乱の物語などが重なり合う。

 復活後の日本ファンタジーノベル大賞は今回で3回目になるが、フィクションの上にフィクションを重層化する構造という意味では、もっともチャレンジジングな内容といえる。特に神話時代のお話はファンタジイ色が色濃く、それと現代の物語とのあいだに懸隔があるからだ。ただ、もし現代パートが無ければ、本書はフラットなファンタジイとなり新規性が失われる。不可欠な要素ではあるだろう。気になるのは、異様に凄惨な創始者の物語で、何らかの風刺が込められているのかもしれない。