貴志祐介『罪人の選択』文藝春秋

カバー写真:NWphotoguy
装丁:征矢武

 貴志祐介の中短編を収めた作品集。4作中3作品はSF、残るミステリ1作も「時間」をアイデアのベースに置いた点で共通するという(版元によるインタビュー記事)。冒頭の「夜の記憶」はSFマガジンに掲載されたデビュー作で、『SFマガジン700【国内編】』(2014)にも採られたが、これ以外は書籍初収録となる。

 「夜の記憶」(1987)強酸性の海を泳ぐ無数の嚢を有する生物と、軌道コロニーからバカンスを楽しむために海洋リゾートを訪れた夫婦。並行して進む2つの物語はどう結びついていくのか。「呪文」(2009)惑星まほろばには奇妙な神が奉られていた。宇宙を支配する星間企業の基準では、許されない信仰かもしれない。調査員はその正体を探ろうとする。「罪人の選択」(2012)戦後まもなく、裏切りの罪で一人の男が私刑で裁かれようとしている。しかし、生き残りを懸けた究極の選択が男の前に提示される。「赤い雨」(2015-2017)未来の地球では、バイオハザードで環境に放出された変異微生物チミドロにより、生態系が完全に破壊されている。ドームに住む主人公は除染のメカニズム解明のため、禁じられた実験に手を染める。

 本書の作品は「SF風」のくすぐりではなく、異星/未来社会や異生物の生態など、ガチな定番ネタに挑んだものだ。「夜の記憶」に登場する異形の生物と夫婦が参加するプロジェクトの絡み、「呪文」では逆転された和風の異星神と星間企業の関係、「赤い雨」では生態環境とドーム内外の住民間で生まれる差別など、どれもトラディショナルなSFとして正面から描かれている。

 現役のミステリ、ホラー分野で、1950ー60年代生まれの世代にはもともとSFを目指した作家が多かった。著者もそうだが、第12回ハヤカワSFコンテスト佳作入選段階ではプロになるまで踏み切れず、方向性を改め第3回日本ホラー小説大賞で再び佳作入選するのが、12年後の1996年のことである。2008年にはSFコンテストの作品をベースに『新世界より』を書き、第29回日本SF大賞を受賞してリベンジを果たす。本書は、著者によるデビューから最近までのSF遍歴を反映しているともいえる。

赤松利市『アウターライズ』中央公論新社

装幀:岡孝治
写真:Harvepino/Shutterstock.com

 住所不定無職、62歳でデビューした作家として話題を呼んだ著者の、大藪春彦賞受賞後第1作。東北を再び大津波が襲うシーンで始まるお話なのだが、日本ではちょっと珍しい、ある種のユートピア小説になっている。

 東日本大震災から復興途上の東北で、アウターライズ地震が発生する。大津波の規模は震災を凌駕するほどのものとなった。しかし被災地では周到な避難計画が策定されており、死者わずか6名という少ない被害ですむ。直後、東北6県は独立を宣言し国境を閉ざす。三年後、国境が開かれ報道陣が招き入れられるのだが、この国ではどんな統治が行われているのだろうか。

 物語の第1部では、津波が再び襲来する様子が描かれる。著者が体験した復興や除染作業の経験と、国主導の復興計画への疑問などが提示されている。第2部では、東北国成立の裏に潜む、大きな謎の究明に挑むジャーナリストたちが描かれる。あくまでも個人の視線である。やがて、東北国の経済や国防を担う、統治者たちの実像が明らかにされていく。

 東北には独自の文化があり、搾取する中央政府からは独立すべきだという作品は、20世紀末に複数出ている。著者インタビューでも言及された、東北の一部が突如独立する井上ひさし『吉里吉里人』(1981)、飛蝗に襲われ疲弊した東北が独立を目指す西村寿行『蒼茫の大地滅ぶ』(1978)の他、東北5県が閉鎖国家を作る半村良『二〇三〇年東北自治区(人間狩り)』『寒河江伝説』(1992)なども書かれてきた。

 しかし、本書の雰囲気はむしろ現代のユートピア小説に近い。アーネスト・カレンバック『エコトピア・レポート』(1975)は、アメリカから独立したエコトピア(アメリカ西海岸の北半分)に二十年後訪れたジャーナリストが見聞する社会の秘密が描かれる。この物語の主眼は、環境を国是とするエコトピアの成り立ちと、持続可能なシステムなのかという疑問への回答でもある。東北国で試みられている政策は、今の日本とは全く違う考えに基づくものだが、読者は実現性の可否よりも、なぜそれが必要となるかを自身に問い直すべきだろう。

高丘哲次『約束の果て 黒と紫の国』新潮社

装画:九島優
装幀:新潮社装幀室

このたび、日本ファンタジーノベル大賞2019を受賞いたしました。
先生からの選評では「四股を踏め」「まだ早い」「精進せよ」というお言葉をいただきました。(ほぼ原文ママ。ぜひ小説新潮をご覧ください)
小説界の幕内昇進を目指して、不撓不屈の覚悟で書き続けたいと思います。ごっつあんです。

高丘哲次 (@TetsujiTakaoka) November 22, 2019

 日本ファンタジーノベル大賞2019の受賞作である。紛糾したと評判の選評は小説新潮2019年12月号でしか読めないのだが、あいにくこの号は小野不由美特集などがあり、プレミア価格の古書でしか入手できない。とはいえ、そういう批判があったにせよ、受賞するだけの読みどころは十分にある。著者はゲンロンの大森望 SF創作講座第2期(2017)出身者でもある。

 古代伍州(ごしゅう)に、壙(こう)と臷南(じなん)という二つの国があった。大国壙には万能の帝王螞帝がおり、臷南には奔放な王女瑤花がいた。あるとき、壙から一人の王子が送られてくる。王子は数年の間臷南に滞在し祭祀を執り行うのだという。しかし、それには別の意図があった。

 この物語には、何層にも重ねられた複雑な構造がある。まず最初に中国を想起させる架空の「伍州」があり、その下に歴史上存在しないとされる「壙と臷南」がある。この二つの国は小説と偽史に表われるだけなのだ。そこに、謎を解くべく旅に出た現代の日本人と遺物を託した伍州人との物語、さらには壙を創始した螞帝の物語、臷南の女王と壙の王子の物語、伍州内部の動乱の物語などが重なり合う。

 復活後の日本ファンタジーノベル大賞は今回で3回目になるが、フィクションの上にフィクションを重層化する構造という意味では、もっともチャレンジジングな内容といえる。特に神話時代のお話はファンタジイ色が色濃く、それと現代の物語とのあいだに懸隔があるからだ。ただ、もし現代パートが無ければ、本書はフラットなファンタジイとなり新規性が失われる。不可欠な要素ではあるだろう。気になるのは、異様に凄惨な創始者の物語で、何らかの風刺が込められているのかもしれない。

柞刈湯葉『人間たちの話』早川書房

カバーイラスト:あらゐけいいち
カバーデザイン:瀬古口敦志(coil)

 『横浜駅SF』(2016)の著者による初短編集である。SFマガジン掲載作などと書き下ろしを交えて、全6編を収録する。著作としてはすでに5冊目。

 冬の時代(2018)すべてが雪と氷で覆われた、昔日本だったらしい世界を、二人の旅人があてもなく南を目指し旅を続ける。たのしい超監視社会(2019)世界を三分割していた全体主義国家の一つが崩壊、残りも体制変革を余儀なくされた。イースタシアの一画を占める日本では、お互い同士を小型カメラでフォロー=監視する超監視社会となる。人間たちの話(書き下ろし)主人公は裕福で自由な家庭に育ったが、常に孤独を感じていた。やがて、科学者となり火星の生命を研究する。しかし、押しつけられるようにして預かった甥との接し方に戸惑う。宇宙ラーメン重油味(2018)太陽系外縁カイパーベルトに浮かぶ小惑星に、銀河連邦に住むどんな異星人にでも絶品のラーメンを提供する店がある。亭主の地球人と、元戦闘ロボットのコンビで切り盛りする店だった。ある日、小惑星を一呑みするような巨大なお客がやってくる。記念日(2017)大学勤務の主人公の部屋に、巨大な白い岩が出現する。几帳面でミニマムな生活を好む主人公には、不可解で余計な存在だった。No Reaction(2014)透明人間は文字通り不可視で、非透過なふつうの人間には物理的にも関知し得ない存在だった。力学的な「作用・反作用」のうち、後者が働かないのだ。

 本書のあとがきに著者自身による解題が載っている。それによると「冬の時代」は、椎名誠のポストアポカリプスものを意識した作品である。「たのしい超監視社会」は、オーウェル『一九八四年』を現代のインターネット社会に敷衍したものだが、オーウェルが予測したものとはかなり(社会の雰囲気が)異なる。「宇宙ラーメン重油味」は漫画の原作になるはずだったもの。「記念日」はマグリットの同作からインスピレーションを得たもの。「No Reaction」は真面目なSFではもう取り上げられなくなった透明人間を「物理学」に即して描いた「科学小説」である。

 著者の作品は淡々としたものが多い。小さなエピソードが順番に並べられ、その総体が一つの小説となるのだが、派手なアクションや場面転換は(おそらく意図的に)設けられていない。これは長編でも短編でも同様のようだ。主人公も、状況を受け入れた諦観者や、冷静で論理的な科学者たちなのである。ただ、書き下ろしの表題作「人間たちの話」は少し違う。冷静な科学者が養う、姉から疎んじられ自身の存在に疑念を抱く甥っ子と、生命と非生命との間で揺れる火星の有機分子が物語の中で絡み合い、お互い相乗効果を上げているのだ。

早瀬耕『彼女の知らない空』小学館

カバーデザイン:鈴木成一デザイン室
カバー写真:amanaimages (C)YASUSHI TANIKADO/SEBUN PHOTO,R.CREATION/SEBUN PHOTO,LOOP IMAGES,JAPACK/a.collection

 小学館のサブスク雑誌きらら(quilala)に掲載された5編と、SFマガジン掲載の1編+書下ろし1編を加えた短編集である。恋愛小説『未必のマクベス』で注目された著者らしく、どれも男女の少し不思議な関係が描かれている。各作品は緩やかに(ピンポイントで)つながり合っていて、一つの世界とみなすことも可能だ。

 思い過ごしの空(2019/1)化粧品会社の同期入社だった二人だが、本社スタッフの夫には、開発部門に勤務する妻に話せない秘密があった。彼女の知らない空(2019/2)憲法が改正され自衛隊に交戦権が与えられたあと、航空自衛隊に勤務する夫は妻の知らない空を飛ぶ任務に就く。七時のニュース(2019/9)中国大連にある古びたホテルに泊まると、主人公はなぜか高校時代に付き合った彼女の夢を見る。閑話│北上する戦争は勝てない(書下ろし)妻は管理職に昇格したものの、激務から精神的に追い詰められるようになった。困惑する主人公は、ある日見知らぬ老人から奇妙な届けものを託される。東京駅丸の内口、塹壕の中(2019/5)非人間的な開発プロジェクトにあえぐ課長は、夢の中では徴兵され塹壕戦を戦っている。オフィーリアの隠蔽(2020/1-2)化粧品会社の担当者は、広告代理店の女性からイメージキャラのスキャンダルを聞かされる。彼女の時間(2015/10)スペースシャトルの乗員として訓練を受けた主人公は、結局宇宙に行くことは叶わなかったが、事務職として理事の地位まで昇格できた。だが、予想もしない計画の承認を求められる。

 物語の中では、小さな共通点が連鎖していく。化粧品会社の開発物→自衛隊の任務→反政府の考え方と大連→届け物の目的地→夢の中の戦争と老人の示唆するもの→再び化粧品会社と続く。最後のエピソード(SFマガジン掲載作)は一見他と異なっているように見えるが、冒頭作品の一場面を挟んで関連を感じさせる仕掛けとなっている。

 男女関係にも工夫がある。理系(妻)と文系(夫)、最新兵器を操る軍人と妻、政治的な考え方の異なる部長(妻)と課長(夫)、やり手の課長(女)と主人公、青春時代の恋人(の記憶)と現在の主人公の隔たりの大きさ等々、現代を反映したバリエーションが付けられている。働き方改革では、労働時間に制約がなく、(隠された)ハラスメントが横行する中間管理職にしわ寄せが行きがちだが、そういう生々しさも描かれている。

 本書の舞台は現在だ。ほんの少し違うところはあるが、裏腹の世界といえる。明日になれば、そのまま現実化するかもしれない。そこで、夫婦であったり昔の恋人と出会ったりする主人公たちは、とても身近な存在に描かれる。読者の共感を誘う物語といえるだろう。

穂波了『月の落とし子』早川書房

扉デザイン:世古口敦志(coil)
扉イラスト:K,Kanehira

 昨年11月に出た本。第7回ハヤカワSFコンテストと同じ時期に発表された、第9回アガサ・クリスティー賞受賞作(折輝真透『それ以上でも、それ以下でもない』と同時受賞)である。未知のウィルスによる汚染を描いていることもあり読んでみた。ちなみに、著者の穂波了は、13年前に方波見大志名義で第1回ポプラ社小説大賞を受賞している。

 NASAのオリオン計画は3回目を迎え、月の裏側にあるクレータへの有人着陸も成功裏に終ろうとしていた。ところが、着陸船の飛行士2名が生体反応を失う深刻な事故が発生する。月軌道に残った3名は、再利用可能な着陸船を用いて遺体を回収する。しかし、2名を殺したのは月に潜む未知の病原体だった。それは帰還する船内をも汚染、装置の故障も相まって正常な軌道をたどれないまま、宇宙船は日本の高層マンションに墜落する。ビル倒壊の大惨事が広がるなか、病原体は住人たちにも蔓延し一帯は封鎖される。

 前半は宇宙船内を病原体が襲う密室スリラー、後半は未知のウィルスが千葉の船橋市一帯を汚染するエピデミック/パンデミックものになっている。宇宙という極大スケールと、日本の近郊都市という極小ローカルな組み合わせがユニークだろう。審査員(北上次郎、鴻巣友季子、藤田宣永)には特に前半が評価されたようだ。藤田(1月末に急逝)が、SF的なパニック小説だが最近のSFコンテスト向きではない、と評したのが印象に残る。

 宇宙小説としてみると、月から帰還する宇宙船が日本にほとんど垂直に落ちてくる(と思えるような)描写や、9.11風にビルに突き刺さるメカニズムが気になるが、そこは設定の都合なのだろう。一方後半は、感染者受け入れの是非、患者の殺到による医療崩壊、都市の封鎖、病原の解明と治療法の開発など、いま現在の問題がそのまま出てくる。感染症は、今回の新型コロナウィルスが初めてではない。現実はもう少しシビアだが、本書で描かれたようなケースが過去にも繰り返されてきたわけだ。たまたまかも知れないが、本書ではフィクションとノンフィクションがシームレスに同居している。

 人類滅亡を招くウィルス禍というと『復活の日』が真っ先に挙がる。ただ、先行作品には、ウィルス汚染と都市封鎖を描いた鳥羽森『密閉都市のトリニティ』、また千葉に蔓延する感染症を疫学調査する川端裕人『エピデミック』などもある。後者は最近電子書籍になり、疫学のリアルを知ることができる。とはいえ、エンタメ度で比べるなら本書が優っているだろう。

瀬名秀明『ポロック生命体』新潮社

装画:ヤマダユウ
装幀:新潮社装幀室

 表題作は、週刊新潮に2019年12月から2020年1月末まで連載された中編小説だ。これを含む4作品を収めた中短篇集である。将棋から始まり、小説や絵画などの芸術作品を創造するAIが背景にあり、対峙する当事者(研究者や編集者)を描いている点が共通している。

 負ける(2018)人工知能学会が開発したロボットアーム《片腕》を持つ将棋AI《舵星》は、勝つためだけでなく負けることが目標に掲げられていた。144C(2017)新人編集者は、職場のメンターからAIの書いた小説を読むよう求められる。きみに読む物語(2013)エンパシーの指数EQから派生したシンパシー指数SQは、小説のレベルを評価する指標として爆発的に広まる。ポロック生命体(2020)亡くなった画家の新作がAIにより蘇る。しかしその作品は、かつての画家の全盛期すら凌駕するように思われた。

 登場人物の関係は複雑である。「負ける」の主人公は、将棋を知らないアーム開発者。人工知能研究のリーダーが急逝し、引き継いだ天才肌の変わり者の弟や、その姉である将棋棋士と協力して開発を行う。「ポロック生命体」では亡くなった作家の息子が高度なAIを開発する。画家の娘はその研究者に反感を抱いており、主人公の女性研究者は娘の友人という設定だ。主人公は、同僚とともにAIが生成した作品の秘密を解明していく。それに対して「144C」 (この表題はone for foreseeの意味だろうか) 「きみに読む物語」では、主人公はAIが小説を書くのが当たり前になった時代の編集者である。

 AIによるゲーム/創作という面に絞られているためか、メッセージ性が鮮明に表れている。将棋のようなゲームでは、勝ちとは対極の要素「負け」が必要だと述べられるし、AIに対して人間が書くとはどういうことか、小説をエンパシー、シンパシーなどの数値で評価する意味とは何か、作品を持続的に向上させる「命」とは何かなど、繰り返し人の感性とAIとの関係が論じられるのだ。

 本書の主人公は、AI開発者そのものではない。一歩離れた位置に立つ研究者や、編集者だったりする。もっとも影響を受けるはずの作家は、間接的にしか現れない。その代わり、著者の分身のような作家の存在が見え隠れる。人工知能で文学賞がとれるかというアイデアの提唱者、既存ファンと相容れなかったSFファンタジー協会会長、サイエンスコミュニケーションのあり方に疑問を持つ作家などだ。本来であればリーダーシップをとるべき存在なのだが、彼らは何れも一線から身を引いて、背後から物語を見守っているのだ。

藤井太洋『ワン・モア・ヌーク』新潮社

カバー装画:星野勝之
デザイン:新潮社装幀室

 途中から電子版のみとなった雑誌yom yomに、全9回連載された(隔月刊で2015年10月から2017年9月)著者の最新長編である。連載開始時点では5年後だった物語の設定が、今ではもう「現在」となってはいるものの、著者得意の近未来スリラーの範疇とみなせる内容だろう。

 シリアにあるISの地下基地では、密かにウランの濃縮が行われていた。調査に入ったIAEAの査察官は、証拠隠滅の爆破に巻き込まれるが辛うじて生き延びる。1年半後、オリンピック開催を控える東京で、外国人犯罪を追う2人の刑事がテロ犯の疑いがある女性を追っていた。だが、そこから3Dプリンタを使いこなす著名なアーティストの存在が浮かび上がる。一方、新たなテロを目指すISのメンバーは、東京に低濃縮のままでは爆弾にならないウランを持ち込んでいた。いったい、何をしようというのか。

 従来の作品と違って、警官が主要な登場人物になっている(といっても警察小説ではない)。IAEA、CIA、ISと国際的な登場人物を配し、3Dプリンタや原爆、放射線についての詳細な説明を加え、かつ、著者が小説を書きだしたそもそもの動機をベースに据えた作品である。二手に分かれた犯人側、追う方も警察とCIAグループの二手に別れ、お互いの出方を探りながら駆け引きをする。「核爆発」の成功/阻止を巡る物語は、著者の作品中もっとも手に汗握るものといえるだろう。

 SFはよく予言小説とみなされるが、この「予言」は物語中に書かれた年号には依存しない。例え100年前を舞台にしても、100年後の設定でも、今現在の問題が投影されている点では同じなのだ。だから、2020年が舞台であっても、本書には「予言」が書かれている。核テロ、核事故は将来のどこかでカジュアルに起こる。正確な情報を持って動かなければ+全面廃棄に向かっていかなければ、危険を避けることはできない、と。

 政府や米軍がかかわるという点で本書は「シン・ゴジラ」風だが、政治家はほとんど登場せず、政府機能や都民の脱出などのシーンはあまり描かれていない。個性を持った登場人物たちのせめぎ合いにフォーカスされる。パニック/デザスター小説ではないからだ。その点はすっきりしている。

『GENESIS 創元日本SFアンソロジー 白昼夢通信』東京創元社

装画:カシワイ
装幀:小柳萌加・長崎稜(next door design)

 全編書下ろしの《GENESIS 創元日本SFアンソロジー》第2巻。《年刊日本SF傑作選》が終了したことにより、次号(夏季号とあるので、季刊ないし半年刊化?)は、創元SF短編賞受賞作の掲載受け皿ともなるようだ。

 高島雄哉「配信世界のイデアたち」アニメ制作会社で働くSF考証の女の子の活躍は、遠い銀河で活動するスライムと共鳴し合う。石川宗生「モンステリウム」町の広場で佇む巨大な怪物を、学校の生徒たちが観測する。空木春宵「地獄を縫い取る」〈体験〉がネットの中で自由に流通する未来、児童買春対策に開発されたAIが事件を誘引する。川野芽生「白昼夢通信」展覧会のカタログを集めた図書館/人形つくりの街、遠い空間と時間を超えて2人の手紙のやり取りが続く。門田充宏「コーラルとロータス」行方不明になった社員の記憶データの中で、珊瑚は重要なヒントを見つけ出す(シリーズ作品の枝編)。松崎有理「瘦せたくないひとは読まないでください。」太っていることが罪悪となった未来、ダイエットを競う大会で脱落者には死が待ち受ける。水見稜「調律師」国家が力を失い文化が衰退した社会、主人公は火星の富豪が主催するパーティーでピアノの調律を引き受ける。

 全7編を収録。これ以外に、アンソロジイのあり方についての中村融、西崎憲によるエッセイを含む。表題作「白昼夢通信」の川野芽生は、創元ファンタジイ新人賞最終候補者。前巻同様、オール創元(関係)メンバーというスタイルは踏襲されている。

 高島雄哉は正業のSF考証をスケールアップしてアレンジ、石川宗生は架空の街ムンダロールに現れた怪物と日常との対比、空木春宵はAIと室町時代の地獄太夫を両立させ、川野芽生は創元SF短編賞では見られない幻想色を漂わせ、門田充宏は既に単行本が2冊ある人気シリーズ、松崎有理は著者らしい科学的ブラックユーモアを展開する。中では、水見稜の新作書下ろしが読めるのが嬉しい。ピアノ調律に関する蘊蓄に溢れるが、著者の作品では『マインド・イーター』でピアニストが登場するし、「アルモニカ」には音楽療法が出てくる。この方向の作品も、これから書かれていくのではないか。

 前巻と重複する作家は松崎有理のみ。ではあるものの、同様のメンバーによるオリジナル・アンソロジイ『時を歩く』を挟んだこともあり、ややライトな印象を受ける。短編発表の場を提供するという考え方は正しいが、アンソロジイとしてもう少し工夫があってもいいかもしれない。

『文藝 2020年春季号 中国・SF・革命』河出書房新社

アートディレクション・デザイン:佐藤亜沙美(サトウサンカイ)
表紙イラスト:クイックオバケ

 クラシックな純文雑誌というデザインを、昨年夏季号からポップに一新した「文藝」(季刊)の春季号である。これまでも韓国・フェミニズム特集号などが売れ、本号も発売前から注目を集めていた。中国・SF・革命特集で全頁の4割を占める。ただし、特集自体は『三体』ヒットを契機にしているが、SFだけをフォーカスしたわけではない。

 宇宙をさまよう放浪者、人類の島船が迎える春とはケン・リュウ「宇宙の春」、中国の古代神話と主人公の100年前の曾祖父が経験する大水害樋口恭介「盤古」、台湾を含む中華圏のSF界についての概要を述べた立原透耶「『三体』以前と以後 中華圏SFとその周辺」、中国のSF大会にゲストとして招かれた経験から、世界SF大会を狙う中国の状況を記した藤井太洋「ルポ『三体』が変えた中国」

 創作では幻想色を感じさせる諸作が集められている。孫文が日本訪問時に出会う奇妙なアステカ人佐藤究「ツォンパントリ」、移民の子である主人公が故郷の味を守るために奮闘する王谷晶「移民の味」、記憶の中の留学生と自身の中国出張が交錯する上田岳弘「最初の恋」、村長の死のあとさまざまな騒動が村をかき乱す閻連科「村長が死んだ」。他にも、天安門事件の余波に揺れる時代に、自身が体験したことを書いたエッセイイーユン・リー「食う男」、アメリカの文学界におけるアジア系作家の扱いについて糾弾するジェニー・ザン「存在は無視するくせに、私たちのふりをする彼ら」、中国留学体験を書いた黒色中国「監視社会を生きる人々」、対談の閻連科×平野啓一郎「海を越え爆発するリアリズム」は、主に中国における日本現代文学の受け入れられ方が語られる。

 さて、読んで見ると、この特集は確かに中国が主題ではあるが、あくまでも「外から見た中国」になっている事が分かる。閻連科以外はすべて日本人か中国系アメリカ人の書き手で、当事者の中国人がほぼいない。中国生まれのイーユン・リー「食う男」は英語で書かれた作品だし、ジェニー・ザンが書いているのはアメリカ(人種差別)の問題なのである。中国の場合、独裁政権・言論弾圧・監視社会という(芳しからぬ)先入観があり、政府から国民、作家まで十把一絡げに見られがち/見下されがちだ。しかし、14億人一括りでは雑すぎる。一面だけではない、もう少し内部から見た全体像を知りたいものだ。

 評者は、中国人留学生が中国SFを語る中で「ケン・リュウは、チャイナ(中国系)であって中国人ではない」と言うのを聞いたことがある。ケン・リュウは中国に生まれ中国語を解するが、エスタブリッシュした(ハーバード・ロースクール出の弁護士)アメリカ人である。中国作家紹介で貢献があり、中国を舞台にした物語を書くといっても、外から見た立場なのには変わりがないのだ。留学生の発言は、中国のことは第3者ばかりではなく、もっと自国の作家が語るべきだと言いたかったのだろう。この気持ちはよくわかる。