シミルボン(#シミルボン)のコラムでは作家の紹介記事も書いていました。話題の作家だけでなく、ベテランでも全体像が分かりにくかったり、新刊入手が難しい作家を含んでいます。以下本文。
眉村卓は1934年大阪市に生まれ、国民学校(小学校)の時代に戦災や疎開を経験した。その頃のエピソードは、ありえたかもしれないもう一つの少年時代を描いた「エイやん」(2002)の中にも描かれている。新制中学、高校を経て大阪大学を卒業。1960年に〈宇宙塵〉に入会、翌年第1回日本SFコンテスト(ハヤカワSFコンテストの前身)に入選しデビューする。
デビューの後、ヒーローものともいえる初長編『燃える傾斜』(1963)を出版、作家専業となる年に出した短編集『準B級市民』(1965)には、後の宇宙もの、異世界ものに成長する作品が既に多く収録されていた。同時期に書かれた作品のうち、イミジェックスという情報装置により消費がコントロールされるディストピア小説『幻影の構成』(1966)は、今こそ読み直す価値があるだろう。
この頃、光瀬龍らとともにジュヴナイルを書きはじめる。転校してきた美少年を巡る不可思議な事件『なぞの転校生』(1967)、見知らぬ女の子から届いた手紙『まぼろしのペンフレンド』(1970)、田舎町の因習が超常現象となって現れる『ねじれた町』(1974)、中学の生徒会長に選ばれた少女が着々と支配力を強めていく『ねらわれた学園』(1976)など、累計30作余りにものぼる。特に『ねらわれた学園』はTVドラマ・映画・アニメなど7回、『なぞの転校生』も同じく3回と、筒井康隆『時をかける少女』に並ぶ息の長い人気作品となった。他にも映画化、ドラマ化された作品は多く、著者を代表するジャンルといえる。
シリーズものでは、宇宙を舞台とする《司政官》が重要だ。司政官とは地球連邦から派遣された惑星統治の専門家のこと。しかし、任地でその権威が認められるとは限らない。『司政官 全短編』(2008) は、1974年と80年に出た中短編集を、年代記順に再編集した決定版である。「長い暁」多島海からなる惑星。軍政下で接触の機会が少なかった原住者との出会いが、予想外の危機を呼ぶ。「照り返しの丘」異星人の生み出したロボットが支配する惑星。その秘密を得るための手がかりとは。「炎と花びら」知性ある植物の惑星。彼らは成長すると知恵を失い、花びらを開き、季節風に乗って旅立つ。「遺跡の風」遺跡だけが残され、遠い昔に文明が滅びた惑星。植民者の間には幽霊が出没するという。「限界のヤヌス」急速に植民者が増えつつある惑星。司政官に反抗するリーダーはかつての同僚だった、など7作を収める。
連邦制度をとる未来社会(特に官僚機構)、異星の描写、主人公の心理描写など、何れもが細密に描き込まれている。ロボット官僚たちに囲まれ、ただ一人の人間である司政官が統治するという設定が面白い。官僚機構は、ローマ時代から本質的な変化がない普遍的なものだ。こういった部分に焦点を当てたSF作品は他にないため、古びて見えず新鮮な印象を受ける。《司政官》は長編を含めてもわずか9作しかないが、ばらばらでは独特の世界を理解するのが難しい。一挙に読んでこそ面白さが分かる内容といえる。
長編には、第10回星雲賞、第7回泉鏡花文学賞を受賞した、太陽活動の異変で居住が困難となった惑星に赴任する司政官を描く『消滅の光輪』(1979)と、司政官制度が力を失った衰退の時代、苦闘する主人公の物語『引き潮のとき(全5巻)』(1988-95)がある。第17回星雲賞を受賞した後者は、〈SFマガジン〉に12年間にわたって連載された大長編であるが、残念なことに電子書籍版がない。手軽に読める『消滅の光輪』からまずお試しいただきたい。眉村卓には、《司政官》以外の宇宙ものとして『不定期エスパー(全8巻)』(1988-90)もある。超能力者でありながらその力を制御できない主人公が、貴族の勢力争いの中で地位を固めていくドラマだ。
ジュヴナイル、宇宙ものと並んで、眉村卓の作品では異世界が多く描かれる。異世界とは、現実と違った(現実とよく似ている、あるいはよく似た人物がいる)別の世界のことだが、シームレスにつながっていて簡単に迷い込んでしまう。それは、『ぬばたまの…』(1978)のようなうす暗い幻想世界だったり、『傾いた地平線』(1981)の過去の自分と複雑に入れかわる世界だったりする。第7回日本文芸大賞を受賞した『夕焼けの回転木馬』(1986)では、著者の分身のような2人の登場人物が絡み合いながら、過去から続く無数の可能性に呑み込まれていく。
『虹の裏側』(1994)は主に初期(1965-79)に書かれた、異世界ものを集成した傑作選である。「仕事ください」「ピーや」「サルがいる」など、登場人物の内面を映し出すホラー的な作品も含まれている。このうち高校生がタイムスリップする「名残の雪」は、ドラマや映画になった「幕末高校生」の原作である。
『妻に捧げた1778話』(2004)は、癌で闘病する妻(2002年に死去)に毎日1話のショートショートをささげた実話で、映画化もされベストセラーにもなった。本書には、一連のショートショート群からの抜粋の他、著者の自伝的な記述も含まれている。夫人とは高校時代に知りあいデビュー前からお互いを支え合ってきた。著者の作品と、夫婦の生きざまとは深いつながりがある。ショートショートを書いた前後およそ10年間は、それ以外の執筆が空白となるくらい重い時間だった。ショートショートの一部は『日がわり一話』『日がわり一話(第2集)』(1998)にまとめられている。
しかし、この後も眉村卓は作品の発表を続けている。72歳で発表したセルフパロディのような長編『いいかげんワールド』(2006) 、77歳での短編集『沈みゆく人』(2011)、82歳で出した短編集『終幕のゆくえ』(2016)などは、異世界ものの新境地だろう。あとがきで著者は、異世界は現実に対置するものではなく、それ自体存在するものだと述べている。物語の主人公(多くは老人)は、さまざまな奇妙で不気味な異世界に踏み込んでいく。これはわれわれの今、あるいは、明日の姿を暗示するものだろう。
(シミルボンに2017年3月3日掲載)
この2年後の2019年11月、眉村卓さんは亡くなっています。病床で書かれた遺作長編『その果てを知らず』(2020)は一般でも話題に。また、有志によるビブリオ付きの追悼文集『眉村卓の異世界通信』(2021)は、出版社を介しない私家版でありながら、AmazonのSFカテゴリ10位になるなど好評を博しました。ゆかりの作家による続編『眉村卓の異世界物語』(2022)も出ています。