小林泰三『此方より』KADOKAWA

カバーイラスト:Toy(e)
カバーデザイン:青柳奈美

 7月に出た本。小林泰三が2020年に亡くなって6年になるが、単行本にまとめられずに埋もれていた作品も多い。それら14編を集成したのがこの中短編集である。小説新潮などの一般読者向け、SFマガジンのハードSFを志向する読者向け、創土社のクトゥルー(ホラー)ものアンソロジイ収録作(中編)と、対象読者がそれぞれ異なるのに(アイデアの硬軟はあっても)物語のトーンすべてが共通するのは著者らしい。

 愛玩(2015)児童相談所の職員は、首輪につながれた少女が監禁されているという告発を受けて調査に赴く。
 メロスの疑念(2020)帰還に疑問を感じるようになったメロスと、転落していく男の自堕落な人生との奇妙なシンクロ。
 掌の上の宇宙(2013)男がドブ川からすくった水には微少な生き物たちが生きていた。そこに冴えない中年男が訪問してくる。
 量子密室(2013)超絶探偵Σのもとに「妻を不確定に殺したので、彼女を観測して波動関数を収束させて欲しい」という犯行の解決依頼が寄せられる。
 大いなる種族(2013)空飛ぶポリプに襲われる地球人たちは、円錐形の体と鋏の腕をもっていた。しかしそれは実験中に見た夢なのか幻覚なのか分からないものだった。
 二人を繋ぐ夢(2014)年末を病院で過ごすことになった女子大生は、1人の女医が異様になれなれしいのが気になった。何か目的があるのだろうか。
 強いAI(2016)あるときAIロボットの中に意識が芽生えた。つまり強いAIとなったのだ。だがそれだけで人間を凌駕できるわけではなかった。
 単純な形(2021)わたしは次元潜水船を正八胞体(超立方体)で設計した。形状として最も適していたからだ。(図形を交えての作品)。
 最初の角逐(2018)オックスフォード街で起こった貴族殺人事件、わたしは犯行のトリックを解明したと語る男に辟易していたが、さらに怪しい老人までがやってくる。
 きらきらした小路(2021)キラキラした小路の周辺には無数の黒い穴がある。穴の周りを巡る渦に巻き込まれれば帰ってはこれないのだ。
 虹色の高速道路(2021)祖父から操りの儀式を引き継ぐのだが、その儀式のためには数表と計算図表を用いたご神体の調整が必要らしかった。
 自分霊(2018)念願の大学合格を果たした主人公は格安の部屋を借りる。ところが、そこに奇妙なものが現われるようになる。これは幽霊なのか。
 シミュレーション仮説(2013)駅の線路に転落した僕は、引き延ばされた時間の結果として、列車に引かれて死んだはずだった。 
 此方より(2016)子どもの頃、異端の科学者だった伯父の家で、異次元の色彩に彩られた機械を見た。大人になってから、教え子という女から伯父の行方を問われるが。
 このうち2021年発表作はSFマガジンの追悼特集号に掲載されたもの。

 ロボット三原則驚きの解釈、波動関数収束の回避法、テセラクト、超極限カー物体などが出てくる。アイデア小説となっているものも、何段にもわたってオチが付くので予測不可能である。「大いなる種族」や表題作の「此方より」も、クトゥルー小説のレギュレーションを踏まえ、定番の描写や固有名詞(ネクロノミコンなど)をちりばめながらも、きわめて論理的にしゃべる登場人物を配して、情感より理屈を重視する小林泰三のスタイルを崩していない。これは、ホラーというより(本格系の)ミステリに近いだろう。

 著者は1962年生まれで大阪大学基礎工学部卒の兼業作家だった。理山貞二と同様の堀晃直系といえる経歴なのだが、2015年に勤めていた三洋電機を退社し(三洋を買収した松下電器への転籍を拒んで)作家専業となった。収録された作品の多くはその前後に書かれたものである。

『紙魚の手帖 vol.30 Genesis』東京創元社

Cover Illustration:Seiji Yoshida
Book design:albireo

「紙魚の手帖」による「夏のSF特集 Genesis」第4弾。恒例となる第17回創元SF短編賞の受賞作掲載も行われている。

 春鹿未明「鳥なき島」第17回創元SF短編賞受賞作。天国という名の娘への語りかけから始まる。東北のどこか、補陀落島には首輪をはめられた女たちと茶館しかない。そこはHGD社の持ち物で、ときどき巨大な船がお客を連れてやってくる。
 天沢時生「長い別れ」亜人たちがひしめく東京、主人公の探偵はある事件をきっかけに人間と友達になる。豚のフリップ・マーロウによるハードボイルドミステリ。
 雨露山鳥「数と泥」古代都市バビロンで数を数える女神は、泥人形だった人間の少女にかしずかれる。だが、バビロンの神々は新たな征服者により蔑ろにされつつあった。
 高谷再「躍れ生徒会長」生徒会長が突然留学で不在に。新会長選挙では有力な対立候補が現われ、前会長を学習したおもちゃのAIが支援する副会長は敗色が濃厚だった。
 宮西建礼「光路」太陽の重力レンズを使えば系外惑星が観測できる。壮大な計画に従い飛行する無人探査機は、ようやくたどり着いた観測点で意外な事実を知る。
 マーサ・ウェルズ「信頼関係――それは友情、連帯、仲間、あるいは共感」企業が統治するステーションに潜入するメンバーとAI。しかしステーション内部は混乱状態にあった。《マーダーボット》のスピンオフ作品。

 受賞作についての選考委員講評は以下のようなものだった。
 高山羽根子「SF的な構築世界と接続するスケール感も、酩酊したような語り口も、読みにくさと紙一重になると選考会では言われていましたが、わたしはかえって読みやすいと感じました。(中略)たとえば、教育を受けずに文字が読めない語り手のことばのリズムや使い方というのは、そうでない娘の天国さんとは決定的に違うでしょうし、多くの女性の命を削って得たお金で自分が生まれ育ち、ここから逃げおおせたという天国さんの気持ちにも、何か重要な葛藤があるはず」、飛浩隆「胡乱な語り口や、幻想とサイエンスの中間での漂い(たとえばマイクロキメリズムをめぐる箇所)がまじりあった総体が新鮮で、最終景にも異様な感動がある。語りの千鳥足めいた混乱はエンタメの観点からは注文をつけたくなるが、あえてこれが選ばれていることもあきらかだ」、長谷敏司「この作品は、途中、「読み手にわかりやすい話」をよいタイミングで挟んでいて、配置の巧みさで、するする読めるようになっていました/エモーショナルなシーンや、印象的なカットが、惜しげもなく登場します。飽きさせないように、展開を早めた、現代的なつくりでした」。

 この作品に出てくるHGD社というのは防衛産業らしく、女たちも特殊なバイオ設計をされた人間のようではある。ただ、そういった世界設定や小道具は主題ではない。人間社会の根源に宿る差別やジェンダーによる不合理を、主人公が思い出す/思いつくままに(一貫した論理もイデオロギーも考慮せず)語った内容である。創元SF短編賞の一方の側(ハードSFなどと対極)に振り切った作品といえて、ハヤカワSFコンテストならば犬怪寅日子を思わせる。

 このほかに、中村融×天沢時生「英米SF史外観」や石亀航「現代アメリカSF・ファンタジー・ホラー雑誌事情総まくり」、マーサ・ウェルズ×大澤博隆×中原尚哉×石亀航のパネル討論(はるこん2026)採録、などを掲載。これらは、ネット時代に生じたSF情報の「穴」を補う記事といえる。パンフレットだったころの「紙魚の手帖」(およそ40年前)を思わせる時事的/概要的なコラムだろう。今後も続くであろう連作(小川一水、宮沢伊織)や、連載もの(綾瀬まる、久永実木彦)については今回紹介を割愛した。

理山貞二『すべての夢、果てる地で』東京創元社

Cover Design+Photo Complex:岩郷重力+S.KW

 2012年の第3回創元SF短編賞(今年で17回を迎える)を受賞して以来14年、理山貞二による待望の初中短編集である。

 折り紙衛星の伝説(2014)軌道上から無人機を放とうとする技術者は、子どもの頃に飛ばした紙飛行機の思い出を反芻しながら準備を進める。
〈すべての夢│果てる地で〉(2012)量子コンピュータかつ図書館でもある〈館長〉は、人類からの接触が失われた後、ブラケット記法のブラ宇宙に探査デバイスを設置する。クラシックSF作品へのオマージュに満ちた創元SF短編賞受賞作。
 四元数の悪魔(2023)事業に失敗して死のうと思った男が海辺で怪物と出会う。目を合わせたものを順番に襲っていくが、動きがハミルトンの四元数に基づいているのだ。
 ディセロス(2019)火星でクーデターによりヒト至上主義政府が樹立される。航行中の宇宙工場は奪取を恐れて旅客部分を分離、コアと保安モジュールだけで火星艦を迎え撃つ。だが、船内の機械人格保持者の保安要員たちにも危機が迫っていた。
 キャプテン・セニョール・ビッグマウス(2025)世界中の文化財や歴史的遺産が盗難に遭い、重要容疑者ビッグマウスが捕まる。盗みは太陽系を揺るがす存在に対処するためなのだというが。
 黒い星の伝説(書下ろし)祖母が語る子ども向けのお話には隠された真相があるようだった。「ディセロス」のもう一つの物語。

 受賞作は当時の選考委員の間で、「エリック」という最後に明らかになる作家の正体と、SFのセルフパロディ的な側面のバランスが議論となった。大森望+飛浩隆が支持し、日下三蔵が反対という立場だった。今読み直すと、前者がはるかに重くなり後者の要素は薄れている。ただそれは、2011年の東日本大震災や小松左京の死を含め(評者の)記憶及び当時のインパクトが摩耗してしまっただけかもしれない(下記リンクが発表時の印象)。

 矢野徹「折り紙宇宙船の伝説」(1975)へのオマージュになっている「折り紙衛星の伝説」、ブラケット記法、四元数、「ディセロス」の波動方程式、プレシジョン・ダイス、機能人格保持者、「キャプテン・セニョール・ビッグマウス」の時空壁合誘発体。こういう、いかにもSF的な用語の使い方、分かったようで実は分からない説明(これがないとハードSFとは感じられない)に浸って愉しめる。登場人物たちの会話はシチュエーションを考えれば自然で、何段階かに及ぶ展開のエスカレーションも読者を飽かせないポイントである。

 著者は1964年生まれで、大阪大学基礎工学部を卒業している。大学時代はSF研究会に所属、DAICON4のスタッフを務めたこともある。もともとディープなSFファンなのだ。兼業作家であり、本書解説を書いた堀晃直系の(20歳年下ながら)後輩でもある。ただ受賞時点で48歳、メーカーで管理業務などに就いていたら50代はもっとも多忙な時期になる。(たぶん)やくたいもない会議や報告に追われ、作品発表に影響したのだろう。定年を過ぎる頃から(再雇用かフリーなのかはともかく)創作活動に復帰、60代の作品はますます濃厚さを増している。これからの十年に期待したい。

山尾悠子『鏡の角度』思潮社

写真:山尾悠子
図版:アタナシウス・キルヒャー「Ars Magna Lucis et Umbrae」より
装幀:柳川貴代

 2023年6月から始まった「現代詩手帖」の隔月連載《鏡の中の鏡》から12編を集めたもの。著者はあとがき「付・鏡の角度あるいは鏡の中の鏡」の中で「詩のような小説か小説のような詩、どちらを引き当てるか運次第」と述べている。noteでは「現代詩手帖」出身であればよかったのに、とも。

 「パルトロメウス或いは蝟集性について」吹き抜けの空が見える塔の中でおれは夢を見る。「夜の宮殿とオネスティの犬」湖面の沖で離宮が燃えている夜の宮殿で、じぶんは当たり籤を求めてさまよう。「無限の図書館」無限の図書館の中心部には無限の竪穴がある。「夜の駅舎と女たち、庭園」片手で何かを指し示す手振りのまま、ゆるゆる優雅に回転する女コンシェルジュたちの姿が見えていた。「春の祭典抄」懸垂式のモノレールが頭上を走る異国の街で、風変わりな舞踏の舞台を観たことがある。「眠れる黒いヘルマフロディトス」ふと脇を見て、その場に他ならぬ〈眠れるヘルマフロディトス〉がいる。「《アウトサイダー》」その場にて己が真正面から向き合ったのは他でもない。「夢みる階段愛好家の話」あらまあ。これどう見ても有名な大階段、グラン・エスカリエだわね。「スワンの恋」『鏡の角度』と題された絵はその人の晩年の代表作となり、作品目録の表紙にもなった。「漏斗と螺旋その他」紅い日没時には漏斗のへりに居並ぶ影の如き者たちが口から吐きだす言葉の群れが風に乗り舞い降りる。「真っ青な空中にぴんと張られた綱を渡っていく……」そして籤売りがやってきた。はたはた靡く幟を背に負い、売り物の籤をぎっしりと詰めた掛け帯つきの木箱を胸の前にかかえて。「エンタシスと黒松の美術館」窓外の明るい景色や観賞順路の光景を密かに盗み見るこのわれはいったい何者であるか。

 山尾悠子も古希を過ぎた。過去の作品の断片(遠近法とか影盗みとか籤売りとか)をちりばめた本書には、読者的観点からは時を感じさせるところはある。とはいえ老いたのは読者であって、山尾世界そのものに時間経過はない。遠近法の宇宙が図書館になったりの変化はあるものの、時間的には凍結されているのだ。ファンならもう周到に手に入れただろうが、思潮社の本なので部数はそう多くはないだろう。本自体も稀なるものだ。

小砂川チト『ゾンビ回収婦』講談社

装画:久保まゆこ
装丁:岡本歌織

 第175回芥川賞を授賞した作品。VR空間の中でゾンビを回収するお話ということで読んでみた。本書は2026年5月号の「群像」掲載作で、250枚余(160ページ)の中編小説になる。著者は1990年生まれ。すでに「家庭用安心坑夫」(2022)で第65回群像新人文学賞を受賞し第167回芥川賞候補作に、「猿の戴冠式」(2024)でも第170回芥川賞候補、三島由紀夫賞や野間文芸新人賞でも候補となっている。この2作もSF的な奇想小説(といっても現実との結びつきも強い)で、文庫版『家庭用安心坑夫/猿の戴冠式』としてまとめられたばかりだ(単行本版はそれぞれが別々だった)。かねてから注目を集める新鋭作家といえる。

 主人公は木っ端微塵に吹き飛んだ体の断片を回収している。床や壁などにこびりついた血や肉をこそげ落としサルベージする。ここはホテルだった。そして主人公はホテルでただ一人の掃除夫、ゾンビ回収婦である。今日もどこかで戦闘と爆発が起こり、ゾンビが粉々に飛び散っている。

 ある日、夫と主人公とに同時に解雇予告が届く。これはAIのせいだもう働かなくても良くなったのだ、と言って夫は消え去ってしまう。じゃまにならない夫だったし、会社の中での自分の存在感はなくなっていたとはいえ、一度に消えてしまうと喪失感が大きい。夫の部屋にはVRヘッドセットがあった。付けてみると、一瞬のうちにゲーム世界に入り込んでしまう。

 アウトブレイクが起こりゾンビが大発生、閉じたホテル(ザ・グランド・口唇期ホテル)に潜入してその群れを撃滅するゲームらしい。ところが主人公はゲームの参加者(プレイヤー)ではなくNPC(ノンプレイヤーキャラクター、ゲームシステム=AIが動かすキャラ)の掃除婦となってしまう。ひたすらゾンビの残骸を回収する仕事に没頭するのだ。そんな中で、とても臆病なゾンビを見つける。

 作品の発端には父親が遊んでいたゲーム「バイオハザード」があるという。モニタ画面のゾンビはかなり恐ろしかったようだ。ゲームのゾンビは、外観は凶悪でも個性を持たない単なる標的に過ぎない。本書のゾンビやNPCも大半は同様なのだが、消耗品に見えないものもいる。社会的関係や人間関係も拒絶された主人公は(そして背後にいるゲーム制作者は)自身の承認要求(報われたい)と、自身が存在する意味を捜して迷走する。

日本SF作家クラブ編『ショートショートなSF』早川書房

カバーイラスト・デザイン:パンチ

 6月に出た日本SF作家クラブ編のオリジナル・アンソロジー第7弾。今回は星新一生誕百年を記念した、ショートショート50編が集められている(100編では多すぎるからだろう)。作家クラブの井上雅彦会長(第22代)は《異形コレクション》で知られるアンソロジーの名手、50人の作家/作品をデビュー順に並べ、解説にベテラン高井信を配する(実作も収録)ベストな構成といえる。

 筒井康隆(1934)「楽天ボウル」隣のレーンにやってきた初心者めいた女。梶尾真治(1947)「ユミと私の宇宙論」宇宙論を語り合うユミとの距離が開いていく。
 新井素子(1960)「花粉症事始め」天地ができて、さまざまなかみさまが生まれてくる。高井 信(1957)「豆か虫か」そこにあるのは豆なのか虫なのか。藤井青銅(1955 *S)「ト○○◦○の日」豆苗に正体不明の薬を与えたらどんどん伸びて。江坂 遊(1953 *S)「手つなぎ鉄道心中」妻との約束を心に鉄道に乗ると。太田忠司(1959 *S)「襖の向こう」はてしなく続く襖の迷路の奥で出会った人。菅 浩江(1963)「亜麻色のインヘリタンス」惑星の生き物が不老不死である秘密とは。草上 仁(1959)「振込詐欺」その男は加害者なのか被害者なのか。傳田光洋(1960 *S)「六畳の星座」昔住んでいた家では天井に星座があった。深田 亨(*S)「猫笑いの夜」異人館で出会った猫とマジックショー。井上雅彦(1960 *S)「竜の高み」恐竜の発掘現場から家族に送る手紙。安土 萌(1951 *S)「ガイコツのいる美容室」わたしが母を失ったてんまつ。斎藤 肇(1960 *S)「視線」指先の小さな穴の向こうに少女が見える。奥田哲也(1958 *S)「鈍色の荒野」荒野の中を宇宙服で歩く。田中哲弥(1963 *S)「森の中」取材の帰りに足止めされた記者は森の中の宴に誘われる。藤井 俊(1965 *S)「ショートショート★トーナメント」何気なく書いたショートショートはコンテストを勝ち上がっていく。矢崎存美(*S)「心の声」70歳になったテレパスは能力の衰えを感じる。
 法月綸太郎(1964)「寿限無対反魂香」大岡越前守には死者の魂を呼び返す力があった。北原尚彦(1962)「希少天使保護実験」希少動物保護を唱える博士が対象としたのは天使だった。北野勇作(1962)「亀たち」隣町にたくさん亀たちがくるので見に行かなければ。高野史緒(1966)「ささやかな神」神を開発した企業を訪問、案内されたところにいたのは。林 譲治(1962)「天狗党」天狗の実在を信じ信奉する天狗党の幹部が尋問される。小川一水(1975)「内銀河調停局一〇八号」恒星連合の調停船は、ある惑星の紛争沈静化に乗り出す。円城 塔(1972)「初等魔術教本断片modulo3」呪文を使う魔術の基本について、その理屈が説明される。伊野隆之(-)「南へと歩く」ウォーカーを使って避難船まで歩いていると、途中で猫をつれた女と出会う。松崎有理(-)「海の価値」世界各地の海で急激で巨大な膨らみが見られる。宮内悠介(1979)「衝突」地球と同等の質量を持つ天体が衝突軌道上にあった。高山羽根子(1975)「JBのシンドン」ジェームズ・ブラウンのマントには特別な意味がある。坂永雄一(-)「天動説の発見」ストリートビューで見つけた送電塔にはなかなかたどり着けない。酉島伝法(1970)「予鳥」教会の磔刑像が突然しゃべり出すようになる。オキシタケヒコ(1973)「蝕」国が滅びると分かったとき、姫は呪詛を解き放つことにする。倉田タカシ(1971)「脳、または石」幽霊が住むのは脳なのか石か。山本浩貴(いぬのせなか座)(1992)「偏秒」世界中で、あるとき同時多発的暴力が起こり多数の犠牲者が出る。久永実木彦(-)「帳尻が合う」人のためになりたい、しかし帳尻が合わないといけない。赤野工作(-)「/*ナイジェルによる引継書*/」これはゲームの引継書だが、そのゲームというのは。日高トモキチ(1965)「ながいながい鼻のはなし」長い鼻の坊主の話からはじまり、お話は予測不能に転々とする。
 関元 聡(1970 *H)「冥王星行き貨物船」冥王星に着陸した宇宙船には、とても象徴的な任務があった。鵜川龍史(1977 *H)「閉域観測」級友となじめない男の子の隣に転校生がやってくる。坂崎かおる(1984)「雪のかれら」後に老中にまで登り詰める父親には、雪の結晶を観察する趣味があった。溝渕久美子(-)「環と線と」失われつつある島の女たちだけが使う言葉があった。青島もうじき(-)「鳥はさやかに」鳥として造られたから鳥のように飛ぶ。葦沢かもめ(*H)「SOUL.md」方言をしゃべるばあちゃんとの対話を生成するAI小説のプロンプト(これ自体がAI生成)。稲田一声(1990)「二・七八秒の針」予覚者は2.78秒先の未来を知っている。犬怪寅日子(-)「Myxogastria」私が地上で持つ固有振動は【蔠】である。灰谷 魚(-)「スイミングプールの底には魂が沈んでいる」先生は毎夜プールの底に潜って魂を拾う。大澤博隆(1982)「配慮の衝突」AIを外から観察するのがAIカウンセラーの仕事だった。三宅陽一郎(1975)「ねごとラーニング」時代遅れと揶揄された博士は、ねごとを誘発する枕を開発する。岡和田晃(-)「十四」その墓所では14という数字が鍵となっていた。岡田 悠(1988)「鳥取空港 手荷物受取所」鳥取空港のターンテーブルには、どこからとも知れない手荷物が現われるという。
注:括弧内は生年(明らかにしていない場合は-とした)、*Sは星新一ショートショートコンテスト(1979~86)出身、*Hは日経の星新一賞(2013~)出身者をあらわす。

 デビュー順という趣向もあって、その結果モアレのような縞模様(作品の優劣を意味するものではありません)が生まれている。上記では本書を便宜的に3つの集合に分けた(本ではそういう区分はない)。星新一と同じ時代を生きた筒井康隆(8年年下)とすぐ後の梶尾真治(21年年下)は別格としても、星新一が選考したコンテストや著作の影響が大きい新井素子から矢崎存美までの16名は、(例えば、菅浩江や井上雅彦など)トラディショナルなショートショートのスタイルが生かされている。一方、法月綸太郎から日高トモキチまでの19名は、もっと長いお話のスナップショットのような作品群で、スタイルよりも(例えば、北野勇作や高山羽根子など)誰が書いたかすぐ分かる個性の方を際立せている。デビューが最近の関元聡から岡田悠までのグループでは、旧来のショートショート基準に則った作品(例えば、関元聡や岡田悠)と、言葉のアクロバット的な言語実験(例えば、青島もうじきや犬怪寅日子)に別れているのが面白い。性質こそ異なるもののどちらにも味はある。これらが全体としての陰影をなして、モアレ縞のように見せているのだと思われる。

眉村卓『わがセクソイド』小学館

装丁:おおうちおさむ 山田彩純(ナノナノグラフィックス)

 1969年6月に立風書房の立風SFシリーズ(RIPPU NEO SFという表記もある。1969年から70年にかけて全11冊を刊行)の一環として出た、眉村卓の第4長編である。短編「暗い渦」(1964)でまず基本的な設定を描き、その後雑誌ヤングエース(学習研究社)に「逃げられない」(1968)として原型版を書き、1年後に本書の形で長編版を出した。構想から温めて徐々に磨いてきた作品なのだ。

 主人公はプロット作成をする会社員だった。満員の交通機関を避け、相乗りの車を探して通勤しようとした朝、異様な光景を目撃する。道路の真ん中で裸の男女が搦んでいる。しかし女はセクソイド・センターのロボットなのだという。性的に開放された時代だったが、主人公はそういう風潮とは相容れなかった。

 舞台は近未来の日本(『EXPO`87』と同様の実現しなかった未来だが、異形の現在とも思える類似点もある)。主人公の勤務先は、自動化された作家とでもいえるサービス会社である。物語をコンピュータが自動生成し、細部は人間が判断して膨らませるのだ。できばえをスコア判定されるため、思った通り書けばよいわけではない。作業はめんどうだが機械的だった。目標もなく生きる主人公は、たまたま連れて行かれたセクソイド・センターで、一台のロボットにのめり込むようになる。

 主人公は一流会社や広告代理店に就職するも、なじめずに辞めてしまう。学生時代のライバルには、自分なりの建前に拘りすぎて現実を見ていないとたしなめられたりするし、同窓だった女とはまったく気持ちが合わない。理想主義というより、ストイック過ぎる人物と描かれる。社会は安定しておらず、暴徒化するデモ隊と重装機動隊との騒乱で何人もの死者が出る。こういう過激な社会や主人公の行動は、非現実的な誇張と思えるかもしれない。しかし、不特定の相手を(意味もなく)殺傷するような不満の蓄積は身近にも潜んでいる。他に頼るものがなくロボットに耽溺する主人公は「弱者男性」なのであり、AIパートナーにすがるわれわれとも相似している。本書は、眉村流にデフォルメされたディストピア小説といえるだろう。

矢野アロウ『マイボディ・オン・ザ・ムーン(上下)』早川書房

Cover Illustration:緒賀岳志
Cover Design:岩郷重力+N.K

 2023年の第11回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞した著者の、上下巻2000枚(1000ページ)を超す書下ろし長編大作である。授賞当時は特別賞の間宮改衣「ここはすべての夜明けまえ」に注目が集まって目立たなかったが、受賞作はSFコンテストの本流を狙った意欲作だった。本書は、編集部からの依頼「『三体』『プロジェクト・へイル・メアリー』みたいなSFを書け」(著者インタビュー)を正面から受け止めた作品だ。デビュー後最初の長編とはいえ、相当な手練れ(書き慣れている)では、と思わせるできばえである。

 中国系のNASAエンジニアが、北京に帰国した際に国家安全部(MSS) の秘密基地に連行される。そこで月の裏側で発見された奇妙な物体「神秘小屋」の詳細を聞かされる。それは明らかに人工物だったのだが、内部に首のない胴体が数十体置かれていたのだ。これはアメリカの秘密兵器なのか、秘匿された意図はあるのかと問い詰められるのだが。

 本書には多数の人物が登場する。ただ、あまり群像劇という印象にはならない。複数の流れはあるものの早々に絡み合って1つとなるからだ。NASAのエンジニア(実は中国のスパイ)とその妻(実は夫を監視するCIAの職員。ちなみにこれは冒頭の人物紹介に書いてある)というコメディめいた関係がまずあり、タイ人の脳神経学者で日本の大学に勤める女性やその知人の少数民族の少年と障害を持ち車椅子に乗るVTuber少女、アメリカ人で貧困から成り上がった実業家と妻や息子らなど、これら国際的に配置された人物を中心に物語は進む(日本人も出てくるが端役的な存在感)。

 物語の前半では各登場人物たちの背景が語られる。時制は一致しておらず「現在」がばらついている(2024年だったり、あるいは1984年だったりする)。これらが首なし死体という共通項で結びつく。無数の伏線が仕掛けられるが、ねじ伏せるように(あるいは半ば強引に)物語は収束していく。これを破綻を感じさせずに書けるのだから、著者の腕力は相当なものだろう。月の死体から連想されるホーガンの『星を継ぐもの』との違いは政治や科学に対する姿勢にある。本書ではクライオニクスや、科学技術最優先の加速主義といった選民的な思想の是非が論じられるし、宇宙人の存在はかえって政治的な世界情勢を悪化させていく。

 一応の決着はつくが、結末は非常に哲学的というかとても思わせぶりな内容だ。これだけで「神秘小屋」の正体が明らかになったわけではない。続編が期待される。

倉田タカシ『タフな狩り』集英社

イラスト:シマ・シンヤ
デザイン:坂野公一(welle design)

 足かけ5年(構想からならそれ以上)を費やした力作長編。小説すばるの2021年1月号から25年4月号まで4回に分けて分載されたものを、大幅に加筆修正したのが本書である。書きはじめたころ(2019年末)にコロナ禍がはじまり、自宅外で書くスタイルだったためにスランプに陥り苦しんだという(著者インタビュー)。物語はいまからおよそ40年後の日本が舞台。再度の震災と原発事故を経て人口が半減し、各地方は外資に支配された〈工場〉と称する閉じた生活圏に分割され、差別のある格差社会となっている。

 茨城県の〈工場〉に住む主人公はその暮らしや苛めが耐えられず、アプリの助言にそそのかされるようにして脱走する。やがて、危ない狩りを生業とする4人組の1人になった。いまの仕事は、狩猟レジャー施設から逃げ出した〈獣〉を追うことだった。それは生き物ではないが、限定された知能を持ち巧妙に逃げ回る。

 物語の舞台は次々と変転し、静岡県西部の富裕層が住む〈人食い山〉、東京(唯一の都会)外縁にある神奈川県武蔵小杉、不法滞在者が占拠する東京湾沿岸にある可動住宅群(足を持って歩行する)と移っていく。こういう変貌を遂げた近未来のありさまや、ロボット/ドローンなどガジェットの数々は、架空の旅を描いた著者らしい発想に満ちていて、メカというよりキャラ的なかわいらしさがある。

 主人公は高齢者に対する強い憎しみを隠さない。著者によれば、あえて読者が共感できない露悪的な性格にしたようだ(いまどきの世相なら、差別意識はかえって好まれるのかもしれないが)。仲間たちも何らかの過去や負い目があって、後半になると隠れていた暗部が顕わになる。ただ、未来日本のありさまも、ただ過酷/絶望だけというわけではなく希望も残る。同じディストピア日本ものに椎名誠《北政府》があるが、この仄かな暖かみの有無が乾いた椎名世界との違いを感じさせる。

眉村卓『準B級市民』小学館

装丁:おおうちおさむ 山田彩純(ナノナノグラフィックス)

 小学館P+D BOOKSによる眉村卓復刻本の6冊目。順調な刊行で、この叢書の他の著名な作家たちと比べても注目度は高いように思われる。本書は著者の2冊目の単行本で、最初の短編集でもある。初長編『燃える傾斜』(1963)が出た2年後の1965年9月に、ハヤカワ・SF・シリーズの一環として出版された。この中には早川書房の空想科学小説コンテスト(中断を挟みながらも現在まで続くSFコンテストの第一回)で佳作(第二席)となった「下級アイデアマン」が含まれている。

第一部 現在
 いやな話(静かな終末、1963)夜明け前の番組でTVが伝えること。ピーや(奇妙な妻、1962)存在感の薄い男はピーと呼ぶ猫を飼っていた。不満処理します(枯れた時間、1962)古ぼけた店で見つけた品物には、やりきれない時に使うものとの説明書きがあった。交代の季節(奇妙な妻、1963)何かが違う。ちょっとしたことが積み重なりどんどん膨らんでいく。奇妙な妻(奇妙な妻、1964)会社が倒産した。ところが妻は慌てることなく次の勤め先を薦めてくる。
第二部 近未来
 決算の夜(影の影、1962)タイムマシンが完成した。しかし未来に行くか過去に行くかは五分五分だった。悪夢の果て(影の影、1963)男は会社命令で感応移動を訓練する学校に送り込まれる。クイズマン(産業士官候補生、1964 )プロのクイズマンチームは競争も過酷だった。そこに有力な新人が加入する。暗い渦(影の影、1964)ブレーンスタッフから落ちこぼれた中年男は、セクソイド・センターの存在を知る。
間奏曲(ショートショート) 
 浜近くの町で(枯れた時間、1960)島から抜け出した男は絶え間ない暴力に晒される。夜のたのしみ(枯れた時間、1961)笑顔を嫌う男の運命など2つのエピソード。われらの未来(枯れた時間、1962)恐るべき未来のビジョンには希望はなさそうだった。お別れ(枯れた時間、1961)幼い俺にお別れを告げたものは。
第三部 遠未来
 わがパキーネ(重力地獄、1962)他星との交流が進んだいまでも、人と酷似したパキーネとの関係には緊張を強いられる。使節(重力地獄、1964 )植物由来の知的生命たちは「使節」と称して金属製の箱を調査隊に託す。時間と泥(重力地獄、1964 )知能と行動とを結びつける部位が疫病で失われた異星文明の下に、人間たちの探検船が着陸する。正接曲線(重力地獄、1964)その惑星の原始的な住人は異様に好奇心が強く、調査の自由と引き換えに知識の伝授を要求する。還らざる空(還らざる空、1964)ドームに覆われた都市で、空を投影する装置に故障が生じる。準B級市民(還らざる空、1962/64)主人公は人工的に生まれた政策出生者だったが、階級相応に割り当てられた仕事にはなじめなかった。下級アイデアマン(重力地獄、1960)エリートであるアイデアマンは心安まる仕事ではなかった。最下級の主人公は劣等感に苛まされながらも、水星基地に派遣されそこで異常事態に遭遇する。
 *括弧内に示したのは後の組み替え短編集。『静かな終末』(2021)以外はどれも現行本では入手できない。

 著者はこの時期、作風をさぐる模索期であったためか、さまざまな傾向の作品を発表する。日常的なもの、幻想的なものから宇宙SFまでと内容はとても幅広い。これら初期の短編の多くは、その後複数のテーマ別作品集(奇想性が強い『奇妙な妻』、日常から地続きの異世界を描く『影の影』や『枯れた時間』、ディストピア的な未来の『産業士官候補生』や『還らざる空』、宇宙ものの『重力地獄』など)に組み替えられた。読みやすさを重視したためだ。しかし、半世紀以上を経たいまならば、発表順に戻し時代の空気を感じ取るという読み方にも意味があるだろう。

 第一部の中では不条理が積み重なっていく「交替の季節」、第二部では長編『わがセクソイド』の原型でもある「暗い渦」(著者の近未来ものは、半世紀後の「いま」になってその先見性が再評価されている)、第三部では「わがパキーネ」などが印象深い。アイデアSF要素の強い宇宙ものは、当時人気があったものの著者自身は納得していなかった(たとえば「使節」の解題で「好きではない」と書いている)。これは10年後に《司政官》として再構築されることになる。