馬伯庸『西遊記事変』早川書房

太白金星有点烦,2023(齊藤正高訳)

扉イラスト:月岡芳年
扉デザイン:水戸部功

 著者は1988年生まれの中国作家、昨年出た『両京十五日』(2022)は歴史ミステリ/冒険小説として一躍話題を呼んだ(『このミステリーがすごい!2025年版』の海外編1位)。代表作『長安二十四時』などのドラマもヒットしている。本書はちょっと変わった切口で書かれている。歴史ものではなく、誰もが知る『西遊記』で玄奘三蔵や孫悟空はもちろん出てくるが、(原題を見ても分かるように)主人公が神仙の太白金星(李長庚)なのだ。

 天庭に属する啓明殿の殿主、老神仙の李長庚に、玄奘が経典を持ち帰る旅を支援せよとの指示が下りる。これは玄奘の属する仏祖霊鷲山(りょうじゅせん)から、天庭の霊霄殿(れいしょうでん)に直々に依頼されたものだった。管轄外のはずの謎めいた指示書を見て李長庚は思案する。観音とともに玄奘に八十一の試練を与え、仏へと昇格する実績を積ませろというのだ。旅の供となる弟子、猪八戒や沙悟浄たちも、すべて有力神の後ろ盾を持つ曰わくものばかり。そして、天界を荒らした斉天大聖(孫悟空)が五行山から解き放たれる。

 主人公は天庭(道教)の官僚である。仏祖(仏教)は天界で同格の勢力であり、官位やその地位を巡ってそれぞれの思惑がひしめいている。玄奘に与えられる試練は箔付けのために仕組まれた茶番にすぎないが、利害を持つ他の組織から妨害や横やりが次々入ってくる。李長庚はそれらをうまくいなし、ミッションを成功させないといけない。自分の出世に関わるからだ。猿の身で天界に上がろうとする孫悟空にも背景となる裏事情があった。

 この作品を、著者は大長編を書いた後の筆休めに(1ヶ月余で)書いた、とうそぶいている。といっても、並の長編の(一千枚は切る)長さはあるし、複雑怪奇な天界の権謀術数を西遊記の記述に倣って描くという離れ業なので、とても書き飛ばしの作品とは思えない。一心不乱に書き進められる没入型の作家なのだろう。漢字だらけで登場人物多数、舞台となる唐帝国や『西遊記』が完成した明の時代(さらには現代まで)を反映した複合的な小説ながら、一気呵成に読み進められる。

劉慈欣『時間移民』早川書房

时间移民,2024(大森望、光吉さくら、ワン・チャイ訳)

装画:富安健一郎
装幀:早川書房デザイン室

 早川書房から出ている『円』の姉妹編にあたる短編集。全部で13編を収録し(KADOKAWA版2冊を含めれば)これで著者の中短編はほぼ網羅された。既存3冊に含まれなかった作品にもかかわらず、残りもの的な半端感はない。軽重兼ね備えた内容があり『円』と併せれば、濃縮版劉慈欣として楽しむことができる。

 時間移民(2010)環境汚染と人口爆発から逃れるため、人工冬眠による未来への移民が実施される。計画人数は8000万人に及び、目覚めは120年後だった。
 思索者(2003)脳外科医の主人公は、急患が出た天文台で若い天文学者と出会う。彼女は恒星の瞬き(シンチレーション)を研究しているという。
 夢の海(2002)突然空中に現れた球体は、自らを異世界から来た「低温アーティスト」と名乗った。創作意欲に駆られたと称して、氷の収奪を強行するのだ。
 歓喜の歌(2005)国連最後の演奏会が開かれていた夜、夜空に異変が生じる。もう一つの地球が出現したのだ。正体を確かめるべくスペースシャトルが接近する。
 ミクロの果て(1999)世界最大の粒子加速器によるクォーク衝突実験が行われる。しかし、大統一理論の実証を企図した実験結果は思わぬ現象を生む。
 宇宙収縮(1999)宇宙の収縮が始まるらしい。それは遠宇宙で起こる現象に過ぎず、地球への影響はないと思われた。けれど、予測した教授の考えは違うようだった。
 朝(あした)に道を聞かば(2002)地球を一周する粒子加速器〈アインシュタイン赤道〉が突如消滅する。人の姿を模した非人類「リスク排除官」が理由を語る。
 共存できない二つの祝日(2016)青色惑星の誕生の日はいつなのか。惑星の生物が地球を離れた日こそ誕生日になるはずだった。
 全帯域電波妨害(2001)内戦の勃発とそれに呼応したNATO軍の侵攻により、ロシアは劣勢に立たされる。反攻のためには、圧倒的に不利な電子戦での挽回が必須だった。
 天使時代(2002)絶望的な飢餓を克服するため、アフリカの小国で倫理的に許されない技術が用いられる。アメリカは空母打撃群の軍事力により殲滅を図る。
 運命(2001)ワームホールに落ち込んだことに気づかなかった宇宙船は、衝突軌道にあった危険な小惑星を移動させるのに成功する。しかし、戻って見た地球の姿は。
 鏡(2004)そのターゲットは警察の内部情報ばかりか、リアルタイムの行動まで把握しているようだった。ターゲットは気象シミュレーションのエンジニアだという。
 フィールズ・オブ・ゴールド(2018)発射時の事故により帰還不能となった宇宙船に、冬眠状態で延命を図る1人の宇宙飛行士がいた。世界から救援の声が上がるが。

 冒頭から4作「時間移民」「思索者」「夢の海」「歓喜の歌」までは、いかにも劉慈欣らしい悲壮感と希望とが混ざり合う正統派SF作品だ。

 《三体》の主人公でもある天才科学者、丁儀または丁一(どちらも、発音はディン・イー)ものが「ミクロの果て」「宇宙収縮」「朝に道を聞かば」「共存できない二つの祝日」の4作品である。お話としての関連性はないが、初期(1999年)2作の集大成として3年後の「朝に道を聞かば」が書かれ、《三体》に発展していくと考えればつながってくる。その後の「共有できない二つの祝日」は(科学者といえば丁なので)スターシステム的に割り当てられたのだろう。

 劉慈欣のミリオタ的な嗜好と、親露的な価値観がないまぜとなった「全帯域電波妨害」、傲慢なアメリカを描く「天使時代」は他の国では書きにくいお話といえる。とはいえ、ウクライナに侵攻するロシアや、ガザを空爆するイスラエルとも相似するのだから、人類の醜い本質を突いた作品ともいえる。

 これらの中で最大の異色作は「鏡」だろう。気象エンジニアが見せるものはシャーレッド「努力」に出てくる装置と(理屈は違えど)同じものである。しかし、ここではもう一歩踏み込んで、あからさまな真実が常に正義なのかという疑問を問う。正義を貫くために社会が毀れても良いのか、という異論をあえて置いている。著者にしては珍しい政治的な主張である。

江波『銀河之心Ⅰ 天垂星防衛(上下)』早川書房

银河之心 天垂日暮,2012(中原尚哉、光吉さくら、ワン・チャイ訳)

カバーイラスト:麻宮騎亜
カバーデザイン:岩郷重力+M.U

 江波(ジャン・ポー)は1978年生まれの中国作家。本書は《銀河之心三部作》の第1巻にあたる。完結した2017年に銀河賞最優秀長編小説部門賞を受賞した人気作。初紹介となる中国の長編スペースオペラである。翻訳は《三体》と同様の大森望方式(中国語訳者とリライトするSF訳者を分けたスタイル)だが、今回はSF訳を(「弊機」で日本翻訳大賞を獲った)中原尚哉が担い、四文字熟語など原文の漢字を生かす独特の文体に仕上げている(訳者あとがき参照)。

 遙かな未来、どことも知れない宇宙。主人公は元軍人だったが、今は老朽宇宙船で日銭を稼ぐ放浪者に過ぎない。ところが一攫千金を狙って伝説の黄金星を探索する過程で、遭難した巨大環形船を発見する。やがて、謎の暗黒勢力による侵攻の危機が迫っていることが明らかになる。未知の敵に備えるためには、星系間で対立する人類の糾合が不可欠だった。

 400万年もの超未来、人類は銀河にあまねく広がっていた。星門(スターゲート)経由での交流はあるものの、版図は広大で統一を図るのは困難だった。その結果、人類はさまざまに分化している。人工惑星熊羆(ゆうひ)要塞を拠点とする雷電ファミリーは、数万人以上が住む環形(リングワールド)の世代宇宙船を有する巡邏者=沙川人の一族だ。一方、赤色巨星を巡る天垂星は繁栄する惑星で人口が多く、古家や蘇家ら由緒ある家系が軍を率いている。

 近年のスペースオペラとなると(たとえ大軍団が出てきても)壮大な銀河帝国というより、ミニマムな(個人技の)アクション小説になりがち、という印象がある。悪くはないのだが、宇宙を舞台にするのなら相応の奥行きも楽しみたい。本書の宇宙戦闘シーンは《三体》風、遡れば《銀河英雄伝説》風でもある。東洋的な渺々たるスケール感がある。また、淼(びょう)空間(=浅層亜空間)を使う弾跳(ワープ)、決まり文句の「銀河在上」も含め、和訳しなくともなんとなく分かる漢字表現が面白い。

 300年のタイムラグで知人も生きる目的もなくした主人公、6歳児並の船内AIと黎明期から生きた古老AI、名誉を重んじ悲壮感漂う名家の将軍たち、集団で力を発揮する緑色人、乱暴だが忠誠心のある宇宙海賊と登場人物の性格付けも東洋的である。一応の結末はあるものの、主人公が「銀河之心」を探索する旅は始まったばかりだ。

韓松『無限病院』早川書房

Hospital,2016/2023(Michel Berry英訳/山田和子訳)

装幀:川名潤

 韓松は1965年生まれの中国作家。劉慈欣・王晋康・何夕と並ぶ“中国SF四天王”の一人である。といっても、長編が翻訳されたのはこれまで劉慈欣ただ一人にとどまっていた。本書は《医院(病院)》三部作の初巻になる。英語からの重訳だが、初期の英訳ドラフトに著者(英語を解する)が大幅に加筆したバージョンで、本国で出た中国語版とも異なるもの。英訳者マイケル・ベリーは、「病院」とは中国政治体制の暗喩と解釈している。とはいえ、本書を読んでもそういう政治的なイデオロギーは(なくはないが)あまり強く感じられない。もっとどろどろとした、得体の知れない迷宮が描かれている。

 主人公は作詞作曲を副業とする公務員である。C市への出張も作曲関係の仕事だった。ところが、ミネラルウォーターを飲んだあと猛烈な腹痛に襲われ、ホテルの女性従業員に伴われ巨大な中央病院へと運び込まれる。待合ホールは壮大なだった。押し寄せる患者や物売りが混じり合い混沌としていた。そこから続く長い待機と診断、さらに長い検査予約、驚きの採血やレントゲン撮影、また次の検査予約と診断が出ないまま治療は果てしがなくなる。2人の従業員は、逃げ出してはいけないとばかりに傍らから離れない。

 物語はプロローグ(火星に仏陀を探しに行く探査船のお話。ただし、この巻の本文とはつながらない)があって、病気治療追記:手術という3部構成から成っている。舞台の病院は、一つの建物ではなく都市全体が(もしかすると国家自体も)病院であることが分かってくる。病気は常態化され「健康であることは病んでいることであり、病んでいることは健康であること」なのだ。そこには多くの最新鋭の医療機器、医者と看護師、さまざまな病状の(何万人もの)患者たちがいる。

 主人公の周囲の患者には、遺伝子改変措置を受けていたり、ネットと結合されていたり、百ものセンサーを移植しているものがいる。若い女性患者は「医者はどんなふうに死ぬのか」を求め、院内の建物を主人公とともに彷徨う。医療革命を唱え患者を意に介さないマッドサイエンティスト医師、患者を救うことこそ究極の目的と唱えるリーダー医師もいる。あらゆる科学が医療を支える《医療の時代》と称されるが、患者の中にはそんな病院支配から逃れようとする集団も現れる。

 さて、本書はカフカなのかレムなのか、ディックのような病的強迫観念に憑かれた作品なのか。官僚組織を描く以上(融通が利かず賄賂がはびこる)不条理さは共通するものの、韓松が社会批判を主体に書いているとは思えない。この迷宮世界の中にあるのは、遺伝子工学などの生命科学や情報社会に対する哲学的、生命倫理的な問題定義といえる。著者は大病院特有(中国の場合町医者が少なく、病院に行かざるを得ない)の、大量の患者が延々待たされたあげく納得のいかない診断で済まされる現実を見て、この問題定義の舞台にふさわしいと考えたのではないか。入院経験の(まだ)あまりない評者には、いささか分かり難いところではあるが。

大恵和実編『長安ラッパー李白』中央公論新社

(林久之、大久保洋子、大恵和実訳)

装画:ぱいせん
装幀:坂野公一+吉田友美(well design)

 なかなか文字力のある表題と、派手なイラストが目を惹く本書は、大唐帝国(の時代)をテーマとする中国SFアンソロジーである。中央公論新社から出た大恵和実編の作品集もこれで三冊目(共編も含む)、今回は日本作家4人の書き下ろしを交え、計8作品の日中競作となっている。

 灰都とおり「西域神怪録異聞」(2022*)西域へと旅立つ玄奘は内紛に揺れる長安を経て、唐の侵攻まぎわの高昌国で歓談し、帰路の于闐の地では仏画を追う男と出会う。
 円城塔「腐草為蛍」唐の皇帝である李家は漢族の血と、北方の種族が持つキチン質の外殻を持ち人馬一体の能力を有した。その帝国の盛衰を、七十二候に準えて描き出す。
 祝佳音「大空の鷹――貞観航空隊の栄光」(2007)貞観11年、唐による高句麗遠征は圧倒的な軍事力による航空戦だった。航空機は牛皮筋を巻き上げることで動力とする。
 李夏「長安ラッパー李白」(2022)玄宗皇帝の治下、飲んだくれの李白は、長安の固定周波数を乱す不協和音をラップとフロウで制すべしと命じられる。
 梁清散「破竹」安禄山の叛乱のあと、なお河北には謀反の兆しがある。主人公はその刺史(地方官吏)を暗殺すべく乗り込むのだが、黒眼白熊の悪夢を思い出す。
 十三不塔「仮名の児」懐素の書である狂草に魅せられた女道士の弟子は、市中の壁などに忽然と現れる狂草の書の意外な書き手を知る。
 羽南音「楽游原」(2021)晩唐の詩人李商隠は、ある日、馬車の中から見事な夕焼けを見る(掌編)。
 立原透耶「シン・魚玄機」処刑された女詩人魚玄機をよく知っていると称するその娘は、暗殺術に長じた殺し屋だった。誰も知らない二人の物語。
 *:既発表作を改稿、年号のない作品は書下し

 唐は7世紀から10世紀にかけ、消長を繰り返しながらも300年間栄えた。その民族的な歴史や、文化的なバックグラウンドを使って、本書では自由に物語が書かれている。西遊記の玄奘一行の別の顔、皇統に関わる虚実入り交じる帝国史、高句麗侵攻のデフォルメ化(解説によると、2003年の有志連合によるイラク侵攻を批判した内容という)、中国詩が韻を踏んでいることを利用した李白ラップ(翻訳は苦労している)、パンダがホラー的な猛獣となり(過去は広く分布していたといわれる)、最後の3作品は書家や詩人にまつわるものでなんとも唐朝らしい。

 SF的な時代ファンタジイと聞くとスチームパンクを連想しがちだ。しかし、欧州の外にヴィクトリア朝は(政治的にも文化的にも)ないので、東洋にあて嵌めるとどうしても違和感が残る。韓国のスチームパンクも似て非なるものだった。戦乱があってもどこか詩的で、李白ラップ的な「文字」に根ざした本書の作品こそが唐代SFアンソロジーには似合っている。

伊格言・他『台湾文学コレクション1 近未来短篇集』早川書房

臺灣近未來小說集,2024(呉佩珍/白水紀子/山口守編、三須祐介訳)

装画:今日マチ子
装幀:田中久子

 台湾の国立台湾文学館による「台灣文學進日本」(台湾文学を日本向けに翻訳紹介するプロジェクト。クールジャパンのように総花的なものではない)助成金を得て出版されたもの。コレクションは全部で3冊から成るが、ここでは「近未来篇」を取り上げる。これまで台湾のSF作家というと、クィアSFの紀大偉古典的な張系国などが紹介されてきた。とはいえ、現時点でSFが盛んに書かれている状況ではない。本書では未紹介作家を中心に、SF的な現代小説に枠を広げて選出したようだ。

 賀景濱(1958)*「去年アルバーで」(2005)バベルの塔のあるバーチャル空間に出入りする俺は、酒場やネイルサロンで酵母菌、右脳や左脳ととりとめない会話をする。
 湖南蟲(1981)*「USBメモリの恋人」(2008)社長秘書の私は、片思いの社長の声をメモリに録音し、忘年会商品のアンドロイドで再現しようとする。
 黃麗群(1979)「雲を運ぶ」(2019)親子の代理人は、ヒトの脳にログインできる能力がある。代々受け継がれてきたその力で、脳から雲のような何かを運び出すのだ。
 姜天陸(1962)*「小雅」(2022)母親の介護用アンドロイド小雅が失踪する。遠方に勤める息子は代替品を申請するが、虐待を疑う担当者との交渉は難航する。
 林新惠(1990)*「ホテル・カリフォルニア」(2020)無人の町を旅する私は、ホテル・カリフォルニアにチェックインする。だが、部屋から出られなくなってしまう。
 蕭熠(1980)*「2042」(2020)誰もが人工頭蓋を付け、意識のアップロードをする2040年代。主人公はふと外出したくなって骨董品店に向かう。
 許順鏜(1966)*「逆関数」(2015)教授の下に赴いた刑事は、過去に事件を起こしたストーリーマシンには、それが創造した物語に共通点があったと告げる。
 伊格言(1977)「バーチャルアイドル二階堂雅紀詐欺事件」(2021)23世紀の日本、多くの被害者を破滅させたバーチャルアイドル詐欺事件の真相とは。
 *:日本で初紹介の作家、括弧内は作家の生年と作品の発表年

 全般的には、やはり現代文学の雰囲気が色濃い。SFをテーマに据えるのではなく、あくまでツールとしてカジュアルに扱っている。近未来の社会が舞台で、VR、アンドロイドなどが登場するが、それら自体が(何かの象徴ではあっても)物語を律するキーではないのだ。中編「バーチャルアイドル二階堂雅紀詐欺事件」は、200年後なのに(類神経生物とかを除けば)現在の日本とほぼ同じという(あえてそうした?)描写を含めて、特殊設定ミステリを思わせる。陸秋槎斜線堂有紀と読み比べてみるべきなのかも。

ベストSFをふりかえる(2013~2015)

 シミルボン転載コラムの《ベストSFをふりかえる》は今回までです。ここで取り上げた9つの作品はひと昔以上(15年~9年)前のものながら、ロングセラーとして今でも読み継がれています。時代を越える普遍性を有していたとみなせるでしょう。そこを含めての「ふりかえり」とお考えいただければ幸いです。以下本文。

2013年:酉島伝法『皆勤の徒』東京創元社
 2011年の第2回創元SF短編賞の受賞作「皆勤の徒」と2012年の受賞第1作「洞の街」に、雑誌掲載の中編、書下ろしを加えた初短篇集である。短編集ではあるものの、一貫した世界観で書かれた長編のようにも読める。第34回日本SF大賞を受賞、2015年に文庫化されている。

「皆勤の徒」(2011)海上に聳える塔のような建物で、従業員はひたすら何物か分からないものを製造し続ける。「洞の街」(2012)漏斗状に作られた洞の街では、定期的に天降りと呼ばれる生き物の雨が降る。「泥海の浮き城」(書下ろし)海に浮かぶ城、二つの城が結合する混乱の中で、祖先の遺骸とされるものが消える。「百々似隊商」(2013)何十頭にもなる百々似(ももんじ)の群れを引き連れ、交易をおこなう隊商の見たもの。

 「皆勤の徒」は、一見ブラック企業に勤めるサラリーマンを戯画化した小説のように読める(実在のモデルがあるそうだ)。しかし現実とのつながりを探そうとすると、たちまち深い迷路に彷徨いこむ。“寓意”や“風刺”といった要素とは異なる、全く異質の世界が広がっている。閨胞(けいぼう)、隷重類(れいちょうるい)、皿管(けっかんもどき)など独特の造語、著者自身が書いたイラストとも併せ、描かれる異形の生き物の不気味さがめまいを呼ぶ。

 「洞の街」は著者の敬愛する山尾悠子「夢の棲む街」のオマージュでありデフォルメでもあるもの、「泥海の浮き城」はエリック・ガルシア《鉤爪シリーズ》に似た昆虫人によるミステリ。「百々似隊商」に至ると、ノーマルな人間世界とこの世界とが対比的に描かれ、世界の成り立ちを仄めかす内容となっている。巻末の大森望による解説では、こういった酉島伝法世界をSF的に解釈する見方が詳細に述べられている。これはこれで本書を読み解く手がかりになるものの、ふつうのSFに還元できない部分にこそ本書の特徴があるのは間違いないだろう。

2014年:ダリオ・トナーニ『モンド9』シーライトパブリッシング
 この年は、映画化もされ第46回星雲賞に選ばれたウィアー『火星の人』や、第35回日本SF大賞の藤井太洋『オービタル・クラウド』が出ている。そんな中で目立たなかったが、長編初紹介となる著者ダリオ・トナーニは、1959年生まれのイタリア作家だ。本書は、2013年のイタリア賞(1972年に始まったイタリアSF大会Italconで選ばれるファン投票によるSF賞。著者はこれまで5回受賞)、及びカシオペア賞(こちらは選考委員による年間ベストのようだ)を受賞するなど非常に高い評価を得た。

 そこは世界9(モンドノーヴェ)と称される。有毒な砂に満たされた砂漠を走る巨大陸上船〈ロブレド〉から、一組の継手タイヤ〈カルダニク〉が分離し脱出するが、二人の乗組員はその中に閉じ込められる。砂漠に座礁した〈ロブレド〉に棲みついた鳥たちを狙う親子がいる。鳥たちは半ば金属と化している。〈チャタッラ〉島は遺棄された無数の船が流れ着く墓場、毒使いたちはまだ生き残っている船の命を絶ち、有用な資材を運び出そうとする。〈アフリタニア〉は交換部品となる卵を生み出す船だ。だが、金属を喰らう巨大な花が口を開き、行く手を阻んでいる。

 雑誌掲載などで、10年に渡って書かれた連作短編4作から成る長編である。“スチームパンク”とされるが、重量感のある鉄をイメージするメカが登場するものの、19世紀的なものではない。金属が非常に有機的に描かれている。金属であるのに人を消化し、逆に疫病によって人や鳥さえ金属と化していくのだ。

 現実を思わせるアナロジーや社会風刺などはなく、ひたすら想像力で世界を構築する。解説の中でバラードを思わせる(恐らく『結晶世界』のことだろう)とあるが、本書の黒々とした不吉さは著者オリジナルのものだ。

2015年:ケン・リュウ『紙の動物園』早川書房
 近年のSF翻訳書としては破格に売れ話題となった本。訳者古沢嘉通による日本オリジナル版である(註:2017年から出ている文庫版は、本書から内容が組み変えられている)。著者の短篇集はこれまで中国、フランスで先行し肝心のアメリカではまとめられていなかったが、本書と同じ表題を付けたものが2015年11月にようやく出た(収録作品は異なる)。

 ケン・リュウは1976年生まれの中国作家。11歳で家族と共に渡米、以降プログラマー、弁護士を経て2002年作家デビュー。この多彩な経歴が作品に生かされている。短編「紙の動物園」は、ヒューゴー/ネビュラ/世界幻想文学大賞の三賞を同時受賞した唯一の作品だ。また中国SF作家の紹介も多く手がけ、劉慈欣の作品《三体》がヒューゴー賞を受賞するなど、翻訳の技量にも定評がある。

 紙の動物園(2011)中国から嫁いできた母は英語を話せなかったが、折り紙の動物に命を吹き込めた。もののあはれ(2012)破局した地球から脱出した恒星船で、航行を揺るがす重大事故が発生する。月へ(2012)亡命を求める中国難民が、弁護士に語る迫害の真相とは。結縄(2011)雲南の山中、文字を持たない少数民族では、縄を結ぶことで記録が作られていた。太平洋横断海底トンネル小史(2013)日米を結ぶ海底トンネルで働く一人の抗夫の語る話。潮汐(2012)月が次第に近づく中、塔を嵩上げしながら潮汐を凌ぐ人々。選抜宇宙種族の本づくり習性(2012)宇宙に住むさまざまな種族が考える、書くことと本の在り方。心智五行(2012)遭難した脱出艇は、記録にない植民星で原始的な文明と遭遇する。どこかまったく別な場所でトナカイの大群が(2011)未来、多次元に広がった世界での両親との関係。円弧(2012)荒んだ人生を歩んだ少女は、やがて一つの出会いから不老不死の手段を手にする。波(2012)何世代も経て飛ぶ恒星間宇宙船に、断絶していた地球からのメッセージが届く。1ビットのエラー(2009)偶然が運命を決める、チャン「地獄とは神の不在なり」にインスパイアされた作品。愛のアルゴリズム(2004)自然な会話をする人形を開発した女性は、次第に精神を病んでいく。文字占い師(2010)1960年代国民党治下の台湾、文字からその意味を教えてくれた老人の運命。良い狩りを(2012)西洋文明が侵透する中国で、住処を追われた妖狐が見出した居場所とは。

 本書には、テッド・チャンの短篇との関係が言及された作品が2つある。「1ビットのエラー」と「愛のアルゴリズム」だ。後者は「ゼロで割る」の影響を受けたとある。ただ、冷徹な「理」に勝つテッド・チャンに対し、ケン・リュウは「情」に優る書き方をする。結果的に作品の印象は大きく異なる。

 例えば、表題作は中国花嫁の悲哀(日本でもあったが、事実上の人身売買だ)、「もののあはれ」は悲壮感漂う最後の日本人を描いている。類型的と見なされても仕方がない設定を、あえて情感によって昇華しているのだ。「太平洋…」の大日本帝国下の台湾人、「文字占い師」の二・二八事件(台湾在住者に対する国民党政府の弾圧事件)、「良い狩りを」の英国が統治する香港などなど、これらは史実の重みを背景に負いながら、物語を「情」に落とす装置ともなっている。

 自身が20世紀の中国を知る東洋人で、作品を総べるオリエンタリズムに違和感がないことが強みといえる。これらは、最新長編、新解釈の項羽と劉邦でもある《蒲公英王朝期》を幅広く受容してもらう際に、大きなアドバンテージとなるだろう。

(シミルボンに2016年8月16日~18日掲載)

立原透耶編『宇宙の果ての本屋 現代中華SF傑作選』新紀元社

装画:鈴木康士
装丁:鈴木久美

 『時のきざはし』に続き、3年ぶりに出た立原透耶編による日本オリジナルの傑作選第2弾、今回は15作家の作品を収録する。前作と重複する作家も8名いるが、初紹介を含む新たな作家が約半分を占める。英米圏でも活動する王侃瑜や、短編集『時間の王』『三体X 観想之宙』などで既によく知られている宝樹の短編も読める。

 顧適(1985生)生命のための詩と遠方(2019)タンカーから流出した石油が消滅する。それは20年前に主人公が関わったプラスチック生物と関係するようだった。
 何夕*(1971)小雨 (1994)自然から受ける感性を3Dイメージングで表現する主人公は、一人の女性から強い印象を受けるが。
 韓松*(1965)仏性(2015)ロボットが無常を感じ輪廻からの解脱を求めた。ならばロボットもまた衆生の心を持っているのか。
 宝樹(1980)円環少女(2017)少女はパパと二人で暮らしている。ママは早くに亡くなり墓もある。ただ、少女はときどき覚えのない体験を思い出すのだ。
 陸秋槎*(1988)杞憂(2019)杞国の渠は兵法の大家だったが、諸国を巡り歩くうちにその兵書の内容はことごとく覆されてしまう。
 陳楸帆*(1981)女神のG(2009)身体的な問題で性的な喜びを感じないミスGは、脳への刺激を試みる実験的な方法で劇的な変化を遂げる。
 王晋康*(1948)水星播種(2016)実業家の主人公に叔母からの遺産の話が持ち上がる。それは未知のケイ素系生物にまつわるものだった。
 王侃瑜(1990)消防士(2016)山林火災が頻発する未来、消防用のヒューマノイドロボットが心療内科を受診する。そのタイプは人間の意識を搭載しているのだ。
 程婧波(1983)猫嫌いの小松さん(2019)チェンマイにある外国人向けの別荘地に、元エンジニアの小松さんが住んでいる。なぜか猫を嫌っているらしい。
 梁清散*(1982)夜明け前の鳥(2019)清朝末期、お忍びで出た革新派の皇帝を城内に戻す必要が生じる。不在が明らかになると改革の障害となるからだ。
 万象峰年(?)時の点灯人(2018)時間剥離が発生し、提灯守が持つ時間発生器の周辺だけでしか時間は流れなくなる。だが、発生器が永遠に動くわけではない。
 譚楷(1943)死神の口づけ(1980)バレエ団のプリマを待つ男、化学工場の工場長と何年も前に別れ今は母となった娘、その運命は重大な事故から暗転する。
 趙海虹(1977)一九二三年の物語(2004)100年前の上海、革命に奔走する男装の女は、水夢機を作ろうとする科学者の研究室で奇妙な歌を聴く。
 昼温*(1995)人生を盗んだ少女(2019)苦学を経て有名私学の特待生となった主人公に友人ができる。しかし、その友人の夢は実現不可能に思われた。
 江波*(1978)宇宙の果ての本屋(2015)誰も本を読まなくなった遠未来、億冊を超える規模を誇る最後の本屋は、滅びゆく地球を捨てて宇宙の果てへと旅を続ける。
*:『時のきざはし』収録作家

 「生命のための詩と遠方」ではプラスチック汚染問題を、(「天駆せよ法勝寺」に先行する)仏教SF「仏性」はAIに意識は芽生えるかを投げかける。さらに、ティプトリー「接続された女」的な「女神のG」、ハル・クレメント(あるいは春暮康一)やロバート・L・フォワードを思わせるクラシックな「水星播種」、実話を基にしたパンデミックSF「死神の口づけ」、現代の問題を内包する「消防士」と「人生を盗んだ少女」、スチームパンクともいえる「杞憂」、革命前夜を外国側ではなく国内視点から描く「夜明け前の鳥」「一九二三年の物語」、エモーショナルさが際立つ「小雨」「円環少女」「猫嫌いな小松さん」(表題は猫好きだった小松左京へのオマージュ)「時の点灯人」と多彩だ。「(前作より)SF色が強いものを多めに」という編纂趣旨もあって、より多様に楽しめるだろう。

 巻末の「宇宙の果ての本屋」は、宇宙のすべての知識を集めた本屋(なぜか図書館ではなく本屋なのだ)を描く。知識のデッドコピー、無条件なインプットだけでは、いずれ情報は劣化摩耗してしまう。読むだけではなくアウトプットがなければ進歩はない。学び考えることこそが新しい知恵を生むのだと締めくくられる。

劉慈欣『超新星紀元』早川書房

超新星纪元,2003(大森望、光吉さくら、ワン・チャイ訳)

装画:富安健一郎
装幀:早川書房デザイン室

 20年前、ベストセラー作家となる前の劉慈欣が最初に出版した長編が本書である。『三体0』より《三体》との関連性は薄く(さすがに『三体マイナス1』とも書けず)翻訳では後回しにされてしまったが、それでも作品の発想は著者らしい。初稿は1989年なので、原点はさらに14年もさかのぼる(2003年版は第5稿のようだ)。

 地球から8光年の距離に、質量が太陽の67倍にも及ぶ「死星」があった。本来なら夜空に存在感を見せつけたはずの明るい星だったが、星間物質の雲に遮られ、つかの間のヘリウム・フラッシュによる光以外知られることはなかった。しかし、5億年に及ぶ星の生涯は爆発により突然終わりを告げる。強大な死のエネルギーを伴う光は8光年を超え、夜空にマイナス27等級の輝きを放った。

 超新星爆発から1か月ほど過ぎた9月、卒業したばかりの小学生が各地から集められ、15日間にわたる野外ゲームが開催される。それは国家の合従連衡をシミュレーションするもので、新国家の指導者を見定める試験でもあった。大人たちが退場し、当時12歳以下の子どもたちに権限を委譲するというのだ。降り注いだエネルギー粒子により大人たちの染色体は修復不能、もはや命は1年余りしか残されていなかった。

 世界は子どもだけのものとなる。しかし、大人の秩序から解き放たれた子ども世界は、異様な変容をみせる。なんとか秩序を保とうとする慣性時代、欲望を隠そうとしないキャンディタウン時代を過ぎると、やがて南極を舞台とする超新星戦争と呼ばれる狂乱が。

 本文中でも言及されるように、ゴールディング『蠅の王』(1954)を思わせる。確かに子どもたちだけによる「国家」が描かれる点はよく似ている。ここでゴールディングは、人間=大人の中に潜む蛮性を子どもで象徴しようとした。対して劉慈欣は、子どもの倫理観は大人とは全く異なるものとする。すべては遊びであり、命さえも遊びの代償なのだ。大人のカリカチュアではないのである。そういう意味から考えると、命を課した残虐なゲームすらためらわない本書の子どもたちこそ、三体文明の異星人に近いのかもしれない(つまり『三体マイナス1』?)。

ケン・リュウ、藤井太洋ほか『七月七日』東京創元社

일곱 번째 달 일곱 번째 밤,2021(小西直子、古沢嘉通訳)

装画:日下明
装幀:長崎稜(next door design)

 今月には旧暦の七夕(8月22日)がくるので紹介する。本書の原典は、韓国Alma社で企画出版された韓国語のアンソロジイである。済州島の伝承を元にした韓国SF作家の7作品に、中国系作家2作品(どちらも原著は英語)と藤井太洋(日本語)をゲストとして加えたものだ。

 ではなぜ済州島なのか、なぜ中国や日本が関係するのか、そもそもなぜ七夕なのか。まず、済州島は12世紀まで独立国だった関係で、韓国本土と異なる独自の文化や伝承がある。海を介して大陸と近い関係で、中国文化の影響も大きかった。その点は、独立王国だった奄美や沖縄(琉球)などとも共通する。また、日本には織姫彦星の一般的な七夕伝説のほかに七夕の本地物語というものがあるが、これは済州島の伝承との関連が指摘されている。国際アンソロジイとした根拠はその辺りにもあるだろう。

 ケン・リュウ「七月七日」幼い妹に七夕のお話をしたあと、主人公はアメリカに留学する友と夜の街に出る。すると、カササギの群れが現れて2人を空へと導くのだ。
 レジーナ・カンユー・ワン(王侃瑜)「年の物語」眠りについてから久しい時間が流れたあと、怪物「年」は少年に召喚されて目覚めるが、街は見知らぬものとなっていた。
 ホン・ジウン「九十九の野獣が死んだら」銀河港のターミナルに野獣狩りのハンターがやってくる。老人と鋼鉄頭のコンビで、獲物を臭覚センサーを使って追跡するのだ。
 ナム・ユハ「巨人少女」済州島の高校生5人が宇宙船に拉致され、一見何事もなく戻ってくる。しかし、その体には異変が生じていた。急激に巨大化していくのだ。
 ナム・セオ「徐福が去った宇宙で」コレル星系の辺境で採鉱をしているコンビは、見知らぬ巨大な宇宙船と遭遇する。それは、チナイ星系から不老草を求めて飛来したという。
 藤井太洋「海を流れる川の先」サツ国の暴虐な兵が大軍で押し寄せてくる。しかし、備えを知らせようとする伝令舟に、サツ国の僧と称する男が同乗してくる。 
 クァク・ジェシク「……やっちまった!」済州島で開催される学会のあと、学会を主宰する先輩と共に島の最高峰漢拏山に登頂した主人公は不思議な体験をする。
 イ・ヨンイン「不毛の故郷」生命の豊かな惑星で、異星人は孤島の耽羅地区に保養地をもうけていたが、予想より早くそこに人間が到来した。
 ユン・ヨギョン「ソーシャル巫堂指数」ネット時代に対応するために、市民はICチップをインプラントされている。しかし、巫堂指数が高すぎる人間は異常者扱いされる。
 イ・ギョンヒ「紅真国大別相伝」翼を持って生まれたものは殺される。しかし神の造った子供は羽を密かに切り落とされ、生き残ることになる。

 明記はされていないが、ケン・リュウ以外は書下ろしか、本書が初出の作品だろう(日本初紹介作家も多数)。各作品には元となる伝承や歴史がある。七夕(中国)、架空の新年行事(中国)、九十九の谷の野獣伝説、巨人のおばあさんハルマンの伝説、徐福伝説、薩摩による琉球討伐(日本)、白鹿譚と山房山誕生の伝説、シャーマン神話、媽媽神(大別相)に関する伝説などなどだ。注記のないものはすべて済州島の伝承・伝説になる。

 ただし、それぞれの物語はずっと自由で、宇宙ものの「九十九の野獣が死んだら」「徐福が去った宇宙で」「不毛の故郷」、怪獣ものめいた「巨人少女」や、今風の近未来「ソーシャル巫堂指数」、主人公の孤独を軽妙に描く「……やっちまった!」など、ユーモアと哀感を込めて書かれたものが多い。巻末の「紅真国大別相伝」はファンタジーなのだが現代的な寓意が込められている。