キャメロン・ウォード『螺旋墜落』文藝春秋

Spiral,2024(吉野弘人訳)

写真:Moment/Getty Images All copyrights belong to Jingying Zhao
デザイン:城井文平

 著者は英国の作家。数学の学位があり、ITや出版業界で働いた経験がある。他にもペンネームを持ち、サスペンスやスリラーに分類される小説を書いている。本書はタイムループものなので読んでみた。物語は中年のシングルマザーと、その成人した息子との2つの視点で進む。

 ロンドンからロスに飛ぶ旅客機に母親が搭乗している。この便では息子が副操縦士を務めているが、自分が同乗することを告げていない。数ヶ月前に父親の消息を巡って深刻な対立があり、わだかまりが解けていなかったからだ。ところが、到着の間際になって異常事態が発生する。機体のコントロールが失われ、墜落は避けられないと思われた直前、時間が1時間巻き戻ってしまう。一回だけではなく何度も何度も。しかも、繰り返し間隔はあるルールに従って短くなっていく。

 この密室劇とは別に、息子のロスでの父親探しがエピソードとして挟まれる。その正体は、事故の原因ともなる意外な結末とも結びついていく。

 他でも書いたが、タイムループはもはや説明抜きのアイデアとなった。本書でも、タイムリミット・サスペンスにおける時限爆弾と同程度の扱いだ(言葉の意味を知らない人は少数なので)。ただ、ゲーデルの時間的閉曲線という考えをとり入れたのはSF的で面白いが、それならループ内側の機内と外の(すべての)世界は連動しているのではないか、この結末は多世界の一つに過ぎないのではないか、などちょっと気になる点はある。

アレステア・レナルズ『反転領域』東京創元社

Eversion,2022(中原尚哉訳)

カバーイラスト:加藤直之
カバーデザイン:岩郷重力+W.I

 アレステア・レナルズの長編としては17年ぶりの翻訳となる。かつては文庫の製本限界を試すボリューム本(1000ページ)で名を挙げたが、最近ではJ・J・アダムズジョナサン・ストラーン編のアンソロジイや、橋本輝幸編『2000年代海外SF傑作選』に収められた「ジーマ・ブルー」(2021年の星雲賞海外短編部門)など、中短編のイメージが強かった。昔の長編は現代スペースオペラだったが、近作ではどう変わったのだろう。

 19世紀、帆船デメテル号はノルウェーの沿岸を北に向かって航行している。船にはロシア人富豪が雇った探検隊が乗っており、沿岸のどこかにある亀裂を目指しているのだ。そこには未知の建造物があり、発見することで名声ばかりか富が得られるらしい。しかしようやくたどり着いたフィヨルドで思いがけない事態が発生する。何が起こったのか。

 雇われたばかりの船医(主人公)、傲慢な富豪の探検隊長、頑健できまじめな警備担当、観測にのめり込む若い地図担当、職務に忠実な船長、博学をひけらかす貴族の言語学者など、登場人物は多いが性格付けを含めてとてもシンプルといえる。多少謎めいているとはいえキャラに関しては複雑な背景はないようだ。しかし、標題が『反転領域』なのだから、お話までもシンプルというわけではない。

 北極を舞台にした帆船ものとなると、古くはフランケンシュタインとか、TVドラマにもなったダン・シモンズ『ザ・テラー』とかを思い浮かべる。ただ、ネタバレをしない範囲で書くと、本書は(そういう要素もあるものの)ホラーではない。帯に「超絶展開SF」と書いてあるとおり、途中からSFに回帰する。結果として二転三転どころか四転五転するわけだが、さてこのうちどれが「本物」だったのかと振り返って悩むのも、本書の楽しみ方かもしれない。

ユキミ・オガワ『お化け屋敷へ、ようこそ』左右社

Welcome to Haunted House,2025(吉田育未訳)

装画:カワグチタクヤ
装幀:島田小夜子(KOGUMA OFFICE)

 日本在住の日本人でありながら英語で作品発表を行い年刊傑作選に収録されるなど高い評価を受けているオガワユキミの日本オリジナル短編集(類例がないわけではないが)。本書の11編はすべて英文だが(本人ではなく翻訳者により)和訳されたものである。

 町外れ(2013)結婚相談所にやってきた古風な女は、マスクで耳元までを覆い「雄が必要なのだ」と繰り返した。仕方なく相手を探す相談に乗るのだが。
 
煙のように光のように(2018)決められた段取りに従って大きな納屋の空間に入り、大旦那のところに行くと、そこで召喚された若い幽霊、母親と男の子の姿を見る。

 お化け屋敷へ、ようこそ(2019)お化け屋敷にはさまざまな妖怪がいる。人形や傘、リュート、何枚かの皿などのモノが化けている。ただ、記憶は朝にはリセットされる。
 
つらら(2013)つららは半分人間で半分雪女だった。心臓が氷柱でできていた。ひとりで海を見に行く決心をし家を出ることにした。
 
童の本懐(2018)家に取り憑いた妖怪は、そこに住む女と祖母、娘のために力を盗み出す。しかし、自分から力を盗んだことで何もかもが緩慢に悪くなる。

 NINI(2017)宇宙ステーションに設けられた高齢者施設では、やさしい外観をしたニニが医療AIとの仲立ちをしている。餅を分解して非常食とする機能さえ持っていた。

 手のひらの上、グランマの庭(2021)父親が進学資金を使い込んだため、わたしは異形の生き物グランマの、ワームホールの先にある家で働くことになった。

 パーフェクト(2014)変色したマグノリアのドレスを着たわたしは、出会う人々から完璧なもの、頬や手や目玉、肉体を次々と手に入れていく。

 千変万化(2016)島の呉服店で働く主人公は、爪先の色を自在に変化させる有名なモデルと知り合いになる。ところが、偶然ポリッシュを手に入れたことで。

 巨人の樹(2014)夢の中で共に過ごした巨人との暮らしは、ふるさとの校庭にあるケヤキの巨木とつながっている。

 アウェイ(書下ろし)「ナミ様」はさまざまなものになって生き返ってくる。今度は空だった。そして甦るたびに、元の世界から何かを連れ帰ってくるのだ。

 日本の妖怪もの(たとえば《しゃばけ》とか)のユーモラスな雰囲気を感じさせる。だが、結末は少しダークになる。舞台も日本とはいえないどこか(日本的な幽霊とトウモロコシ畑が共存する)、無国籍の設定となっている。発表誌の多くはホラー/ファンタジー系が多い。

 物語では、現実に近い世界と夢の世界/異世界とがシームレスに置かれている。「アウェイ」では、何にでも姿を変えるナミ様が存在する世界(ファンタジイ)に、元の生々しい世界(リアル)が垣間見える(現実の方がアウェイなのだ)。異世界もまた単純ではない。「煙のように光のように」では大旦那様の納屋の中に、さらに霊界を呼び出す2段階目の異世界が現出する。こういう、一筋縄でいかない構造の精妙さがユキミ・オガワの面白さなのだろう。

ラヴァンヤ・ラクシュミナラヤン『頂点都市』東京創元社

The Ten Percent Thief,2020/2023(新井なゆり訳)

カバーイラスト:緒賀岳志
カバーデザイン:岩郷重力+W.I

 著者はインドの作家、ゲームデザイナーでインド南部にあるハイテク拠点都市ベンガルール(旧名バンガロール)に在住インド系米国作家米国在住作家の本はこれまでもあったが、インド在住の作家が書いたSF単行本(文庫)は、これが本邦初紹介となる。2021年のタイムズ・オブ・インディアのオーサー・アワード新人賞(女性作家が対象)やバレー・オブ・ワーズ賞を受賞し一躍注目を集めた作品だ(当時の書名はAnalog/Virtual)。2024年にはアーサー・C・クラーク賞の最終候補にもなった(この再編集バージョンThe Ten Percent Thiefが本書)。目次もなく短編集とは書かれてはいないが、「頂点都市(Apex City)」を舞台とする20の短編を集めた連作短編集である。

 大規模なな気候変動のあと旧来の国家は崩壊し、世界にはエリートが支配するいくつかの都市が点在するのみ。都市は外部と境界シールドで隔てられている。「頂点都市」はベル機構が支配するデジタル・ユートピアだった。市民はヴァーチャル民と呼ばれるが、そこは激しい競争社会でもある。特権階級である上位2割に食い込もうと、7割の市民がソーシャルメディア・スコアを競っているのだ。残り1割のアナログ民はネットから切り離された奴隷階級だった。

 この物語には共通の主人公はいない。1割のアナログ民のためにヴァーチャル民から盗みを繰り返す怪盗、上位民になんとか這い上がろうとする中間民の男、地下に潜み逆転を画策するレジスタンス、失業でアナログ民への転落におびえる中間民の女、アナログ民の貧困を社会見学するツアーガイド、シェア数に左右されるインスタスナップのインフルエンサーなどなど。いく人かの重複はあるものの、それぞれの短編のなかで個性的な人物が次々登場する。

 (独立後の憲法で禁止されたとはいえ)インドのカースト制は社会差別の源泉だった。IT産業はその悪しき伝統を実力(個人の能力)で克服するはずだったが、本書では皮肉にもヴァーチャル(=IT化の恩恵を受ける階層)とアナログ(=受けられない階層)の格差となって甦っている。本書で描かれるのは、インドとは限らないデフォルメされた現代の競争社会である。ベル機構は今風テック企業に近い組織で、生産性を下げる意見は許されず、ランクが落ちるとネットワーク(生活そのもの)からはじき出されてしまう。それが恐怖政治となって市民は従わざるをえないのだ。異国風エキゾチックさを強調せず(国外の読者におもねることなく)、近未来ディストピア(からの脱却)SFとして自然に読み通せて面白い。

ナオミ・オルダーマン『未来』河出書房新社

The Future,2023(安原和見訳)

装丁:大倉真一郎
装画(キャラクター):くるみつ

 著者マーガレット・アトウッドに師事した英国の作家で、ゲームライター、BBCラジオ科学番組のプレゼンターなど多彩な仕事をこなす才人だ。先に出た『パワー』(2016)は、ベイズリー賞(現在の女性小説賞Women’s Prize for Fiction)を受賞し、世界的なベストセラーになりドラマ化もされた。本書は、(GAFAのような)テック企業の覇者たちがたくらむ「未来」に、一人の(ユーチューバーのような)動画配信者が関与していくという物語である。なお、表紙のウサギとキツネのキャラは農耕民と遊牧民を象徴したもの(何のことかは本書で)。

 ソーシャル・ネットワーク企業のCEOは、瞑想中に緊急の警告メッセージを受ける。同じころ物流大手のCEOや、パーソナル・コンピュータ企業のCEOにも同様の通知が届く。それは、世界の終末が到来することを告げていた。始まりは数ヶ月前、シンガポールでのイベント中に、サバイバルを専門とする人気配信者が正体不明の暗殺者に追跡される事件からだった。

 群像劇だがメインの主人公は香港系英国人の配信者で、パーティで知り合ったSNS企業の秘書と関係を持ち(どちらも女性)幹部たちと接近する。FacebookやTwitter(X)、Amazon、Appleなどのいわゆるテック系世界企業がモデル(『透明都市』を参照)である。設定は出版された2年前のテック勢力図を反映していて、AI(AUGR=オーグル)は出てくるものの主役ではない。

 ビッグテックも、もともとはベンチャー企業だった。創業メンバーには自社株が割り当てられ、株価が高騰した結果(雇われCEOなどとは比較にならない)巨万の富が得られたのだ。ただ、彼らの関心は自分たちの肥大化にあり、富を世界の救済に使おうとは思っていない。本書に出てくる富豪たちはさらに矛盾に満ちており、世界の絶滅を恐れ少数の仲間だけの生き残りを画策する。大部の物語だが、意外な結末まで二転三転しながらも一気に読み進められる。

 2025年になって、テック企業の非倫理性や権力への追従(対象が本書で描かれた中国ではなく、母国アメリカなのは皮肉なことだが、要するに強い権力であれば誰でもよいのだ)はより顕著になった。そのため、ここに提示された地球環境的な「未来」(その是非はともかく)を実現する推進力は弱まってしまった。日々変わる状況に合わせて課題を整理し、アップデートしていく責任はむしろ読者の側に委ねられている。

チャールズ・ウィリアムズ『ライオンの場所』国書刊行会

The Place of the Lion,1931(横山茂雄訳)

装幀:山田英春
装画:Hortus Sanitatis,1491より

 《ドーキー・アーカイヴ》の9作目(全10巻)。著者チャールズ・ウィリアムズは、C・S・ルイスやトールキンらのグループ〈インクリングズ〉に関わった重要な作家である。特にルイスの『かの忌わしき砦』や《ナルニア国物語》などに影響を与えたようだ(訳者解説)。しかし、既訳が半世紀前に翻訳された『万霊節の夜』(1945)のみの日本では、これまでほとんど知られてこなかった(『天界の戦い』(1930)が本書とほぼ同時に翻訳されたので、にわかに注目が集まっているのかも)。この作品が叢書に選ばれたのには、訳者40年来(京大幻想文学研究会当時から)の思い入れという理由もある。

 ロンドン郊外の田舎町でバスが来るのを待っていた2人の青年は、見世物小屋から一頭の雌ライオンが逃げ出したと聞く。直後、とある邸宅で一人の男が襲われ倒れるのを目撃する。だが、なぜかそのライオンは堂々とした雄なのだった。男に怪我はなかったが、意識は回復せず奇妙な現象が起こるようになる。

 舞台は執筆当時(1930年ごろ)の英国。登場人物は、文芸雑誌の青年編集者とその友人、スコラ哲学者アベラールを研究する女学者、蝶の収集に明け暮れるその父親、意識不明になった男は〈イデア〉の実現についての講演会を主催していたらしく、主張を信奉する複数の男女がいる。彼らは、ライオンだけでなく、巨大な蝶、王冠をいただいた蛇、鷲や馬を目撃するようになり、その力はついに世界へと物理的な影響を及ぼすようになる。動物の群れに見えたものは、プラトンの〈イデア〉なのであり〈本源的形相〉で〈力〉なのだった。

 ウィリアムズはオカルティズムにも造詣が深く〈黄金の暁〉にも所属していたことがある。ただ、本書がオカルトの啓蒙書なのかと言えばそんなことはなく、実際刊行された当時は「神学的スリラー」「形而上学的ショッカー」などと称されていたらしい。スリラーにショッカーなのだから、あくまでもエンタメなのである。とはいえ、本書の中で登場人物たちはキリスト教神学やギリシャ哲学を交えた(予備知識は必要ないものの)衒学的な会話を繰り広げるので、我々がイメージするエンタメ小説とはかなり印象が異なる。

 超自然的な〈力〉といっても、形而下的なクトゥルーなどとは対照的な存在なので、叢書《ドーキー・アーカイヴ》における特異な奇想性によく似合った作品といえる。

スティーヴン・キング『フェアリー・テイル(上下)』文藝春秋

Fairy Tale,2022(白石朗訳)

装画:藤田新策
装幀:石崎健太郎

 昨年に作家生活50周年を迎え、日本で何冊かの記念出版が行われたキングだが、アメリカで100万部を超えるベストセラーになった『フェアリー・テイル』(試し読み版もある)は、そのトリを飾る大判のハードカバーである(評論を除けば、この判型=A5サイズは『アトランティスのこころ』以来23年ぶりか)。

 主人公はハイスクールの学生で、身長が190センチある体育会系のスポーツマン。ただ、母を悲惨な事故で亡くし、父親はアルコール依存症からようやく立ち直ったばかりという複雑な家庭環境にある。しかし、自宅近くにある荒れた邸宅で独居老人を助けたことで運命は一変する。納屋に隠された地下深くの通路を抜けた先に、月が2つ輝き、赤い罌粟の花が咲き乱れる王国があると聞かされるのだ。少年は老犬とともに異世界へと旅立つ。

 犬は老人が飼っていた雌のジャーマンシェパードで、少年に懐いてはいたものの体調が思わしくない。地下から行ける王都には若返りが可能な日時計があるという。加齢が原因なら助かるかもしれない。それが少年の動機となる。だが、王都には異変が起こっていた。灰色病と〈夜影兵〉に襲われ都は無人化、かつての王族も排除され異形の〈飛翔殺手〉が支配している。

 フェアリー・テイルとはお伽噺のことで、ジャンル一般を指す普通名詞である。キングはあえてそれを標題に据えながらも、冒頭の献辞をR・E・ハワード、E・R・バローズ、H・P・ラヴクラフトに捧げている。つまり、コナン的な偉丈夫→アメフトヒーローの高校生、エキゾチックな火星美女と戦争の世界→魔法に罹った女性とハンガー・ゲームの世界、クトゥルーの邪神→地下に潜む魔物という、キング流に変換されたお伽噺=ファンタジイにしている。現実世界との接地を忘れない著者らしいアレンジといえる。

 他でも、オズのエメラルドの都、ジャックと豆の木、原典に近いグリム童話、ディズニーの人魚(アリエル)とコオロギ(ジミニー・クリケット)、三匹の子ぶた、ピーターパン、ブラッドベリ『何かが道をやってくる』《ダーク・タワー》のガンスリンガーなど、さまざまな自己言及や引用に満ちている。こういう総集編的な作品は(執筆当時)75歳になったキングの、これまでの仕事に対するけじめ、あるいは記憶を再演する試みなのかもしれない。著者は“What could you write that would make you happy?”「誰もがふさぎこむコロナ禍のなかで、みんなを元気にするものを書いてみろ」(訳者あとがき)と考え本書を書いたという(後半のyouはキング自身を指すとも取れる)。その結果、たしかに物語はハッピーエンドを迎えるが、いくらか含みを持たせた終わり方になっているように思える。

ペン・シェパード『非在の街』東京創元社

The Cartographers,2022(安原和見訳)

装画:引地 渉
装幀:岩郷重力+W.I

 著者はアリゾナ生まれの米国作家。多くのファンタジイ作品を含む創元海外SF叢書に相応しく、本書は地図(原題はカルトグラファーズ=地図制作者たち)をテーマとしたアーバン・ファンタジイである。複数のベストセラーリストに名を連ね、2023年のミソピーイク賞の最終候補作にもなった。

 主人公はレプリカの古地図を制作する小さな会社でくすぶっている。地図学者として将来を嘱望されながら、7年前にニューヨーク公共図書館で上司である父親との深刻なトラブルを引き起こし、業界に残ることができなくなったのだ。しかし、父の突然の死が知らされ、遺品のような形で古い道路地図が手に入る。ガソリンスタンドで売られた何の変哲もない地図が、なぜ厳重に保管されていたのか。その日を境に、奇妙な事件が立て続けに発生する。

 幼い頃に母を亡くし、主人公は図書館の地図に囲まれて育つ。トラブルも地図にまつわる出来事だった。やがて、道路地図を捜す謎の人物が見え隠れし、秘密結社のようなカルトグラファーズの存在を知る。地図には「非在の街」が載っているのだ。

 アメリカは車がなければどこにも行けない国である。国土の大半が茫漠とした田舎だからだ。今でこそGoogleマップのせいで廃れたが、折りたためる地図は当時の必需品であり、販売各社の競争も激しかった。そのため、地図会社は著作権を守るためコピーライト・トラップを入れる(詳細は著者あとがきに書かれている)。とはいえ、これは設定の一部に過ぎない。フィクションとファクトをつなぐ『夢見る者の地図帳』に憑かれた男女大学院生たちの青春ドラマが主眼なのであり、15年前の事件について一人一人が物語られていくことで、真相と今に至る犯人の目的が明らかになっていく。悪役の怖さがちょっと伝わり難いのが難点だが、当たり前の道路地図から展開する謎の解明はスリリングだ。ル=グイン(サンリオ表記)『天のろくろ』がヒントになる、といっても最後まで読まないと分かりません。

スチュアート・タートン『世界の終わりの最後の殺人』文藝春秋

The Last Murder at the End of the World,2024(三角和代訳)

カバー画像:iStock/Getty Images
装幀:城井文平

 著者は1980年生まれの英国作家。デビュー作のベストセラー『イヴリン嬢は七回殺される』(2018)は、新奇性のあるタイムループ×殺人事件ものとしてSFやミステリ界隈でも話題になった。本書はタートンの長編3作目にあたり、既訳の『名探偵と海の悪魔』(2021)を含め(広義の)クローズド・サークルもの3部作になるらしい。今回の舞台はアポカリプス後の島なので、確かに閉鎖された環境(第1作=時間の輪、第2作=洋上の船、本書=閉ざされた島)という点で共通する。

 ギリシャのどこかを思わせる閉ざされた島、周囲にはバリアが張り巡らされ、死の霧が侵入するのを押しとどめている。世界はその霧によって滅び、百人余りの村人がかろうじて生き残っただけなのだ。村は科学者の長老たちによって支配されている。村人の頭の中には助言者エービイが棲み、仕事や睡眠の時間まで指図をする。そんな秩序が保たれた島で、ありえない殺人事件が発生する。

 外見は若いのに村人の何倍も生きる長老たち、頭の中で聞こえる声、コントロールされた村の生活や山中に作られたドーム、このあたりの謎は物語の半ばまでで徐々に明らかにされる。そして、殺人事件の発生により、島の生活は一気に不安定化する。後半は、混乱の中での犯人捜しと犯行動機を探るミステリになる。SF的なガジェットを制約条件として巧く使い、不可解な殺人(=特殊設定)の謎を解きほぐしていくのだ。

 ウィンタース『地上最後の刑事』に始まる3部作は、破滅が目前に迫る中でのミステリなのでよく似た設定といえるが、こちらは謎めいた破滅後(ポストアポカリプス)の世界に、たたみ掛けるように第2の破滅が迫ってくる展開が予想外で面白い。

ロブ・ハート『パラドクス・ホテル』東京創元社

The Paradox Hotel,2022(茂木健訳)

カバーイラスト:シマ・シンヤ
カバーデザイン:岩郷重力+W.I

 著者は1982年生まれの米国作家。ジャーナリスト、編集者などを経て、これまでちょっと変わったミステリを書いてきた。5年前にノンフィクション仕立ての小説『巨大IT企業クラウドの光と影』(2019)が翻訳されている。ベストセラーになった代表作『暗殺依存症』(2024)は、アルコール依存症のような暗殺依存症患者が主人公のお話で、今月翻訳が出たばかりだ。本書も、NPRベストブック2022年カーカス・レビューの2022年ベストSFFに選出された注目作である。

 時間旅行が民間にも開放された未来。主人公はアインシュタイン時空港(タイムポート)に併設されたパラドクス・ホテルの警備主任で、元時間犯罪取締局(TEA)の調査官だった。しかし、長年のTEA勤務で時間離脱症(アンスタック)を患い、仕事を変わらざるをえなくなった。症状は突発的に襲ってくる。過去や未来を不連続に幻視してしまうのだ。折しもホテルでは、時空港事業の売却をめぐる政治家を交えたサミットが開催されようとしていた。

 主人公には事故死した恋人がいた(どちらも女性)が、幻視で姿が見え声も聞こえる。それだけではない、触れられないはずの幻影が次第に実体を伴っていく。

 時間ものといっても、この作品はタイムトラベルに人を送り出す側(時空港外のバックヤードの人々)が描かれる。コニー・ウィリス《オックスフォード大学史学部》とか、ジョディ・テイラー『歴史は不運の繰り返し』などに近いだろう。時間旅行自体のリアルな描写はほとんどなく、個性的な登場人物たちの行動は、コミカルだったり風刺的(権威を振りかざす上院議員、高慢な大富豪など)だったりする。

 アンスタックはPTSDのフラッシュバックのような症状だが、それがホテルを不連続な時間の流れに巻き込んでいく。説明するのに(映画「インターステラー」とか「TENETテネット」的な)ブロック宇宙論(時間は離散的なもので、連続する流れは幻想だという)が援用されるものの、ロジカルに時間の謎を解明するのが本書のテーマではないだろう。

 本書の主人公には協調性がなく(常にけんか腰)、忖度もしない(尊大な宿泊客や議員を遠慮なく怒鳴りつける)。同情すべき過去はあるのだが、凄腕に一目置かれるとしても、ご一緒したくない危ないキャラである(設定上は仲間から好かれていることになっている)。荒れる主人公と相棒のAIドローン、それに死んだ恋人という組み合わせが面白い時間ものなので、このキャラに共感できるかがポイントになる。