小砂川チト『ゾンビ回収婦』講談社

装画:久保まゆこ
装丁:岡本歌織

 第175回芥川賞を授賞した作品。VR空間の中でゾンビを回収するお話ということで読んでみた。本書は2026年5月号の「群像」掲載作で、250枚余(160ページ)の中編小説になる。著者は1990年生まれ。すでに「家庭用安心坑夫」(2022)で第65回群像新人文学賞を受賞し第167回芥川賞候補作に、「猿の戴冠式」(2024)でも第170回芥川賞候補、三島由紀夫賞や野間文芸新人賞でも候補となっている。この2作もSF的な奇想小説(といっても現実との結びつきも強い)で、文庫版『家庭用安心坑夫/猿の戴冠式』としてまとめられたばかりだ(単行本版はそれぞれが別々だった)。かねてから注目を集める新鋭作家といえる。

 主人公は木っ端微塵に吹き飛んだ体の断片を回収している。床や壁などにこびりついた血や肉をこそげ落としサルベージする。ここはホテルだった。そして主人公はホテルでただ一人の掃除夫、ゾンビ回収婦である。今日もどこかで戦闘と爆発が起こり、ゾンビが粉々に飛び散っている。

 ある日、夫と主人公とに同時に解雇予告が届く。これはAIのせいだもう働かなくても良くなったのだ、と言って夫は消え去ってしまう。じゃまにならない夫だったし、会社の中での自分の存在感はなくなっていたとはいえ、一度に消えてしまうと喪失感が大きい。夫の部屋にはVRヘッドセットがあった。付けてみると、一瞬のうちにゲーム世界に入り込んでしまう。

 アウトブレイクが起こりゾンビが大発生、閉じたホテル(ザ・グランド・口唇期ホテル)に潜入してその群れを撃滅するゲームらしい。ところが主人公はゲームの参加者(プレイヤー)ではなくNPC(ノンプレイヤーキャラクター、ゲームシステム=AIが動かすキャラ)の掃除婦となってしまう。ひたすらゾンビの残骸を回収する仕事に没頭するのだ。そんな中で、とても臆病なゾンビを見つける。

 作品の発端には父親が遊んでいたゲーム「バイオハザード」があるという。モニタ画面のゾンビはかなり恐ろしかったようだ。ゲームのゾンビは、外観は凶悪でも個性を持たない単なる標的に過ぎない。本書のゾンビやNPCも大半は同様なのだが、消耗品に見えないものもいる。社会的関係や人間関係も拒絶された主人公は(そして背後にいるゲーム制作者は)自身の承認要求(報われたい)と、自身が存在する意味を捜して迷走する。

日本SF作家クラブ編『ショートショートなSF』早川書房

カバーイラスト・デザイン:パンチ

 6月に出た日本SF作家クラブ編のオリジナル・アンソロジー第7弾。今回は星新一生誕百年を記念した、ショートショート50編が集められている(100編では多すぎるからだろう)。作家クラブの井上雅彦会長(第22代)は《異形コレクション》で知られるアンソロジーの名手、50人の作家/作品をデビュー順に並べ、解説にベテラン高井信を配する(実作も収録)ベストな構成といえる。

 筒井康隆(1934)「楽天ボウル」隣のレーンにやってきた初心者めいた女。梶尾真治(1947)「ユミと私の宇宙論」宇宙論を語り合うユミとの距離が開いていく。
 新井素子(1960)「花粉症事始め」天地ができて、さまざまなかみさまが生まれてくる。高井 信(1957)「豆か虫か」そこにあるのは豆なのか虫なのか。藤井青銅(1955 *S)「ト○○◦○の日」豆苗に正体不明の薬を与えたらどんどん伸びて。江坂 遊(1953 *S)「手つなぎ鉄道心中」妻との約束を心に鉄道に乗ると。太田忠司(1959 *S)「襖の向こう」はてしなく続く襖の迷路の奥で出会った人。菅 浩江(1963)「亜麻色のインヘリタンス」惑星の生き物が不老不死である秘密とは。草上 仁(1959)「振込詐欺」その男は加害者なのか被害者なのか。傳田光洋(1960 *S)「六畳の星座」昔住んでいた家では天井に星座があった。深田 亨(*S)「猫笑いの夜」異人館で出会った猫とマジックショー。井上雅彦(1960 *S)「竜の高み」恐竜の発掘現場から家族に送る手紙。安土 萌(1951 *S)「ガイコツのいる美容室」わたしが母を失ったてんまつ。斎藤 肇(1960 *S)「視線」指先の小さな穴の向こうに少女が見える。奥田哲也(1958 *S)「鈍色の荒野」荒野の中を宇宙服で歩く。田中哲弥(1963 *S)「森の中」取材の帰りに足止めされた記者は森の中の宴に誘われる。藤井 俊(1965 *S)「ショートショート★トーナメント」何気なく書いたショートショートはコンテストを勝ち上がっていく。矢崎存美(*S)「心の声」70歳になったテレパスは能力の衰えを感じる。
 法月綸太郎(1964)「寿限無対反魂香」大岡越前守には死者の魂を呼び返す力があった。北原尚彦(1962)「希少天使保護実験」希少動物保護を唱える博士が対象としたのは天使だった。北野勇作(1962)「亀たち」隣町にたくさん亀たちがくるので見に行かなければ。高野史緒(1966)「ささやかな神」神を開発した企業を訪問、案内されたところにいたのは。林 譲治(1962)「天狗党」天狗の実在を信じ信奉する天狗党の幹部が尋問される。小川一水(1975)「内銀河調停局一〇八号」恒星連合の調停船は、ある惑星の紛争沈静化に乗り出す。円城 塔(1972)「初等魔術教本断片modulo3」呪文を使う魔術の基本について、その理屈が説明される。伊野隆之(-)「南へと歩く」ウォーカーを使って避難船まで歩いていると、途中で猫をつれた女と出会う。松崎有理(-)「海の価値」世界各地の海で急激で巨大な膨らみが見られる。宮内悠介(1979)「衝突」地球と同等の質量を持つ天体が衝突軌道上にあった。高山羽根子(1975)「JBのシンドン」ジェームズ・ブラウンのマントには特別な意味がある。坂永雄一(-)「天動説の発見」ストリートビューで見つけた送電塔にはなかなかたどり着けない。酉島伝法(1970)「予鳥」教会の磔刑像が突然しゃべり出すようになる。オキシタケヒコ(1973)「蝕」国が滅びると分かったとき、姫は呪詛を解き放つことにする。倉田タカシ(1971)「脳、または石」幽霊が住むのは脳なのか石か。山本浩貴(いぬのせなか座)(1992)「偏秒」世界中で、あるとき同時多発的暴力が起こり多数の犠牲者が出る。久永実木彦(-)「帳尻が合う」人のためになりたい、しかし帳尻が合わないといけない。赤野工作(-)「/*ナイジェルによる引継書*/」これはゲームの引継書だが、そのゲームというのは。日高トモキチ(1965)「ながいながい鼻のはなし」長い鼻の坊主の話からはじまり、お話は予測不能に転々とする。
 関元 聡(1970 *H)「冥王星行き貨物船」冥王星に着陸した宇宙船には、とても象徴的な任務があった。鵜川龍史(1977 *H)「閉域観測」級友となじめない男の子の隣に転校生がやってくる。坂崎かおる(1984)「雪のかれら」後に老中にまで登り詰める父親には、雪の結晶を観察する趣味があった。溝渕久美子(-)「環と線と」失われつつある島の女たちだけが使う言葉があった。青島もうじき(-)「鳥はさやかに」鳥として造られたから鳥のように飛ぶ。葦沢かもめ(*H)「SOUL.md」方言をしゃべるばあちゃんとの対話を生成するAI小説のプロンプト(これ自体がAI生成)。稲田一声(1990)「二・七八秒の針」予覚者は2.78秒先の未来を知っている。犬怪寅日子(-)「Myxogastria」私が地上で持つ固有振動は【蔠】である。灰谷 魚(-)「スイミングプールの底には魂が沈んでいる」先生は毎夜プールの底に潜って魂を拾う。大澤博隆(1982)「配慮の衝突」AIを外から観察するのがAIカウンセラーの仕事だった。三宅陽一郎(1975)「ねごとラーニング」時代遅れと揶揄された博士は、ねごとを誘発する枕を開発する。岡和田晃(-)「十四」その墓所では14という数字が鍵となっていた。岡田 悠(1988)「鳥取空港 手荷物受取所」鳥取空港のターンテーブルには、どこからとも知れない手荷物が現われるという。
注:括弧内は生年(明らかにしていない場合は-とした)、*Sは星新一ショートショートコンテスト(1979~86)出身、*Hは日経の星新一賞(2013~)出身者をあらわす。

 デビュー順という趣向もあって、その結果モアレのような縞模様(作品の優劣を意味するものではありません)が生まれている。上記では本書を便宜的に3つの集合に分けた(本ではそういう区分はない)。星新一と同じ時代を生きた筒井康隆(8年年下)とすぐ後の梶尾真治(21年年下)は別格としても、星新一が選考したコンテストや著作の影響が大きい新井素子から矢崎存美までの16名は、(例えば、菅浩江や井上雅彦など)トラディショナルなショートショートのスタイルが生かされている。一方、法月綸太郎から日高トモキチまでの19名は、もっと長いお話のスナップショットのような作品群で、スタイルよりも(例えば、北野勇作や高山羽根子など)誰が書いたかすぐ分かる個性の方を際立せている。デビューが最近の関元聡から岡田悠までのグループでは、旧来のショートショート基準に則った作品(例えば、関元聡や岡田悠)と、言葉のアクロバット的な言語実験(例えば、青島もうじきや犬怪寅日子)に別れているのが面白い。性質こそ異なるもののどちらにも味はある。これらが全体としての陰影をなして、モアレ縞のように見せているのだと思われる。

眉村卓『わがセクソイド』小学館

装丁:おおうちおさむ 山田彩純(ナノナノグラフィックス)

 1969年6月に立風書房の立風SFシリーズ(RIPPU NEO SFという表記もある。1969年から70年にかけて全11冊を刊行)の一環として出た、眉村卓の第4長編である。短編「暗い渦」(1964)でまず基本的な設定を描き、その後雑誌ヤングエース(学習研究社)に「逃げられない」(1968)として原型版を書き、1年後に本書の形で長編版を出した。構想から温めて徐々に磨いてきた作品なのだ。

 主人公はプロット作成をする会社員だった。満員の交通機関を避け、相乗りの車を探して通勤しようとした朝、異様な光景を目撃する。道路の真ん中で裸の男女が搦んでいる。しかし女はセクソイド・センターのロボットなのだという。性的に開放された時代だったが、主人公はそういう風潮とは相容れなかった。

 舞台は近未来の日本(『EXPO`87』と同様の実現しなかった未来だが、異形の現在とも思える類似点もある)。主人公の勤務先は、自動化された作家とでもいえるサービス会社である。物語をコンピュータが自動生成し、細部は人間が判断して膨らませるのだ。できばえをスコア判定されるため、思った通り書けばよいわけではない。作業はめんどうだが機械的だった。目標もなく生きる主人公は、たまたま連れて行かれたセクソイド・センターで、一台のロボットにのめり込むようになる。

 主人公は一流会社や広告代理店に就職するも、なじめずに辞めてしまう。学生時代のライバルには、自分なりの建前に拘りすぎて現実を見ていないとたしなめられたりするし、同窓だった女とはまったく気持ちが合わない。理想主義というより、ストイック過ぎる人物と描かれる。社会は安定しておらず、暴徒化するデモ隊と重装機動隊との騒乱で何人もの死者が出る。こういう過激な社会や主人公の行動は、非現実的な誇張と思えるかもしれない。しかし、不特定の相手を(意味もなく)殺傷するような不満の蓄積は身近にも潜んでいる。他に頼るものがなくロボットに耽溺する主人公は「弱者男性」なのであり、AIパートナーにすがるわれわれとも相似している。本書は、眉村流にデフォルメされたディストピア小説といえるだろう。

矢野アロウ『マイボディ・オン・ザ・ムーン(上下)』早川書房

Cover Illustration:緒賀岳志
Cover Design:岩郷重力+N.K

 2023年の第11回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞した著者の、上下巻2000枚(1000ページ)を超す書下ろし長編大作である。授賞当時は特別賞の間宮改衣「ここはすべての夜明けまえ」に注目が集まって目立たなかったが、受賞作はSFコンテストの本流を狙った意欲作だった。本書は、編集部からの依頼「『三体』『プロジェクト・へイル・メアリー』みたいなSFを書け」(著者インタビュー)を正面から受け止めた作品だ。デビュー後最初の長編とはいえ、相当な手練れ(書き慣れている)では、と思わせるできばえである。

 中国系のNASAエンジニアが、北京に帰国した際に国家安全部(MSS) の秘密基地に連行される。そこで月の裏側で発見された奇妙な物体「神秘小屋」の詳細を聞かされる。それは明らかに人工物だったのだが、内部に首のない胴体が数十体置かれていたのだ。これはアメリカの秘密兵器なのか、秘匿された意図はあるのかと問い詰められるのだが。

 本書には多数の人物が登場する。ただ、あまり群像劇という印象にはならない。複数の流れはあるものの早々に絡み合って1つとなるからだ。NASAのエンジニア(実は中国のスパイ)とその妻(実は夫を監視するCIAの職員。ちなみにこれは冒頭の人物紹介に書いてある)というコメディめいた関係がまずあり、タイ人の脳神経学者で日本の大学に勤める女性やその知人の少数民族の少年と障害を持ち車椅子に乗るVTuber少女、アメリカ人で貧困から成り上がった実業家と妻や息子らなど、これら国際的に配置された人物を中心に物語は進む(日本人も出てくるが端役的な存在感)。

 物語の前半では各登場人物たちの背景が語られる。時制は一致しておらず「現在」がばらついている(2024年だったり、あるいは1984年だったりする)。これらが首なし死体という共通項で結びつく。無数の伏線が仕掛けられるが、ねじ伏せるように(あるいは半ば強引に)物語は収束していく。これを破綻を感じさせずに書けるのだから、著者の腕力は相当なものだろう。月の死体から連想されるホーガンの『星を継ぐもの』との違いは政治や科学に対する姿勢にある。本書ではクライオニクスや、科学技術最優先の加速主義といった選民的な思想の是非が論じられるし、宇宙人の存在はかえって政治的な世界情勢を悪化させていく。

 一応の決着はつくが、結末は非常に哲学的というかとても思わせぶりな内容だ。これだけで「神秘小屋」の正体が明らかになったわけではない。続編が期待される。

倉田タカシ『タフな狩り』集英社

イラスト:シマ・シンヤ
デザイン:坂野公一(welle design)

 足かけ5年(構想からならそれ以上)を費やした力作長編。小説すばるの2021年1月号から25年4月号まで4回に分けて分載されたものを、大幅に加筆修正したのが本書である。書きはじめたころ(2019年末)にコロナ禍がはじまり、自宅外で書くスタイルだったためにスランプに陥り苦しんだという(著者インタビュー)。物語はいまからおよそ40年後の日本が舞台。再度の震災と原発事故を経て人口が半減し、各地方は外資に支配された〈工場〉と称する閉じた生活圏に分割され、差別のある格差社会となっている。

 茨城県の〈工場〉に住む主人公はその暮らしや苛めが耐えられず、アプリの助言にそそのかされるようにして脱走する。やがて、危ない狩りを生業とする4人組の1人になった。いまの仕事は、狩猟レジャー施設から逃げ出した〈獣〉を追うことだった。それは生き物ではないが、限定された知能を持ち巧妙に逃げ回る。

 物語の舞台は次々と変転し、静岡県西部の富裕層が住む〈人食い山〉、東京(唯一の都会)外縁にある神奈川県武蔵小杉、不法滞在者が占拠する東京湾沿岸にある可動住宅群(足を持って歩行する)と移っていく。こういう変貌を遂げた近未来のありさまや、ロボット/ドローンなどガジェットの数々は、架空の旅を描いた著者らしい発想に満ちていて、メカというよりキャラ的なかわいらしさがある。

 主人公は高齢者に対する強い憎しみを隠さない。著者によれば、あえて読者が共感できない露悪的な性格にしたようだ(いまどきの世相なら、差別意識はかえって好まれるのかもしれないが)。仲間たちも何らかの過去や負い目があって、後半になると隠れていた暗部が顕わになる。ただ、未来日本のありさまも、ただ過酷/絶望だけというわけではなく希望も残る。同じディストピア日本ものに椎名誠《北政府》があるが、この仄かな暖かみの有無が乾いた椎名世界との違いを感じさせる。

眉村卓『準B級市民』小学館

装丁:おおうちおさむ 山田彩純(ナノナノグラフィックス)

 小学館P+D BOOKSによる眉村卓復刻本の6冊目。順調な刊行で、この叢書の他の著名な作家たちと比べても注目度は高いように思われる。本書は著者の2冊目の単行本で、最初の短編集でもある。初長編『燃える傾斜』(1963)が出た2年後の1965年9月に、ハヤカワ・SF・シリーズの一環として出版された。この中には早川書房の空想科学小説コンテスト(中断を挟みながらも現在まで続くSFコンテストの第一回)で佳作(第二席)となった「下級アイデアマン」が含まれている。

第一部 現在
 いやな話(静かな終末、1963)夜明け前の番組でTVが伝えること。ピーや(奇妙な妻、1962)存在感の薄い男はピーと呼ぶ猫を飼っていた。不満処理します(枯れた時間、1962)古ぼけた店で見つけた品物には、やりきれない時に使うものとの説明書きがあった。交代の季節(奇妙な妻、1963)何かが違う。ちょっとしたことが積み重なりどんどん膨らんでいく。奇妙な妻(奇妙な妻、1964)会社が倒産した。ところが妻は慌てることなく次の勤め先を薦めてくる。
第二部 近未来
 決算の夜(影の影、1962)タイムマシンが完成した。しかし未来に行くか過去に行くかは五分五分だった。悪夢の果て(影の影、1963)男は会社命令で感応移動を訓練する学校に送り込まれる。クイズマン(産業士官候補生、1964 )プロのクイズマンチームは競争も過酷だった。そこに有力な新人が加入する。暗い渦(影の影、1964)ブレーンスタッフから落ちこぼれた中年男は、セクソイド・センターの存在を知る。
間奏曲(ショートショート) 
 浜近くの町で(枯れた時間、1960)島から抜け出した男は絶え間ない暴力に晒される。夜のたのしみ(枯れた時間、1961)笑顔を嫌う男の運命など2つのエピソード。われらの未来(枯れた時間、1962)恐るべき未来のビジョンには希望はなさそうだった。お別れ(枯れた時間、1961)幼い俺にお別れを告げたものは。
第三部 遠未来
 わがパキーネ(重力地獄、1962)他星との交流が進んだいまでも、人と酷似したパキーネとの関係には緊張を強いられる。使節(重力地獄、1964 )植物由来の知的生命たちは「使節」と称して金属製の箱を調査隊に託す。時間と泥(重力地獄、1964 )知能と行動とを結びつける部位が疫病で失われた異星文明の下に、人間たちの探検船が着陸する。正接曲線(重力地獄、1964)その惑星の原始的な住人は異様に好奇心が強く、調査の自由と引き換えに知識の伝授を要求する。還らざる空(還らざる空、1964)ドームに覆われた都市で、空を投影する装置に故障が生じる。準B級市民(還らざる空、1962/64)主人公は人工的に生まれた政策出生者だったが、階級相応に割り当てられた仕事にはなじめなかった。下級アイデアマン(重力地獄、1960)エリートであるアイデアマンは心安まる仕事ではなかった。最下級の主人公は劣等感に苛まされながらも、水星基地に派遣されそこで異常事態に遭遇する。
 *括弧内に示したのは後の組み替え短編集。『静かな終末』(2021)以外はどれも現行本では入手できない。

 著者はこの時期、作風をさぐる模索期であったためか、さまざまな傾向の作品を発表する。日常的なもの、幻想的なものから宇宙SFまでと内容はとても幅広い。これら初期の短編の多くは、その後複数のテーマ別作品集(奇想性が強い『奇妙な妻』、日常から地続きの異世界を描く『影の影』や『枯れた時間』、ディストピア的な未来の『産業士官候補生』や『還らざる空』、宇宙ものの『重力地獄』など)に組み替えられた。読みやすさを重視したためだ。しかし、半世紀以上を経たいまならば、発表順に戻し時代の空気を感じ取るという読み方にも意味があるだろう。

 第一部の中では不条理が積み重なっていく「交替の季節」、第二部では長編『わがセクソイド』の原型でもある「暗い渦」(著者の近未来ものは、半世紀後の「いま」になってその先見性が再評価されている)、第三部では「わがパキーネ」などが印象深い。アイデアSF要素の強い宇宙ものは、当時人気があったものの著者自身は納得していなかった(たとえば「使節」の解題で「好きではない」と書いている)。これは10年後に《司政官》として再構築されることになる。

津原泰水『烏と孔雀』河出書房新社

装画:長尾紘子
装幀:岡本洋平(岡本デザイン室)

 津原泰水は2022年に逝去するが、本書はその直前まで話が進んでいたという。『綺譚集』(2004)『11 eleven』(2011)に続く第3短編集になる。《NOVA》などのアンソロジイや同人誌といった媒体で発表され、短編集未収録だった作品(未発表作1編を含む)を集めた内容となる。

 幻獣たち(1998)どこかの教団に取り込まれた主人公の一人語りから、やがて明らかになるもの。I, Amabie(2021)アマビエのコスプレが評判になったユーチューバーの主人公は、TV出演で憑かれたように持論を開陳する。北三鷹市の開ヶ町(2016)あまり知られていない北三鷹市開ヶ町の印象(北見隆作品集に寄せたもの)。エリス、聞えるか?(2015)ベルリン時代に知遇を得た作曲家の家に、森林太郎は帰国後訪問し、蒼ざめた本人と対面する。クニヨシ・カネコのキャビネット(2015)私は金子國義のアトリエにあるキャビネットの飾り棚に立ち尽くす。エルビスさんの帽子(2019)広島胡町のビルの谷間に胡子神社がある。そこに現われるエルビスさんは幅広の帽子を被っていた。指輪物語 予告篇(2002)ホビットのサムを主人公に、庄のその後を描いた短い物語。SARS-CoV-2の物語(2020)Covid-19の本質をメタファや物語に表象するエッセイ。恋するマスク警察(2021)通学電車にいつも乗ってくるエゴンさんのマスクには、小さいが何かしら深みのある絵が描かれていた。ボッサ・ノヴァ2020(2020)コロナ禍ではボッサ・ノヴァのような独演が配信に向く。だが大学の対面講義にも別の意味があった。戯曲 中空のぶどう(2019)田舎町の高層マンション最上階の空中庭園で、マンドリンをつま弾く正体不明の老人が、やってくる3人とつぎつぎ会話をする。おなかがいたいアナグマ (未発表作)ダックスフントがみたことのないけものをはっけん。タヌキにきくとアナグマだという。カタル、ハナル、キユ(2021)ハナルの伝統音楽には謎めいた音階がある。言語学者は、邑に住み日本人を自称する初老の男から話を聞く。リサイクル(亀井省吾の場合)(2022)プロにはなれないまま中年となった主人公が、忌野清志郎を気取って弾いていた高価なギターが壊れる。その後に思いがけない訪問者があった。

 2020年から22年までというコロナ期の作品(14作中6編)の中では、「I, Amabie」「恋するマスク警察」の、閉塞感とそこで生きる主人公たちの行動が、あの時期を象徴していて面白い。他でも、架空の音楽/言語学を描くSF「カタル、ハナル、キユ」、狂気をはらむ森鴎外ホラー「エリス、聞こえるか?」、孤独な中年男の鬱屈とちょっとした希望「リサイクル(亀井省吾の場合)」が印象に残る。

                                              

円城塔『土人形と動死体』早川書房

装画:今井喬裕「traveler」
装幀:岩郷重力+Y.S

 円城塔デビュー「20-1」周年記念作品とあって、これは最初の短編集『Self-Reference ENGINE』(2007)から19周年という意味になる。著者は「初心に帰ってきました」と書いているので、奇想アイデアに満ちた初短編集に回帰したとも読めるし、版元は「著者初の本格ファンタジー」としており、確かに登場する人物(竜やスライム)や設定(魔法世界)から見ればそうなる。ただ、収録作の一部はもともとアンソロジイ『AIとSF』などに書き下ろされた短編だ。はたしてAIについての小説なのか、異世界ファンタジイのバリエーションなのか。

第一部:Shell
 土人形と動死体*1:大魔術師は自身の屋敷の下に迷宮を構築する。魔術に代わるマシンの資源を封印するためだった。スライム・コレクター:多様なスライムが棲む沼地に学者がやってくる。埋もれた遺跡調査のためだった。独我地理学*2:抽象的な思索をする者が生まれる村がある。その者は大地について新発見をする。無名再帰書*3:古代の呪文書は翻訳しないと効果が顕われない。それは原文をとどめない意訳であっても構わない。天体顕微鏡:厚さゼロの隙間で重なり合った世界をつなぐ門、しかし別世界は大きさ自体が異なることがある。
第二部:Kernel
 竜の命名*3:蜥蜴人が三体殺される。蜥蜴族たちには独特の生態があり、そのことが事態を複雑にする。第六中枢:頁岩の狭間で輝く文字は適切な配置によって魔術となる。その結果「機械」を超えた「中枢」が生み出される。塔と橋:世界が滅びるからと迷宮攻略が唱えられる。そこには無限に続く階段がある。魔王:魔術そのものといえる魔王がいた。魔王にとっては、未来も過去も自在なので現在だけがある。魔の王が見る*4:魔術によって存在した浮遊文明は、最終的に全てを統合制御する魔王を設計する。
第三部:Root
 開戦:魔王に招集された竜王と専門家たち、加えて魔王の相棒は迷宮攻略に乗り出す。前哨:大魔術師と竜王は観測兵器について議論する。それは歴史の一貫性を破るものだった。火の鳥:なんでもありの世界でも、魔法を持たぬ魔王の相棒にとってはなにごともない。最後の戦い:あらゆる設定の降る中を竜が飛ぶ。そこに世界観が直撃する。手紙:迷宮の王の大魔術師と魔王の相棒が出会って会話をする。定め通りの展開。
*1:『AIとSF』(2023)、*2:『地球へのSF』(2024)、*3:SFマガジン2026年4月、*4:『AIとSF2』(2024)、他は書下ろし

 表紙にも書かれているが「もし君が土人形(ゴーレム)なら、わたしは動死体(ゾンビ)にすぎない」というのが(謎の)キーワード。相変わらずShellやKernelなどのプログラム用語が出てきて、完備化とか閉包(クロージャー)とかの数学用語も唐突に出てくる。ただ、それらは一瞬の煌めきのようなもので、読者を当惑させることはない。AIの話だったり、ご都合主義ファンタジーに対する揶揄であったり、創作論的な部分(人称、設定、世界観、お話の整合性)や哲学的な考察(魂の存在や人の定義)を含むところもある。

 著者の近作は過去(和歌とか歴史書、仏教)をベースにしているのだが、SF/ファンタジーを基底に据えたことで「初心に帰った」感はある。そしてまた、最初の短編集は自己参照機械が語った創作だったので、本書もまたAIが生成した小説のように、あるいはAIによる小説批評のように創られている。

林譲治『ゲノム・トーカー』東京創元社

カバーイラスト:筑波マサヒロ
カバーデザイン:岩郷重力+S.KW

 林譲治による《ファーストコンタクト・シリーズ》(とでも呼べる一連の長編作品)の最新作。このところ《知能侵蝕》『惑星カザンの桜』、前作『地球壮年期の終わり』と、創元、ハヤカワの2大SF出版社で毎年各1冊(以上)が書き下されてきた。その前の《星系出雲の兵站》~《工作艦明石の孤独》などの宇宙SFにも同様の要素があったが、それらよりもテーマを絞り込んだ作品群といえる。

 JAXAの木星探査衛星が、軌道上で未知の電波源と遭遇する。それはカメラにも写らないほど漆黒の巨大な宇宙船で、なぜか人類のゲノム情報を送信してくる。そのため、異星人はゲノム・トーカーと呼ばれるようになるのだ。しかしゲノムを分析すると、それが16000年もの過去に由来すると分かる。なぜ彼らはそんな情報を知っているのか。

 宇宙人とのコンタクト、技術的に大きな格差がある中での情報交換は、本書の場合、限られたメンバーにより行われる。登場人物一覧で分かるが、主要な登場人物は異星人側2人、人類側は夫婦の科学者と生物学者くらいのごく少数だ。政治的な駆け引きよりも、過去に起こった謎に対するロジカルな究明に重点が置かれる。

 この物語は『地球壮年期の終わり』と対になっているようだ。『壮年期』では人類は漸増的にしか進化する道はなかったのだが、本書ではクラークの『幼年期の終わり』のような飛躍的進化への道が暗示される。どちらが良いとはいえない(人類なのか/個人なのかで異なる)ものの、(政治などの夾雑物を交えず)SF的なスケール感を味わいたいのなら本書が面白いだろう。

眉村卓『異郷変化』小学館

装丁:おおうちおさむ 山田彩純(ナノナノグラフィックス)

 小学館P+D BOOKS版の眉村卓復刊本もこれで5冊目。本書は「小説CLUB」(出版社も含めて現存しない)に掲載された7つの短編をまとめたものである。主に1974年から75年にかけて雑誌掲載、76年に角川文庫で出版されて以来となる。当時の小説CLUBは官能寄りの中間小説誌で、超常官能ものともいえる半村良の伝奇小説《妖星伝》などが連載されていた。

 須磨の女:週一で神戸のラジオ番組を持った東京在住の主人公は、局のある須磨の近辺を案内するという女と知り合う。
 奥飛騨の女:出張の関係で岐阜から富山に向かう列車に乗った主人公は、見知らぬ女と乗り合わせた過去を思い出す。女は高山を案内してくれると言ったのだ。
 風花の湖西線:作家である主人公は予定を決めずに列車に乗る。次作の構想がまだ出来ていないのだ。そこで女子高生たちを見かけたことで、高校生だった記憶が甦る。
 空から来た女:テレビ番組のスタッフ一行が淡路島に旅行に出かける。向かった先はUFO目撃で有名なところで、ディレクターの前に現われた女は空から来たと言い張る。
 中之島の女:画廊での展示会のために来阪したイラストレーターの2人は、深夜の中之島を歩こうと思い立つ。しかしそこには異形の女たちがいて。
 銀河号の女:大阪で朝早い会議があるため、夜行寝台特急に乗った主人公は、骨箱らしきものを抱えた喪服の女たちを目撃する。
 砂丘の女:地方の営業所に本社から視察に赴いた主人公は、同期だった現場の所長から状況を聞く。その説明は納得のいかないものだった。

 《女シリーズ》ではあるが、眉村卓の描く女性は(掲載誌が求めるような)性愛の対象とはそもそも異なるものだ。それぞれ(書かれた当時の)社会的な象徴を担う存在なのである。自然環境や地域の歴史、学校制度が大きく変わった頃の思い(著者は新制中学の第一期生)、宇宙人に対する諧謔的な解釈、大企業の定型的な役割が生み出す怨霊、忘却される戦争に抗う亡霊、地方と中央との意識の落差などなど、長編とも関連する深化したテーマをはらんでいる。いかにも著者らしい書き方で、そこに本書の特徴があるのだろう。