武甜静・橋本輝幸・大恵和実編『走る赤』中央公論新社

装画:西村ツチカ、装幀:岡本歌織(next door design)

 中国の未来事務管理局(SFに関するエージェント活動や出版企画、イベントなどを運営する民間会社。SF専門の会社は世界的にも珍しい)の武甜静(ウー・テンジン)と、日本の橋本輝幸、大恵和実らが作品選定に協力して出た中国女性SF作家のアンソロジイ(つまり底本のないオリジナル作品集)である。作家、翻訳者(掲載順:立原透耶/山河多々/大恵和実/浅田雅美/大久保洋子/櫻庭ゆみ子/上原かおり)、イラストレータなど、ほとんどは女性が担当している。

 夏笳(1984)「独り旅」(2009)老人一人の宇宙船が、荒涼とした惑星に降り立つ。そこは、これまで旅してきた無数の惑星と同じ通過点に過ぎないと思えた。
 靚霊(1992)「珞珈」(2019)事故で実験用ブラックホールが不安定化、鎮めるには人間一人分の質量が必要だった。それを聞いた研究所の用務員は、とっさにブラックホールの境界に飛び込むが。
 非淆(1988)「木魅」(2021?)並行世界の江戸末期、漆黒の宇宙船が来航、宇宙人の異形の姿は木魅(こだま)と呼ばれるようになる。
 程婧波(ー)「夢喰い貘少年の夏」(2016)三重県の温泉旅館に、東京の大学に進学した少年が戻ってくる。少年はなぜか大きなリュックを背負っていた。
 蘇莞雯(1989)「走る赤」(2018)少女はオンラインゲームの中で作業員として働いていた。ところが、システムのバグにより、時間制限のある紅いお年玉くじと誤認識されてしまう。
 顧適(1985)「メビウス時空」(2016)事故で下半身不随となった主人公は、脳にチップを埋込み自身の代わりに動く副体を使うようになる。
 noc(1989)「遥か彼方」(2017)仮想世界の中に住む住人との出会い、世界の色の中に溶け込み、変身について話をし、白鳥座X-1へと意識が伝送されるなど、4つの掌編からなる物語。
 郝景芳(1984)「祖母の家の夏」(2007)引退した科学者である祖母の家は、見た目と中味が違う奇妙な家だった。そこでは画期的な発明が行われようとしていた。
 昼温(ー)「完璧な破れ」(2020)言語によって思想が左右されるのなら、新たな人工言語を創ることで、社会的な問題を解決することができるのではないか。
 糖匪(ー)「無定西行記」(2018)熱力学第二法則が逆転した世界、北京からペテルブルクまでの道路建設を夢見る主人公たちの物語。
 双翅目(1987)「ヤマネコ学派」(2019)ガリレオも加盟していた(三毛猫と猛獣との中間である)ヤマネコ学派は連綿と続いて、21世紀の現在でもその影響力を科学界に及ぼしている。
 王侃瑜(1990)「語膜」(2019)失われゆく少数派の母語を守るため、国語教師だった母は語膜と呼ばれる自動翻訳のプロジェクトに関わる。ただ、息子である少年には母の行動は理解できない。
 蘇民(1991)「ポスト意識時代」(2019)カウセリングに訪れた男は、自分の言葉が何ものかにコントロールされているのだと主張する。相手構わず喋るのを抑えることができないという。
 慕明(1988)「世界に彩りを」(2019)誰もが眼球に網膜調整レンズを入れて、視覚を拡張している未来、主人公だけは母親の希望で長い間手術が許されない。
 *:著者の生年と作品発表年を括弧内に記載

 郝景芳ら一部の作家を除けば、本書収録の作家は大半が30代で初紹介の新鋭である。なるべく多様に選ばれた関係もあり、アンソロジー全体でのテーマは特にはないが、傾向の似た作品2~3編ごとにハッシュタグ(#宇宙#ノスタルジー、など)が付けられていて、おおまかな内容把握ができるように工夫されている。

 冒頭の「独り旅」は滅びゆく世界と自分とを重ねた叙情的なお話、「珞珈」は小林泰三の「海を見る人」を思わせるブラックホールの時間遅延を扱った作品。「木魅」、「夢喰い貘少年の夏」はアニメの影響を感じる和風ファンタジイ、表題作「走る赤」や「メビウス時空」はある種のメタバースものといえる。他でもユーモラスな「祖母の家の夏」、ネット小説的でミニマムなイメージが連鎖する「遥か彼方」、逆転する時間「無定西行記」、架空の秘密結社が出てくる「ヤマネコ学派」と実に多彩。

 面白いのは「完璧な破れ」や「語膜」「ポスト意識時代」など、読後感が重い作品がすべて言語に関する物語である点だ。哲学的な考察と登場人物の心の揺れが違和感なく結びついている。これらにはテッド・チャンの(おそらく著者自身も認識する)影響がある。「世界に彩りを」は視覚をテーマに現代的な切り口を加えた心に残る作品である。

郝景芳『流浪蒼穹』早川書房

流浪苍穹,2016(及川茜・大久保洋子訳)

 郝景芳による1300枚余に及ぶ長編大作。2009年に完成し、当初2分冊で出ていたものを2016年に1冊の合本版とした。本書の底本はその合本版である。

 22世紀後半、火星が独立してから40年が過ぎていた。戦火を交えた両者だったが、戦後十年たってから交易が再開される。いまもまた、学生からなる使節団と両惑星の展示会を主催する団体を乗せて、往還船が火星に帰ろうとしている。学生たちは5年間の地球滞在を終えたばかりだ。その中に18歳になった主人公の少女がいた。

 地球では仕事も住居も自由だったが、人々は金銭に明け暮れるばかりで自分たちの運命を左右する政治には興味がない。一方の火星は乏しい資源の中で、住居や仕事は固定的に定められている。仕事の成果に対して名誉だけが報酬であり、金銭は伴わない。そして、トップに立つ総督は独裁者だと地球では批判されている。総督は少女の祖父なのだった。

 物語は主人公の友人たち、独立を率いた祖父とその老いた盟友たち、野心的な兄や各組織のリーダーを交えた群像劇として描かれる。個々の人々は三人称で語られるのだが、基本は主人公の心理描写(一人称的な三人称)にある。地球での見聞から火星改革運動へと心が動くものの、少女はやがてその背後に隠されたさまざまな事実を知るようになっていく。

 本書を読んで思い浮かぶのは、まずル・グィンの『所有せざる人々』(1974)だろう。ル・グィンは荒涼とした惑星アナレスに集う政治亡命者たちと、豊かだが混沌と貧富の差が支配する惑星ウラスの対比を描き出した。また、キム・スタンリー・ロビンスン《火星3部作》(1992ー96)では、本書と同様に火星を舞台にした政治ドラマが書かれている。地球上で(制度的に)新規な国家をイメージするのは難しいが、環境の異なる異星/火星でなら思考実験のできる余地が大きいのだ。

 本書の場合、火星と地球との対比は、一見現在の中国とアメリカのようにも見えるが、中で論じられる制度やその成り立ちは同じではない。設定された世界観に則って、リアルかつ省略なく考察されている。そこには風刺や諧謔という一歩引いた要素は見られない。政治の中枢が舞台でもあるので、ストレートで重厚な物語となったのだ。とはいえ、読みにくさや生硬さは感じられない。少女の心理ドラマでもある1300枚なので、一気に読み通せるだろう。

劉慈欣『円 劉慈欣短篇集』早川書房

刘慈欣科幻短篇小说集Ⅰ&Ⅱ,2015(大森望、泊功、齋藤正高訳)

装画:富安健一郎
装幀:早川書房デザイン室

 著者自身が日本向けに編んだ自選短編集である(底本は著者の短編全集のようだ)。1999年のデビュー作「鯨歌」から、第50回星雲賞海外短編部門受賞作で日本でも好評を得た「円」までの13編を収める。

 鯨歌(1999)南米の麻薬王は密輸を目的に一人の科学者と接触する。麻薬探知の技術が進み、並の方法では突破できないからだ。科学者はクジラを使う奇策を提案してくる。
 地火(1999)かつて炭鉱の街で育った男が、石炭ガス化プロジェクトの実証実験のために帰ってくる。それは事故や粉塵にまみれた過酷な探鉱労働を一掃するはずだった。
 郷村教師(2000)* 貧しい農村出身の教師は、村の教育のために身を捨て打ち込むが、成果はなかなか現われない。だが、子供たちに伝えたある教えが思わぬ結果を生む。
 繊維(2001)米国人パイロットが訓練から帰還中に未知の空間に迷い込む。そこは繊維乗り換えステーションと呼ばれ、見える地球はぜんぜん地球らしくなかった。
 メッセンジャー(2001)名声を博した老科学者がヴァイオリンを弾いていると、いつも一人の青年が聞いている。青年には不可思議な能力があるようだった。
 カオスの蝶(2002)* ほんの小さな変動が大きな気象変化を生じる。カオス理論を応用することで祖国を救えるかも知れない、そう考えた主人公は大胆な行動に出る。
 詩雲(2003)* 恐竜文明の食料に堕した人類だったが、より高位な神に近い文明と接触することで転機が訪れる。それは古代の詩なのだった。
 栄光と夢(2003)* 戦乱と制裁により疲弊した国で、かつてのスポーツ選手たちが集められる。彼らはある競技会に参加するらしいのだが、その目的は驚くべきものだった。
 円円のシャボン玉(2004)乾燥化が進み、砂に埋もれようとする辺境の都市で育った娘は、やがて巨大なシャボン玉を生成させる技術を開発する。
 二〇一八年四月一日(2009)遺伝子改造により、人は300歳まで生き延びることができた。それを享受できるのは一部の金持ちだけだ。主人公はヒラ社員だったが、上手く画策すれば金はなんとかなると考えた。
 月の光(2009)主人公の男に未来から電話が架かってくる。将来の地球の運命に関わる重大な内容なのだという。しかも、話しているのは未来の自分だと称している。
 人生(2010)母親が、胎内で育つ赤ん坊と会話をしている。しかし、その子は母親のことなら何でも知っているのだ。
 円(2014)燕の国から降伏のしるしを献上した使者は、秦の始皇帝に対して天の言葉を伝える「円」の秘密について語る。それを極めるためには300万人の兵士が必要なのだ。
 *:初訳。他も改訳あり。

 デビューからといっても1999年から2014年まで、15年のスパンである。その間日本は停滞していたが、中国は激変した。1999年での中国のGDPはアメリカの1割足らず、2014年時点ではその10倍、6割に達している(2020年では15倍、7割)。日本がアメリカの1割だったのは1960年頃のこと、最初期作はそのイメージで読むべきだろう。「地火」や「郷村教師」で描かれる地方の厳しさや困窮ぶりは、閻連科や残雪らの作品とも共通する。日本でも1960年前後、昭和30年代の田舎生活は決してバラ色ではなかった……といっても、現代からは想像は厳しいかも。ちなみに、日本が1960年比でGDP10倍となったのはバブル末期の1995年である。

 ユーゴスラビア紛争や湾岸戦争を間接的な題材とした「カオスの蝶」や「栄光と夢」は、欧米先進国とは反対側(敵側)で暮らす、一般庶民の苦悩を語るという(われわれから見て)ユニークな作品だ。背景に圧倒的な力の差があるにもかかわらず、公正さがあるように取り繕う国際社会への批判も込められている。

 一方、地球環境問題を扱う「円円のシャボン玉」や、遺伝子改変にまつわる「二〇一八年四月一日」「人生」は最新のトレンドに乗っている。未来の自分が現在の自分に干渉する話はさまざまにあるものの、「月の光」は環境をコントロールする困難さを描いてスケール感がある。「繊維」はラファティ調のマッドな平行宇宙もの。100万ゲート相当のLSIを描く「円」は中国ならではの題材の勝利である。一方「詩雲」は文字通り詩的な物語で、詩で作られたクラウドが登場するのだ。

宝樹『時間の王 宝树短篇作品合集』早川書房

时间之王,2021(稲村文吾、阿井幸作訳)

装画:Shan Jiang
装幀:早川書房デザイン室

 宝樹(バオシュー)は1980年生まれの中国作家。デビューは2010年だが、『三体』の2次創作『三体X』(2011)が劉慈欣にも認められ、公式に出版されてから有名になった。本書は、著者が得意とする時間もの7編を収めた中短編集である。本国でもこのテーマではまとまっていないようなので、日本の読者はいち早く作品集として読めるわけだ。

 穴居するものたち(2012)恐竜時代の哺乳類から有史以前、古代、現代、未来と長大な時間で生きた人々のオムニバスドラマ。
 三国献麺記(2015)時間旅行会社の担当者が、零細から大手にのし上がった魚介麺チェーンの幹部から、三国志時代に干渉するという無理難題を要求される。
 成都往事(2018)成都が広都と呼ばれていた古代、主人公は朱利と称する神女と出会う。女は神の言葉しか話せなかったが、やがて有益な託宣を授けるようになる。
 最初のタイムトラベラー(2012)世界初のタイムマシン実験に志願したタイムトラベラーの運命は。
 九百九十九本のばら(2012)大学でも評判の美女の歓心を買うために、友人の貧乏学生はありえない理論を唱えて999本の薔薇を入手しようとする。
 時間の王(2015)人生の中に存在したさまざまな事件、事象をランダムに彷徨う主人公には一つの目的があった。
 暗黒へ(2015)銀河中心に位置する巨大ブラックホールの外縁、事象の地平線を越えようとする際(きわ)に、人類最後の宇宙船が漂っていた。

 時間もの(タイムトラベルやタイムループ)はもはやカジュアルなテーマになっていて、映画やアニメはもちろん、ミステリ、純文学やラノベでもふつうに登場する。しかし、そこで生じるはずのパラドクスなど理屈を突き詰める作品はあまり見られない。あたりまえになった反動で、扱いが説明不要の小道具へと矮小化しているからだ。本書は、その点とても丁寧に作られている。たとえば「三国献麺記」は三国志とラーメンとを結びつけたコメディだが、時間旅行の制約事項や矛盾点を綿密に設定し、最後のオチもその延長線上に置かれている。

 著者は幼い頃に小松左京のジュヴナイル『宇宙漂流』(原著1970/翻訳1989)を読み、大人になって以降、光瀬龍、広瀬正、小林泰三らの時間ものに影響を受けたという。そういう感性の類似性があるためか、梶尾真治の《クロノス・ジョウンター》や《エマノン》を思わせる情感に溢れた作品も本書には含まれる。「穴居するものたち」「暗黒へ」の、膨大な時間スケールを描く手法は小松左京的でもある。一方、コメディ要素の濃い「九百九十九本のばら」などは、ハードな森見登美彦という雰囲気でとても親しみやすい。

大恵和実編『移動迷宮 中国史SF短篇集』中央公論社

移動迷宮,2021(大恵和実編訳,上原かおり訳,大久保洋子訳,立原透耶訳,林久之訳)

装幀:水戸部功

 耳慣れないサブジャンル「中国史SF」の日本オリジナル作品集である。これは、一般的な歴史改変SF(あるいは並行世界もの/時間もの)のうち、近代から春秋戦国時代(紀元前)の中国史を舞台とした作品群を指すようだ。旧来の歴史SFではタイムパトロールのような絶対的な存在が主体だったが、本書では歴史そのものがテーマになっている。

 飛氘「孔子、泰山に登る」(2009)春秋戦国時代(前五世紀ごろ)、孔子たち一行は旅の途中で兵に包囲され難渋していたが、そこに機械鳥に乗った救出者が現われる。
 馬伯庸「南方に嘉蘇あり」(2013)後漢の末(一世紀ごろ)、アフリカから嘉蘇=コーヒーが伝来する。高価な薬だった嘉蘇は、やがて大衆にも広がり、さまざまな故事成語や詩編を生み出す。
 程婧波「陥落の前に」(2009)随の終わりから唐の時代(七世紀ごろ)、荒廃した洛陽に住む幽霊使いと弟子の少女との物語。宮崎駿の影響を受けたとされる。
 飛氘「移動迷宮 The Maze Runner」(2015)清の乾隆帝の時代(一八世紀ごろ)、英国から訪れた貿易使節団は、北京円明園に設けられた迷路の中で出口を見失う。
 梁清散「広寒生のあるいは短き一生」(2016)現代の在野研究家が、清朝末期(二〇世紀初め)に月を舞台にした小説を書く無名の作家を発見する。いったい何ものなのか。文献調査は、時に足跡を見失いながら続く。
 宝樹「時の祝福(完全版)」(2020)1920年の大晦日、主人公は英国帰りの友人と再会する。友人はウェルズの邸宅に隠されていたタイムマシンを持ち帰ってきたという。彼らはある目的で過去を改変しようとするが。
 韓松「一九三八年上海の記憶」(2005)1938年日中戦下の上海では、人生を巻き戻せるレコードが流行していた。戦争が続く一方、次々と人々が消滅していくのだ。
 夏笳「永夏の夢」(2008)時間を自由に跳躍できる主人公と、永遠に生き続けられる永生者がランダムな時間軸の中(新石器時代から地球消滅まで)で出会い、別れる。

 改変歴史物といえるのは「孔子、泰山に登る」「南方に嘉蘇あり」「広寒生のあるいは短き一生」の3作で、大胆に歴史に手を入れた「孔子、泰山に登る」と、史実かと思わせる後者2作に別れる。一方の「陥落の前に」は幻想色が濃くなり、それに寓意を加えたものが「移動迷宮」だろう。「時の祝福」はタイムパラドクスを皮肉っぽく描き、「一九三八年上海の記憶」はこの著者らしい奇妙な味を際立たせる。「永夏の夢」は、ジャンパー(タイムリーパー)の孤独を感じさせる現代的な雰囲気のSFといえる。

 近代以降を舞台とする作品だと、現在までの期間で生じうる差異となるので「改変」の度合いはあまり大きく取れない。ピンポイントに絞られる。その点、本書の前半作品のように一千年以上前となると、フィクションの投入がより自由になる。大法螺のスケールが増大するのである。後半の3作品は、むしろ時間SFの秀作として楽しめるだろう。

劉慈欣『三体III 死神永生(上下)』早川書房

三体III 死神永生,2010(大森望、光吉さくら、ワン・チャイ、泊功訳)

装画:富安健一郎
装幀:早川書房デザイン室

 三年がかりで翻訳された《三体三部作》の完結編である。副題「死神永生」とは「人の運命はさまざまだが、死だけが永遠である」ということなのだが、本書では人の生を越えた意味が与えられている。「必ず訪れる死」を象徴する一般的な表現ではないのだ。

 暗黒森林から少し遡った時代、面壁計画と同時にはじめられた階梯計画は、迫り来る三体艦隊に向かって探査機を送り込むというものだった。通常の推進機関では、接触までに時間がかかって意味がない。これまで知られていない技術的なブレークスルーが必要になる。主人公は暴力的な上司の下で研究に励んでいたが、そこで思いがけない贈り物を受け取ることになる。

 第2部までは、三体艦隊が太陽系に達するまでの400年が物語の舞台と思われていた。しかし、本書では時間以外のスケールが大幅に広がる。前作の結末で訪れた小康状態が覆って地球が大混乱に陥り、それがまた思わぬ突破口から解決すると、今度はリスクテイクを避けた手堅い防衛策が裏目に出る。予測不可能な危機と意外な解決手段のセットが(ディープな科学ネタを取り混ぜ)何重にも用意されていて、三部作中もっとも振り幅の大きな物語といえる。

 これまでの主人公は、『三体I』のナノテク学者や『三体II 黒暗森林』の面壁人など(一見凡庸だが実は天才という)巻き込まれ型ヒーローがドライブしていくスタイルだった。本書の女性科学者は彼らとは少し異なる。複数の地球/人類規模の危機に襲われ、何度も重大な局面で決断を迫られるのだが、決してマッチョな考え方に与しないのだ。七夕のような古典的な恋の物語でもある。

 頻繁な場面転換という点でも、3巻中もっとも派手だ。相変わらずのサービス精神で、それぞれの見せ場について吃驚仰天のどんでん返しがある。途中にコンスタンチノープル陥落(オスマントルコによる東ローマ帝国滅亡)のお話や、謎解きが織り込まれたおとぎ話まであり、メタフィクションを思わせる仕掛けになっている。先を見通せない複数の伏線が張りめぐらされ、しかも大風呂敷の大半が回収されているなど、構成の巧みさも楽しめるだろう。

早川書房編集部・編『世界SF作家会議』早川書房

装画:森泉岳士
装幀:早川書房デザイン室

 フジテレビの地上波番組(ただし東京ローカル)で放映された全3回の「世界SF作家会議」(2020年7月/2021年1月/同2月)をまとめたもの。全員が(たとえスタジオに居ても)リモート参加で、6分割画面という今風のスタイル。カットシーンを補完した拡張バージョンは現在でもYouTube版が視聴できるが、本書は文字にする段階でさらに手を加えた決定版である。担当ディレクター黒木彰一がSFファンだったために実現した企画だという。海外の作家も参加したので(陳楸帆が同時通訳参加、劉慈欣/ケン・リュウ/キム・チョヨプらはビデオ参加)、世界SF作家会議でも大げさではないといえる内容になった。

【第1回】コロナパンデミックをどうとらえたか/パンデミックと小説/アフターコロナの第三次世界大戦(冲方丁)アフターコロナのトロッコ問題(小川哲)アフターコロナのセックス(藤井太洋)アフターコロナは・・・・・・ない(新井素子)/劉慈欣のメッセージ。

【第2回】パンデミックから一年・・・・・・SF作家たちはどう見たか?/人類はチーズケーキで滅亡する(小川哲)人類は宇宙からの災難で滅亡する(劉慈欣)人類はポスト人類で滅亡する(ケン・リュウ)人類は愛で滅亡する(高山羽根子、藤井太洋)人類は目に見えないもので滅亡する(キム・チョヨプ)人類は滅亡しない(新井素子)/地球滅亡の日に食べるなら、ご飯か麺か。

【第3回】SF作家が考えるコロナ禍の現状/100年後の企業帝国と惑星開拓(冲方丁)100年後の和諧(ハーモニー)(陳楸帆)100年後はサイボーグたちの世界(キム・チョヨプ)100年後は人間が変化する(劉慈欣)100年後は分からない(樋口恭介)100年後は予測不可能(ケン・リュウ)100年後はあまり変わっていない(新井素子)/地球脱出時に連れていくなら犬か猫か。

 司会者のいとうせいこうは作家兼タレント、大森望がコメンテーター的な役割、それ以外は全員が作家である。6人で進行するのは、SF大会のパネルとしても多い方だろう。深夜帯とはいえ、非専門的な地上波TV番組として成り立つのかどうか見る前は疑っていた。評者はYouTube版で視聴したが、ネタ的な話題に偏らず(テーマはネタ的だが)、SF作家らしいキーワードを交えた分かりやすい流れで作られていた。さらに本書になると、キーワードに読み物としての重みが加わる印象だ。SF作家は予言者かと問われると誰でも違うと答えるだろうが、あらゆる可能性を(ありえないことまで含めて)考えてみるのがSF作家だという見方はできる。ハードな明日を冷めた視点で語る冲方丁、あくまで希望を失わない陳楸帆、何も変わらないとうそぶく新井素子が対照的で面白い。

ケン・リュウ『宇宙の春』早川書房

Cosmic Spring and other stories,2021(古沢嘉通編訳)

カバーイラスト:牧野千穂
カバーデザイン:川名潤

 古沢嘉通編によるケン・リュウの日本オリジナル短編集も、SFシリーズ版はこれで第4集目になる。2011年から19年までに書かれた全10編を収録している。これまでに比べ、かなりヘヴィーな作品が中核を占めているのが特徴だろう。

宇宙の春(2018)宇宙は真冬だった。すべての星が光を失い死につつある。だがその先には再生の春が待っている。
マクスウェルの悪魔(2012)日系アメリカ人だった主人公は優秀な物理学者だったが、家族を人質にとられスパイとして帝国日本に送り込まれる。
ブックセイヴァ(2019)あるウェブ・プラットフォームには、特別なプラグインが用意されている。それを使うと、読者が不快と思う文書が自動的に改変されるのだ。
思いと祈り(2019)銃撃事件で娘を亡くした母は、ある運動のために娘のデータを提供するのだが。
切り取り(2012)雲上の寺院に住む僧侶たちは、聖なる書物に書かれた文字を、一文字一文字切り取っていく。
充実した時間(2018)シリコンバレーのハイテク会社に就職した主人公は、家庭用のロボット開発で思わぬ困難に直面する。
灰色の兎、深紅の牝馬、漆黒の豹(2020)疫病発生後の未来、動物に変身するという超常能力を持つ3人娘の友情と活躍のはじまり。
メッセージ(2012)遠い昔に滅び去った文明が残した異形の遺跡を、在野の学者である男と別れた妻に育てられた少女が探索する。
古生代で老後を過ごしましょう(2011)危険な大型動物のいない古生代は、リタイア後の終の住まいに最適だった。
歴史を終わらせた男――ドキュメンタリー(2011)過去の情景をただ一度だけ再現できるタイムマシンは、その使用方法によりさまざまな波紋を広げる結果になる。

 「宇宙の春」「切り取り」は詩的なイメージに溢れた短いお話、「ブックセイヴァ」「充実した時間」「古生代で老後を過ごしましょう」はちょっと皮肉を効かせたアイデアSF。「メッセージ」も同様だが、いまから何万年後かの地球に宇宙人が来たらこうなるのかも。親子関係が微妙に絡む展開はいかにも著者らしい。「灰色の兎、深紅の牝馬、漆黒の豹」は著者得意の中国古典からインスパイアされた作品(訳者が書いているように、ほとんど原型は分からない)。

 本書でメインとなる作品は「マックスウェルの悪魔」「思いと祈り」「歴史を終わらせた男」だろう。「マックスウェルの悪魔」の主人公は、両親が沖縄出身の日系人である。この作品ではアメリカ移民に対する差別、日本では沖縄人であったことに対する差別が二重のものとして描かれる。「思いと祈り」は銃社会や日本でも同様の熾烈なネットによる中傷問題が扱われ、「歴史を終わらせた男」ではもし歴史の真実をタイムマシンが捉えたらという設定で、細菌戦に関わる日本軍部隊の残虐行為が掘り下げられている。主人たちは被害者に対する尊厳を訴えるのだが、政治的なメンツや浅はかな世論に押しつぶされようとする。情の作家ケン・リュウの、社会派的一面がうかがえる力作だ。

郝景芳『人之彼岸』早川書房

人之彼岸,2017(立原透耶・浅田雅美訳)

カバーデザイン:川名潤

 郝景芳(ハオ・ジンファン)の最新短編集である。AIをテーマとした6つの中短編と2つのエッセイから成る。このエッセイはリファレンスこそないものの、AI研究に対する科学や哲学的な分野を網羅するサーベイ論文で、異例なことに小説の手前に置かれている(しかも百ページ近くある)。著作に対する意図を、あえて明確化したものといえるだろう。

 あなたはどこに:主人公はAIのアバターを使って、自分の分身を作るビジネスを展開している。多忙のあまり恋人の相手にも分身を使うが。
 不死医院:不治の患者を回復させると評判が高い病院があった。重い病を患った母親も元気になって帰ってきた。しかし主人公には、母親の回復が信じられない。
 愛の問題:著名だった科学者が殺される。疑われたのは、複雑な家庭環境で仲が悪かった長男である。しかし、長男は家政を担当するAIロボットの犯行だと主張する。
 戦車の中:破壊された村の中で、ロボット戦車は見慣れない機械車と遭遇する。機械車が伝える情報は疑わしかった。
 人間の島:ブラックホールを抜ける旅から宇宙船が帰還する。地球では既に百年の歳月が流れ、世界は乗組員たちの知るものとは異なっていた。
 乾坤と亜力:交通制御から経済の安定まで、すべてを司る人工知能乾坤は、ある日一人の子ども亜力から学べと指令を受ける。

 これら短編の前にエッセイ、スーパー人工知能まであとどのくらい(人類を凌駕するようなスーパーAIは現われるのか、それにはどんな課題があるのか)と人工知能の時代にいかに学ぶか(人とAIとの学習の違い、これからどういう学習が重要か)がある。短編の前提条件を述べたに止まらず、人工知能と人との関係をガチに、かつ平易に論じたものだ。

 小説では、上記エッセイをベースにさまざまな問いかけがなされる。主要テーマは、感情面を含めAIは人の代替ができるのかである。「あなたはどこに」の恋人や「不死医院」の母親、「愛の問題」ではばらばらになった家族が象徴的な存在として登場する。何れの作品も、AIにはない人間特有の情動をキーにしている。たとえば「人間の島」では、スタニスワフ・レム『星からの帰還』のように(相対論的効果で)未来へと帰還した宇宙飛行士たちが、社会に平穏と安定をもたらすAIのユートピアに疑問を投げかけるのだ。

 最後の「乾坤と亜力」(『2010年代海外SF傑作選』にも収録)には小さな希望がある。この中でAIは、子どもの想像力がもたらす非論理的なものの価値を学ぶ。それは今あるAIでも人間でもない、新しい知性による未来を示唆している。

柴田元幸・小島敬太編訳『中国・アメリカ 謎SF』白水社

装幀:緒方修一
装画:きたしまたくや

 英米文学翻訳家の柴田元幸と、中国を拠点に活動するシンガーソングライター小島敬太による(選定から翻訳まで)日本オリジナルのSFアンソロジイである。日本での紹介がないか、もしくは雑誌紹介のみの作家6人(中・米各3人)7作品を収めている。

 ShakeSpace(遥控):マーおばさん(2002)主人公は、図形により人とコミュニケーションする、馬姨(マーイー)と名付けられた試作機をテストするうちに、装置の中身に疑問を感じるようになる。
 ヴァンダナ・シン:曖昧機械(2018)〈概念的機械空間〉の中には3つの不可能機械が存在する。モンゴル人の技術者、トルコ人の数学者、マリの考古学者が発見・発明したものである。
 梁清散:焼肉プラネット(2010)事故で惑星に不時着した乗客は、有害な環境なので宇宙服のヘルメットが外せず飢えに苦しむ。そこには見るからに美味そうな肉に似た生き物たちが生息していた。
 ブリジェット・チャオ・クラーキン:深海巨大症(2019)3人の科学者とスポンサーになった教会の受付係、コーディネータたちは、民間に払い下げられた原子力潜水艦に乗って、深海の底で海の修道士(シーマンク)を探す。
 王諾諾:改良人類(2017)ALSの治療を期待し冷凍睡眠に入った主人公が600年後に目覚める。人々も社会も理想的と思えたものの、彼を目覚めさせるための何らかの理由があるようだった。
 マデリン・キアリン:降下物(2016)戦争が終わってから20年後、世界や人々には戦争の深い傷跡が残されている。500年過去からやってきた主人公は、その時代の自称考古学者と出会うが。
 王諾諾:猫が夜中に集まる理由(2019)真夜中に開かれる猫の集会には、世界を守るための秘密の仕事が隠されている。

 巻末の編訳者対談「〈謎SF〉が照らし出すもの」では、本書収録の作家たちの背景が語られる。都会世代の感性を表現した中国作家は(70、80、90年代生まれ)と各年代にまたがり、一方のアメリカ作家は全員が女性で、インド系物理学者や中国系、考古学者など出自が広い。

 中国の作品はチューリングテストや遺伝子改変、シュレーディンガーの猫などストレートなSFネタで書かれている。アメリカの場合は、マイナーな文芸誌や短編集に載ったオープンエンドで実験的な作品である。未来への希望と絶望、アイデアの明快さの差異など、中・米では結構違いがある。それでも、本書の切り口「現代文学」として交互に読むと、意外な親和性や共鳴し合うものがあって面白い。同じではないけれど、それぞれの現在とシンクロしているのだ。